「美朱 !みあかぁ?赤ちゃん、赤まむし〜!!」
「むー……。柳宿ぉ、あと5分〜……」
美朱は布団を頭からかぶった。
「も 。お寝坊さんなんだからぁ!」
朝。美朱が一日の中で最も苦手な時間帯だ。
もう、眠くて眠くて全く頭が働かない。
彼女がこのいつも通りの朝の中で、唯一いつもとの相違点、
しかもかなり重要なところに気付くまでに、かなりの時間を要した。
「……ぬっ!……柳宿ぉ〜〜〜〜!!?」
ガバアッ!と布団を蹴り上げ、跳ね起きる。
「……やぁね。今頃気付いたの?」
「なっ、なななななななっ……!?」
「もしかして、『なんで?』って訊きたい?」
美朱はこくこく激しく首を上下に振る。
「だっ……だだって、ここは……!」
美朱は周りを確かめるようにキョロキョロ見回した。
「……私の部屋」
ここは正真正銘、夕城美朱の生家、夕城家の小学生の頃からずっと使っている自分の部屋だ。
間違いない!……えっ、じゃ、ほんとに?でもなんでっ!?
「!」マークと「?」マークが交互に浮かぶ美朱の顔を、
ベッドの横でしゃがみ、両手であごを支えた柳宿が嬉しそうに♪を浮かべて、見る。
「……よっ、百面相」
コツッ
「へ?」
口をパクパクさせて、寝ぼけた頭を必死にフル回転させようとしていると、真上から軽く頭をこづかれた。
聞き覚えのある声だ。
「おい、柳宿。楽しんでないで、説明してやれよ。かわいそうだろ」
「だって、この子ったら、反応が面白いんだもの。ついよ。つい」
「……たっ!鬼宿ぇ〜〜〜〜〜!!?」
美朱の声に、鬼宿が目を皿のように真ん丸くさせて吹っ飛ばされる!
「……大丈夫?」
「……はは。耳……イテぇ」
キョトンという顔で、柳宿は隣に倒れた鬼宿をしゃがんだまま覗き込んだ。
「えらく至近距離で叫ばれたわねぇ」
「だから、楽しむなって……!」
美朱はわけがわからないまま、着替えさせられ(無論、鬼宿は外にいったん出た)、
ふたりに引っ張られる状態で家を出た。
親が旅行中で今日が日曜だったのもいろいろ幸いしたようだ。
ちなみに奎介は、昨日から大学の友達の寮に泊りがけで、
今やってる中国研究レポートの追い込みをしてるとかで、今日はいない。
美朱は本当にわけがわからなかった。
なんで、このふたりが自分の世界にいるのか。
だって、一週間前に朱雀召還に見事成功して、戦争もとりあえず終わり、みんなとはもうお別離れしたばっかじゃない。
そして、私は決めたんだ。しばらくは勉強に専念して、無事唯ちゃんと一緒の高校にうかることだけ考えようって。
「ああああああああ!!」
美朱はふたりに引っ張られながら、思い出したように大声を上げた。
「なっ……なにさ!?いきなり」
「……明日、単語のテストなのに勉強してなかっ イタッ!?」
「アホ。んなの後だ、後。テストだかなんだか知んねーけど、今逃したらきっともう全員集まるなんてことないんだろうしさ」
「……そこよ」
『ん?』
美朱はこづかれた頭をさすりながら言った。
「私が訊きたいのはそこよ!なんでふたりともここに!?しかも、全員って……」
柳宿と鬼宿は顔を見合わせる。
「柳宿、まだ言ってなかったのか!?」
「……あらやだ。忘れてたわ」
「……ねぇ、柳宿。どういうことなの?説明して」
柳宿は「ん〜……」と、悩む仕種をする。
「……なんかもう、ここまで来ちゃったら、口で言うより見たほうが早いわね」
「お?たま生きとったな。心配したんやで。途中でたまが事故ってたらどないしよってな」
「だから、人を猫と同じニュアンスで呼ぶな!翼宿」
「……翼宿?」
「よう、美朱。久しぶりやな……ってほど昔やないけどな」
翼宿はある家の玄関の前で座っていた。
「よく迷いませんでしたね。この……僕たちからしてみれば、極めて幾何学的で不可解なところで」
「張宿……」
「すみません。美朱さん。僕迷ってしまいそうで、居残り組み志願しちゃいました。
なにせ、ここの建築物は単一的で……背が高くて怖かったんです」
翼宿の後ろから顔を出した張宿は、恐縮そうにシュンとなった。
「張宿、ううん。そんなことないよ。……でも、なんでみんな?もしかして、星宿たちも来てるの?」
「なんや、柳宿らに聞いとらんのか?」
「……うん」
「ほんなら驚いたやろ。……ここ」
翼宿はくいっと親指で後ろの家を示した。
「え?……ここって」
そういえば、と美朱はここまでの道筋を思い出す。
見覚えあるところばっかり通ったような……。
そして、その家を見た次の瞬間、それは確信に変わった。
「こっ、ここ!唯ちゃんちぃ !!?」
「今ごろ気付いたんかい!」
前のふたりとは違って、絶妙なタイミングでツッコミが返ってきた……。
「ごめーん。美朱、驚いたでしょう?」
「驚いたなんてもんじゃないよぅ。いきなりなんだもん。太一君も相変わらずなんだから」
唯家のリビングでは、残りの七星士たちが美朱を出迎えた。
部屋は完全にいきすぎた程装飾が施されていて、彼らの世界が世界なだけに、豪華中華パーティ風になっている。
事の次第はこうだ。
あの出来事から六日たった昨日の夜、塾から帰宅した唯は外から、
自分の部屋が赤く光っているのに気付き、急いで駆け込んだ。
すると、ベッドの上には無造作にページが開かれた四神天地書があって、彼女がそれを手に取ると太一君が現れたそうだ。
太一君は、青龍の巫女・唯が大きなたくさんの心残りをそのままにしたまま、
己の物語を終えてしまったことを、悔やんではいまいかと心配していた。
ひとつだけ、何かをやり直すチャンスをやろうと言ってきた。
ならば、と唯は青龍七星士にもう一度会って、みんなに謝りたいと言ったが、太一君はそれだけはと首を振った。
何者かの妨害があって無理なのだという。
それはおそらく、七星のひとり心宿があがめていたものだろうとも……。
それなら、と唯は朱雀七星士に会わせて欲しいと言った。
「……謝りたかったのよ。……まるで、私が戦わせたみたいな形になっちゃって。
青龍は亢宿、朱雀はあのふたり以外はみんな亡くなってしまって……」
「唯ちゃん……」
「ごめんね。……美朱。でも、今日一日だけ、生死問わずみんなと触れ合えると思っていいみたい。
亡くなった七星士には実体を与えてくれてあるって」
「あ……、だから柳宿にも触れたんだ。……唯、ありがとう」
「……うん」
「みんなには、もう?」
「……うん。謝った。謝って済む問題じゃないけど、どうしても一言言っておきたくて……。
いい人たちだね、美朱」
七人全員の前で頭を下げた唯に、みんなはやさしい笑顔を向けてくれた。
中でも、柳宿の言葉が印象に残る。
『いいのよ。あんたは、精一杯がんばったんだから。最後には自分と戦って、ちゃんと勝ったじゃないの。
だったら、誰もあんたを責めたりしないわよ。あんたは何も悪いことなんてしてない』
「……うん。みんないい人たちだよ」
「おぅい、そこのふたり〜。特に美朱!早く来ないと料理無くなるぞー」
「え〜!!?ダメぇ !!」
唯が、とんで行った美朱の後ろでくつくつ笑う。
鬼宿が美朱の世界に魏として現れるのはまだもう少し先のことだ。
最も彼らがこのときそこまで知り得ていたわけもないのだが。
「……そういえば柳宿。私の部屋……というより家になんで入れたの?」
「ん?……あぁ、あれね」
「無用心だよな。あんなの細いもの使やぁ、ものの五分で開いたぜ」(おい鬼宿くん、それは不法侵入)
「……そんなんできるの、あんたくらいだって。あ、うちのもん盗んでないでしょうね!?」
「……♪」
……はぁ。相変わらずなんだから。
鬼宿はちゃっかり美朱の家から、なんとなく目についた冷蔵庫の猫のマグネットを持ち出していた。
「美朱ちゃん。お勉強、頑張ってるのだ?」
「うん。……でも、なかなか進まなくって……」
「美朱さん、勉強は努力ですよ。僕も頑張ってたくさん学びました」
「えー。だって、張宿は天才なんだもん。私なんかとは違うよぉ」
「そんなことないですって。みんなやれば出来るんです」
「そうだぞ美朱。私も宮殿で官に学んで、正答言ってはよく褒められていたものだ」
「星宿ぃ。星宿だって、頭良さそうじゃん」
「……いや、私のは八割がた努力で出来た頭だぞ。まぁ、あの頃は良い帝になろうと躍起になっていたからな」
「へぇ〜〜〜……」
珍しいものでも見たように、美朱は星宿を見た。
「俺も医者になるために、十代の時はよく勉強していた。美朱、めげずに学問は繰り返しやることが肝心だ」
軫宿が、ぽんと美朱の肩に手を置く。
「そうよ、美朱。……大丈夫。ここに救えない頭の連中が、ふたりもいるから」
「こら柳宿!ちょい待てぃ!そこで俺ら指差すなドァホ!」
「どアホは、あんたたちでしょ。それともあんた、おまじめにお勉強なんてしたことあんの?」
「ない!」
「俺もたいしてねぇよ。俺んち、何か学べるほどいい身分じゃなかったしな」
「……でも、鬼宿。金銭に関しての知識……というか、生活力あるよね」
「……ありがとうよ」
あまり嬉しくなさそうに鬼宿は返事した。
「じゃ、……美朱ちゃん、オイラがいいものあげるのだ」
「え?なに?なに?」
言って、美朱はあーんと口を大きく開けた。
「……食べ物じゃないのだ」
井宿が懐から取り出したのは、一枚のお札だった。
「なぁに?それ」
柳宿ほか、一同が覗き込む。
「合格祈願のお札なのだ。気休め程度にも、机か、うちに神棚があれば祀っておくといいのだ」
「わぁ。井宿、ありがとう!私、絶対うかるよ!」
受け取って、ぎゅっとお札を抱える。
「……でも、実際肝心なのは、なにより美朱ちゃんの努力なのだ。しっかり、お勉強するのだ」
「はぁい」
「……もお、みんなしてインテリ話しとるヒマあったら、もっと盛り上がろうや。なぁ」
「そうだ、美朱。今日一日は息抜きしても良いのではないか?」
「星宿様の言う通りよ。今日は特別。ね?ほら、あんな隅っこで遠慮してる唯ちゃんも入れて、みんなで騒ぎましょ。
あたしたち、もっとあの子と仲良くなりたいのよ。……結構、いろいろ気にしてたみたいだしさ」
言われて美朱は唯のほうを見た。
……ほんとだ。よく見たら自分たちと少し距離をおいて、向こうのソファーに座ってる。
遠慮……してるの?唯。
「ああぁぁぁ!!こらっ、たま!そりゃ俺の肉やぞ!!」
「へへん。油断してるほうが悪いんだよ。いっただき!」
「ちょっと、みっともないわよ、あんたたち!」
「せやかて、こいつ俺のとっといた肉、ぜんっぶ食いおったんやで!?」
「うるせぇな。もう一回大皿からとりゃいいだけの話だろ?」
「あ……。もう、ありませんよ。お肉」
「……こっちの煮物もだ」
張宿と軫宿が、空の大皿を見て言った。
「なんやと〜!?」
……と、ここで全員がはっとして美朱のほうを見た。
「ん?……あ、ごめん。さっき全部食べちゃった」
「……いつの間に」
鬼宿があきれ返る。
「……仕方ないわね。あたしがまた作るわよ。唯ちゃん、手伝って?材料、あるかしら?」
柳宿がさっと前に出て、腕まくりをする。
唯は突然、しかも極普通に軽く自分の名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「……え」
「なぁ、唯。いっちょ頼むわ。俺、まだこいつらのせいで何も食っとらんのや」
「唯、俺もまだ食い足りないよ。頼む!」
「唯さん、お願いします。僕も何か手伝いますよ」
「……えっ、え?」
「唯ちゃん、オイラにも出来ることがあったら言って欲しいのだ」
「私も手伝おう。唯。盛り付けくらいだったら私にも出来るだろう」
「……そういえば、さっき料理してたとき火傷していたな。診せてみろ、唯」
「ほぉら、唯ちゃん、みんな呼んでるよ?……あ、私も料理手伝うよ!!」
『丁重にお断りします!』
美朱以外、唯を含める全員の意見があった。
「ひどーい!みんなしてー」
「あははっ……!」
唯の顔が、思わずほころぶ。
七星士も美朱も笑顔になった。
今日、彼ら(特に七星士のみんなは)はじめて青龍の巫女の心からの笑顔を見たのだった……。
そんな中、井宿と翼宿だけがこっそり顔を見合わせる。
「なぁ、あいつらきっと喜んどるな」
「……あぁ、これできっとあの廟を守っていた心宿も報われるのだ」
彼らがあの戦いの後すぐに、玄武、青龍、白虎の三つの神座宝をめぐる戦いに身を投じていたことを、
ほかのみんなは知らない。
その中で、青龍七星士たちの魂を見た。
今もこの子の傍に、彼らの魂を感じた。
自分たちも、そうして美朱をやさしく包んで見守ってやる存在でいたい。そう思った。
あの玉のことはまだ、言わないでおこう。様子からして、皆知らないようだし。
でも……、とふたりは考える。
きっと、また新たな戦いが始まるのだろう。そしてまた、美朱に会えるそのときが……。
きっと来る。
だからそれまで、このことは黙っておこう。
そのときが来るまで、今はこのときを十分に楽しもう。
この幸福なひとときを。
おわり
777HITのキリリク 翼さまに捧げます。美朱の世界にみんなが〜vでした。
……のはずなのですが、なぜ唯ちゃんが要に……。しかも、美朱ちゃん驚いてばっかです^^;
ほぼ第一部終了直後のお話なのですが、書いてる途中で三宝伝の存在に気付きました(汗)
なので、最後に少しそれに触れるかたちで終わらせることになりましたが、……どうでしょうか。
珠珠はいわゆる“お別れエンド”が苦手でして……。
どろどろしてしまう前に、今を楽しもう!見たいなかたちで終わらせるパターンが多いようです。今までの読んでて思った……。
でもでも、この手の分野は珠珠の得意分野なので、書いててとても楽しかったです。
リクありがとうございました。では、翼さまどうぞお受け取り下さい^^