ここは以前スズメバチが巣をかけ、その古巣をヒメネズミが子育てに使っていたことがあり、引き出しの裏側に小さな穴が開けられたままになっている。闖入者があったとすれば、やはりネズミだろうか。
 丹念に探すと、特徴であるブドウの房状の巣の面影を、わずかに残す片々がいくつか目に付いた【前ページ写真左】。
 空になった穴がほとんどだが、フタが開きどろっとした琥珀色の蜜が見える貯蔵庫もいくつかあった。小指の先ですくって舐めると、ねっとり濃密な甘味が舌に広がる。
 改めて図鑑等を見ると、蜜はハタラキバチなど成虫の餌に、花粉は幼虫の餌や巣材に使われ、巣はほかの大方のハチ同様その年で終わり、新女王だけが巣の外に適当な場所を探し、ひとり冬を越すという。
 ハタラキバチはみな死んでいなくなるというのだから、そのエサとなっていた蜜の貯蔵庫は、この時期カラッポであって不思議はない。
 それにしても−と、ふと思う。
 春先からついこの間まで、野の花を巡り蜜や花粉を採取するハタラキバチの、活き活きした姿をずっと目にしてきた。今となれば、あれは夢まぼろしか。一生を数ヶ月で完結する彼らには、人の世の無常観などあるはずも無し。哀れのような、うらやましいような―。
 

巣の近くでスズメバチに襲われたマルハナバチ