秋の風に吹かれるまま、富士見高原を訪れた。
初めて訪れた町営『高原のミュージアム』は、尾崎喜八はじめ井伏鱒二、田山花袋、田宮虎彦、宇野浩二、伊藤左千夫らゆかりの詩人、作家、アララギ歌人の資料を常設展示してある。竹久夢二展もあって、そこそこ賑わっていた。
そこを出て南アルプスの山塊にすり寄ると、裾をうすく染めはじめた八ヶ岳の雄大な峰々が視野におさまった。白いススキ野をサワサワと風が渡ってゆく。文学の里は秋の気配がよく似合う。【写真/クリックすれば拡大します】
少し下り犬養毅の別荘だった白林荘を見て、目の前の飲食店に入った。
屋敷林に囲まれたけっこうな構えの別荘風建物である。
その1部を改装した店は、はじめどこにあるのか分からず、居住棟の玄関を覗いてしまった。店内は喫茶食堂居酒屋(?)といった風情の不思議なたたずまい。
おかみは先ほど見てきた夢二のモデル、お葉に面差しが似ている。
そう言って昼定食を頼むと、うれしそうに
「あれ、ほんとうに」と、はにかんだ表情でにっこり笑った。
相棒が「ただあちらは10頭身だったけれどね」とまぜっかえすと、
フフンと聞き流して、広島から空気のきれいな富士見高原へ転居したこと、ずっと原爆の影を引きずって来たことなど、重い人生を問わず語りにサラリと語った。
「あなたのリードで島田が揺れる・・・・♪」
ずいぶん古いし、それに真昼間から聞く歌でもない。
あまりに唐突であっけにとられたが、そぶりにはだせなかった。
居合わせたふたり連れの女性行楽客は、おしゃべりに夢中を装っている。
手伝っているお嫁さんはニコニコ見守り、孫娘はてきぱき調理を始めていた。
店を出るとき、おかみが駐車場まで見送ってくれた。
ことし八十歳になったという。
なんとも不思議な空間に迷い込んだ気分だった。