同じ窓の
ざわざわと小洒落たバーはアルコールと共に喧騒をも飲み込んでいる。 入り口には[close]の文字。貸切の様だった。 10年ぶりの再会という事で少しでも変わったところをアピールしたい人間がキラキラと着飾っている。 特別な挨拶も無く(まあ同窓会とは言ってもただの飲み会であるから) カクテルを片手にふらふらと自由に席を移動して回る人の波。 「あと誰がきてねえのー?」 「えーと、アレだ、沢田。沢田綱吉。」 「あー!あのダメツナ!どーなってんのかなー!」 「後、山本と獄寺と、 笹川京子!」 「うおお、楽しみだな!」 「沢田と一緒に来るとかいってたぜ?」 「まじかよ!」 そんな声が響いて球技大会を初めとした学校生活全ての[ダメツナ談義]で盛り上がり始めたところ、 キイ、カラン、とドアが来客を告げた。 そこに現れた漆黒のスーツに身を包んだ人間に、会場は瞬く間に静かになる。 4人。些か場違いだと言っても過言では無い程の上等なスーツ、整いすぎた見目。 彼らは何も言わずにドアを開け、入り口に向き直った。 「10代目、お足元にお気をつけて。」 「あ、段差があるんだね。有り難う隼人。ほら、京子ちゃん」 「有り難う!」 漆黒のスーツに身を包んだ4人の後から現れたのは、純白のスーツに身を包んだ人間と女性だった。 「……え、あれ、ご、獄寺君?」 足元にお気をつけて、という声と、それに返した人間の「隼人」という名前に耳聡く反応する。 その声に目を眇めただけで獄寺は何も返さなかった。 「ごめん、遅れちゃった」 台詞は学生時代の頃と違いないのに、全く違う印象を与えた。 真っ白で上等なスーツ、色素の薄い髪、纏う雰囲気、何もかもが違った。あの頃と。 「…沢田?」 「うん。時間がないからあまり長くはいられないんだけれど。よろしくね」 にこ、と微笑む。 全てに怯えていた顔じゃない、愛想を浮かべた笑顔じゃなくて、肉食獣が獲物を前にした様な微笑み。 それも飛び切り上等な、獲物をわざと逃がして微笑むような、そんな、絶対的な強さを秘めた。 着飾った女からはどこか陶酔した溜息が零れた。ちなみに、同性からも。 「ツナ、コート預かるぜ」 「いいよ、山本」 「オレの主人であるおまえの手を煩わせるなど――――」 どこか慇懃すぎる王子の様な仕草で綱吉に跪いたのはクラスメイトにもかなり見覚えのある人気者だった。 山本武。 「綱吉の席はどこにあるの?いつまでも綱吉を立たせておくつもり?殺すよ」 「恭弥!」 「…さっさと案内しなよ、綱吉が笑ってるうちに」 細身のトンファーを取り出そうとした姿にも案の定見覚えがあった。 恐怖の象徴であり、それでも憧れを受けてやまなかった風紀委員長。雲雀恭弥。 モーゼが海を渡ったかの如く、人の波は静かに割れて一番奥のソファまでの道を作る。 ごめんね、みんな、と苦笑しながら綱吉が歩く。 (…リボーン。) 心の中で綱吉が呟いた言葉に、一言も発していなかったリボーンが目線を上げる。 (皆どんびいてるだろ、これ…) 「それが目的だ」 (うーん、わかってはいたけどね…) 「綱吉君?」 「なんでもないよ。黒川は?」 「あっちで凝視してるよ。綱吉君にびっくりしてるんじゃないかな?」 「わーかわんないね、あいつ!こっちおいでよ黒川!」 「………………」 なにあんたどうしたの気色悪い!という面持ちを隠さないまま歩み寄ってくる。 「…随分と男前になったわね、アンタ」 「お前の愛しの伊達男も来たがってたんだけど置いてきちゃったよ」 「あー、まあ、いい。沢田かっこいいからゆるす」 「なにそれ」 ふ、と綱吉がその時浮かべた笑顔はどことなく見覚えがあって、それに親近感を浮かべたのか やっとまわりの雰囲気が滑らかになってまた静かに酒宴が始まる。 「今沢田なにしてんの?」 「内緒。」 「……んなこといって、絶対ロクな事じゃないでしょ…。獄寺も山本も雲雀さんまでひきつれて」 「あはは…」 店の周りも全員こんなんがひしめいてんだけどな、なんて乾いた笑みを漏らしながら キールを口に運ぶ。日本で飲む酒は久し振りだった。 --------------------- ふらふら、と随分泥酔した男が綱吉たちの座る場所まで歩み寄る。 「さわらぁ、んの らめつなのくせに、ちょーしこいてんらねーぞぉ…!」 さながらジャイアンからノビタに向ける言葉のようだが、音のニュアンスと表情で悪意では無いとわかる。 ただちょっとからかってみたい、そんな感じの。 カチ。 綱吉の肩に触れようとした男の指が、綱吉には届かずに止まる。 目深に帽子を被った男が銃口を突きつけたからだ。 それだけではない。他の人間も。 「ごめんね。オレには触らないで?」 綱吉は申し訳無さそうに微笑んだ。 オモチャ、と都合よく捉えるにはその微笑みは静か過ぎてやたらとリアルで その微笑のリアルの所為で拳銃がリアルだと物語っている。 ピンとワイヤーが張り詰められたかの様に沈黙の落ちた空間を破ったのは、 静かにドアをあけつつもどこか焦った口調のこれまた黒ずくめの男だった。髪は燃える様に赤い。 「ボス!」 「…………………ロッソ、今はそれで呼んじゃ駄目だって言ったでしょう」 「はっ、申し訳ありませんっ、ボ…!ゴホン、綱吉様、そろそろ約束のお時間です、帰られないと…」 「あれ、ほんとに短かったなあ。―――ごめん京子ちゃん、楽しんで?」 随分と出来上がっている連中の脳では、喩え短い一言であったとしてもイタリア語は聞き取れなかった だろうからまあいいか、と溜息をつく。 「帰るよ」 綱吉が一言呟けば上等なコートはすぐさま差し出され、店のドアは開き、 その先には漆黒の車が主を従順に待つように扉が開かれている。 立ち上がった綱吉の一歩前に立った目深に帽子を被った男が口を開く。 「この方の名前は?」 魔力を持ったように店内に響く声に誰もが振り向いた。 その群集は口早に告げられた異国の言葉に首を傾げる。 「あ、えとね、この人の名前は何だ? だって」 唯一綱吉の事情を知る京子が通訳する。何度かイタリアに招待するうちに覚えてしまったらしい。 「…沢田、綱吉」 誰かが呟く。 「不正解。沢田綱吉様、だ。跪け、この阿呆共が」 「ばっ、莫迦!もうホントいい加減にしてよりボーン」 「どうせわかんねェよ。――帰るか。」 そうして嵐の襲来は終わったのだ。 余興とはとても思えぬ真実に誰もが唖然としてその背を見送る。 「…ダメツナ、ってのは、嘘だったのか?」 呟かれた言葉に、漆黒の家庭教師はニヒルに微笑んだ。 END --------------------------- あまりに阿呆すぎて全く収集が付きませんでした。(苦笑) 綱吉はげんなりしています。リボーンは満足です。 山本達も綱吉の汚名を返上できたので(できたの?)やたら上機嫌です。 嗚呼阿呆な話でした…(笑)