時は第二部、星宿の息子芒辰の涙から三つめの玉がみつかり、魏と美朱はとりあえずいったん自分たちの世界に帰った。
残された七星士星宿、翼宿、井宿の三人は、次の玉の手がかりを探すべく、宮殿に別れを告げた。
都というキーワードで星宿の次に近いものといえば、柳宿だ。
「柳宿の姓は“超”だと聞いている。鳳綺にも確かめたから、まず間違いないだろう」
「けど、そんなんきっとこの栄陽やったら、同じ名字が何軒あったっておかしかないやろ?
しらみつぶしに一軒一軒あたるんかい」
「じゃ、オイラがこれから役所に行って訊いてくるのだ。きっと混んでて遅くなると思うから、
翼宿は今日泊まる宿をとっておいて欲しいのだ。娘娘も翼宿たちと一緒にいるといいのだ」
「ちょー待てや、井宿。俺、今何か押し付けられた気ぃしたで……?」
「……娘娘?」
「いや、こいつやのうて……」
翼宿はすわった目で娘娘を見る。だが、彼の意識は確実に馬の後ろのほうに腰掛けている星宿に向けられていた。
宮殿を出てからというもの、星宿の口からは愛妻・鳳綺と、愛息子・芒辰の名が絶えない。
もうすでに、翼宿も井宿も耳たこである。
はぁ……。
「……?なんだかわからないけど、じゃ、オイラ行ってくるのだ」
「あ、おい!井宿!」
しかし、井宿の馬はすでに手の届かないところまで行ってしまっいた。
「……さて、翼宿。我々は言われたとおり、宿を探そう。宿に着いたら、私がめいいっぱい芒辰の話をしてやろう」
「ヤや !!」
栄える栄陽に宿屋はごまんとあったが、どこも既に満室状態だ。
散々たらい回しにされて、その間中星宿のナルシーモードは続いた。
宿を渡り歩いたことよりも、翼宿はある意味それで今日一日分のかろうじて残っていた残りの体力を、
どっと一気に消耗した気がした。
「次行くとこは空いとるんやろうなぁ。まったく、人様をよってたかってたらい回しにしおってからに」
「……そうだな。私もそろそろ休みたい。霊魂に疲れなどないと、思っていたのだがな」
「星宿たちは特別ね。限りなく肉体に近いようにしてあるね。属に言う幽霊とはまったく別ね」
「そりゃま、確かにな」
「太一君の配慮ね」
そんな会話をしつつ、翼宿は前の宿で紹介された宿に馬を向かわせる。
宮殿での騒ぎもあって、考えてみればここのところ休みなしの彼らだ。
今までの疲労もあって、自然と注意力も散漫になってしまう。
……そんなときだ。事故が起こったのは……。
通りの脇から急に何かが飛び出してきた!
「っどわぁ!?」
ヒヒィィィ〜ン!
馬があまりに唐突なこと驚いていななき、前のひづめを高く持ち上げる。
その下にいたのは、なんと小さな男の子だった。
まずい……!
「翼宿!」
すぐ背後で星宿が叫ぶ。
「うっうわあぁぁぁぁ……!!」
子供が身構え、ぎゅっと目を伏せた。
「ちぃ……!」
翼宿はぐいっと馬の手綱を強く右後ろに引き、方向転換!
ヒヒィィィン……ブルルゥゥ……。
「……ほれ、落ち着けや。……よしよーし」
何とか成功し、馬のひづめは子供を直撃せずに済んだ。
軽く馬をなだめる。(第一部から比べれば相当の進歩だろう)
「おい!こら、ぼうず!急にとび出しおって、危ないやろ!」
翼宿の怒鳴り声を聞き、子供は恐る恐る目を開けた……。
「……?」
どうやら、自分が無事なのを不思議に思ったようで、大きな目をパチクリさせる。
「子供、無事か?」
星宿が傍に寄るが、当然ながら見えていないようで、子供に反応はない。
「……おい?何とか言うたらどうや」
「翼宿、子供のすることだ。そうむきになるな」
「せやかて、一歩間違うたらあわや大惨事やったっちゅうのに、このガキは……」
ふるふるふる……。
「ん?」
子供の両腕が小さく震えているのを見て、星宿たちは「?」という顔で子供の顔を覗き込んだ。
見ると、口はへの字になり、カッと赤面した顔は今にも泣きそうになるのを必死に抑えているといった感じだ。
「お……おい」
俺か?俺が泣かせたんか……!?
「翼宿……」
星宿がすわった目で翼宿を見る。
「っだぁ〜!もう……」
翼宿が頭をかきむしって馬から降りようとしたとき、子供はその顔のままキッと翼宿を見上げた。
その頬は、今にも泣き声を上げそうなくらいに赤く膨らんでいる。
しかし、この次に子供は信じられない行動をとったのだ。
「ベ っだ!!」
……一瞬、星宿と翼宿が間の抜けた表情になる。
「……んなっ !?」
あっかんべーをしてのけた子供は、翼宿の顔が引きつったのを見て、満足そうにいたずらっぽくニッと歯を見せると、
たっと通りのほうに駆け出した。
「あ、こら!このくそぼうず!そんな謝罪あるかい!!」
しかし子供は悪びれる様子もなく、大通りの真ん中まで走っていき、まるでからうようにまたこちらに向かって舌を出した。
完全に頭に血が上った翼宿が、「このぉ〜!」と叫ぶ隣で、星宿はあることに気が付いてはっとする。
町衆の視線が、一気に突然大通りにとび出してきた子供に集中した。
そのどれもが驚愕に満ちている。
子供が気付いたとき、まさかまん前にとび出してくる者があろうとは思わずに、左から勢いよく走ってきた馬車の、
御者の表情が大きく歪んだ。
馬車は既に目の前に……!
「!?」
子供の目が皿のようになる。
さっきと全く同じシチュエーション。馬の影の下にいた子供に、もう逃げ道は……ない。
「危ない!!」
「言っとる側からっ……!!」
先に気付いていた星宿のほうが、わずかに早く地(?)を蹴った。
「 っ!」
手を伸ばし、子供と馬車の間に滑り込むようにして、飛び込む。
庇うように子供を抱きとめようとした……だが。
スゥッ……!
「!?」
その腕が子供を包むことはなく、嫌な感覚とともにその体を通り抜ける。
そうだ……。私は……。
一瞬のうちに、あのときの芒辰の哀惜がフラッシュバックし、胸が詰まった。
「くっ……!」
耳のすぐ近くで翼宿の声を聞いた。
気が付いたときには、道の脇に横たわった翼宿と子供の姿があって……。
それを見て、馬車さえも今の一瞬で自分の体を通り抜けていたことに気付く。
彼は子供が無事なのを確認してから、そっと自分の透けた両手の平に視線を落とした。
「……星宿」
娘娘の声は、随分と遠くから聞こえてきた……。
「私は……ここにいるというのに。もどかしいな……」
「星宿様……」
その後、やっとのことで宿がとれ、星宿は部屋の隅にあった鏡の前で立ち尽くしていた。
道中、前とはうってかわってテンションが下がり、ずっとこの調子だった。
……先程のあれが原因なのは言うまでもない。
結局、あの子供は礼のひとつも言わずに、走り去ってしまった。
腹ただしいことこの上ないが、星宿がこの調子だったので深追いはやめることにした。
これはこれで無駄に体力を浪費せずに済んだが、彼が妙にテンション低いと逆に、
精神的な面で体力を浪費するのだということに翼宿は気が付く。
宿に来てからというもの、ずっとこの調子で星宿は自分の写っていない鏡を見続けていた。
「……なんや、芒辰様の件でふっきれたと思うとったんやけどな」
「翼宿!ことはそんなに軽くないね」
娘娘が翼宿をピシッと叱咤するが、聞いていた星宿は別にこれといって気分を害したわけでもなく、
「自分の写っていない鏡ほど、見ていて辛いものはない……。確かに、鳳綺にまた会えて……芒辰に会えて、嬉しかった」
独り言のように続ける。
「だが、それは父親として寂しいセリフだと思わないか?翼宿」
「……」
「この先、息子が成長するさまを、愛する妻と見ていくことは叶わないのだ。……男として、父親として……、
これ以上に切ないことがあると思うか?」
「!!」
振り向いた星宿の顔を見て、翼宿は息を呑む。
悲しい顔は、しかし、それでも自嘲気味に笑おうとして、それが余計に今の彼の心情を如実に語りかけてくる。
「……星宿様、ほんまは芒辰様たちと別れたなかったん……」
「当たり前だ。できることならずっとあの場に留まっていたいとさえ思った。だが、……別れは長くいればいるほど
余計に辛くなる。だから私は、お前たちと一緒に魏の記憶の石を探すほうを選んだ。魏には芒辰を抱かせてもらったし、
なにより彼を大切な仲間として救ってやりたいからな。……翼宿、私は別に死んだことを悔いているわけではないのだ」
星宿の表情が少しだけ和らぐ。
「むしろ私は、皇帝や朱雀七星士としてある前にひとりの男として、国のため……愛する人のために戦って散れたことを、
誇りに思う」
正直、自分の短い生涯であのときほど充実したときはなかった。
だが、今、唯一心残りなのは家族のことだった。
我儘なのはわかっている。
しかし、抑えようのないこの感情は……切なさはどうしたら消えるというのだろう。
息子に逢ってからというもの、それが余計に切実なものに変わっていって……。
叶わないと思うほど、さらにその想いがせきをきってあふれ出す。
「私はひとりの男としては、悔いのない一生を過ごせたと思う。けれど……、死して後に父になった私は、
……あのふたりに一体何をしてやれる?この体で何ができるというんだ」
「……笑顔を与えたったやないですか」
「……翼宿?」
「鳳綺さんも芒辰様も……笑っとったやないですか。あないに幸せそうに。……俺は、それでよかったと思う……んやけどなぁ」
「星宿、何故芒辰殿下の涙に玉が宿ったか、わかるね?」
「……なに?」
娘娘はそっときりだす。
「記憶の玉は、朱雀七星士たちの縁(ゆかり)のあるところに存在するって太一君言ってたね。けど、それ、
言い換えれば七星士たちの大切なものがあるところね。玉が宿るのはきっと、互いに強く求める心のあるところね……。
星宿の場合は、鳳綺さんとその身体に宿った芒辰殿下だったね。柳宿もきっとそうね。玉は亡くなった七星士たちを、
最後にもう一度だけ大切な人のところへ導く道標とも言えるね。……星宿、別離れが辛くなるくらいならいっそ、
会わなかった方がよかったね?」
「いや……そんなことはない!……絶対に」
「だったら、冷たいこと言うようだけど、それ以上望んではいけないね……」
「……わかっている。わかっているからこそ、余計に辛いのだ……」
娘娘と星宿のやりとりをそれまでおとなしく聞いていた翼宿が、頭をぽりっとかいた後に、はぁ……とため息をついた。
「……なぁ、星宿様ほんまに息子の成長する姿、見れんのか……?」
娘娘と星宿のどちらにも問いかけるような口調で、ぼそりと呟く。
「……どういうことだ?翼宿」
星宿は不思議といった顔で、翼宿を見る。娘娘も同じだ。
「あ、……いやな。俺、こう思うんやけど……例えば、この件がなんもかも無事に全部終わって、
四人が生まれ変われるようになったとすると、当然みんな遅かれ早かれ生まれ変わるんやろ?星宿様も」
「……あぁ」
「ほなら、それって相当遅くならん限り、芒辰様らが生きとる世界にまた生を享けられるっちゅうわけやないですか」
「!?」
星宿の表情が変わった。
「芒辰様は今は皇太子で殿下やけど、先帝の実子なんやから、そのうち即位して皇帝陛下になるやろ……この紅南国の。
せやったら、この国にまた生まれてくることが、息子の成長見ることと同義とちゃうんですか?」
「そうなのだ。翼宿、たまにはいいこと言うのだ」
「どわぁっ!?」
耳の後ろから声が聞こえ、翼宿は半ば反射的に前のほうにつんのめった。
「なっなんや、井宿かいな。……おどかしおって」
「ただいまなのだ!」
「井宿……」
井宿は星宿のほうを見て、だいたいの状況を察したようにそっと笑んだ。
「翼宿の言う通りなのだ、星宿様……。芒辰様がいずれ帝となってこの国治めることになる。だとしたら、
その国の中で生き、国を見ることが芒辰様の成長を見ることと同じなのだと思いますのだ」
「……そうだ。芒辰はいずれ私の跡を継ぐ、立派な皇帝としてこの紅南国に君臨する。
芒辰が作り上げる国とともに……私は生きれるのだ」
星宿の頬に興奮したように赤みがさす。
そのためにも、私は今、目の前にいる敵と向かい合い、自分の持てる精一杯の力で、愛した人達を守っていくのだ。
自分を父と呼んでくれた芒辰。愛する鳳綺。そして、この国の未来のためにも今一度私は、七星士としての使命を果たす。
星宿は、高揚感に満ちた顔で、ぐっとこぶしを握った。
「……らしくない。何を弱気になっていたのだろうな、私は。先の帝、彩賁帝ともあろうこの私が、
息子の良い手本にならずにどうするというのか」
言って、さっきまで見ていた鏡にまた視線を向けた。
しかし、そこにはやはり自分の美しい容姿は写ってはいない。
けれど、確かに星宿の中では、その鏡に微笑む自分がいた。その鏡の向こうに……愛する家族。
鳳綺と芒辰の姿を見て……。
鳳綺と出逢うまで夢だったものが、自分の守るべきものとなった今、ふたりのその涙、その笑みに応えるためにも、
自分は七星士の星宿としてここにいる。
私は確かにここにいる……。
そんな星宿を見て、ふたりの七星士と娘娘はやさしい顔を見合わせた。
「ところで井宿、柳宿の実家は?見つかったんかい?」
「ばっちりなのだ!今日のところはここに泊まって、明日にでもすぐ向かうのだ」
「そうだ。明日になれば、美朱たちもまたきっとこちらに来るだろう」
「俺もそう思うわ。んでもって、また人の頭に落ってくるんやろうな、あいつらは」
ここでみんながくつくつと笑う。
「……よぅし、翼宿。今宵は私が、芒辰の話をしてやろう!」
「へ?」
「じゃ。オイラはあっちの部屋で寝るのだ」
「娘娘もー!」
「なっ!こ、こらこらこらっ!井宿、娘娘!?」
「さぁ、翼宿。素晴らしい芒辰の将来の姿など、共に想像しようではないか。きっと私に似て、
それはそれは美しい帝となるだろう……」
「ヤやぁ !!」
完
おまたせしましたー☆ 555HITのキリリク、シリアス星宿です。
……にしても、果たしてこれはシリアスなのか……。
どうも翼宿が出てくるとギャグ傾向が!珠珠のギャグ発作がぁ〜!!
すみません。こういうやつなので。
……あぁ、でも、なんだかいざ差し上げるとなると緊張しますーー;
気に入って頂けるのでしょうか……(あたふたっ)
でも、珠珠なりにがんばって精一杯星宿をかっこよく(?)書いたつもりなのです。
私の中で星宿は大人で、でもどこかほっておけなくて、実は感情的で……。イメージカラーは赤なのです。
七宿の中で一番朱雀という存在を感じさせた人ですね。
ではでは、この「次代のために」を星夜さまに捧げます。