血管を切り開き、永遠の自由をかちえたい

1772.3.16.

 フォン・B嬢が夜会の件で、伯母からお説教をくらい、ウェルテルの人柄を
くさされるのを黙ってきかざるを得なかったと聞き、ウェルテルは、ウェル
テルを面罵する男には側腹に短刀を突きさしてやりたい、と願い、自分も血
管を切り開き、永遠の自由をかちえたい、と願う。

 くさされば、自分の非を認め自分は馬鹿だったと笑いとばす人も居ように、
ウェルテルは自尊心が妨げとなり、恥辱には死で報い、恥辱は死であがなお
うと考える。それにしても死の概念はどこからウェルテルの心の中にしのび
込んだのか? ゲーテはまだ語ろうとしない。

 不自由な閉鎖空間を切り開くには死しかないとの論理で通している。

 また、「面罵する男には側腹に短刀を突きさしてやりたい」と外界にたい
する暴力への欲求が出てきていることも注目しておきたい。内界では死の欲
求として生じる意識が、転じて外界には暴力への欲求にすりかわる。

画像:
Egon Schiele (1890-1918)
『一個のオレンジがただひとつの光だった』1912
グアッシュ 水彩 鉛筆 紙
ウィーン、アルベルティーナ素描版画館

シーレは、ノイレングバハで逮捕・拘禁された三日後、1912年の416日に乏しい画材を受けとった。拘留中に書いたとされる日記には、419日付けで次のように記載されている。「ぼくは独房の簡易ベッドを描いた。くすんだ灰色の毛布の真ん中に、ヴァリーが差し入れてくれた一個の輝くオレンジがあった。この部屋のただひとつの輝く光だ。このわずかな色彩の箇所は、ぼくにとって言葉には表せないくらい素晴らしいものだ」。

クリストファー・ショート
『シーレ』
松下ゆう子
西村書店 2001

1772.3.24.
 ウェルテルは宮廷に退職を願い出る。

1772.4.19.
 免官に辞令が出る。大使は餞別として25ドゥカーテンをくれた。

1772.5.5.
 明日ここを出発し、六哩ほど離れたウェルテルの生地をまずおろずれて、

               幸福な夢をみて過ごしたむかしの日々の想い出に耽(ふけ)りた
         い・・・・

1772.5.25.
 戦争に行こうと思って寄宿舎の公爵に相談したが、「それはよしたまえ」
と戒められ、あっさり撤回する。

1772.6.11.
 公爵が完全に平板な悟性の人であり、根本において会い通ずるところがな
いことがわかり、**公爵家を去る。

1772.6.16.

               げにも私は一人のさすらいびとだ。この地上の巡礼だ! しか
         し、あなた方と
てそれ以上の何者であろうか?

 あらゆる場所がウェルテルの気に染まず、ウェルテルはロッテの近くへ帰
ることを決心する。

1772.6.29.

               アルベルトがあのなよやかな体を抱くとき、ウィルヘルムよ、
         私の全身に戦慄
が走りすぎる。

               いっていいことだろうか? わるいわけはあるまい、ウィルヘ
         ルムよ。あのひ
とは私と共にある方が、彼と共にあるよりも、か
         ならず幸福だ! おお、彼はあ
のひとの心のねがいをすべて充た
         す人間ではない。

 

 またまた繰り返しになるが、ロッテへの想いが自らの閉塞感を強める。

1772.8.4.

               くるしいのは私だけではない。すべての人間は希望に欺かれ、
         期待を裏切られ
る。


 菩提樹の下の善良なかみさんをたずねてみたら、しばらく会わなかった間
に可愛かったハンスは死に、スイスへ遺産を引取りに行った主人も、熱病に
罹ったうえ空手で帰ってきた・・・・というエピソード。

1772.8.21.

               町の城門を出てゆく。ロッテを舞踏会へと誘うためにはじめて
         馬車で行った道
だ。思えば、あのときは何と違っていたことだろ
         う! なにもかも過ぎてしまっ
た! むかしの俤(おもかげ)の
         一ひらも、あのころのわが感情の鼓動も、いま
はいずくに求める
         よしもない。私は廃墟にさまよう亡霊に似ている。かつて栄華

         おごる領主として城を築き、・・・・

1772.9.4.

 ヴァールハイムでの農家の下僕に関するエピソード。

 この下僕の心の中にある女主人への愛、その誓い、その情炎は至純な形で
生きており、存在するとウェルテルは主張する。だが、主張しても(自分の
恋と同じく)世間には通用しないな、と元気がない。

1772.9.6.

 服の新調の話。「青い」燕尾服と「黄色い」チョッキとズボンと記載して
あることに注目しよう。青と黄色の組み合わせは黄泉への彩りなのだ。青と
黄色をもう少し濃くしてみよう。そこに黒いカラスを散らせば、そのままゴ
ッホの遺作「カラスのいる麦畑」となる。