差出人: Takagi Shigehira 件名 : 5月25日 〜♪乱れもがいてるよ〜 日時 : 1999年6月6日 17:44  ・・・どうも、朝に強すぎる。昨日は少し疲れたせいもあって、「スマスマ」も見 ずに10時に寝たせいもあるが、あーよく寝たと思って手許のポケベルを見たらまだ 3時過ぎだった。  さすがにもう一度寝たが、4時半には目が完全に覚めてしまった。どうも「体内目 覚まし」のせいにばかりもしていられなくなってきた。遅くとも5時には目が覚めて しまうのだ。一応起床は6時なので、それまではボーッとゴロゴロしていたが・・ ・。  加えて今日は検査デー。朝の採血と検尿に加え、食前・食後の血糖値の検査がある のだ。(前日の夜、看護婦さんが「明日は○○の検査があります」という札を枕元に 下げていく。)  しかし、採血のある日に目が早く覚めてしまうと、少々辛い状況になる。なぜな ら、採血の朝はそれが済むまで水分を摂ることを禁じられてしまうからである。 入院してしばらくは、朝には弱く、下手したら朝食の配られる7時45分まで眠りの 続きにいたりした。そんな夢ウツツの中でいつの間にか採血が済んでいたこと(した ことさえもおぼろげなこと)も数あった。だから「水禁」も全く関係なかった。  しかし、今はそうも言っていられない。今日など2時間も採血を待つ状況で、もち ろん水は飲めない。禁じられていなければ別に平気なのかもしれないが、一度禁じら れてしまうと、そればかり気になってしまうのが、悲しいかな、人の常。僕も例に漏 れず。  まあ2時間待ちの採血が済み、晴れてジャスミン茶で喉を潤してから、ノートパソ コンを立ち上げた。6時代にメールを作るのも日課になってきた。朝の7時にメール を送信したりするので、セリ(仮名)を始め数人から既に「23才にしてジジイ化」 の烙印を頂いたが、起きちまうものは仕方がない。朝の空気も気持ちいいってばよ。 という気分。  下の公衆電話まで降りると、先客(メール送信)がいた。一応灰色電話(メールが 送れる機能付き)は4台中2台あるのだが、今朝はたまたまテレカの残り度数が1し かなく、空いている方がテレカ専用であったため、やむを得ず硬貨も使えるそちらの 電話の順番待ちと相成ったのである。「送受信」すると昨日の夜中のうちに5通も届 いていた。足取り軽く部屋に戻ってメールを見ていると、ちょうど朝の検温が始まっ ていた。  熱もなし、脈もよし。そしたら看護婦さんが腎臓病の資料をくれた。主治医の先生 の持っている書籍のコピーらしい。5ページほどの、概略といった感じ。さらっと読 んでみたが、大体は復習のような感じであった。そして僕の症状は典型的なものとし て記されていた。典型的かあ。  ただ、一つ勘違いが発覚。具体的病名は「そうじょうこうかしょう」で、僕は言葉 の感じから、「”相乗”硬化症」だと思いこんでいたのだが、正しくは「”巣状”硬 化症」であった。言われてみると、こちらの方が、しっくりきている。また耳コピー 失敗だ。  そしたら病名分類の項目の中に「腎不全に陥りやすい」などとあっさり書いてあっ て、ちょっと嫌な気持ちがした。そしたら朝の回診でも主治医の上条先生に「ま、ど うせ長いつきあいになる病気だから」とこれまたサラッと言われて、アーそうなんだ と思いつつ、ちょっとブルー。 改めて言われると、分かっていることとはいえ心には響くのね、と思った午前中。   <ライフワーク イン ニッセキホスピタル>   冷静に、第三者的に今の自分を見つめてみると、時間的にかなり自由である。皮 肉抜きで。もちろん基本的にベッド生活。病院からは出られない、という制約は付い ているものの。それでも会社とか授業とかバイトとか研修とか、教育実習とか、会話 や手紙やEメールの中のそんな話に皆の姿を想像すると、やっぱり一日、ただ時間を 与えられている僕は自由なんだろうな、と思ってしまう。こうして毎日ノルマを決め て文章を書いたり手紙を書いたりと、何か形に残るものに力を注ぐようになったの は、やはり目の前で溢れる時間を無駄にしちゃいけないという意識があるように思 う。  とはいえ、もちろん長期入院中。穏やかに言えば時間をやたらかけた人間ドッグの ようなものであり、毎日の毎回の食事前には体温・血圧・脈の測定があり、そういう 基本的データはもちろん管理されているし、当然その時間にはベッドにいるのが義 務。更に言えば、昼前の検温の際に「今日の通じ」と「今日の体重」も問われるの で、別に義務ではないのだが、これらは午前中のうちに済ますようにしている。義務 といえばあとは食事ぐらいで、(あ、もちろん消灯以降ベッドにいるのは常識)それ に差し障りがなければ、後は何をしていようが自由だ。もちろん、病院の中で。  あと毎日の定期的なイベントとして、先生の回診というのがある。僕の主治医の先 生は上条先生という30才くらいの割と若い先生なのだが、初めに(近所の町医者の 先生に)紹介状を書いていただいたのが、笠原先生という40代くらいの先生であっ たこともあり、豪華二人体制で見ていただいている。従って、回診も大体の日におい て、どちらの先生も来て下さる。(上条先生などはゴールデンウィークの間も毎日来 てくれた。「行くところもないんですよ」と笑っていたが、高給なるほどと思った) もちろん二人とも外来患者を診る日もあるので、来る時間も不定期だ。しかも放送が かかるわけでもなく、突然訪れるので、初めのうちはできるだけベッドの上にいるよ うに心がけていたが、最近は回診時間の傾向も結構読めてきたので、それほど心がけ なくなってきた。  まあどれだけ並べてみたとしても、最低限ベッドの上にいなければならないのはこ れだけである。今現在でも一日に16〜17時間は起きているのだから、限りがある とはいえども自分で自由にできる時間はかなりの量にのぼる。  それだけの時間があると、何となく心配性な僕は手持ちぶさたに感じてしまい、 「何時に何をする」などという時間の骨組みを何となく作ってしまうのだ。それぞれ の事については、始めた時点ではそれなりのきっかけも理由もあるのだが、何となく それを次の日からも同じように続けるようになって、習慣となり、ライフワークに なってしまう骨組みが何本もできた。  例えば先ほどちらっと触れた「通じ」と「体重測定」。これは朝10時と(僕の中 で)決まっているのだ。これには(大したことではないが)色々理由がある。もちろ んそれぞれについて昼前の検温で聞かれるため、聞かれる前に済まし、測っておく。 というのが第一の理由なのだが、他の理由としては、体重計が少し離れた(・・・と いっても2,30メートルだけど)所にあること、どうせ体重測るなら「通じ」を済 ませた軽い状態でいつも測りたいこと、トイレの個室が少なく、しかも男女共用であ るため、朝食後は非常に混雑すること、などが挙げられる。体重計が遠いのはあまり 関係ないんじゃないかと思われそうだが、入院初期や特に検査の後は結構、動き回る ことをできるだけ慎むよう言われていた。なんか情けないが、30メートルの尾於福 も「大きな運動」に分類されていたのである。従って、それなら「通じ」とワンセッ トにしてしまおうと思って(・・そして前述の理由もあって)、それからはあまり行 動の制限のなくなった今にまで至っている、というわけだ。  朝食は8時前だから、それならば9時くらいでも良さそうなものだが、9時台にも またルールがある。休日にはないのだが「朝のお掃除」という毎日のイベントがあ り、看護婦(士)さんや病院職員の方が布団やベッドまわりを掃除してくれるのだ。 週に2度くらいあわせてシーツ交換もある。  この時間患者は外に出なければならない。大体の患者さんがベランダに出て時間を 潰すのだが、僕は買い物に出ることにしているのだ。買い物、といっても一回の売店 まで降りるだけだが、日刊スポーツと500ミリのペットボトルのお茶と、予備のテ レカを買うのだ。並べられている週刊誌や他のスポーツ紙の見出しなどを眺めたりし ながらゆっくり買い物を済ませ、部屋に戻ると布団もシーツもきれいになっている。 時々まだ掃除が終わってないときもあるが、その時はその足で屋上に行き、木の椅子 に腰掛けて、日刊スポーツの表裏を読む。そのいずれにしろ、きれいになった布団の 上で僕が第一にする作業は日刊スポーツの流し読みだ。これはもう重要な日課になっ ている。  また、ほぼ時間の決まっているものに「入浴」がある。ここ日赤病院には患者用の 浴室があり、(もちろんこちらは男女は分かれている)温泉がひかれている。浴槽は 大人3人分と行った広さだ。洗い場も三つあり、うち一つはシャワーも付いている。 (シャワーからも硫黄臭のある温泉が出てくるのは、どうかと思うが・・・)入浴は 朝10時から夜7時45分まで自由に入れるが、僕的タイムテーブルではもう2時で 確定している。  その一番の理由は、一日のうちで一番暖かい時間であることである。(”南中高 度”という言葉がちらっと頭をよぎる。)病気と薬で抵抗力がかなり落ちている僕が 一番気をつけなければならないのが、風邪である。他人からうつされるのももちろ ん、自分でひいてしまうなんてのは言語道断なのだ。「お風呂上がりに濡れた髪のま までいないで下さいねー」と針を刺されてもいる。かといって病室にドライヤーを 持ってきているわけでもないし、自然乾燥には一番日の高い午後2時くらいがいいだ ろう、と、それだけの理由である。でも実際2時前後の浴室は誰も入っていないこと が多く、広々と、鼻歌混じりに入れる、という付加価値も付いたのだった。  「骨組み」とか偉そうなことを書いたが、きちんとルール化されているのはこのく らいだ。もちろん状況により時間変更になったりもするが・・・。あとは、午前中は エッセイを書いていて、大体それが午後までかかるので、その後パソコンをいじる、 という流れが大まかにあるが。午後のどこかで母が来たり、夜オヤジが来たり、メダ カ君が来たり、週末にはお見舞いが来たりと、来客を挟んだりしながら。  有り余る時間に骨組みと流れを自ら作って、ルール化してしまう、というのはやっ ぱり自分を何かに委ねていたいのかなあ・・・と思う。心の支え、とかそんなレベル の話ではないけれど、一日一通手紙を書くとか、そういった義務づけをして、守って しまったりするのは、やっぱり僕も会社人間な日本人なのかなあ、受け身人間なのか なあ・・と思ってしまうのだ。 ***************************           隣のオヤジはいつも「ミッチー、サッチー」      S311号室より         たかぎ しげひら ***************************