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THIS IS IT

最近、気になって仕方なかった事がある。
それはまさに、THIS IS IT。先日なくなったキング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンの事。

学生時代だったか、スリラーのPVを見て、感動とういうか衝撃を受けた。高校時代マーチングバンドをしていて、大人数で演奏しながら動きを合わせるということに、とても熱心だったからかもしれない。あの動きをあの人数でやるのはすごいと思ったものだ。レベルは全然違うけどね。深夜放送のTVの画面に、釘付けで見入ったことを思い出す。

特に熱狂的なファンということもなかったけれど、彼が亡くなってから、どうも彼の事が気になりだした。
ラジオで彼の曲がかかったり、彼の話題になると、ボリュームを大きくして聞いてしまう。

彼に影響を受けたミュージシャンやダンサーは多いだろうな。いや専門家だけではなく、一般のファンにこそ大きなものを残した人だったのだろうな。

それにしても、すごい才能を持った人というのは、ジョン・レノン然りマイケルジャクソン然り、亡くなった後で、尚一層その輝きを増すもののようだ。

その彼が、最後のライブツアーに取り組んでいたリハーサルの様子を記録した映画がTHIS IS IT。
先日嫁さんと観に行ってきた。映画館で映画を見るのは、本当に久しぶり。

THIS IS IT


このライブツアー、もし行われていたらものすごいスケールだったのだろうな。リハーサルの映像から、それが伝わってくる。
やはりすごいのは、マイケルの存在感。そして参加しているスタッフや出演者が、マイケルを中心に互いに認め合い尊敬し合っていること。「このツアーは冒険。ファンが求めている、今まで見たことのないステージを」というマイケルのスピーチにも、このライブにかける思いが現れていた。

この映画を観て感じたのは、大きなものを失ったという喪失感。それと同時に、彼が残してくれた大きなものを、今、映像や音で感じることが出来るという、正反対の二つの気持ち。
マイケル・ジャクソンという名前を聞いて、頭に何か思い浮かぶ映像がある人、必見の映画。

2009年11月


夕焼け

工場で一日の作業を終わり、ふと西の空を見上げるとこの夕焼け。
夕焼け

暫し時間を忘れ、刻々と変化する夕焼け空に見入っていた。

秋の空というのは本当に美しい。
でも仕事に集中していると、その美しい空がなかなか目に入らない。1日外で仕事をしていても、1度も空を見上げない日もあるくらい。
でも今の時期は、なるべく気を付けて空を見上げるようにしている。
仕事への集中も大事だが、きれいな空を見た時のすがすがしい気分も、とても大事だと思うから。
富士山

そう思って東の空を見たら、稲刈りの終わった田んぼの向こうに、富士山が浮かんでいた。

2009年10月


我が家流、発芽玄米の作り方

前回書いた発芽玄米の作り方、たくさんの質問や反響を頂いた‥‥わけではないが、一応興味のある方のために、我が流、発芽玄米の作り方を書いておこう。
ちなみに市販の発芽玄米は、値段が高い上にあまりおいしくない。その上塩分が多いものまであるという。これは、実際に自分で発芽玄米を作ってみると分かるが、水を交換する手間を省くために、玄米を浸す水の中に塩を入れることがあるそうだ。大量生産の宿命だな。

我が家流、発芽玄米の作り方。
@玄米を洗う。(ボールの中にざるを入れ、その中で玄米を2〜3回洗う。)
A洗った玄米を容器(ボール、バット等)に入れ、ぬるま湯(37℃程度)を玄米が浸るくらいまで張る。
Bそれをジャーの上に置き、布やダンボールをかぶせて置く。(保温のため)
C12時間〜24時間ほど置けば完成。(途中、濁りや匂いを確認して、2〜3回水を替えても良い。替えなくても出来る)

発芽玄米と言っても、完全に発芽してしまうと味が落ちてしまう。食用には、胚芽が活性化されプクッと膨らむ程度が良いようだ。
我が家の場合、夕方仕事から帰ってこの発芽玄米を仕込む。翌朝、仕事に行く前に水を替え、その日の夕方、仕事から帰ってこれでごはんを炊く。つまり24時間で、水の交換は1回だけ。
これは今の時期(秋)の場合で、季節によってやり方替えた方が良いと思う。
ちなみに、発芽させた玄米を保存する場合は、よく水を切り、冷蔵保存で2〜3日はもつようだ。

この発芽玄米、我が家では圧力釜を使い、小豆と一緒に炊いて、発酵酵素玄米として食べているが、普通に白米に混ぜて炊いても美味しく、健康にも良い。
興味のある方はぜひ試してみて下さい。お勧めです。

2009年10月


発酵酵素玄米

我が家で発酵酵素玄米を炊いて食べるようになったのは、今年の5月。あれから4ヶ月ほど経つが、釜の中の「ごはん」を切らすこともなく、今のところずっと食べ続けている。
玄米を炊くのは、もっぱらぼくの役目。3日に1度のペースで炊いている。
講習会の時「このごはんを炊くのは、女性よりも男性の方が向いています」と言われたが、まさにその通り。準備から炊き上がりまで2時間もかかる一通りの作業も、なんとなく習慣というか、楽しみのようになってきた。
確かに女性の場合、家では他にやることがたくさんあるので、そういう気持ちにはならないかもしれない。

この発酵酵素玄米を食べ始めて、体調が良くなったと感じている。
別にダイエットを意識したわけではないが、メタボ気味のお腹も少しへこんだし、体重も少し減った。以前は体調が悪くなるとすぐに出来ていた口内炎も、めったに出来なくなり、なんとなくからだ全体がすっきり「シャキッ」とした感じ。
よほどの事がない限り、これからも食べ続けていく事になるだろう。

食べ初めの頃、このごはんを食べたあとに、なんとなくお腹が張るような感覚になることがあった。
ネットで色いろ調べてみると、実際にそういうことはあるようで、最初に器具を購入した時一緒に入ってくる、漬物用の「麹」を摂取することである程度解消されるという書き込みを見つけた。
どうやらフィチン酸という物質がいたずらしているらしい。
科学的なことはよくわからないが、確かに麹の漬物を食べた時はお腹が張らないような実感もあり、それ以来、なるべく麹漬けを一緒に食べるようにしている。

先日ラジオを聴いていたら、それまで20年間玄米を食べていた人が、発芽玄米を食べるようになって、とても体調が良くなったという話をしていた。
その時発芽玄米の作り方も紹介していたが、意外と簡単そうだし、なんとなく面白そうだったのでやってみようと思った。
実は「麹漬け」のことが書かれていたブログで、発芽玄米の事にも触れていて、発酵酵素玄米を発芽玄米で炊くことで、フィチン酸による害が解消されるとの事。
ラジオを聴いたその日、家に帰って早速発芽玄米作りをやってみた。

作り方は簡単。
いつも使っているボールに玄米を洗って入れ、ぬるま湯に浸して12〜24時間置けば、胚芽のところがプクッと可愛く膨らんだ、発芽玄米になる。
この時、冷たい水だとなかなか発芽が進まないので、ぬるま湯を入れるのだが、玄米を入れた容器をジャーの上においておくと、中の水が冷めずにちょうど良い温度になる。その事も、同じブログに書かれていた。

その発芽玄米で、いつものように発酵酵素玄米を炊いてみた。
今度でもう2度目になるけれども、より食べやすく、美味しくなったように思う。
講習会では「これ以外の方法はありません」と言われたが、その言葉を信じると、道を踏み外してしまったという事かな。
でも、より良くなったというのが今のところの実感。
しばらく我が家では、発酵酵素「発芽」玄米で行きます。

2009年10月


安曇野パーマカルチャー塾

池田町のシャンティクティで行われているパーマカルチャー塾ももう終盤。残すところ10月、11月の2回となった。
9月の建築実習は「生かそう庫」の壁の下地、ストローベイル玄関の土壁塗りと屋根張りの3班に分かれて作業を行った。
パーマカルチャー塾

パーマカルチャー塾

パーマカルチャー塾


作業のあと「生かそう庫」の上棟式を行ない、餅まきをした。
上棟式の餅まきは、昔はどこでもやっていて、特に子供の頃の楽しみの一つだった。最近新築でもほとんどやらなくなってしまった。復活させたい行事の一つ。
パーマカルチャー塾

上棟式の神主さんは、代表の臼井さん。この人、なんでも自分でやってしまう。かなり型破りの神事ながら、こんな気分の良い上棟式は初めて。今度から上棟式は臼井さんに頼もうかな。
パーマカルチャー塾

パーマカルチャー塾


参考:安曇野パーマカルチャー塾レポート

2009年10月


基礎工事

建築の仕事をするようになって、最初に覚えたのは基礎工事だった。地元に戻って勤めた工務店が、基礎工事専門だったのだ。そこにいる間、重機の操作も覚え、普通の住宅の基礎工事はすっかり出来るようになった。
今では基礎工事を自分でやることはほとんど無いが、仕事柄、多くの現場で基礎工事を見ることがある。それぞれの工務店で使う道具や材料が異なり、当然ながらやり方も微妙に違う。現場でそんな職人さんたちの仕事を見ながら、こういうやり方もあるのか、と勉強になる時もしょっちゅうだ。
今までそれを生かす機会がほとんど無かったが、今回は予算の関係もあり自分で基礎工事をすることになった。基礎工事に関する知識や経験を生かす機会がようやくやってきたのだ、と前向きに考えよう。

以前から興味のあった基礎工事の工法に「コロンブス工法」がある。これは分厚い発泡スチロール材を敷き詰め、その上に基礎を乗せてしまうという工法だ。その上に立つ住宅は、大きな船の上に載っているのと同じで、地盤が弱い土地でも不動沈下もなく地震にも強いという画期的なものだ。
ただ石油系の材料を大量に使うのに抵抗があるのと、とても予算がかかるので今回は断念。
何か別の良い方法がないか、と探していたところに、知り合いの設計士から紹介されたのが「マイコマ工法」だった。
昔の建物の基礎にヒントを得て、玉石を並べて突き固める代わりに、独楽の形をした「マイコマ」を並べる工法だ。
それまでは、玉石を使うつもりで探したこともあったが、なかなか手に入らないのと施工に手間がかかるのであきらめていた。ところがこの工法なら、材料は安定的に手に入るし、施工も比較的容易、玉石同様理にかなっている。この製品を作っている工場も県内にあり、その点でも安心。
コンクリート製品というところが少し引っかかるが、現時点ではとても良い工法だと思うし、好条件が揃っている。ということで早速材料を取り寄せてみた。
基礎工事

約80個の「マイコマ」が到着。
直径が約30センチで、重さは20キロほど。

基礎工事

施工方法。
鉄筋で出来た型の三角の部分に専用の道具で穴をあけ、底にマイコマの先端を埋め、並べていく。
基礎工事
一つずつ、穴をあけては設置していく作業。
基礎工事
角に8つずつ並べてみた。
基礎工事

それを建物全体にバランスよく配置する。
本来は布基礎の下に帯状に施工するとの事だったが、予算の関係で数を省略。
基礎工事

そこに砕石を敷き、先ほど穴をあけた道具の先端のアタッチメントを交換して、コマの隙間に砕石がびっしり入るよう転圧していく。
基礎工事
全体に砕石を敷いて、転圧すれば終了。
施工指導に来てくれたメーカーの方が道具を貸してくれ、丁寧にやり方を教えてくれた。
この上に、普通に基礎工事をする。
こうした工事は、地盤の強い場所には必要ないが、この場所は地面を掘っても全く石がなく、大きなトラックが脇を通ると多少の揺れを感じたので、一応保険のつもりでやってみた。
予算があれば全体に施工するに越した事はないが、今回のように部分的な配置で、どの程度利くのかメーカーの方も興味があるとのこと。
基礎工事は後でやり直しが利かないのでとても大事だ。多少予算はかかったが、これだけで安心感がだいぶ違う。

2009年9月


パーマカルチャー塾

池田町のシャンティクティで行われているパーマカルチャー塾。8月は22、23日に行われ、22日の建築実習に参加。皆さんと共に、タタミハウス「生かそう庫」の刻みを行った。
9月に建て方が出来そう、と思っていたら、翌日23日、棟上をしたそうだ。
その様子は、レポートに詳しく書かれている。

安曇野パーマカルチャー塾は、建築だけではなく、農業(自然農)を中心として、自然と共に生きる方法を身に付けることが出来る。その趣旨・目的には「自然と共生する生活を築いていくための実際的な技術をともに学ぶ場」と書かれている。
この講座も今年で7回目。毎年コンスタントに、20名以上の参加者がある。
参加者の意識も高く、むしろこちらが勉強になる。

そのシャンティクティで、今回目に留まったのは『美味しんぼ』101巻 食の安全。何だマンガか、と言うなかれ。
「美味しんぼ」は、ぼくの学生時代に連載が始まり、かれこれ20年以上も続いている、息の長〜いマンガなのだ。当時よく友達と食べ物屋に入って「このお好み焼きは食べてはいけない!」などと、主人公(山岡)のまねをして遊んでいたものだ。
学生時代はよく読んでいたが、その後、漫画自体ほとんど読まなくなった。
だから「美味しんぼ」が100巻もでている事にまず驚いた。そして主人公に、3人も子供が出来ている事も。
学生時代、このマンガの主人公、山岡士郎と栗田さんの関係に、毎回気をもんでいる友人がいたが、彼がこの結果を聞いたら泣いて喜ぶかもしれない。

まあ、それはさておき。食の安全。
様々な食品偽装の問題から始まり、中国産食品の問題、そして食品添加物と話は進んでいく。特に添加物のくだりは、改めて今の日本の食に関する問題点を突いていて、とても興味深かった。これを読んでから、加工食品の表示を細かく読むようになった。
そして思った、建築も同じようなことになっていると。
今の建築現場も、食品と同じく添加物だらけだ。これを加工食品並みに表示したら、目がちかちかするかもしれない。
やはり人間が口に入れるもの、手で触るもの、呼吸する周りの環境を作るもの、身の回りのものは、出来るだけ自然のものを使うべきだと思うし、ぼくの立場としては、そういう建築を心がけて行きたい。
「美味しんぼ」を読んで、シャンティの自然の中の畑を眺めながら、そんな事を考えた。

2009年8月


てんとう虫


先日の日食は、あいにくの曇り空。その時間、辺りが少し暗くなった程度で、雲の上で何が起こっていたのかさっぱりわからず残念。いつかどこかで、また日食を見る機会があればいいな。
閑話休題。

先日自動車での移動中、ラジオから流れてきた話題に愕然とした。
某研究室が遺伝子操作で飛べないてんとう虫を作ることに成功。このてんとう虫は飛べないので、畑にとどまり害虫を駆除する。その分農薬を使わずに済み、無農薬栽培の助けになるとして関係者が注目しているそうだ。
でもそれって、本当に環境に良いのだろうか?

てんとう虫は人間に害のある毒針や牙も無く、形や配色も可愛い。おまけに害虫も駆除してくれるということで、益虫の代表選手のように扱われていて、ぼくも小さい頃から好きな昆虫の一つだった。それだけに、とても気になるニュースだ。

遺伝子を操作された固体が自然界に放されることで、生態への影響は全く無いのか。
飛べない事で近い所で交配が進み、例えば、奇形とか攻撃性や毒を持ったりといった、突然変異や予期せぬ方向へ進化が進んだりしないのか。とても心配だ。

今ぼくたちの身の回りには、遺伝子操作で栽培しやすくなった植物や、光る魚など奇妙なモノが随分増えて来た。
だから、飛べないてんとう虫が出来たくらいで、大げさに心配なんて何を今さら、と言われるかもしれない。
でも本当に、人間がそんなモノを作って良いのだろうか。

ぼくは、人間は生命に関しては無力だと思っている。
どんなに小さなものにも、人間は生命を吹き込むことは出来ない。
一度死んでしまったものを、人間がどんなに努力しても、生き返らせることは出来ないのだ。
人が花や野菜を作るのも、それは命を吹き込んでいるのではなく、ただ育てているだけ。命は元々そこ(種の中)にあったのだ。

そんな人間が遺伝子を操作する事で、進化の過程を飛び越えて、簡単に別の動物を作ってしまって良いのだろうか。
人間は生命に対して、もっと謙虚であるべきだ。
そうでないと人間が作り出した生物に、いずれ苦しめられるような気がするのだ。

2009年7月


ストローベイル

安曇野シャンティクティでのパーマカルチャー塾。7月は18、19、20日の2泊3日のスケジュールで行われ、ぼくの担当の建築実習は19日だった。
今回は、風呂の椅子とプランター作り。タタミハウス倉庫(別名:生かそう庫)の墨付けと刻み。それから玄関スペースのストローベイル積みと、盛りだくさんの内容。
シャンティクティ

ストローベイルを使った仕事をやるのは久しぶりだったが、やっぱり良いものだなー。
ここが玄関となり、ゲストは必ずここを通って中に入っていく。いわばこの施設の象徴のような存在。
シャロムのブログに、代表の臼井さんが書いておられる文章が印象的。
「のんびり魂がついてくる早さで歩む そんな象徴としてカタツムリストローベイル玄関」
シャンティクティ
この壁が出来、新しく屋根がかかれば、今ある屋根は撤去するそうだ。
大屋根に植えられた麦などの植物の緑と、新しいストローベイルの玄関は、今以上に周囲の自然となじむ建物になるはずだ。

今月の講座は建築実習だけでなく、他のプログラムも外部講師の方が3人来ておられ、とても内容の濃いものだったようだ。
近々アップされるレポートがとても楽しみ。

2009年7月


日食

今月(7月)22日、日本でも各地で日食が観察できるということで、メディアでもその話題でずいぶん盛り上がっている。
ちょうど夏休みと重なり、子供たち相手の観察会なども各地で開かれるようで、タイミング的にもばっちり。
何でも日本で観測できるのは、46年ぶりなのだそうだ。ちなみに、それはぼくが生まれる前の話。

ところが以前、図らずも日食に出くわした経験がある。しかも皆既日食。
今から18年前、メキシコシティーにいた時、偶然皆既日食を見ることが出来た。時刻は午後2時ごろだったと記憶している。
その時刻が近づくにつれ、徐々に太陽が欠け始めた。だんだん辺り暗くなり、太陽が完全に月の陰に隠れる頃には、昼間というのに真っ暗になった。そして、空にはなんと星が現れた。周りでは動物が騒ぎだすし、道を走る自動車はみんなヘッドライトを点灯。わずか数分だったが、突然夜が訪れ、そしてまた突然昼に逆戻り。何とも不思議な体験だった。

その時はきれいなリングを見ることが出来たが、無謀にも裸眼で観察した。まあ長くても数秒だったので、その後の影響はないと思うが‥‥。
その時、知り合いの人からわざわざ電話が掛かって来て、特に妊婦は絶対に直接リングを見てはいけないと忠告を受けた。
何故妊婦はだめなのか、それ以外の人は良いのか、その理由はよく分からなかったが、今思えば妊婦さんに限らず、観察には専用の器具を使うべきだと思う。

メキシコで日食を見るというのには、もう一つ別の感慨があった。
よく知られていることだが、マヤの遺跡は、太陽と月の動きを元に作られているものや、中には天体観測を目的に作られたものまであって、まさに日食などの天体の動きとはとても縁が深い。
マヤ文明の日食にまつわる逸話は数多くあって、かなり以前から日食や月食など、正確に予測できていたらしい。
そんなマヤの遺跡が数多く残るメキシコで、皆既日食を見ることが出来たのは、偶然とはいえとてもすごい事だったのだと思う。
その翌日、別の知り合いの人から、「皆既日食を見れただけでメキシコにいた価値があった」と言われたが、今思えば本当にそうかもしれない。

さて、今回の日食。
日本のほとんどの地域では部分日食で、それでも関東地方では7割ほど太陽が欠けるらしい。そこで今回、是非木漏れ日を観察してみたいと思っている。
小学生の頃理科の実験で、ダンボール箱に穴をあけてやったピンホールカメラの原理で、光源の形が影となって映し出される。
太陽が欠けている時間、木漏れ日の形が三日月型になるのだ。これを是非写真に収めてみたい。
ぼくにとっては19年ぶりの日食。当日は、カメラ持参で近くの林に向かう予定。22日の天気が心配だ。

2009年7月


今日の運勢

占いには、興味はあるけれどあまり信じないほうかもしれない。
でも、ウチで取っている新聞に出ている干支によるその日の運勢は、なんとなく毎日チェックして、内容によっては気を付けたり心がけたり注意したりと、参考にさせてもらうことがある。

そんな今朝の朝刊の、辰年の今日の運勢。「思わぬ相手からラブコールが」。何とも意味深長な言葉。
一体どんな相手から、どんなラブコールがあるというのか。

その言葉を頭の片隅に置きつつ、今日は一日工場で作業をしていた。
すると何とも珍しい来客が2組。いずれも以前仕事を頼んだことのある、大工さんと石屋さん。
別にこれといった用事もないが、たまたま前を通ったらいたので寄った、といった様子。 どちらも10分ほど世間話をして帰って行った。
「思わぬ相手」ではあったが「ラブコール」らしきものではなかった。

ところが、夕飯を食べ、そんなこともすっかり忘れていたところに、1本の電話が掛かって来た。
相手は、某テレビ局の番組を作っている製作会社の男性。なんとテレビの番組への出演の依頼だった。
まだ企画書を出す前の段階で、番組名や詳しい内容は言えないが、ぼくがメキシコにいたころのはなしがその人のアンテナに引っかかったらしい。
「おいおい、そっちかよ」と、思わず突っ込んでしまいそうだ。
どうせならストローベイルハウスとかタタミハウスとか、土壁や今度やろうとしている落し板や寄木の家もある。
そっちも面白いと思うが、まあメキシコで生活していた頃のことが番組になるかもしれないらしい。それはそれでありがたいことだ。
出るか出ないか、返事は一応保留してあるが、今日の運勢にぴったりのタイミングで来たこの話。
トントンと進みそうな気もするが、果たしてどうなることやら。

2009年7月


柳行李

家にあるもので処分したいものは数々あるが、その中の筆頭がプラスチックの衣装ケースだ。
学生時代から使っているものもあり、安価でそれなりに便利なので使っているが、毎日そこから服を出す度に、何とかしたいという思いに駆られる。
もう少し暮らしにゆとりが出来たら、木製の箪笥を作ってみようと思うが、いつになることやら。

衣装ケースもそうだが、今、身の回りにはプラスチック製品があふれている。
つい50、60年前までは、プラスチックなどなかったはずで、竹や木や紙や藁などでそうした身の回りのものは出来ていたのだ。
それが全てプラスチックになってしまって、確かに便利ではあるかもしれないが、何と残念で貧しい風景である事か。
そう言いつつ、ぼく自身、身の回りを眺めてみるとプラスチック製品のオンパレード。もういい加減何とかしたいものだ。

数年前から家族が増え、ちょっと泊りでどこかへ出かけるにも、ものすごい量の荷物と共に移動する事になってしまった。自動車の荷台は、子供の着替えやらオムツやらを入れた袋で一杯。全く機能的ではないし、美しくない。
そこで以前から探していたのが柳行李だ。
出来れば竹で出来た頑丈なものをと思っていたが、新品はとても高くて手が出ない。
ネットで中古を探したが、見た目がよく安くサイズもぴったりという掘り出し物はなく、どうしようと思っていた。
まあそれなら作ってしまえというわけで、作業場にある材料を使って作ったのが木の行李。
衣装箱
同じようなものを4つ、自動車の荷台にちょうど収まる寸法で作ってみた。
桐で作ると軽くて良いのだが、手元にそういう材料がないので、国産の杉と米杉を使った。
衣装箱
この箱を作っている時、たまたま作業場に来た知り合いの大工さんに「蜂の巣箱か?」と言われたが、まあ良いのだ。
少々重量感はあるが、結構気に入って使っている。

先月、美山で行われた左官講習会に参加するに当たり、左官の道具を入れる道具箱も同じようなデザインで作ってみたが、実はこの道具箱が一番良い出来だった。
いくつか作るうちに、だんだんと要領をつかみ、良いものが出来る。
こうなると、家中の収納をこんな箱で作りたくなってくる。いつもの悪い癖だな。
まあ幸い作業場にあった材料も少なくなり、もういくつも出来ないと思うが、もう少し良い材料を使えば、もっと軽くて機能的な良いものが出来るはずだ。
ご注文頂けば作りますので、そういうのが好きな方はどうぞ。

2009年7月


安曇野パーマカルチャー塾

今年1年を通して、安曇野シャンティクティで行われるパーマカルチャー塾。6月は20日、21日に講座が行われ、21日の建築実習に参加させて頂いた。
シャンティクティ
ぼくの担当は建築だが、その他の、例えば農業だとか、自然エネルギーだとか、パーマカルチャーの講義や実践的な活動は、とても刺激的で勉強になる。
日々の生活で、こういうところで学んだり身に付けた知恵や技術を生かすことができれば素晴らしい。
今回、農作業の実習を見ていて、シャンティの土手に、他の草花と共にレタスがたくさん育っているのがとても印象に残った。
普段よく見る栽培されている野菜は、同じ種類のものが畑に並んでいるのが普通だが、本来植物は、いろんな種類のものが混ざっている方が自然なのだということに改めて気付かされた。

建築実習の方は、自然エネルギーを取り入れた倉庫(タタミ壁)と、ストローベイルの玄関スペースを建築中。
今回、ちょっと寄り道で、風呂で使える木の椅子と、木のプランターを皆さんに作ってもらった。
その模様は、こちらでご覧頂けます。
カメラは持って行ったが、この日撮った写真はたった5枚。
講座の翌日にはシャロムのブログに、3日後には詳しいレポートが載るので、記録に関してはつい横着をしてしまう。
その分のエネルギーを建築実習に向けています‥‥ハイ。

2009年6月


左官講習会in美山

6月6日、7日に、京都府美山の「美山文化会館」で行われた左官講習会。今回のテーマは中塗り。
全国から100人ほどの左官職人が集まり、技術の研鑽に励んだ。
今回実演をして下さったのは、京都の左官山本忠和氏。
昨年篠山で黒漆喰磨きの講習でお会いして以来、もう何度も講習会で講師をしておられる方。
今回は、京都の若い左官職人さんがスタッフとなり、2日間司会進行や裏方として参加者の世話取りをして下さった。
加えて、各地で活躍されている左官の親方衆が、講師として指導に当たって下さった。
開会式で壇上に上がられた講師の面々。
左官講習会
そういう方々のバックアップがあって、これだけの講習会が運営されている。ぼくも左官講習会の常連になりつつあるが、講習会に行く度に講師の方やスタッフの方の熱意には、いつも感心させられる。

今回用意された土。チリ廻り、底埋め、切り返しと3種類の土が用意された。
これらは全て、普段山本親方が使っておられる土との事。
左官講習会

左官講習会

左官講習会

左官講習会の盛り上がりに呼応して、鏝を作っている加治屋さんも、様々な形で講習会に参加されている。
今回は販売コーナーもあり、同時に参加者が誰でも試し塗りが出来るように、4つの会社の鏝が5、6本ずつ置かれていた。それもまた素晴らしい事。

左官講習会

いよいよ山本親方による実演が始まった。
墨出し、チリトンボとノレンの打ち方、といった基本的なことから教えてくれる。
左官講習会

質疑応答を交え、いよいよ参加者の実技。
左官講習会

会場になった美山文化会館。外観も内部も素晴らしい施設だった。
左官講習会

山本親方の底埋めの実演。
この鏝さばきは、まさに神業。
左官講習会

初日の締めくくりに、山本親方と久住親方の左官トーク。
両氏の技術の高さと知識の豊富さには、いつも感心させられる。当然勉強も。
参加者はもちろん、講師の方々も熱心に耳を傾けていた。
左官講習会

2日目。この日は昨日中塗りをした板の上に、切り返しと言われるいわゆる中塗りの仕上げを行う。
左官講習会

山本親方の実演のあとそれぞれ板に向かう。
左官講習会

実は今回、ぼくもパネルを用意して行った。
ところが、満足な道具もないし、実技はあきらめていたのだが、いつも講習会でお世話になっている富沢建材の社長さんに背中を押されて、無謀にも中塗りの実技にチャレンジしたのだ。
講師の先生方が道具を貸してくれたり、親切に指導してくださったおかげで、何とかパネル1枚仕上げることが出来た。
やってみた感想は、難しいの一言。やはり経験がモノをいう世界。でもとても良い経験をさせてもらった。
下手くそで恥はかいたが、やってみた甲斐があった。

午前中でその作業が終わり、午後は、実際に中塗りと仕上げが行われている近くの現場に向かう。
文化会館から歩いて5分くらいのところにある、かやぶき資料館に隣接した敷地の中にある施設で、新築の建物がその現場。
左官講習会

そこで、講師の方々の仕上げ磨きの実演を見ることが出来た。
左官講習会

実際の現場で、仕上げの作業を見ることはめったにない。しかも複数の壁にそれぞれの技法で仕上げをしていくという何とも贅沢な仕事を拝見する事が出来た。
この建物自体も伝統工法で建てられていて、それもとても参考になった。
左官講習会
参加する度に、左官仕事の奥深さを体験することが出来る左官講習会。
特に今回は、実際に壁塗りを指導してもらって、今までとは違う経験をさせてもらった。
やはり職人は経験することが一番大事。そんな事を改めて感じた2日間だった。

2009年6月


美山

6月6日(土)7日(日)の2日間にわたって、京都府美山で左官講習会が行われた。
今回の講習会のテーマは、左官の基本である中塗りの技術を磨く事。関西で活躍する左官を中心に結成された「左官を考える会」の主催。参加者それぞれがサンプルとなる板を持ち込んで、2日間技術を学ぶ構成になっている。

左官的塾のHPでこの案内を見た時、美山という地名を見て閃いた事があった。
美山は、かや葺き屋根の集落で有名な場所だ。その美山に友達が住んでいたはずだ。しかも彼の家は、昔ながらのかや葺き屋根だと聞いた事がある。
早速電話してみると、確かに美山のかや葺き屋根の家に住んでいるとの事。
「一晩泊めてくれんか」と頼むと「いいよ」という快いご返事。それで今回の左官講習会への参加を決めた。

美山でも、特に「かやぶきの里」と称されている地区が保存地域に指定されているそうで、友人宅はまさにその地区の中にあった。
美山

これが友人の家。築140年だそうだ。
美山

「かやぶきの里」とは少し離れた場所にある「かやぶき資料館」の大屋根。立派な屋根だった。
美山

その近くにあった新築のかやぶき屋根の住宅。おそらく個人宅だと思うが、これまた立派な造りの家だった。新築でこれほどの家は、まさに美山だから出来る仕事だろう。
美山

美山にはあちこちに歴史的な建物があり、それが実際に使われながら保存されている。
とても良い刺激をもらった、美山での2日間だった。

肝心の左官講習会の模様は、また後日UPします。

2009年6月


『逝きし世の面影』

4月、シャロムのパーマカルチャー塾で、講師として来ておられた森谷博さんと久しぶりにお会いした。
森谷さんはかつてテレビのディレクターをしておられたが、今はパーマカルチャーの実践家として活躍されている。シャロムのパーマカルチャー塾にも、講師として度々来ておられ、今年も夏にもう一度講義があるそうだ。
僕が最初に森谷さんとお会いしたのは、今から4年ほど前、共通の友人の結婚式で、やはりシャロムでだった。
今回少しお話をさせてもらったが、その中で紹介して下さったのが、表題の『逝きし世の面影』渡辺京二著(平凡社ライブラリー)という本。

この本は、江戸時代末期から明治にかけて、日本にやってきた外国人によって残された記録から、当時の日本人の文化や生活様式を見つめ直した大著である。
まだ読み始めたばかりだが、これがとても興味深く面白いので、ここで紹介しようと思った次第。

僕が以前から興味があったのが、昔(特に江戸時代前後)の一般市民の住居や暮らしがどんなものだったかという事。
江戸時代前後に建築されて、今尚残っている建物というのは、金持ちの家や社寺ばかりで、一般庶民の家というのはまず残っていない。理由は簡単で、積極的に保存されなかったという事と、何より壊れやすかったという事が大きいと思う。
その頃、一般庶民が暮らした家は、石や木や土や藁など、身の回りにあるもので作られていたはずで、何十年ももつような建物ではなかったと想像できる。
でもだからこそ、その当時の大多数の人たちが、どんな家に住みどんな暮らしをしていたのか、知りたいとずっと思っていた。
逝きし世‥‥で書かれているのは、江戸時代末期から明治時代のことが中心だが、庶民の暮らしぶりが活き活きと描かれていて、とても興味深く読むことが出来る。

森谷さんはディレクター時代、アマゾンの原住民の集落を取材され、それ以来アマゾンの奥地を訪ね記録に残す作業をライフワークにされている。
その活動は、逝きし世の面影で、当時の日本人達の生活や風習を、外国から来た人々が驚きと感動の目で書き残していることと相通じるものがあるのだそうだ。

今年は横浜開港150周年という事で、ラジオでもこの本を取り上げているところがあった。
その時代の、私達の先祖である日本人の暮らしに興味のある方には、お勧めの1冊だ。

2009年6月


安曇野パーマカルチャー塾

富沢建材で大津磨きの講習会を受講した前日、シャロムの安曇野パーマカルチャー塾に、建築実習の講師として参加させて頂いた。

前にも書いたが、今年1年、パーマカルチャーの一環として、参加者の皆さんと共に建築を勉強することになっている。
これから毎月、シャロムで20名の塾生の方達と共に、実際いくつかの建物を建て予定だ。

当日張り切ってカメラを持って行ったが、結局1枚も写真は撮れず。
でもその数日後にはシャロムのHPに、完璧なレポートが掲載されていた。
ほとんどそれを当てにしていたんだけどね‥‥。
興味ある方はそちらをどうぞ。

2009年6月


『二百年もつ家がほしい』

先日自宅の本棚をあさっていたら、懐かしい本を発見した。
『二百年もつ家がほしい』私の家づくり奮闘記 伊藤勝著(彰国社)
15年以上前に読んだ本だが、僕が自然素材の建築を目指す上で大きな影響を受けた本。

著者がこだわったのは、とにかく家を長持ちさせること。そのためにどんな工法で、どんな材を使うか。数々の本を読み、何人もの設計士や大工に直接話を聞き、いくつもの建物を見て研究し、自宅を完成させるまでを綴った、まさに「家づくり奮闘記」なのだ。
すごいのは、法隆寺の西岡棟梁にまで話を聞いている事。自宅を建てるために、普通そこまでなかなか出来ない。
こんなお施主さんが来たら、建てる方としては大変かもしれない。でもその分やりがいがいを感じることも確かだろう。
二百年家をもたすため著者が選んだ方法は、木で家を作る。軒を深く。余分な金物を使わない。高床式にして床下の風通しを良くする。壁を落し板にしてメンテナンス(修理)しやすくする。シンプルな構造とデザイン。新建材や工業製品を使わない。必要のないものを持ち込まない。
家づくりの上で参考になることばかりだ。

この本の中にも出てくるが、昔ながらの継手や仕口で仕事をしている人の作った家が、合板の天井だったりクロスの壁だったりすると、本当はどこにこだわるべきなのか考えてしまう。
普段業者として色々な仕事をしていると、金物やボードや合板や断熱材など、使うことが当たり前になってしまう。そしてそれに慣れてしまうと、そうした工業製品を使うのが良いことのように錯覚してしまう。
でもそれはごく自然な流れで、今の建築に関する決まりや法律が、全てその方向に向いているのが大きな原因となっていることも事実なのだ。
でもだからと言って、それが正しい事とは限らない。
私たち日本人とって本当に良い家とは、昔からそうであったように、身の回りにある自然の素材だけを使って建てた家であってほしい。
久しぶりにこの本を読んで、忘れかけていた大切な事を思い出すことが出来た。
初心忘れるべからず。

2009年5月


酵素玄米

ずっと以前(と言っても3〜4年くらい前)から、ぜひ我が家でも取り入れてみたい主食があった。それが酵素玄米。
以前穂高養生園で、セルフビルドのワークショップの準備に通っていた時、昼食に出して頂いたのがこのご飯だった。
その後、様々なご縁から、あちこちで食べる機会があり、いつかうちでもやってみようと思っていたのだ。
酵素玄米に関しては、本家本元があるらしく、○○式という講座を10日ほど前に受講し、器具一式を注文。先日それが届き、晴れて我が家でも酵素玄米生活がスタートした。

酵素玄米を食べようと思った一番の動機は、健康に良いらしいということだが、それと同時に、白米とは違った味わいがあり、とても美味しかったからだ。
小学生の頃、実家で3年ほど玄米食を取り入れたことがあった。圧力釜で玄米を炊いただけのご飯で、とにかく硬く、一口50回以上噛めと言われた。小学生にとってそれは苦痛で、特に弁当に入れたそれは、硬くて食べられたものではなかった。
そんな昔の記憶から、玄米というと敬遠していたが、小豆を一緒に炊き込むこの酵素玄米は、とにかく美味しく、○○式講座でも「あまり噛まないで下さい」と言われるほど、消化に良いとの事。
器具が届いた日に早速炊いて食べてみたが、モチモチした食感とご飯と小豆の甘さに、これが毎日家で食べられるのかと、思わず嬉しくなってしまった。
本来は炊いてすぐより、3、4日経った方が発酵が進んで美味しいし、体にも良いという事だった。でも炊き立てには炊き立ての味わいがあり、それに初日でも栄養価は白米よりも高いと言う事だったので、気にせずに食べていた。
それが今日、晴れて3日目となり、ついに堂々と食べられるようになったのだ。
酵素玄米が我が家に来て、まだ3日しか経っていないが、今日ふと食卓を見て気がついたことがある。
食卓
以前と比べ、食卓の雰囲気がやさしくなったと言うか、ケバケバしていないと言うか、決して贅沢ではないけれど満たされていると言うか、なんとなくそんな雰囲気になっているような気がしたのだ。
それに子供たちが「このご飯美味しい」と言って残さずに食べているのを見ると、やって良かったなと思うのだ。

実はこの酵素玄米、炊き方に手間と時間が掛かり、それを身に付けるまで結構大変なのだ。
準備から炊き上がりまで、ざっと2時間ほど掛かる。でも今は、それも楽しみの一つになっている。○○式講座では「儀式(或いは作法)と思ってください」と言っておられたが、まさにその通り。
あえて例えるなら、筋トレをした次の日の筋肉痛みたいな、少し自虐的な快感といった風情。ちょっと例えが悪かったかな。
我が家の、酵素玄米の日々は続く。

2009年5月


左官講習会レポート

大津磨き

24日に参加した左官講習会で取ったメモ、忘れないうちにここにまとめておこう。他のページで残そうかとも思ったが、ふさわしい場所がないのでとりあえずここにまとめておいて、いずれどこかにそういうページを作るかもしれない。興味のない方は読み飛ばしてください。

石灰の種類
粉末消石灰(日本では一般的)
クリーム型消石灰(石灰クリームといわれているものとほぼ同じ)
焼いた石灰石に水を混ぜて発熱させると消石灰が出来る。その時水を少ない量入れると粉末になり、水を大量に入れるとクリーム状になる。
日本では粉末を使い、ヨーロッパではクリームを使う場合が多い。
粉末とクリームでは同じ石灰でも性質が違う。
今回の講習会では、山本氏が粉末消石灰を使用、一方小沼氏は、自作のクリーム型石灰を使った。

ひだしスサ
市販のひだしスサはそのまま使わず手を加えてから使う。
杉丸太の年輪の面の上(硬さが丁度良い)で、なた(手斧)を使って刻む。それを箕を使ってあらかじめ篩っておく(茎が残ると仕上げに影響する)。
篩いには箕を使う。
箕‥‥柾目編み
 ‥‥斜め編み
篩い方‥‥ひだし‥‥柾目編みを使う‥‥茎を下に集め取り除く
   ‥‥さびき‥‥斜め編みを使う‥‥細かい(軽い)スサを飛ばして集める
箕にも色々あって、細かい網目の良いものを使う。

大津磨きは粘土を多めに入れるため、チリの汚れは掃除できれいにできる。養生せずに塗る度にチリ箒で掃除すればよい。

大津磨き
下塗り‥‥灰土(ハイツチ)
仕上げ‥‥引き土(ヒキツチ)

灰土の配合‥‥粘土、石灰、ミジンスサ
粘土が多いほど水持ちが良い。逆に石灰が多いと乾きやすい。

漆喰には白いスサ(白雪等)を使うが大津磨きにはそれより太いスサを使う。仕上がった時スサが浮き出たような形を出す。粘土を多く石灰を少なくして、大津磨きの表情を出す。

灰土の押さえ(こなし)。地金かあまい半焼きの鏝を使う。締め付けながら、肌を荒いままにする。本焼きを使うと表面を塞いでしまい引き土がやりずらくなる。

手桶
以前は左官用のものがあった。よくお墓で使うものは細く深すぎ。左官用には口が広く大きすぎず、深さも短めのものが良い。
今は金属のバケツがあるが、それがない頃は全て木の手桶だった。それでチリ箒を叩くと、銅線を巻いた物だと桶が傷んでしまう。そこで京都の職人は短めのチリ箒を使い、指を添えて水を切る動作が身についた。京都の職人には今もそうして水を切る人が多い。

新しい鏝は角が立っているので、仕上げには使えない。あらかじめ中塗りで使って角を丸くするか、サンドペーパーで角をとってから使う。

京都では大津磨きというが、大阪や兵庫では二分(ニブ)と言う。これは石灰の割合。
石灰:粘土が2:8と言うこと。粘土の割合が多い事がわかる。

引き土には4〜5寸の短い鏝を使う人が多い(特に京都の職人さん)。仕上げる場所の広さにもよる。普段から大きな壁を塗っている人は、比較的大き目の鏝を使うようだ。

水引のタイミングは、口で説明できない。経験でつかむしかない。
早すぎると下地の色が仕上げに出てしまう。遅すぎると塗りづらくなる。天候や現場の状況、粘土の特徴やスサの量など様々な要因が重なってくるので、たくさん経験して覚えるしかない。

引き土‥‥和紙を入れ3年ほど寝かせたものが良い。1ヶ月でも寝かせると違う。粘土に和紙を入れて寝かせる。その時石灰は入れない。石灰を入れると腐らない。繊維が溶けないので石灰は塗る前に入れる。(今回山本氏の引き土は、あらかじめ石灰を5%程度入れて寝かせていたようだ。人によってやり方が違う。)
石灰の代わりにドロマイトプラスターを入れると、材料が残った場合、短い期間(2週間ほど)で使えなくなってしまう。

和紙は繊維が長すぎるとダメ。5〜6ミリ程度。ちぎるとわかる。ガンピ、ミツマタ、コウゾなどあるが、ガンピが良い。
方法‥‥水につけておいた和紙を取り出し木で叩く。
  ‥‥粘土に混ぜていたこすりをする。
ジューサーやミキサーを使っても可。
入れる量については実験をする。目安として、土1kgに対して和紙10g。富沢建材で扱っている。
和紙の糊は腐りやすいので、溶いておくとすぐ傷んでしまう。引き土を準備する直前、その都度溶くということが大事。
科学糊を使った和紙もある。

ベンガラ‥‥メーカーによって鏝すべりが違う。 ホームセンターで売っているものは、さくくなる。仕上がった時われやすい。 普段は「紅梅」「白欄」など使う。
ベンガラは白土に入れると色が沈む。黄土に入れた方が鮮やかな色になる。好みと仕上げる壁の雰囲気で材料を選ぶ。

京都では「雑巾戻し」という技法が使われる。(今回の山本氏の実演)日本手ぬぐいを使って、水をしみこませて壁に戻す。それを二度繰り返す。戻したほうが割れずらい。
スポンジ拭き、乾拭き‥‥色をそろえる。輝きは少し落ちる。
大きな壁は戻さない‥‥戻せない。
雑巾戻しの後、漆喰均し鏝(地金の2枚張り)を使うと効率が良い。

地金の鏝で磨くとある程度光るが、やりすぎると磨きの鏝で光らない場合がある。こての分子構造と壁の粒子の問題。出来るだけ早めに磨きの鏝に替える、そのタイミングが重要。

雑巾戻しの後、ビロードを使って表面を拭く。
ビロードは13世紀ヨーロッパから伝わった布。その中に綿のわたを入れて、雑巾大の布団を作る(座布団と呼称)。磨きの道具として使われる。
左官の技術は歴史的なつながりの中で発達してきた。日本に来たヨーロッパ人宣教師などが着ていた服のビロードを磨きに使ったと考えられる。出来るだけ簡単に、きれいに仕上がる工夫を重ねて来た。 現代は多くの左官が、スーパーミンク(化繊)を使っている。鏝跡を消し、艶も出る。スーパーミンクのあとビロードをかける。2段構えで仕上げる。

磨き大津壁は手入れしないと肌が悪くなる。粘土によって10年〜20年。
手入れ‥‥番茶を1時間ほど炊いたものを表面に塗り、乾拭きをする。
風化には、酸化という要素が強い。番茶を塗ることで抗酸化作用が働くと考えられる。

現代大津磨きに続く

2009年5月


左官講習会

大津磨き・現代大津磨き

5月24日東京の富沢建材で行われた左官講習会に行ってきた。こちらでの講習会は6回目。今回のテーマは大津磨きと現代大津磨き。
左官講習会
実演は京都の左官山本忠和氏、東京の左官小沼充氏。それに久住章親方の解説。
左官講習会
左官の技術、特に磨きの技法というのは、地域でやり方が異なる。京都のやり方と大阪のやり方とは違うし、兵庫でも違う。伊勢磨きというのもあるし土佐磨きというやり方もある。九州や東北、北陸その他諸々、かつてはそれぞれの地域で独自の方法で行われていたのだ。
もっとも今は磨きをやる人が少なくなってしまって、地域の特性どころではなくなってしまったが‥‥。それはさて置き。
一口に京都といってもその中でも親方によって使う土や材料、その配合、使う道具の種類やこだわりなど、同じものは一つもなく、いわば個々の職人集団が、技術を磨き経験を積むうちに確立した技法なり道具なりを駆使して行うのが磨きなのだ。
だから今回実技を披露してくださった方のやり方は、京都のやり方と言うよりも山本式、東京のやり方と言うより小沼式と言った方が良いと思う。
それぞれに両氏の経験や工夫、道具や材料へのこだわりが詰め込まれている。
それを今回は、両氏が普段使っている材料ではなく、富沢建材で手に入る材料を使って行うという、新たな課題も試されていた。実はこれはとても大きなことで、普段職人は、当日の天候や湿度、周囲の状況や土の状態によって、仕上げる時間や磨きのタイミングを計る事になるのだが、普段使い慣れていない材料を使うと、その微妙な加減がつかめない事になる。始めての材料を使うというのは、よほどの経験がないと難しい。 両氏がそれぞれのやり方で行う磨きの仕事を、左右に並べて、山本氏はベンガラで赤に、小沼氏は松煙で黒に仕上げるという、何とも贅沢な、しかも久住親方が解説をしてくれるすごい企画なのだ。
左官講習会
山本氏のパネル。ベンガラで赤く仕上げる。
左官講習会
こちらは小沼氏。黒磨き。黒磨きには松煙を使うが、人によって他の色を混ぜて光り加減を調節している。小沼氏の場合、2種類の色粉を足しているそうだ。
左官講習会
大津磨きの場合、下地に塗るのは灰土(ハイツチ)、仕上げを引き土(ヒキツチ)と言う。引き土には色粉の他に石灰と細かくふるった粘土、それに和紙を水に溶いたものを加えるそうだ。久住親方の解説でそれらの配合や地域性などいろいろな事を教わったが、とてもここでは書ききれない。
左官講習会
この実演はひだしスサのふるい方。みを使って灰土に入れるスサをふるうのだが、そのやり方や使うみの種類など、知らなかったことばかり。
左官講習会
今回の講習会の定員は200名、当日は雨にもかかわらず、それを上回る参加者があったそうだ。ほとんどが本職の左官の方。全国から集まり技術を学んでそれを持ち帰り、今後の仕事に生かしていかれるのだろう。皆さんとても熱心。
左官講習会
山本氏の使っておられた道具。手入れが行き届いていてほれぼれするような美しさ。チリ箒は自作だと思う。鏝は鍛冶屋に1丁ずつ形や硬さなど特別に注文するそうだ。すごい。
左官講習会
その山本氏が仕上げた赤の大津磨き。京都の職人さんのこだわりで、仕上げの拭き上げに化学繊維を使用しないので、微妙に鏝跡が残っているのがわかる。でもそれも美しい。
左官講習会
小沼氏の黒の大津磨き。こちらは最先端の技術を駆使して、鏝跡のない無地の壁に仕上がっている。引き土の塗り厚も薄く、山本氏の工法よりも早く仕上がる。もっとも、薄いと言っても0.5ミリ〜1ミリの世界。「その違いが大きい」と久住親方の解説。
左官講習会
そこへ登場したのが、帆立貝の殻の形をしたこのオブジェ。小沼氏考案の現代大津磨き。考え方はイタリアで行われているイタリア磨きの技法を取り入れたもの(久住親方解説)。
左官講習会
あらかじめ準備された下地に石灰クリームをベースにした引き土を刷毛で塗る。それをゴムのへらで伸ばしむらをなくす。その作業を3〜4回繰り返す。
左官講習会
その後はなんと軍手で磨くのだ。みんなでよってたかって軍手でこする。軍手も汚れたら替え汚れたら替えを繰り返す。
左官講習会
そして最後に市販のオリーブオイルをすり込み完成。これは小沼氏が独自に編み出した方法で「画期的な技術革新」と久住親方も絶賛。
左官講習会
こうして3つのサンプルが完成して終了。今回も内容の濃い講習会だった。
今回、久住親方の解説をメモしたのだが、1日でそれが7ページにも及んだ。
今度それをまとめてみようと思うが、富沢建材さんや、左官的塾のHPに、その様子をまとめたものが出るかもしれない。それも楽しみにしつつ、いつかこのページでもまとめてみたい。

これだけの講習会を企画し実行してしまう東京の左官集団、関係者に脱帽。次回も参加します。

2009年5月


剪定

今住んでいるのは借家だが、玄関前には立派な生垣が植え込まれていて、それを1年に1度、今の時期に剪定するのが重要な仕事になっている。
生垣
昨年は、忙しさにかまけて上の方まで刈り込めなかった。そのせいでご覧の通り伸び放題になっていた。

生垣
夕方にはこんなにすっきり。ちょっと刈りすぎたかな。

この辺りには立派な生垣の家が多い。それは火災の時、隣の家からの延焼を防ぐ役割と、同時に雪風雨を防ぐ役割も果たしていた。
剪定をしていると、近くの年寄りが来て「何年か前、うちの生垣を切ったら、土蔵に雨がかかるようになって壁が傷んできた」というような話をしていった。確かにそういうことはあるだろうな。
生垣を家の周りに植えるというのは昔の人の知恵で、家を守るためにそういう工夫をしていたのだが、その効果は、今のどんな新建材よりも優れていたと思う。
でも今は、そんな手間のかかることは敬遠されがちだが、本当はもっと見直されるべきだろう。
例えば防火地域でも、生垣を植える事で、壁を不燃材にする必要を免除するとか、そのくらいのことをしてもいいと思うし、それだけの効果もあるはずだ。

そんな事を考えながら家の周りを歩いてみると、立派な生垣の家がまだたくさん残っているのに改めて気付かされた。嬉しくなって写真を撮ったので載せておこう。

生垣

生垣
樹種は、この辺りは寒いのでイチイの木が多い。
屋上緑化や壁面緑化も良いが、こういう昔ながらの生垣も悪くない。手入れは大変だけどね。

2009年5月


土壁塗り

知り合いの家具作家H氏からご案内を頂き、泰阜村で行われた住宅の土壁塗りに参加させてもらった。
土壁塗り
H氏の知り合いで中川村在住の大工さんが施工、手刻みで丁寧な仕事に感心、ここのお施主さんは幸せだ。
土壁塗り
そのお施主さんが自ら小舞をかいたそうだ。
土壁塗り
壁に塗る土は、僕もよく使う飯田市の業者のもの。

材料は身近にあるものを使い、知り合いや仲間が集まり施工する。こういう住宅がもっと増えればと思う。

2009年5月


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