山中深くひっそり鎮座するというその山の神は、峠から稜線沿いに林の中を歩いて十分ほどのところにあるという。
御柱年でもなければ話題にのぼることもない小さな祠である。
正式には北の山の神、別名「矢垂社(やだれしゃ)」という。
 そのいわくありげな名前にも、山中にあって行き着く道すじの不確かなところにも興味をひかれ、知人を誘って尋ねてみた。
車道からの入り口は、腰ほどもある夏草に閉ざされていた。
 そこから林へ分け入り、けもの道に毛の生えたほどの細い山みちを、500メートルほど尾根に沿って歩くと「矢垂社まで100m」の標柱があらわれる。矢印に従い、今度は道すじもない雑木林をなだらかに50メートルほど下ると、ふた抱えほどもある樅の大木の根元に、粗末な木の祠(ほこら)が見えた。
ろくな山みちもないのに、なぜこんな林の中に山の神が!?。
その疑問はすぐに解けた。
祠のすぐ下に軽トラでも通れそうな山みちがある。この辺がちょうど峠になっている。山の神は峠の頂上に祭られているのである。
 道は片一方は草深く、もう一方は踏み固められているけれど、ひとの往来する気配はあまり感じられない。
 どうやら隣の岡谷市湊に通じているようだ。
この山の神も岡谷市側からこの山みちを通ってやって来た入山者が、安全や山の豊穣を願ってお参りをしてきたのだろう。

 祠の中に賽銭の古びた五十円硬貨が一枚見えた。
ふんぱつ!?して百円硬貨一枚を投げ込み二礼二拍。
往時はこんな参拝者が毎日のように足を止めたに違いない。

惜桜小屋日記

2004年8月7日(土)