(1)設問
【問題】
任意の年号を与えられた時、それがうるう年であるか平年であるかを正しく判断せよ。
ただし、年号は西暦換算とする。
なお、うるう年とは1年が366日の年で、平年とは365日の年である。
【解答1】
年号が4で割り切れる年をうるう年とし、それ以外、つまり4で割り切れない年を平年とする。
【採点】
35点。
(2)それは5歳になる娘の質問から始まった(4年問題)
寝る前のひととき、M氏は娘の理香の横で絵本を読んでいた。読み聞かせが終わり、理香がM氏にたずねた。
「パパ、うるう年って何のこと?」
「ん? うるう年とは、1年が366日ある年のことだよ。普通は365日だけど、4年に一度366日になるんだ。今年の2月が28日で終わりじゃなく、29日まであるのはそういう理由なんだ」
「ふーん」
「わかったかな?」
長々と説明したことで理香はかえって混乱したかもしれない。M氏とすればここで会話を終わらせたかった。しかし理香は続けて言った。
「わかったけど、どうして? どうして、うるう年があるの?」
1年の長さが365日分であればうるう年は必要ない。1年がきっちり365日ではないから、どこかで補正しなければならない。
365×3+366=365.25×4 (1)
この等式の意味をどうやって5歳児にわからせればいいか。少数も分数も使えない。さてどうしようかと考えているうちに理香は寝てしまった。
(やれやれ)
M氏も安心して目を閉じた。
(3)世の中はそんなに都合よくできていない(100年問題)
ふとんの中でM氏は考えた。
果たして1年の長さはきっちり365.25日なのだろうか?
地球の公転周期が、区切りのいい数字になっているのだろうか?
疑問を持ちだしたら、気になってしょうがない。スマホで「公転周期」を調べたら365.2422日だと判明した。
おかしいじゃないか。これだと4年周期ではリセットされない。
(1)の式では左辺と右辺が等しくなっている。従って、
(365×3+366)−(365.25×4)=0
となる。しかし実際にはそうではない。
(365×3+366)−(365.2422×4)=0.0312 (2)
つまり、4年間で0.0312日足りなくなってしまった。この余りが積もり積もったらどうなるんだ。
これが積もって100年(4年を25回)経つと、
0.0312×25=0.78 (3)
つまり、0.78日足りなくなってしまった。
【解答2】
解答1の例外として、100で割り切れる年はうるう年ではなく平年とする。
【採点】
60点。
(coffee break)
1÷0.0312=32.05...なので、32×4=128年周期にすれば、
0.0312×32=0.9984日となり、誤差がかなり1に近づく。そこで「128年目は4で割り切れるけど平年とする」とした方が、より正確かもしれない。
しかし、これは直感的にわかりづらい。しかも誤差は消えたわけではないから100年目を平年とする。
(4)高々誤差だからと無視してはいけない(400年問題)
先へ進むことにする。
100年目をうるう年としたら、0.78日足りなくなってしまった。そこで100年目は平年とした。すると、
1−0.78=0.22 (4)
という計算により、「100年で0.22日余ってしまう」ことになる。
100年目を平年とすれば余りが出て、うるう年とすれば足りなくなる。
次はこの誤差、つまり余りの蓄積を考える。
複雑になればなるほど、M氏の頭はさえてくる。もはや、明日のプレゼンのことなど気にならない。
400年(100年を4回)経つと、
0.22×4=0.88 (5)
つまり、0.88日余る。
ここでもまた、例外を考慮した補正を行わねばならない。
【解答3】
解答2の例外として、400で割り切れる年は平年ではなくうるう年とする。
【採点】
78点。
(coffee break)
2000年問題【注1】をさらにややこしくしたのはこれが理由である。
2000は4で割り切れ(うるう年)、100でも割り切れ(平年)、400でも割り切れる(うるう年)。
ここまでで読者はかなり頭の中が混乱しているのではないか。
脳にストレスを与えることは、脳の成長に必要なことなのでがまんしていただきたい。
数学者は誤差があると気持ち悪い。誤差を許さない。その性格が災いして、「融通がきかないやつだ」と言われることがある。
また、物事や課題に対して「石橋をたたいて渡る」だけでなく、「石橋をたたいてたたいて壊してしまう」ことも珍しくない。
(5)誤差は永遠になくならないのだろうか(3200年問題)
だいぶ夜も更けてきた。先へ進もう。
400年をうるう年としたことで、(5)の結果を受けて、
1−0.88=0.12 (6)
となる。
今度は400年で0.12日足りなくなってしまった。
その結果、3200年(400年が8回)経つと、
0.12×8=0.96 (7)
つまり、0.96日足りなくなってしまう。
さらにここでも、例外を考慮した補正を行わねばならない。
【解答4】
解答3の例外として、3200で割り切れる年はうるう年ではなく平年とする。
【採点】
86点。
(coffee break)
ここまでを整理すると以下のようになる。
4で割り切れる年はうるう年。 (1)より
しかし、100で割り切れる年は平年。 (2)、(3)より
しかし、400で割り切れる年はうるう年。 (4)、(5)より
しかし、3200で割り切れる年は平年。 (6)、(7)より
かなりややこしくなってきたが、「仮定→結果→補正の繰り返し」という論理の流れは変わっていない。
そして、賢明な読者諸君は「次はうるう年だろう」と予想することだろう。
実際にその通りなのだが……。
(6)ついに誤差が消えた(80000年の定理)
窓の向こうが白んできた。朝までに結論は出るのだろうか。
3200年を平年としたことで、(7)の結果から以下の式が言える。
1−0.96=0.04 (8)
つまり、0.04日余る。
なんと区切りのいい数字ではないか。
M氏はこの瞬間に「エウレカ」【注2】と叫びながら布団を飛び出し……そうになったががまんした。
賢明な読者諸君もこの計算式を見て「おっ!」と気づいただろう。同時にこの証明の終わりが見えたことも。
1÷0.04=25 (9)
ついに小数点以下が消えた。
これにより、80000年(3200年が25回)経つと、
0.04×25=1
つまり、1日(!)余ることは容易にわかる。数学用語ではこれを「自明」と呼ぶ。数学でなくてもその通りだが……。
【解答5】
解答4の例外として、80000で割り切れる年は平年ではなくうるう年とする。
まとめると以下のようになる。
西暦年数が4で割り切れる年は「うるう年」とする。(A)
(A)の例外として、
100で割り切れる年は「平年」とする。(B)
(A)かつ(B)の例外として、
400で割り切れる年は「うるう年」とする。(C)
(A)かつ(B)かつ(C)の例外として、
3200で割り切れる年は「平年」とする。(D)
(A)かつ(B)かつ(C)かつ(D)の例外として、
80000で割り切れる年はうるう年とする。(E)
【採点】
98点。
(7)M氏の最終定理
解答5から以下の定理が導かれる。
【最終定理】
暦計算は、西暦換算で80000年を1周期としてリセットされる。
(coffee break)
一晩を費やしたM氏による証明はこれで終わった。
しかし、この定理をもって最終とすることはできない。
なぜなら、M氏の証明は自転周期の365.2422日をベースにしているからだ。
現在採用されているのはグレゴリオ暦(365.2425日)なので、西暦2400年まではM氏が示したとおりでよい。事実そこまでは「決まって」いる。
ただし、その先は何年周期でどう補正するか、現時点で決まっていない。
興味のある方は、西暦3200年まで生きて確認してほしい。
(8)大切なことは
まんじりもせずに朝を迎えた。寝不足だけれど頭はさえている。
すでに妻は起き出して、台所で朝食のしたくを始めている。
娘の理香を起こさないようにM氏はそっと布団を離れ、妻の元へと向かった。
「ついにわかったんだ!」
「しっ、大きな声を出さないで。何がわかったの?」
M氏はここぞとばかりに胸を張ってこう言った。
「うるう年の、本当の意味をさ」
どうでもいいじゃんと思いながら妻は「そんなこと、ネットで調べればすぐにわかるんじゃないの」と言って調理を続けた。
しばらくして振り向いた妻は、こうも言った。
「そもそも、西暦80000年まで人間が地球上に存在しているかだってわからないでしょ。そっちの心配でもしたらどうなの」
(9)最終問題
【問題】
地球温暖化、エネルギー問題、環境破壊、こうした地球をむしばむ要素を関数化した上で、
このままだとあとx年で人類は滅びてしまう。このxは西暦何年かを示せ。
ただし誤差は100年以下とする。
あわせて、そうならないための方法についても考察せよ。
【注1】2000年問題
西暦2000年であることを、コンピュータが正常に認識できなくなるという問題。
年号を下2桁のみで扱っていたプログラムでは、
(1) 1999年の次が2000年でなく1900年になってしまう。
(2) (1)により2000年を平年と扱ってしまう。(1900年がうるう年で2000年が平年なのは、これまでの証明で明らか)
詳しくは「2000年問題」で検索のこと。
【注2】エウレカ
古代ギリシャ語で「わかった」とか「見つけた」の意味。
アルキメデスが風呂から湯があふれるのを見て浮力の原理に気づき、「エウレカ」と叫びながら裸で外を走ったという俗説に由来する。
おわり
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