ぼつぼつ熟したころあいだろうと、果実酒にするチョウセンゴミシを採りに出かけ、山みちでメスのニホンジカに出合いました。
 20メートルほど先でこちらに背を向け、雑木の葉を食べていたこの鹿は、人の気配を感じて静かに振り向いたものの、いっこうにあわてた風はなく、逃げるそぶりもありません。
 ニホンジカは警戒心が強く、人の気配を察知すると一目散に逃げてしまうのが普通。だから、生息数は増えていると言われるわりに、姿を見るチャンスは意外に少ない大型動物です。
 ところが、どうも様子が違います。
 ゆっくりゆっくり歩きながら、時おり立ち止まって、背の低いチョウセンゴミシの葉を食べています。
 緩慢な動作はまるで牛。当方の存在は完全無視です。
 デジカメを忘れたので、しかたなく携帯電話で写そうと、少しずつ近づき、とうとう鹿との距離は2メートル弱。ふさふさした白い尾があと二、三歩で手に触れるほどの間近です。
 ようやく振り向いた目を見て、光がないのに気づきました。
 一見がっしりしたからだに、衰えは感じられないのですが、老いたのか、それとも病いなのか。感情のない目に向かって「いったいどうしたんだ」と、思わず声を出したけれど、返事のあるはずもなし。ゆっくり茂みに消えるのを、何か不思議な気持ちで見送ったのでした。 

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惜桜小屋日記

2005年10月9日(日)


※携帯電話で撮影したためこれ以上大きくなりません。