「家族で蓼科のペンションに一泊するけれど、大勢いたほうが楽しいからこないか」と、友人から誘いを受け、図々しくも二つ返事で飛び入り参加させてもらいました。土曜日のことです。
 オーナーと女将の心遣いで、たまたま重なったHさんの誕生日を祝って、ワインで乾杯を繰り返し、楽しく賑やかな一夜になりました。それにペンションにやってきた野鳥やキツネ、オーナー家族の一員になっているアナグマとのふれあいも、印象深いものでした。

 ガラス窓をはさんで、手の届きそうなデッキの給餌台に、来るは来るは千客万来。ウソ、キジバト、ヤマガラ、ゴジュウカラ、シジュウカラ等々。なかでもノド元を真っ赤に染めたウソは、群れながらひっきりなしにやってきて、ヒマワリの種を実に上手に食べています。
 大人しく順番を待つ礼儀正しいのもいれば、先客を追っ払って入れ替わる無法者もいるけれど、大きさや腕力、胆力!?の序列できまるのか、なんとなく秩序が保たれているようです。
 ミズナラの若葉に薄闇が忍び寄る7時近く、やっと最後のウソが食事を終え、森の中へ飛び去ってゆきました。

 夕食の後はキツネの観察会になりました。
 「コンちゃん。お客さんだよ。おいで」
 女将の呼びかけを聞いて、暗闇から現れたのは4匹のキツネ。つやつやした毛並みの精悍な姿。もう三年も続く日課とはいえ、妙ななれなれしさはなく、野生の矜持を保った行動です。
 「ひとりだけひ弱で神経質なコがいるのよ」
 我々はデッキで息をこらして見守り、二、三メートルまで近づけるのは女将だけ。与えられた十数きれのパンを分け合って食べると、前後二方向に別れ、林に消えて行きました。

 「餌付けをしていることについて、いろいろご意見をお聞きするけれど、できれば今の関係を続けられれば」
 女将は、野生動物の餌付けについての賛否論議に、迷いを感じているようでした。私たちのなかでも意見は少しだけ分かれました。
 もっともただ一人否定的な意見を披露した友人も、単に一般論を言ったにすぎず、この夜のふれあい体験を存分に楽しんでいたのですが。

 人に危害を及ぼすまでになって、条例で餌付けを禁止している群馬や日光のサル、神戸のイノシシなど、行きすぎたケースもたくさん報告されていますが、これらはあくまで特異なケースであって、現状はむしろもっともっと人と野生が触れ合う機会や環境を増やすべき段階にある、とはいえないでしょうか。
 今、ざっと周囲を見渡しても、餌付けの弊害を心配しなければならないほどの、人と野生のふれあいの事例は見当たりません。
 ひるがえって、野生の領域に、ただ無神経に踏み込むようなことはせず、ほどほどの距離と、ほどほどの緊張関係を保ちつつ、信頼の心を通わせている、ペンションの女将とキツネの姿をながめる限り、そこになんら弊害があるとは思えません。

 ふれあいの機会をたくさん持ち、互いの理解を深めることによって、ともに負担にならない微妙な距離感を体得していったときに、はじめて人と野生の共生も、さりげない現実となるでしょう。
 野生動物を飼うことや餌付けの問題は、それにタッチする人の志(こころざし)がどこにあるかによって判断すべきであって、画一的な決め付けは、なじまないテーマのような気がします。 
 

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惜桜小屋日記

2005年6月19日(日)


女将の呼びかけを聞いて、夕闇に静まる雑木林から音もなく現れたキツネは、妙ななれなれしさは見せず、野生の矜持を失っていない様子なのがうれしい。左上は給餌台にやってきたウソ【クリックすれば拡大】