差出人: Takagi 送信日時: 2001年9月16日日曜日 12:52 件名: やんごとなきこと、かずかぎりなし(9・16の記) 今週、運命の出会いがあった。といっても相手は残念ながら(?)ヒトではない。この鈴木彩子の詩だ。自分の中に数年間眠っていた詩だった。まぎれもなく。 そもそも鈴木彩子という歌い手をご存知だろうか?結構マイナーな部類になってしまうかもしれないけど、嘉門達夫とFMのレギュラー番組を持っていたりしたからそれで知っている人はいるかもしれない。今日の文章に添えようと思う♪希望の鐘♪という詩(曲)も、TBS系の「ニュースの森」という夕方のニュース番組のテーマソングだった。もう4,5年前の話だけれども。 とはいえ、僕は鈴木彩子の曲でちゃんと通して聴いたことがあるのはその♪希望の鐘♪くらいで、他の曲もそれこそ嘉門達夫との番組(好きだったので結構聞いていた)で流れていた断片ぐらいしか覚えていない。でも♪希望の鐘♪という曲のすばらしさと、嘉門とのお笑い番組で時折見せていた(おそらく、)うまく思いが言葉にならないことに葛藤する姿や、されどハスキーでパワフルな歌い方と、ずっとその名前は頭のどこかにひっかかっていた。その歌い方に惹かれたのは、中学校時代に中村あゆみの大ファンだったことにも由来するかもしれない。 そして今週の月曜日、仕事も早く終わったので帰りにふと立ち寄った某ブックオフでJ−POPのアルバムのコーナーを漁っていたら、彼女のアルバムがずらっと(5枚くらいだけど)並んでいて、ついつい興奮してしまい、されど財布の中には全部買える資金はなかったので、とりあえず3枚買ってきた。まあ近くには橘いずみのコーナーもあって、そこでも同じような興奮を覚えたんだけど、やはり資金の問題で今回は我慢した。 で、家に帰って来て、ともかく♪希望の鐘♪が聴きたくて、それが収録されている「BORO BORO」というアルバムを開封し、早速かけながら歌詞カードを取り出し、パラパラと読んでい・・・て、最後のページの、今日の冒頭に添えた詩(著者注:著作権に触れたため削除しました)にたどり着いた。 ほんと、一瞬呼吸が止まる思いだった。しかも数年前にやはり♪希望の鐘♪聴きたさにCDレンタル屋からこのアルバムを借りてきたときにも全く同じ衝撃を受けたのを思い出した。その言葉の中のあまりの純粋さ、率直さ。おとなになるってことはこわいけれど、でもおとなにならなきゃならないんだって思ったのを強く思い出し、またそれが今の自分の心に突き刺さった。 当時、「こども」なりに衝撃を受けた僕は、とにかくこの詩を受け止めようと、その文章を全部当時の手帳に書き写した。そして何度も何度も読んで、自分なりに自分の歩き方を考えた。そういう時期でもあった。下を向いて歩く事の多かった自分の目線をあげてみるきっかけにもなったし、書き写しておいたこの詩を大学時代のサークルの文集の自分のページに載せ、またそれで更に前をしっかり見られるようになった。本当は恩人といってもいいくらいの存在。ここでめぐり会えたのは幸せなことだっただろう。いずれいつかはめぐり会う運命だっただろうけれど…。 でもそんな自分の中での衝撃の翌日、また別種の悲しい衝撃が世界を支配してしまった。ニューヨークとワシントン、ピッツバーグを同時に襲ったテロ事件。火曜の夜に翌日の病院の外来に備えて早く寝ようと布団に潜り込み、でもスポーツニュースだけは見なくちゃ、とふとつけた某ニュースステーションで飛び込んできた、炎上するビル。ほどなく流れた旅客機が直撃する映像。そしてまるで古いビルの爆破解体の映像を見せられているかのように跡形もなく崩れ落ちる世界貿易センタービル。炎上するペンタゴン。 ・・・信じられなかった。たぶんあの映像を見た誰もが思っただろうけど、現実に起こったことだと理解するまでに時間が必要だった。何度も何度もあの映像を見せられて、また同じ映像を見てるであろう友達から入ってくるメールを読んだり返したりすることで、これは現実なんだ、とんでもないことが起こってしまったんだと実感した。 わざわざ燃料のいっぱい入っている旅客機を4機もほぼ同時にハイジャックし、乗客乗員もろとも建物に突っ込んでいくなんて、狂喜の沙汰としか僕には思えない。「自爆テロ」というらしいが、こんなの自分だけじゃない。何千、もしかしたら何万もの「たまたまそこに居合わせた」人の命を道連れにして、犯人達は一体何が言いたかったのだろう。僕には到底それがそれだけの犠牲者の命の重さの引き換えに出来るものとは思えない。 確かに宗教の問題は歴史も因縁も深い。そしてアメリカという国の主導によって聖地を分断された形になっているイスラム教徒の気持ちも確かにわかる。でもだからといって「アメリカ人を殺す事が聖戦と」なるのだろうか?アメリカ人が多数犠牲になった映像を見て拍手喝采することが正義なのか?そこまで極端な話にしてしまったらそれはイスラム教徒のエゴでしかない。僕には「イスラムが唯一無二の信仰であり、他の信仰なんて信仰じゃない」というエゴが見え隠れしているような気がしてならない。少なくとも、アメリカや他の国連諸国はイスラムという信仰も肯定したから出来る限りの手段を模索したんだ。それが最善であったかは別としてもね。 だから、今回のテロに対してアメリカ及び他の国が制裁と言っているのは仕方ない事だと思う。これだけの凶悪犯罪なのだ。犯人は絶対に罰を受けねばならないし、そうでなくてはならない。国際社会の中で、これだけの許されざる事をやったのだから、それなりの見せしめは受けなくてはならない。でもこの報復措置は広くやってはならぬと思う。本当に首謀者、首謀グループ、そしてもし支援していた勢力があるのならばそこも。できるだけ血の流れぬ壊滅作戦であってほしいんだけど・・・。 なんて言ってられるのもやっぱりまだ対岸の火事だからかなあとも思う。もし日本にも緊急召集にしても兵役があって、自分がその対象年齢だったらどう思うだろうか。91年の湾岸戦争だって、確かに心を痛めたけれど、自分(あるいはその周囲の人)の肉体的な痛みは伴わなかった。今回もこんなに冷静に悠長なことを言ってられるのはたまたまそこに生まれず、居合わせなかったためであろう。 でも、居合わせなかったからこそ言えることもある。見えるものもあると思う。今、必要な事は自分の置かれている状況を受け入れ、考え、それを誰かと話し、できることをする事だろうと思う。きっとそれしかないだろうし、他には祈るくらいだろう。おそらくずっと僕より賢いであろう各国の首脳諸氏がこれから先も見据えた最善の策を考えてくれることを祈りたい。 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ 悲しい中でもスポーツは再開してほしいっす。 高岸 げひら ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ |