2002年9月の茅野市美術館での作品展では新たな出会いや体験をさせていただき、親子ともども人々の温かさ、優しさに触れ、豊かな人生を感じさせていただきました。

絵を見に来て頂いた方々に「昌平君がんばってるね、きれいな色だね」と声をかけられ、握手したり抱き合ったりして喜んでる息子の姿を見て、今までの自分には無い喜びを感じました。

親の立場でしか物事を考えていなかった自分を省みて、息子の体内時計に合わせて待ってあげる余裕をもちながら、ほめてあげることや話を聞いてあげることの大切さを感じ、子供から多くを学び、親のこれからの生き方も含め成長させてもらった思いでした。 

その後も、いろいろな会場で数回展示会をさせて頂く機会があり、そこでも多くの新たな出会いがありました。 地域の中でも、町に出て行っても「よぉー、昌ちゃん 絵、描いてる?」と声を掛けられ、親以上に世界が広がっています。

ハンディを持った人が心地よく世の中で暮らすことはとても難しいことです。 押し出される社会参加でなく一人ひとりが個性を生かし、いろいろなことを体験する中で、何か一つ好きな事があれば、世の中に出るきっかけになり、そうした形の社会参加が理想だと思います。でも、心休まる普段の生活場所は「家庭」であり「仲間のいる作業所」である事を忘れない様にと心の中では思います。

親がいなくなった後の心配はだれしも思うところで予測はできても明日は誰にも分かりません。 

親が子供のためにと、計画、活動をすることも当然だし大切なことですが、そのことが主となり子供が置き去りになってしまったとすれば良い事も半減してしまいますし、形のあるものを残したからといって親として心休まるものではないと思います。

可能性を見つけ出すには、身近な人々や親が普段の子供の姿を見る事が大切で、それには子供と共に限りある「今」の時間を有意義に過ごし、子供と良い思い出を作り、子供を知ることでそれに近ずくのではないかと思います。

いま、親が考えるところの、昌平にとっての絵を描く事は、多くの人との出会いと、毎日の生活の中で心身ともに豊かに暮らすひとつの手段であり、それ以上に望むものではないですが、これからも永く本人が楽しく時間を費やせるものの一つであればとても幸せですし、できるだけ他人に迷惑をかけずに、家族で生活することを親の仕事としていこうと思います。

現在の物質、情報の豊かな社会で「形の無い豊かさ」は人々にとって希薄なものかもしれませんが長い人生一度は立ち止まり、自分らしく生きるため勇気を持って捨てていくそんな事を考える時間を、昌平は教えてくれたような気がします。

親として、自立が難しい人達が,生涯生活に困ることのない世の中を願います。

 昌平がくれた豊かさ