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伊藤千代子 千代子こころざしの会
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こころざしの歌

 ここに載せた「こころざしの歌」は北海道の畠山忠弘さんの作詞に、長野県諏訪市の今井清水(ペンネーム中原道夫)さんが作曲したものです。
いま、伊藤千代子のこと −曲への想い−

こころざしのうた
1.たかいレンガの へいにそい はるのさかりの ジシパリの きろいはなが ゆれている きいろいはなが ゆれている ラララ あ−らんかぎりに ねをはーっーていーのち もやして いきていーる
2.たかいまどから かすかにみえる はるかな そーらの しちいくも おもえばこきょうーの なつのひに おもえばこきょうーの なつのひに ラララ かがや<ぱかりの こはんにつどい へいわを めざした おとめのちかい
3.ごくしゃのにわに さいている すがしくあ−かく つつましくほのおのような ホウセンカ ほのおのような ホウセンカ ラララ はーなにたくした こころーざーし はれたるあさーに われはつたえん はれたるあさーに われはつたえん

「こころざしの歌」の楽譜が画像で表示されています

[ midi ] による演奏をお聴き下さい
上の楽譜による演奏です


メロディーのみの演奏です
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作曲者のコメント
 この曲の前半は、独房に閉じ込められている千代子の目線で、抑制的に、そして後半は、広がり溢れる千代子の強い心を、伸びやかに表現しました。

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いま。伊藤千代子のこと

今井清水(こころざしの歌作曲者)  


 諏訪郡湖南村に生まれた伊藤千代子は、もの静かな読書好きの少女として、祖父母のもとで、成長しました。土屋文明が教頭・校長をつとめた諏訪高女に学び、藤村、トルストイなどを愛読。高島小学校で代用教員をつとめた後、東京女子大にすすみました。社会科学研究会で活動した千代子は、社会変革のために生きる決意をかためました。
 千代子が三・一五の弾圧で逮捕されたのは、「二七年テーゼ」にもとづく活動方針(中国侵略反対の統一戦線を!)のガリ切りを終えた直後でした。千代子を取り調べたのは、悪名高い特高=毛利警部でした。
 拷問や、非人間的待遇に耐えながら 千代子は、権力に屈服・変節した 夫への同調を拒否してたたかいました。その間にも、からだと心の破壊はすすみ、移された病院で 24歳2ヵ月の生涯を終えました。治安維持法弾圧に起因する 拘禁性精神病だったことが戦後、解明されました。
 文明は戦前 −こころざしつつたふれし少女よ 新しき光の中に置きて思はむ− と詠んで千代子の死を悼みました。
 ちょうど2年前、千代子が義母や義妹に獄中から出した四通の手紙が、夫が暮らした苫小牧市の図書館で公開されました。
 1通目の義妹あて手紙で 「地しばりの花ざかりです。…力のある面白い草ですよ。…命あるものはみんなあらん限りに生きようとしているのですね。生きようとするからこそ、その大事な命をも投げ出すのですね」 と述べ、運動への決意を伝えています。
 ところが2通・3通目では夫の変節上申書を読まされた千代子の、苦悩と迷いが記されています。しかし、変節派の中心人物=Mの策動だと知った千代子は、愕然とし、立ち直ってゆきます。
 「つつましく燃えてるホーセンカは、なんと美しいことでしょう。…私も真剣に準備している」と、ふたたび起つ決意を伝えた義母宛4通目を、千代子は「美しく晴れた夏の朝。また」と結んでいます。
 《こころざしの歌》は、公開に尽力された畠山さんの詞に、私がメロディを付けてみたものです。ピアノ伴奏譜は、まだ、ありません。戦後レジームからの脱却が叫ばれているいま、千代子のこころざしを生かす大切さを痛感しています。 (2007年)

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