銀杏の葉
銀杏の葉よ
一つが二つになったのか。
いてふの葉よ
二つが一つになったのか。
不思議な象(かたち)、
異様な姿、
かって、才(さい)ゆたかな詩人に
戀のこころを
ささやいたではないか
かって、すぐれた哲人に
宇宙の秘密を
語ったではないか。
それだのにどうして
汝はいま
分裂に惱む魂に
その痛ましい姿を
まざまざと
映して見せるのだ。
見よ。
右なる鑿(のみ)、左なる撥(ばち)、
灰色の腦味噌、紅(くれない)の血しほ、
その和し難い矛盾、
その絶えざる闘争、
かくして亡びた魂のいくつを
知ってゐないとでも思ふのか。
銀杏の葉よ
汝は二つに裂けてゐる。
いてふの葉よ
汝は二つに破(わ)れてゐる。
(巴里心景、『九鬼周造全集』第一巻、岩波書店)
念のために他の例を引用しよう。一人の日本人がテレサと全く同じ体験に遭遇し、それを文学的にきわめて上手に散文詩の形で表現した。
作者は哲学者の九鬼周造。彼はこの詩を、パリ滞在中、大正15年(1926)10月、雑誌『明星』に「巴里の寢言」と題して小森鹿三のペンネームで発表した。
九鬼周造は、ハイデガー、ベルグソンに親しく教えを受けながらも彼らとははっきりと一線を画していた。彼は哲学の正統派の立場を堅持したのである。
画題:Sir Edward Burne-Jones (1833-1898)
La Roue de la Fortune,
1877-1883
Musée d'Orsay, Paris
Michel Laclotte
"Paintings
in the Musee d'Orsay"
Editions Scala 1986
運命の車輪と
銀杏との間に
どのような相関性があるかって?
そこまでは教えられない。
考えてください。
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