出来の論理が欠けている「死」
写真:
Crozier Head with Saint Michael and the Dragon
French (Limoges)
1210-25
Gilt copper and champleve enamel
Height: 31.6 cm (12 in.)
Gift of Mr. and Mrs. Henry Ford II
59.297
http://www.dia.org/collections/
EuropeanPaintings/59.297.html
1771.7.8.
これほどにも子供なのだよ! ただ一瞥(べつ)に恋い
焦(こが)れて! これほどにも子供なのだよ!
女たちはヴァールハイムへ馬車で出かけたが、馬車に乗りこんだロッテは馬車の回りにたたずむ男達の一人一人に視線を移すが、ウェルテルには目をとめてくれなかった。私の心はロッテにむかって幾度となく「さよなら」といったのに・・・・とまるで天真爛漫な子供なのだが、子供は無心、私は有心とウェルテルは考えて旨が張り裂けそう。
1771.7.10.
集(つど)いの中でたまたまロッテの話がでると、私が
どんなぶざまな格好をするか、君に見てもらいたいものだ
ね! ことに、あれが気に入ったか、と聞かれると――。
気に入る! こんな言葉は死ぬほどいやだ。・・・・
ウェルテルは、渇えて求められない状態に陥っているのを人に指
摘されると、ますます内向的になっていく。言葉に対する感覚が鋭
敏となり、ウェルテルを苦しめる。
1771.7.13.
いな、けっして自分を欺いているのではない! あのひ
との黒い眼の中には、私と私の運命へのいつわりならぬ共
感が読みとれる。たしかに、私は感ずる。この点では自分
の心を信じていいのだが、ロッテは――。おお、この至福
をこの言葉でいっていいのだろうか? いうことができる
のだろうか? ――ロッテは私を愛している!
・・・・・・
これは僭上だろうか? それとも事実の生んだ感情だろ
うか? ――ロッテの胸の中の何物かについて、私がひけ
目をおぼえるような人はほかにはいない。ただ――、彼女
が婚約の人のことを話すときには、あのあたたかさ、あの
愛情をこめて話すときには、――このときばかりは、私は
名誉も位階も剥奪され、帯剣を召しあげられた人のような
思いがする。
相手の目に共感が読み取れる。だがこちらからは切り出せない。
先方の胸のうちを忖度する以外にはないが、まず愛してくれている
だろう。お互いに核心にふれるコミュニケーションはないから、問
題の解決はありえようがない。おまけにロッテがアルベルトのこと
を話すときのあたたかさと愛情がウェルテルを打ちのめす。ウェル
テルにとっては立つ瀬がない。このあたりからおもむろに死の概念
が漂いはじめる。立つ瀬がなければなぜ死ななければならぬか、と
いう議論も起こりえよう。ただ「死」の問題については、まえにも
ちょっと触れたようにその出来の論理がない。「死」は論理なくし
て突然人の前に姿をあらわすのだ。