第18章「あにいもうと」
G.「五里霧中」
main character:バッツ=クラウザー
location:ドワーフの城・城門前

 

「レイアーッ!」

 肩に白いドラゴンの頭部を乗せたまま、リディアは叫びつつ手にしていたロッドを投げる。
 投げられた先には、リディアの供であるチョコボのココと、ローブ姿の正体不明の男が居た。
  ”レイアー” と呼ばれたローブの男は、投げられたロッドを掴むと、それをココの背中に載せて、代わりにココの背にくくりつけられていたムチを取り出すと、リディアに向かって投げ返す。

「・・・なんか、ムチが多いッスね」

 そう呟いたのはロイドだ。
 彼は指折り数えて、

「キスティスってSeeDや、シュウってSeeDも使っていましたし。これでムチ使いを見るの、三人目ですよ」

 もっとも、SeeDが使っていたのは普通のムチではなかったが。
 今、リディアが手にしたのはごくごくありふれた革の鞭だ。

「・・・確かにムチというものは避けにくいが、それでバッツに通じるものか・・・?」

 実際にムチと対戦したフライヤがぽつりと零す。
 そんなフライヤの懸念に応えるというわけでもないだろうが、リディアはパシン! とムチの使い心地を確認するかのように地面を叩いた。あれでムチというのは扱いが難しい、見たところかなり熟達した腕前ではあるようだが―――

 

 

******

 

 

「―――貴方の強さは認めるわ」

 リディアは静かに告げる。

「けれど、これを貴方は避けられない」
「大した自信だけどよ―――御託は良いからさっさときやがれ」

 くいっ、とバッツは指を自分の方へと向けて挑発。
 しかしリディアはそんな挑発にも反応せず、ただ静かに呟く。

「幻霧の中に―――沈みなさい」

 

 混迷の霧

 

 リディアの肩に乗った白いドラゴン―――ミストドラゴンの頭部が弾け、霧となって周囲を包み込む。
 それは、リディアとバッツはもちろん、ロック達観客をも呑み込んだ。

「なんだ―――!?」

 視界は真っ白。
 白の霧以外はなにも見えなくなって、バッツは狼狽する。
 と、霧の中にぼんやりと誰かの人影が浮かび上がった。緑の髪の “少女” ―――

「・・・リディア?」

 リディアには違いないが、さっきまでの姿とは大きく異なる。
 バッツが良く知っている、少女だった頃のリディアの姿だ。
 少女はバッツに向かって微笑んでいる。懐かしい “妹” の笑みに、バッツは困惑しながらも前に出て―――

 バシィィッ!

「いでえええええっ!?」

 いきなり背中を叩かれる。ムチで。

「なっ、なんだぁ!?」

 背後を振り返る―――が、振り返って見えるものは霧だけだ。リディアの影も形もない。
 なにが起きたのか解らず、バッツは少女の方へと振り返る―――が、そちらにはもう誰もいなかった。

「―――この霧は “混迷の霧” この霧の中では在るモノが見えず、無いモノが見える。貴方にはこの霧を見破る事は出来ない・・・」

 霧の中、リディアの冷淡な声が響き渡る。
 確かに、バッツは今のムチの一撃を察知できなかった。

(ちっさいリディアに気を取られてたとは言え、何にも感じなかった―――いつもだったら、なんかこう・・・なんか判るのに)

 バッツ自身、よく解ってはいないが、いつかセシルが言ったとおり、彼には二つの能力があった。
  “完全な身体支配” と “空間把握” 。
 完全な身体支配とは、その名の通りに、自身の身体を完璧にコントロールすることだ。
 自分で考えたとおりに、望んだとおりに肉体を動かす能力。

 例えば、文字を書くとする。その文字の隣りに同じ文字を書いても、元の文字と全く同じにはならない。どんなに同じように書こうとしても、多少の差違はできる。が、バッツの能力ならば全く同じ、判を押したような文字を何度でも書くことが出来る。機械よりも正確に。
 無拍子などはこの能力の副産物に過ぎない。完璧に身体の動作を支配しているからこそ、常に―――奇襲を受けたとしても、最適化した動作を行うことが出来る。

 そしてもう一つの “空間把握” は、先程カインが話していた気配や殺気の話と同じ。
 但し、バッツの場合はより精密に、相手の呼吸だけではなく、空気の流れ、温湿度、匂いなど、あらゆる感覚を総合して周囲の状況を把握する。なので、漠然とした “勘” よりも確かな能力である。
 ・・・ちなみに、ロックもバッツほどに正確ではないが、これと同じ能力を持っていたりする。

  “空間把握” で相手の攻撃を感じ取り、 “身体支配” によって即反応して回避する。
 この二つの能力が在るからこそ、1対4という状況でもバッツは回避し続けることが出来た。

 その能力の内 “空間把握” が上手く働いていない。
 例え霧の中であろうと、特に空気を引き裂き、唸りを上げて飛んでくるようなムチは “判りやすい” はずなのに、バッツはなにも気づくことができなかった。

(この霧・・・俺の感覚も狂わせてるのか・・・?)

 そう思っていると、すぐ目の前にリディアの姿があった。
 今度は、成長したリディアだ。すぐ目の前―――手を伸ばせば届く位置に立っている。

 彼女は冷笑を浮かべてバッツへと告げた。

「どこから攻撃されるか判らない恐怖に、貴方は耐えられるかしら」
「リディア―――ぅあっ!?」

 思わず目の前のリディアに手を伸ばそうとした瞬間、リディアの身体をすり抜けてムチが飛んできた。
 思っても見ない不意打ち―――だが、それでもバッツは反応して横に倒れ込むようにして回避。地面に手を突き、一回転して即座に立ち上がる。

「また幻影かよッ!」
「今のが避けられるの? 真っ正面からは攻めない方が良いみたいね」
「・・・くっ」

 霧の中に響き渡るリディアの言葉に、バッツはキョロキョロと周囲を見回す。
 だが、どんなに視界を巡らせても、見えるのは白い霧のみ。
 霧以外は何も見えず、自分以外のなんの気配も感じない。

「くそ―――づぁっ!?」

 毒づいたバッツの背中を容赦なくムチが叩く。
 思わず息を止めてしまうほどの激痛に耐えながら背後を振り返る―――が、そこにはやはり霧しか見えない。

「この霧の中では貴方は何も出来ない。さっきのブリットのように、ね」

 霧の中でリディアの声が響く―――だが、その声がどこから来ているのか、バッツには判らない。
 まるで狭い建物の中で声が反響しているかのように、全周囲から響いてくるようにしか聞こえない。

「降参しなさい。この霧は魔道の力でなければ打ち破れない。魔法を使えない、貴方ではどうしようもない」
「へっ、誰が―――うぐあっ!」

 強がりを言うバッツの肩を、ムチが叩く。
 背後からの痛烈な一撃に、バッツは前のめりに倒れそうになる―――が、なんとか堪えた。

「降参しなさい」
「やなこった」
「・・・なら、泣いて謝りたくなるまで打ちのめしてあげる」

 そして後にはリディアの言葉はなく。
 ムチの連打がバッツを襲う―――

 

 


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