差出人: Takagi Shigehira 件名 : 5月19日 〜♪さあ泣かないで 窓に透ける朝焼けが〜 日時 : 1999年6月2日 17:41  今朝は涼しい。昨日の夜は雨も降っていたようだが、とにかく風が強く、まるで台 風のようだった。ゴーゴーと吹き荒れる音、何かがバタバタする音などを眠りに落ち るまで聞きながら、そういえば靱帯切って都留の市民病院に入院してた時も大きな台 風が来たなあ、なんてふと思った。ただ諏訪の日赤病院は8月の引っ越しを控えたご 老体なので、建物のことも心配したが・・・。  まあ、そんなこんなで音はうるさかったが、それと引き替えに久々に肌寒いくらい の涼夜であった。  ところで、僕は「のび太」である。寝付きの良さと早さにはかなりの定評がある。 始めて友人の家に泊まったときや、合宿で同室になった連中からは「フザけて寝たフ リをしているのかと思った」と言われることが非常に多い。まあ眠りに落ちた瞬間か らあたかも「フザけているとしか思えないような」イビキと寝言を撒き散らしている そうなので、(「七色のイビキ」と先輩に言われたことがある、)致し方ないところ ではあるのかもしれないけれど・・・。だがそんな「のび太」も入院生活では寝付き に少々手こずっていたのは事実。しかし、数々の要素があったのも事実。  まず生活リズムの急変。毎日1時位まで起きていた生活が、4月3日から突然、一 応9時消灯の生活になった。まあさすがに9時には寝られないので、TVを大人しく見 たり、ゲームボーイを静かにやっている。とはいえ、カーテンで仕切られただけの6 人部屋、11時位をめどに眠ることになる。最近はこのリズムに体が慣れてきたた め、苦ではないが、初めのうちは「こんな早く寝れる訳ないじゃん」という精神的な 抵抗もあり、割と大変だった。加えて「大人しくしていること」という規制もあるの で、普段のような身体の疲労もない。  そして、暑い夜。看護婦さんによれば、この南病棟は「夏暑く、冬寒い」というか なりヘビーな環境らしい。しかも施設の関係だか何だかで、夜はいまだに弱い暖房が 入る(!!)のだ。うう、かなりヘビー。 しかも更にヘビーなことに、健康な僕であれば、暑けりゃ薄着で寝るのが通常なのだ が、今は病気と薬のダブルの力で抵抗力が著しく低下しているそうなので、風邪には 特にケアしなければならない状態・・・。もちろん薄着はNG。しかし逆に汗かきすぎ るのもまたNG。微妙な体調管理が必要とされているのであり、自分なりに気を遣って いる。  もう一つの要素として、飲用しているホルモン剤の副作用というのがある。これは 薬剤師のお姉さんに渡された「考えられる副作用リスト(仮称)」の中に挙げられて いた「不眠」があったせいだが、幸いこれはあまり無いように思う。 今のところホルモン剤に関しては、(かなりの量を飲んでいるそうだが、)効果だけ あり、副作用は出てこないという理想的な状況にいる。前に書いたように日々適応し てきて、眠れるようにもなった。副作用はなさそうである。  それにしても昨日は涼しく、気持ちよく眠れた。そのついでにいい夢を見た。これ は正夢になればいいので、心の中に止めておくことにする。  夢は、心の中にしまっておけば、忘れた頃に正夢としてデジャヴーで現れることが 多いから・・・   <病院て不思議な空間>  なかなか入院する機会ってないものだ。年老いてくればそれも増えてくるだろう が、若いうちに長期入院という経験は、そうたくさんの人がするものではないように 思える。 そして多くの人が、仮に訪れたとしても外来くらいで、病室に放り込まれるという経 験もなく、健康に(または健康に近い状態で)十年、数十年と日々を送っていく。  僕もこの突然の発病(といったら多少の語弊を伴うが・・)により、思いがけず人 生二度目の入院生活を送ることになった。 しかし、前回は整形外科の手術入院であり、正味10日ほどであった。病室も元気な 人が多く、今思えばあまり辛かった記憶は残っていない。学生生活のちょっとしたア クシデントで、ちょっとしたイベントであった。  そうなると今回は事情が大分違ってくる。まず何よりも入院が長期にわたること。 これはもう、入院時に先生から「3〜4ヶ月、もしくは半年」といい渡された瞬間に ド肝を抜かれたものである。長くても一ヶ月程度だろうと、自分なりに勝手に予測し ていたのだ。だって、ゴールデンウィーク遊びたかったから。 僕が今暮らしている内科病棟に関していえば、入院患者の共通項は、「一定期間の 継続的な治療あるいは療養の必要な病人」とでもくくれようか。実際入院してみて、 実感として思ったのは、意外と元気な人多いなあ、ということであった。 もちろん入院当初はまだ自分の具体的な診断もつかず、毎日のように検査があった り、腎臓の細胞を取る検査(通称腎生検)の後は絶対安静や行動制限もあり、とにか く自分のことで精一杯であった。しかし、その検査も終わると、パタリと検査はなく なった。 週に二度ほど、朝一番の検尿と採血があるくらいで、後は日々の蓄尿が(毎日、量と 成分を調べている、尿は腎バロメーターであるから・・・)義務づけられている位と なった。  制限は色々あり、ホルモン剤の副作用はいつ出てくるか気になるものの、薬を飲ん でいることを除けば、健康時と(少なくとも、意識的には)あまり変わらない僕は、 病院への慣れと退屈も手伝って、まわりが色々見えるようになってきた。そうする と、やはり病院は特殊なコミュニティーである。  マイベッドを持つ全ての人が、「要入院」のレッテルを貼られた患者なのだ。しか も内科関係となれば、皆深刻な感じがするのだが、思ったよりも病棟も、病室も明る い。少なくとも僕のまわりに関しては。もちろん皆何らかの制限を抱えてはいるが・ ・・。  そして良い意味でも悪い意味でも、僕は入院には慣れてきた。この6人部屋で、い つの間にか僕は2番目の古株になってきた。色々な病院の事情も分かってきたし、主 にこの部屋を担当してくれるチームの看護婦さんの名前も大体分かるようになった。 最初の頃、コミュニケーションがあまり取れずに少々苦情を(直接的にも、間接的に も)言われたりした反省を生かして、新しく入ってくる人にはできるだけ自分から話 しかけて、仲良くしているため、割と快適でもある。  それにしても内科というのはなんと平均年齢の高いことよ。若い患者はほとんどい ない。50人程度は入院しているであろうこの階でも、若者は僕の他に一人しかいな い。彼は聞くところ、僕よりも1つか2つ下で、しかも腎臓病である。たまたま最初 にかかった町医者が同じであったため、(しかも彼の方が一ヶ月か二ヶ月発病も入院 も早かったため、)その先生から話も聞いていた。入院して、あ、この人だと(当 然)すぐ分かったが、何となく話しかけるタイミングがつかめないまま、風呂での 2,3回の挨拶のみで終わっている。向こうは僕の話を聞いているか分からないし、 いつも銀色(っぽい)光沢のあるシャツを着ていて、ちょっと引いてしまう。ただ彼 とは(病気、というのは悲しいが)共通点も多いし、教わることもあるかもしれない ので、これまた何となくきっかけを探しているが、部屋も離れているし、チャンスは 少ない。  とにかく若者は少ない。僕と彼と看護婦さんで必死に平均年齢を下げようとして も、焼け石に水のようである。日赤(内科)の年齢ピラミッドを作ったとしたら、7 0才くらいにピークが来そうだ。30代、40代も数える程のようだ。こういう年齢構 図の中に身を置いているのも珍しい。そんな中で、最近は何となく言葉遣いも丁寧に なったように思えてしまう。  そんな内科病棟の患者達にはまた他の共通点もある。一ヶ月半、ベッドから、時々 病院内をウロチョロしながら、自分も他人も眺めてきて、思ったのだが、それは「甘 えモード」である。病人のことなので、必然であるのかもしれないが、誰しもが大な り小なり甘えモードに入っている。そして、僕も。  (ほとんど)皆家庭があるし、仕事を持っている人も多くいると思う。多くの人 が、僕と同じように。 それらを急に離れて入院してくる。世間で見れば入院なんて大事であるし、厳しい会 社でも診断書を出せば、納得させることもできると思う。現に、かなり理不尽であっ た僕の会社も、この入院に関してはすんなり納得し、大人しく休職させてもらった。  そんなわけで、「弱い立場」と診断された患者の立場は、ある意味強い。更に主に 面倒を見て下さる看護婦さん達は(もちろん看護士さんも)本当に献身的である。自 ら選んだ仕事とはいえ、本当に尊敬に値すると思う。そしてその献身が、必然的に患 者を甘えモードに導いてしまう。  僕が甘えモードに溺れることがないのは、恵まれているからだと思う。たくさんの 人にお見舞いに足を運んでもらったし、元気づけられた。家族もほぼ毎日顔を出して くれる。そして若葉マークで付きに何回も来てくれる彼女の存在。家でプリントアウ トして届けられるEメール。 モノ的にも、ラジオ、CDウォークマン、小説類、ゲームボーイに人生ゲームまで、ヒ マつぶしにも事欠かない。今のところない自覚症状により、それでも一番の敵は退屈 になってしまうが。考え方によっては、なんて贅沢な生活!!  しかし、甘えたくもなるだろうなー、という人もいる。奥さんが見舞いに来ても嫁 の愚痴をこぼすだけで帰られてしまうおじちゃん。近所の人は来るのに家族は全然来 ないと悲しんでいたおじちゃん。甘えてしまうのも仕方ない気がする。 でも僕でさえ甘えモード。肩書きは重病であるため、会社復帰をできるだけ遅らせた いと思うときもあるし、当たり前のように来てくれる家族を当たり前に思ってしまう ときさえある。  うう、怖い怖い。感謝は忘れてはいけない。特に病人であるだけに・・・。 ***************************         「衣替え」バンザイ!      S311号室より         たかぎ しげひら ***************************