『のぞかれたぁ〜!?』
全員の声に美朱はこくっと頷く。
「物好きな……」
ドカッ!!
「……」
魏は沈没した……。
「覗かれたって、いったい誰によ?」
柳宿は心の中で、魏の言ったセリフは押しとどめて尋ねるが、美朱は首を横に振った。
「わかってたら言わないよぉ」
ここは連の間。全員が円をつくって腰掛けても、まだまだ余裕のある大きな部屋だった。
「よりにもよって、美朱の風呂を覗くとは……許せん!」
「えぇ、星宿様、許せませんとも。あたしのほうが、美貌においては美朱より遥かに上だってのに」
「けけけ。変体の裸見に男湯覗く変体、どこにおるんじゃ」
バキッ!
「……うぅむ。確かに、私だって美しいのになぁ」
「……」
美朱がメガトンハンマーを片手に黙した。
星宿が苦笑いをする。
「美朱……。冗談だ。冗談だから、落ち着きなさい」
「美朱、相手の顔や姿とかは見ていないのか?」
軫宿の問いに美朱は「うん……」とうつむく。
「ねぇ、井宿。何か感じなかった?怪しい気配とか……」
軒先のほうで、涼むようにして何かを考えていた井宿に美朱が問う。
井宿はわからないといったふうに、首を振った。
「あのとき、あそこにはオイラたちの気以外、何も感じなかったのだ。よからぬ気ならきっと、オイラじゃなくても察知できたのだ」
だが、全員首を横に振った。
「そんなものは感じませんでした。といっても、僕はのぼせててよく覚えていないのですが」
「美朱。言っとくけど、この中の誰かがってことはないわよ。みんな一緒にいたし、第一あんたの色気のない裸見て喜ぶの、魏だけよ?」
「柳宿、あのね……」
そんなことわかりきってるだけに、だとしたら、本当に美朱の風呂を覗いたのがいったいどこの誰なのか、そろそろ本気で気になりだした。
「その光った二つの目……以外に手がかりなしじゃねぇ」
「だってぇ、怖かったんだもん!あのあとすぐ魏が来て、そいつ草陰から出てくる前にいなくなっちゃったし」
「俺も美朱にすぐぶっとばされたからな。そいつの顔、確認する時間なんてなかったぜ……」
「あかん。そんだけの手がかりで何探せっちゅうんじゃ。無理やろ。もう過ぎたことやし、気にせんと早ぅ飯でも食いに……」
「そんな単純なもんじゃないよぉ!」
「そうよそうよ!仮にも女の裸見といてねぇ、お咎めもなにもなしってんじゃあ、なんかそいつに負けたみたいで悔しいじゃない!
しかも、これを機にそういう輩はどんどん図に乗るに決まってんだから!」
「なんや、柳宿まで同調しよってからに。……見つかるわけないやろ。この世にふたつ目した生き物がどんだけおると思っとるんじゃ」
「……でも、そうでもないのだ」
「……はぁ?」
翼宿が井宿の言葉に、間の抜けた声を出す。
「井宿?」
井宿は彼らのほうは見ておらず、庭のほうにじっとその仮面の糸目を向けていた。
「美朱ちゃん……、ひょっとして美朱の見た光る目って……あれのことなのだ?」
「え?」
夜の流水庭園は、水の流れる音が静かに響き、池の水面には月の破片がいくつも散らばっているようにきらきらと輝いて見え、美しかった。
そんな庭の滝の岩山の陰には、小さな林があった。
井宿が見ていたのはそこだ。
キラッ
「あ!」
光った……。ふたつ……。
誰ともなく声を漏らす。
ただひとり美朱の顔だけが、がぁっと変わった。
「あ!あああぁぁぁぁ、あれ、あれ!あれだよ!私が見たふたつの目ー!!」
「何だって!?」
「よっしゃ、まかしとき!」
庭に一番近いところにいた井宿と翼宿が先に飛び出す。
「おい!そこの!覚悟しいや。俺にみつかったんが運の尽きやったな。怪我しとうなかったらさっさと出てこいや、この変態覗き魔!」
浴衣の帯に下げてあった鉄扇に手をかける。
井宿も一応、錫杖を構えた。
「おとなしく投降したほうが身のためなのだ。でなきゃ、この翼宿に死んだほうがましなくらい、ひどい目に遭わされるのだ」
「……こらぁ、井宿!人を鬼みたいにぬかしおって!鬼(たま)はひとりだけで充分じゃ」
「脅し文句なのだ。こういえば、びびって出てくると思うのだ」
「……三頭身もどきの顔で言われたかて、説得力あらへんわい!」
「……出てこないですね」
張宿に言葉に、翼宿が黙る。
林に浮かぶ光にはやはり動きがない。
たまに両の光が同じように瞬きするので、それが目であることと、ややその位置が低めであることがわかるだけ。
「往生際が悪いわね……」
「観念しろよ……。わざわざこんなとこに、性懲りもなく現れやがって。謝っても許さねぇ!」
ボキッ
柳宿と魏が指を鳴らす。
ガサガサ……ガサッ……
「?」
警戒しながら歩み寄っていた井宿が、何かに気付いてふっと首を傾げた。
林の草木の葉が小刻みに揺れている……。まるで、小さく震えているように。
それに……この目は……。
シャンッ
『!?』
「なんのつもりや、井宿!」
井宿は錫杖でみんなのゆくてを遮った。
「みんな、やめるのだ。怖がって出てこれないのだ」
「はぁ……??何ゆうとんねん!大の男が怯えて出てこれんってか?ふざけんなや。ほんなら、俺の鉄扇で嫌でも飛びださしたる!……烈火っ」
「やめるのだ!!」
ボカッ
「……っだぁー!柳宿、お前は言葉の前にいちいち人の頭殴るんかい!」
「いやぁね、人を暴力狂みたいに言わないでよ!それに、あんたたちに触れてられるのも、あとちょっとなんだからさ」
「あんなぁ……」
「もう大丈夫なのだ。誰もいぢめたりしないから出てくるのだ、娘娘……」
『にゃ、……娘娘!?』
……ニャン?
「で?なんでお前がここにおんねん。散々おどかしよってからに」
「脅かしてたのは翼宿のほうなのだ」
「あ……、あなたほんとに娘娘?なんか……」
蓮の間で全員座って、井宿のひざの上にいた娘娘は、美朱にそうきかれて自信なさそうに答えた。
「ナンバー5ね。……ちょっと人見知り激しいね」
「そ……そうなんだ。それで井宿の言ってたように、怯えて出てこれないで……私のお風呂覗いたのも、あなたなの?」
こくっと頷いたのを見て、一同は『はぁ〜』と脱力した。
「申し訳なかったね。娘娘ひとり大極山にいても、楽しくなかったから来てしまったね」
「そうか、あとの娘娘の体はみんなが借りてるんだもんね」
「美朱と遊ぼうと思ったけど、叫ばれてつい隠れてしまったね……」
「ごめーん!わかんなかったのぉ」
「あと、太一君からの言付けも持ってきたね」
「ことづけ?」
井宿が顔を覗かせると、娘娘は嬉しそうに答える。
「これね」
「……石。いや、水晶玉?」
「これを……んーと。あ、あの池でいいね。……えいっ」
娘娘は中庭の池にぶんっと青い真球を投げ入れた。
半立ちになって、みんなの目がそれを追う。
「……なんや?」
ぼこぼこ……ぶくぶく……。
突然、玉を投げ入れた辺りに、無数の泡が立ち上りはじめる。
みんなが「?」という顔で、固唾を呑んで見守る中……。
「こぉらぁー!!娘娘!遅いではないかぁ!!」
「あ!太一君ね。……あれ?みんな?」
しかし、答えることのできる人間はいなかった。
「これ、娘娘!きいとるのか!?……皆はどうしたのじゃ?」
「……みんな、泡吹いてるね」
「……」
“太一君アップ”の、しかもひさびさの実物で、みんなはこのとき生死の境を彷徨ったとか……。
そのうち約四名に関してはシャレにもならん状態だった。
「まったく、失礼な連中じゃ……。せっかく人が使いを出してやったというのに」
「んなこと言ったかて、恐ろしいもんは恐ろしいんじゃ!アップでこられた日にゃ、心臓止まるわ!ボケ!クソババ……ぐごごっ!」
柳宿と魏が翼宿の口を塞いだ。
ここで機嫌を損ねられても困る。話が長くなり本題が見失われるのは目に見えていた。
そろそろ彼らには、時間がもったいなく思えるようになってきた。
夕食の時間はとうに過ぎていたのだ。
「……まぁ。ふたりに免じて、今のは聞かなかったことにするが。もう夜ではないか。娘娘、いったいどこで道草くっとったんじゃ?」
「えへへっ……」
「まぁ。よいわ……」
「ところで、娘娘の言っていた言付けとは、一体何なのですか?太一君」
軫宿が問うと、太一君は「それはじゃな……」と話し始めた。
「ん〜む。こういうことなら、まわりくどいことはせずに直接、お前たちに伝えればよかったの」
「それは……まさか」
井宿の言葉に「うむ」と頷く。
「井宿、お前ならそろそろ気付き始めるころじゃと思うとった。……それは、時間じゃ」
「時間?」
美朱が言った。
「そう、時間じゃ。すまんがお前たちに……ことに既に死んでいる4人に関して、残された時間はもうあとわずかしかない」
「わずかって……どういうことなんです?あたしたち、あしたまでこの体でいられるはず……でしょう?」
「じゃから、すまぬと言っておる。娘娘たちも女神とはいえ、長いこと体から意識を消すのには限度があった……」
「あ……!」
そうか、娘娘……。
「お前たちの魂がそろそろ体から離れてきとるんじゃよ」
『!!』
4人が井宿のほうを見る。
井宿は眉間にしわを寄せて、静かに頷いた。
「予定では、明日まで大丈夫なつもりだったのだが……。流石に、もう限界のようじゃな。4人は転生のため、その体から離れたら、
魂としてそこに存在することはできぬ。地上にいすぎると属に言う幽霊と同じで、もうずっと生まれ変われなくなってしまうからの。
大極山でだけじゃ」
「えぇ〜〜〜〜!?」
美朱が叫ぶ。
「そんなぁ……」
「……美朱、しかたないわよ」
「柳宿……」
「そうだ……。娘娘にあまり無理をさせるわけにもいかないからな」
「星宿……」
「……大丈夫です。また、逢えます。必ず。きょうは楽しかったです」
「張宿……」
「美朱、これからも魏と仲良くな。また逢える日を楽しみにしている」
「軫宿……うん」
「これこれ……、そう慌てるでない」
『?』
「何も、今すぐとは言っとらんじゃろ。あと少し、夕飯くらいはともに過ごしてこい」
「太一君……!」
「特別じゃ。娘娘にわしの気を与えておく。ほれ!早くゆかんか。時間が惜しいんじゃろ?」
シュンッ
その言葉を最後に、太一君は消えた。
「……なんや、あのババァもイキなことしてくれるやないか!」
ぐうぅきゅるるるううぅぅ……。
「あ゛……」
「……美朱ぁ」
柳宿があきれた顔になる。
「えへ……へへっv」
「よっしゃ!」
「翼宿さん?」
「飯や!いくでぇ!これが最後なんやから、転生しても向こうの世界に帰ってもうても、ずっと忘れられんようにせいぜい盛り上がるで!なっ!!」
皆は互いに顔を見合わせ……、ふっと笑顔になった。
『おう!!』
おわり
……終わった。
実はこのひとつ前「憩いの湯1」UPの段階ではもう半分書けていたのに、
もと……つまり私はまずノートに書いてからUPしているのですが、そのもとが訂正だらけで、
しかも時期も時期なだけにテストetcと重なって、なかなかUPできずにいたのです。
テスト勉の合間を縫っての祝・UP♪(いいのか、そんなんで!?)
第二部終了の直前にあったできごと、ということなんですが、
少々、強引だった……!?
ほんとうは夕食まで書いてみたかったり……。
しかし、書いたら起承転結の下手な私のことです。それこそ延々とエンドレスになりかねない。
さらに、原作の終わりを裏切る可能性も……などと考えていたら、こんなかたちとなりました。
途中、マイ設定(とくに娘娘No.5)が混入したことについては……無視してください(爆)
というけで(どんなわけだ?)、「つかの間の別離れ」とりあえず完です。(さぁ、次はキリリクの考案レッツゴー♪)
最後まで読んでいただきありがとうございます。(これが一番長かったですね(汗))