1005【リバーサイドクリニック

   リバーサイドクリニック   矢崎硯水

リハビリの背骨こきこき雷鳴す

心音とギターの音の可も不可も

地球ごとふらつきながら飯を喰ふ

激痛とめっちゃ痒いの黄金比

食っちゃ出し句を考えて眠ります

幽霊に背中を掻いてもらふ真夜

体中舐めるアインシュタインの舌

QRコードつながる脳の紅葉狩

痛痒い声紛らわし オノマトペ

飲んじゃ出す尿のせせらぎ涼しけれ

サイドテーブルの財布 窓の四十雀

虫食いの「し」の漢字は 詩か死か

血圧の気圧をかぶるオホーツク海

過呼吸の颶風の通るのんどかな

大砂漠熱四十度 おおアミーゴ

ごきぶりホイホイ跳べば目が眩む

逝くときはピカソの馬に跨って

わが屍ふんころがしに転がされ

脈拍百二十二 波打つ我が卯波

痛痒とめまいのめぐるブーメラン

病体あれこれ■

2025年5月26日から12月11日まで

の二百日間、筆者は病魔に冒され入院生活を

余儀なくされた。この年の筆者に四季はなく、

夏と秋の欠落した「二季」だけを過ごす羽目

に陥ったのだった。

自宅で転倒し救急車で諏訪湖畔の総合病院

へ運ばれた。朦朧とした意識で聞いた話では

脳梗塞、二個の小脳のバランスの崩れ、不整

脈や過呼吸もあるという診断だった。聞き違

いや勘違いがある筆者の頭脳ゆえ、正確な症

状や診断名ではないが・・・

六月に別のリハビリ病院に転院、そして退

院。両肩や手指の運動能力は以前の三十%し

かないので回復と現状維持をめざし、目眩と

息苦しさに耐えながらリハビリに励む今日こ

の頃である。

四十度を超す高熱や意識の乱れ目の眩みな

ど三回死線をさまよった。過去に見聞きした

西部劇、落語、演歌が頭に浮かび、季語や言

葉が口をつくとA4用紙に書きなぐって詩歌

とした。破調や新旧仮名遣い無季も現在の筆

者の心である。

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この作品は俳誌「詩あきんど」に寄稿すべく312日主宰のメールに添付して送信した。「詩あきんど」59号が届いたが掲載されておらず自動的に退会扱いになったものと思われる。改めて昨日メールにて退会届を送った。

今わの際、わたしは何を如何に表現したいのだろうか?そんなリサーチの苦吟駄作の20句である。結果的に燃え尽き症候群ゆえの退会になってしまった。有難うございました。(2026/5/30)

1004【ボンネットバス・俳句

5月23日付朝日新聞長野版の「信州俳壇」に筆者の俳句が佳作として選ばれた。その俳句を転載し併せて自句自解を書いてみる。

  ボンネットバスに乗りたや春の旅  義人

「ボンネットバス(和製英語:Bonnet Bus)は、エンジンを搭載したボンネットが運転席前方下に突き出ている構造のバス車両。

日本では昭和期に広く使われ、平成以降はレトロを感じられる観光用として運行・保存されている。アメリカ合衆国ではスクールバスなどに利用されている」とウィキペディアに載っている。

筆者は少年期から乗り物に興味があり、風を切って走るオートバイに憧れた。善良なのにちょい悪を装い、ハーレーダビッドソンに跨ってエキゾーストの排気音を響かせる。

体幹機能障害の筆者には土台無理な話だったが、サイドーカーに格下げしても危険でありこれも無理なことだった。雑誌「モーターマガジン」を毎号購読して夢をつないでいた。

三輪車、四輪車となれば希望が叶いそうだが、ここでも長尺物を運搬するトレーラートラックや観光バスに憧れた。

しかし実現したのは富士工業のミニ三輪車「フジキャビン」、2ストロークエンジンでグラスファイバーのボデイ。リバースが不可能ですぐに製造中止になってしまった。

この車は100台と売れなかっただろう。運転してしると他車がついてくる。白バイまで手を振ったり誘導してくれた。富士工業は当時長兄が働いていた会社で4万円くらいだったか?

その後は富士重工の四輪名車スバル360。日野自動車のデザインが伯爵夫人といわれるコンテッサ900。日産自動車のスカイライン2000。

ケンとメリーのコマーシャルで有名なスカイラインは、不確かだが4台乗り継いだと記憶している。

話が逸れてしまった。掲句は何とも気の抜けたような句だが、春宵のいっときの希望ではある。(2026/5/23)

1003【蛙鳴く声・短歌】

5月9日付の朝日新聞長野版の文芸欄「信州歌壇」(草田照子選)に筆者の短歌が佳作として掲載された。
その作品を転載し、併せて「自歌自解」を書いてみたい。
  蛙鳴く声に誘はれ眠気さし
    アラビアンナイト読み止しにする  義人
「アラビアンナイト」は「千夜一夜物語」と訳され、わが青年期にダイジェスト版か一部分を読んだ記憶がある。
「読み止し」という言葉については以前から知っていた。ネット検索すると「しおりを挟んだ状態や机に積んである途中までの本を指します。これは読書の過程や状態を表す言葉であり、特に「読破」や「完読」「読了」などの用語と関連しています」とある。
「読み止し」という言葉は口語調で優しく、意味も温かく柔らかで示唆に富んでいる。多くの教訓や含意やヒントを含んでいると思われてならない。
「人生は書物である」というメタファー(比喩)。人間の生き方や考え方について、「読み止し」の語意や語音を当てはめてみたい。
日々の暮らし、創作するわが詩歌の在り方など・・・小さい不満はあるものの、間違ってはいないから、このままこの状態で生きていてよいだろう。
「読み止し」という言葉を用いると、筆者は反射的にメタファーの表わす世界を思い描くのだ。生き方や考え方について取り敢えず栞を挟んでおこう。これでよいのだと・・・(2026/5/10)

1002【自分への・短歌】

4月25日付の朝日新聞長野版の文芸欄「信州歌壇」(草田照子選)に筆者の短歌が二席入選として掲載された。
その作品と草田氏の講評を転載し、併せて「自歌自解」を書いてみたい。
自分へのご褒美という言葉あり
自分に甘い時代と思う  義人
草田照子「よく聞く上の言葉。その分、普段の暮らしの閉塞感や苦労もあるかもしれないが、作者のような見方も当然、ありだろう」。
「褒美」は、よく頑張ったから褒めてつかわすと、上層部から金品が附与されることをいったが、
「ご褒美」は最近の言葉で、育児や日常茶飯事をこなして大変だったと、自分が自分に与えるものをいう。
ご褒美手帖やご褒美シールも売っていると聞くからおどろく。
現代の閉塞感やストレスは大きく、時代における感覚の「今昔比」はできないが、商業主義に乗っかった「ご褒美バーゲンセール」はひんしゅくものだ。
「蛍雪の功」といって、貧しくて苦しい環境にありながら蛍の光や雪明かりのかすかな灯りを頼りに学問に励み、その努力が結果として実を結ぶという勉学の熟語がある。
不安感や圧迫感を乗り越えてこそ穏やかな未来があり、それこそが自分自身へ与える褒賞ではないだろうか。
余計なお世話かもしれないがそんな考え方の今日この頃である。(2026/5/4)
1001【言葉は衣食住である】

言葉は衣食住である。「衣」でいうなら紋付袴、パジャマ、リバーシブルの三種類。「食」でいうなら握り寿司、茶漬け、三時のおやつの三種類、「住」でいうならパワーマンション、草庵、棟割長屋の三種類の言葉がそれぞれ挙げられる。

人間の衣食住はさまざまで言葉を背負って生き、言葉によって生かされている。自身のボキャブラリーの圏内から立ち上がることしかできないだろう。

わたしはリバーシブルのブルゾンを着て茶漬けをすすり、草庵に閉じこもって一日を終わる。ブルゾン、茶漬け、草庵はそれぞれ物であり言葉である。言葉から言葉が派生する。

一日の生活のなかの三種類の言葉の圏内をさまよい、それぞれの言葉のメタファー(比喩)をさがす。

実生活ではないメタファーの世界に漂うことがわたしの文芸活動である。

広義のメタファーとは隠喩、直喩、提喩、換喩の比喩表現をいうが、そもそもは暗喩を指す用語だ。

『ウィキペディア』には次のように載る。

「メタファーは、言語においては物事のある側面をより具体的なイメージを喚起する言葉で置き換え、簡潔に表現する機能をもつ。わざわざ比喩であることを示す語や形式を用いている直喩よりも洗練されたものと見なされている。

メタファーにもいくつかタイプがあるが、一例を挙げると「人生ドラマだ」のような形式をとるものがある。

メタファーは日常的に頻繁に用いられているもの、話している本人も気づかずに用いているものから、詩作などにおいて創造される新奇なものまで、様々なレベルにわたって存在している」。

メタファー(比喩)とは言葉の置き換えであり詩歌の創造でもあり、言葉とは事物でもあるだろう。

メタファーは、ヴィクトル・シクロフスキーが提唱した、

ロシア・フォルマリズムの芸術説である、日常見慣れた表現形式に或る「よそよそしさ」を与えることによって異様なものに見せ、内容を一層よく感得させようとする「異化効果」に連結する。

異化効果もメタファーの一表現であろうか。

わたしは現代詩も連句も俳句もメタファーの方法を用いてきたが、これからもこの方法を用いて創造してゆくことだろう。(2026/5/4)

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