ゲーム会 in 長野 レポート (2001年10月14日)

 


2001年10月14日(日) 長野・古牧公民館

 2001年10月14日にSSBのゲーム会を行いました。参加者はT(仮)さん、福山さん、柳沢さん、くわさん、ターカヌの5名でした。今回は長い事懸案となっていた「第三帝国」をプレイいたしました。

 今回は公民館の会議室を借りました。古牧公民館は休日は誰もいないので防犯上入り口を閉めなければならないのがちょっと難でしたが、手ごろな大きさの部屋で我々には丁度良かったと思います。時間的には朝10時より午後7時終了までおよそ8時間、たっぷり楽しみました。

第三帝国(AH) 展開 

 今回は「1941年シナリオ」をプレイいたしました。ちなみに担当は

ドイツ 福山さん
イタリア くわさん
イギリス 柳沢さん
ソ連 T(仮)さん
アメリカ ターカヌ

 初期配置からドイツ軍が他軍を圧倒している上、枢軸の状況設定は「アイルランドの反乱」で、イギリス軍は最初から全く動けず、連合国の頼りはソ連とギリシャという結構絶望的なスタートでした。

 イギリスはほとんど戦力を自由に配置できなかった為、ドイツのイギリス上陸も十分に可能性がありましたが、ドイツは対ソ戦を選びます。宣戦布告後順調にドイツはソ連国内に侵入、被害は多少多めだったものの主要都市を楽に手に入れました。(実はこれはソ連の戦略的後退だったのかもしれません。)

 同時期にイタリアはギリシャで攻勢。苦労こそしましたが占領。1941年の終盤には中央部から連合国の戦力を駆逐しました。

 1942年にはアメリカが参戦してくる為、ドイツは東部戦線の戦力を西部戦線へ多めに配置転換をします。ところが連合国側の状況設定は「ソ連の新5ヵ年計画達成」。1942年春に実現化したので、ソ連は大量の生産可能部隊をそのBRPを使って生産・配置する事に。またアメリカの支援により中東経由の援ソ輸送も開始し、一気に東部戦線の流れはソ連に。終盤にはスターリングラードを取り返します。

 一方の西部戦線は東部戦線に多大な負担をかけての集中配置により「大西洋の壁」を構築していました。こちらは容易に落ちそうもありません。

 地中海ではアイルランドの障壁が無くなったイギリス軍が配備開始。ギリシャを落とし勢いに乗るイタリア軍を中東・北アフリカで迎え撃ち、撃破。一気にこのエリアの主導権を獲得してしまいます。

 で、こんな感じの所でゲームは終了してしまいます。見た感じドイツが圧勝したみたいですが、何故か「手詰まり」。米・英も「手詰まり」、ソ連も同様で、唯一イタリアだけが辛勝でした。

執筆:ターカヌ

アメリカプレイヤーの感想 

 とうとう「第三帝国」をプレイしました。福山さんと柳沢さんはこのゲームをしたいと言う事でSSBに参加したという経緯があり、「いつかプレイします」と言いつつ延び延びになっていましたが、公約を果たせました。

 システムとしては、経済のルールにはおかしいと思う部分も無いではないですが、まあ軒並み良い感じです。さすがに時間はかかりました。おかげで午後3時まで暇を持て余してしまいました(笑)。

 アメリカが本格的に反撃が出来るのは1943年以降でしょうから、1942年末に終了するこのシナリオでは出番はありませんでした。まあ貢献出来るのは資金提供程度ですね。あとイギリス防衛と。予想はしていましたが、アメリカを受け持つ人はこれでは不満が残るでしょう。私は消極的ですのでそれほどでもないですが。ですから5人参加の時は1942年シナリオをプレイするのが良いと思います。4人ならばそれぞれ楽しみのあるシナリオだと思います。

 このシナリオ、バランスを勝利条件で取っているらしく、よほどドイツは圧勝しないと勝利と名がつくものはもらえません。ソ連は勝利するのはほとんど不可能でしょう。イギリスは状況設定次第ですが、今回のような物が引かれるとまず無理です。このシナリオで勝利出来るのはイタリアだけでしょうか、そういう印象を受けました。

執筆:ターカヌ

イタリアプレイヤーの感想 

 イタリアってもっといろいろ出来るかと思っていましたが、片足をギリシャに突っ込んでいる上、BRPが80しかないと結構厳しいですね。
特にイギリスがバックについたギリシャがあれだけ手ごわいとは。
征服までに5ターンかかってしまったし、ここに本腰を入れないともっと大変なことになるので、エジプトにあまり目が行かなかったです。
ようやくギリシャを落としたと思ったら、既にエジプトには山のように英国軍がいたし、ああなっては手のくだしようがなかったです。
1年すべて全面攻勢戦略を取ると、BRPが全然残らないし…
もっとドイツのすねをかじっても良かったかな?
ヴィシーをこちら側に呼び込むために、マルタ攻略なんかやっても面白いかなと思っていたのですが、ギリシャにかまけている隙に、ヴィシー政権が連合国の外交交渉で武装解除されてしまうと、もう無理にマルタを取る意味もないと思ったし…
それよりなにより、補給だ、海輸だ、再配備だ等、とても船が足りないと思いました。

 でも、最大の敗因は、パレスチナへの強襲上陸の失敗ですね。
1さえ出さなければなんとかなったのに(涙)。あそこでパレスチナを落としていれば、北アフリカの状況は変わっていたかも。
しかし、ギリシャを制圧し、北アフリカからほぼ追い出されて以降は、艦隊や軍を本土で腐らせていただけだったので少しもったいなかったか?まだなにかやれたかも。
でも、あれだけ最後ボコボコにやられていたのに、「辛勝」。しかもまがりなりにも「勝」とつく結果を得たのがイタリアだけってどういうゲームなんでしょう?

 ゲーム自体は非常に面白かったです。ドイツ、イギリス、ソビエト、アメリカ、どれも非常に特徴が良く出ていて、勝ち負けは別にしても、雰囲気を楽しむことが出来ました。
レニングラード、モスクワをあっという間に制圧した福山さんはやはりすごい!
でも、あれだけボコボコにしておきながら、42年終了時には東部戦線は崩壊状態…
いやはや、歴史ってそう簡単には変わらないものなんですね。

執筆:くわさん

ドイツプレイヤーの感想 

 「第三帝国」遂にプレイできました!

 いやー、楽しかったです。チット引きでAが出たときはアシカも考えたのですが、余りに博打なのと、単に東部へ行きたかったのとで当初の作戦通りバルバロッサの発動となりました。

 ドイツとしてはアメリカが来る前に一刻も早くボルシェビキを屈服したかったので春に宣戦布告。50戦力以下にしないと死なない国なのでとにかくBRPを削って国庫を脅かすのを目標にしました。バルト三国へ空挺を降下させ海岸を確保し、装甲を海輸。夏にレニングラードを落すことに成功。そして、夢のモスクワ陥落。個人的にはここで恍惚となってしまい、その後作戦のキレが無くなってしまったような・・(笑)

 無人の広野を行く装甲部隊だったが、T氏の戦略的撤退により、41年中の屈服は難しい情勢に。バルト関係とレニングラード、モスクワで55BRPを奪ったので、何とか春には攻勢を・・・と思ったのもつかの間、スターリンの5か年計画の達成による50BRPの到着により水の泡に・・・

 なんとか、スターリングラードまで進撃したものの、ここでストップ。重要都市も取りあぐね、遂には力を増したロシアの人民に飲み込まれる寸前に。スターリングラードも奪回され、参謀本部に戦慄が走った所でシナリオ終了に。ここで終わって良かった、って感じですね。

 正直言ってまさかあそこまで行けるとは思っていませんでしたので、個人的には大満足。ただ、重要都市を守り通され、勝利は出来ませんでした。それがちょっと心残り。

執筆:福山さん

イギリスプレイヤーの感想 

 イギリス軍の作戦は、もちろんまず本国の絶対死守、次にジブラルタル要塞の防衛、続いてスエズの確保といった優先順位。ギリシャはあくまで落とされるという前提で延滞作戦を行うと決めていました。海軍部隊は初期配置8個のうち4個を本国、3個をジブラルタル、1個をポートサイドに配置。生産可能余地の1個を可能な限り早く生産し、ジブラルタルへと配置する計画。7割の確率でアシカ作戦が来ると思っていたので、アメリカ参戦までの期間は防衛にまわり、もし余力があったら小規模な部隊で奇襲的に枢軸軍支配地域へ上陸する予定でした。

 実際は1年間10戦力のアルスターへの貼り付けがあり、上陸作戦の余裕は無しでした。それを除けば、戦況の流れも予定通りでした。が、今から考えてみるといろいろ反省すべき点がありました。1.ギリシャでの徹底抗戦ができたのでは?イタリアが勝利したのはアテネの陥落があったからで、もっと積極的にここへ兵力を派遣しても良かったのではないか。2.パレスチナへとイタリア軍部隊の上陸を許してしまった。今回スエズが落ちなかったのは単に運が良かっただけでした。ジブラルタル配置の海軍部隊のうち1個をマルタへ配置すべきだったかもしれません。全体的にBRP的に非常に厳しかったとはいえ、何はともあれ少々消極的になりすぎていたようです。アメリカ頼みにしていたつもりはないのですが。マルタ沖海戦ではイタリア海軍に完敗を喫するといったこともあり、今回うまくできたと思えるのは、ヴィシーの解体に成功したことだけですね。

執筆:柳沢さん

 今回はその後Kosmosの「指輪物語」をプレイしました。こちらは最終シーンで指輪を持ったプレイヤーが死亡して終了しました。このゲームは独特の雰囲気があって良いです。

 

 


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