notebook 4
2007年4月16日(月)
ロバ
子供の頃、周りでヤギを飼っている家がとても多かった。多くの農家ではヤギを飼い、彼らに土手の草刈を任せていたのだ。ヤギは丈夫で乳もたくさん出すし、その上草刈もしてくれる、とても重宝な動物だったのだと思う。何しろ今とは違い、物の無い時代だ。ヤギの乳は貴重な蛋白源だったはずだ。
うちの実家ではヤギは飼っていなかったが、親戚や友達の家にはヤギがいて、よく乳を飲ませてもらった。
以前セルフビルドの講習会で知り合った農業家の青年が、ヤギの乳をペットボトルに入れてお茶の代わりに持って来ていたことがあった。嬉しくなって少し飲ませてもらったが、とても懐かしい味だった。
ヤギを飼いその乳や肉を食べる文化は、日本では沖縄と信州の伊那谷に多かったと、以前何かの本で読んだことがあるが、果たしてどうなのだろう。ただその説に頷けるほど、以前は周りにたくさんのヤギがいた。
子供の頃はヤギだけでなく、身の回りに色んな動物がいた。
牛を飼っている家も多かったし、中には馬を飼っている家もあった。
それらの動物たちは趣味や娯楽としてではなく、仕事のため或いは食材として、実用に飼われていたのだ。
少年時代はよく鳥を飼った。インコや文鳥など篭で飼うものや、チャボやニワトリなども飼った覚えがある。
そんな少年時代を過ごしたせいか、いまだに動物が好きだ。

最近発見したのだが、富士見町の井戸尻考古館の駐車場の一角にはロバがいる。どこの誰が飼っているのかわからないが、おそらく考古館で飼育しているのだろう。
それを見つけた時はとても嬉しくなって、次の日には早速子供たちを連れて見に行った。
今までロバを飼っている人が近くにいたという経験はないが、ロバはおとなしくとてもかわいい動物だ。
子供たちにとって、小さいうちに動物たちと触れ合う事はとても良い経験になると思う。
命の大切さや動物愛護の精神を学校の教室で教えるより、動物の世話をしたり、その動物の乳や卵や肉を食べる事で子供たちは多くの事を学ぶはずだ。
昔は身の回りに多くの動物たちがいて、子供たちは遊びの中で自然と動物たちと触れ合う事が出来たが、今はそうした機会は大人が作ってあげないといけない。
うちの子供たちも、動物好きに育って欲しい。
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2007年4月15日(日)
新月伐採
この冬は、3箇所で合計およそ70本の木を伐採した。
樹種はアカマツ、カラマツ、シラカバ、キハダ、クワ、その他雑木。
今回、新月の日に木を伐る、いわゆる新月伐採を試してみた。
建築などに使う樹木を伐採する場合、最低でも冬に伐るのが条件だと思っている。
水分の多い夏場に伐った木は、捩れ、割れ、狂いが起きやすい上、ちょっと油断するとすぐカビてしまう。特にアカマツは、伐る時期によってすぐに青いシミが入ってしまい、そうなると化粧材としては使えない。
新月伐採は、もちろん冬の新月に伐るのだが、新月の直前の3〜4日がベストのタイミングで、冬を3ヶ月とすると、1年間で合計12日間しか木を伐る日がないというこでとても制約が多い。
そもそも新月伐採という考え方は、ヨーロッパ(オーストリア)から始まったようで、日本ではまだなじみが薄いようだ。
確かに効率だけを求めると、そんな事はやってられない、となってしまう。
でも木を伐る時期というのは、とても大事だと思う。

木だからわかりにくいが、これが竹や草だとよくわかる。
竹は昔から、水を上げていない時期(冬場)に伐るものと決まっている。春や夏場に伐った竹はもろく、虫もつきやすい。
草や藁はもっとわかりやすい。青いうちに切った草や藁は、積んでおくと腐ってしまうが、立ち枯れた草や藁は、濡らさなければいつまでもそのままだ。
要するに、そのもの自身が水分を含んでいるのかいないのかが、とても重要なのだ。
本場(ヨーロッパ)の新月伐採は、葉枯らし(葉をつけたまま放置して木の水分を抜く)をする念の入れようだが、今回はアカマツ以外、葉がついていない落葉樹だったので、新月伐採と葉枯らしの相乗効果は確かめる事が出来なかったが、一応アカマツでは葉枯らしもやってみた。
ヨーロッパで葉枯らしする木は、ドイツトウヒなどの葉が密な樹種なので、日本のアカマツではとても比較にならないと思う。せめてスギやヒノキくらい葉がついていないと、あまり効果はないと思われる。
それでも、やらないよりはやったほうが良いと思って、今回アカマツの葉枯らしもやってみた。
結果は、、、。果たしてどうなんだろう。
今は人口乾燥という方法が一般的で、いつ伐採しても製品になった時にそれほどばらつきがないのが現状だ。
そんな時代、日本で新月伐採はどのくらい注目され広まるのか?
効率が悪いしあまり普及しないかもしれないが、そうした、本当はそれが正しいという方法が、見直され広まっていく世の中が、実は正しい世の中なのかな、と思ったりするのだ。
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2007年4月11日(水)
新芽
全国的に桜の開花がニュースになっているが、この辺り(八ヶ岳山麓)では、ようやく梅の花がほころび始めたところで、桜の開花はもう少し先のようだ。
それでも春の足音は着実に近くまで来ていると実感できるようになってきた。
昨年わが家の土地に植えた木々たちも、次々とかわいらしい新芽を吹き始めている。

中でもカツラの新芽は紅色で葉が丸く、とても綺麗で可愛い。行く度に見とれてしまう。
昨年は70本の木を植えたが、今年も懲りずに森林組合から50本の苗木を買ってしまった。
今年購入したのはブナとクヌギ。25本が一束なので合計50本。
昨年植えた木で枯れたりしたものは少し整理したが、それでも50本はちょっと多い。
木が育って場所が狭くなってきたら、その時は友人や欲しい人たちに安く買ってもらえば良いだろう。
この時期になると、なぜかむしょうに木を植えたくなる。
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2007年4月9日(月)
石積み
本職ではないが、頼まれて友人宅の石積みをした。
石積みの仕事は、重機を使い重いものを動かすので体力的にも大変な仕事だが、それぞれの石に表情があり、上下や裏表を決め積んでいく作業は大きなパズルをしているようで、楽しい作業でもあるのだ。
思ったとおりに石の位置が決まった時はとても気分が良い。しかし逆にその分難しさもあり、積んだ後に「ここはこうすればよかった」と思うことも多く結構頭を使う。とても奥が深いのだ。

石積みは誰に教わったわけではなく、仕事を見たり手伝ったりしているうちに自然と覚え、ある日自分でやってみたら出来たという感じ。本職さんから見たら全然駄目と言われるかもしれないが、まあそれでもいいじゃないか。
今回も見栄えはともかく、場所が広くなったと喜んでもらえた。今のところ石積みに関しては、ひとまずそれで善しとしよう。
もちろんそれなりにお金をもらって仕事としてやる場合は、ちゃんと本職さんに頼むので安心してご注文下さい。私の石積みで良いという方、時間に余裕のある時のみさせて頂きます。
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2007年3月8日(木)
ラジオ
仕事中、自動車で移動中する時は相変わらずラジオを聴いていることが多い。
FMがついていればFMを聞くところだが、今乗っている軽トラにはAMラジオしかないのでやむをえずAMを聞いている。ここら辺(八ヶ岳周辺)は山が多く、NHKの放送しか鮮明に入らない場合が多いので、それでなんとなくNHKのAM放送を聴く機会が増えたのだが、これが意外と勉強になる。
以前もその流れで本を紹介したが、今回はカンボジアで伝統的な織物の復元や保存に取り組んでおられる方の話が耳に止まった。
「クメール伝統織物研究所」という名前で現地で活動されていて、HPがあるので興味のある方は見て下さい。
代表の森本さんという方が、カンボジアで途絶えかけていた伝統織物の技術を、復活させようと努力された様子を語っておられたが、大変興味深い話だった。
カンボジアにはかつて優れた織物の文化があったが、長期にわたる圧政や内戦などすっかり廃れてしまっていた。そこで以前織られていた織物を復活させようと先ずされたのは、織物の技術を持った人を探すことだったそうだ。内戦後の混乱の中、山奥の村々や時には難民キャンプを訪ねて、織物が出来る人を捜し歩いたそうだ。
そして全く廃れていたカンボジア織り独特の糸を出す蚕をタイから持ち込み養蚕を復活させ、同時に染めを行うために以前からその土地で使われていた植物を植える。そうした織物を復活させるための活動は、詰まるところ自然環境を含めた織物を作るための環境を作る作業だったそうだ。
この研究所の織物は全て手作業で作られ、使う材料も自然の物。合成染料などは使わない。染めに使う染料は、主に樹木から採るようだが、ただ染めに使う木を植えただけではだめで、良い染料を採るには良い土を作る必要があるとのこと。
染料の中にはカイガラムシという昆虫の巣を使うものもあり、その虫も環境の変化で減ってきているそうだ。つまり大切なのは全体の環境、すなわち森なのだ。
同じ樹木から採った染料でも、土によって発色や保ちが違うという話にはびっくりした。土って大事なのだ。
そういえば日本でも土が痩せて、江戸時代の野菜と比べ、今の野菜はミネラルの量が極端に少ないという話を聞いた事がある。
地球上の生物で土の影響を受けないものはない。
山にある森と海はつながっているとして、牡蠣の養殖業者が植林に取り組んでいるという話もあったが、そういう意識が大切だと思う。
今ほど交通が発達していなかった頃は、織物もそうだと思うが建築も含め生活全般で、身近にある材料を生かして、工夫して使っていたのだ。土壁や下地、茅葺の屋根などはその典型で、それぞれの地方で特有の材料を使っていたようだ。また土壁の色も地域によって異なり、隣の村でも全く違った色ということがある。いずれも共通しているのは、身近にある材料を使っていたという点だ。
身近にある材料をもっと見直そう。
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2007年3月4日(日)
気球
うちのマル(犬)は夜になると玄関につないでいて、朝までそこに置いてある小屋で眠っている。
昼間は、最近庭につないでいる事が多くなった。以前はマルを車に乗せて仕事に連れて行ったりしていたが、庭につないでいても、天気の良い日は手足を伸ばして眠っていてとても気持ちよさそうだ。
アイヌ犬の特性らしく、基本的に無駄吠えはあまりしないが、知らない人が来たり猫や鳥などの動物が庭に来たりすると突然激しく吠える。その吠え方も「ワンワン」ではなく「キャーン」とか「キューン」とかの甲高い声で、むしろ遠吠えに近い。マルがそんな吠え方をした時は、大抵何か見知らぬものが庭に来た時で、窓から外を見るとびっくりする事がよくある。
つい先日もマルが騒ぎ出したので窓から外を覗いて見ると、隣家のお蔵の屋根の上に見たことのないような背の高い鳥が止まっていた。最初は鶴かと思ったが、そんなはずはない。よく見るとサギのようだ。それにしても珍しい。
それを見つけた嫁さんが言った。
「こういうのをホームページに載せな。」
「・・・」
仰る通りです。
早速カメラを持ち出したが、鳥は飛び去った後だった。残念。
この日はその後庭にねずみが現れ、マルの騒がしい吠え声がしばらく響いていた。

そして今日、パソコンに向かっていると庭からマルの吠える声が、、、。
窓から外を見てびっくり。なんと大きな気球が、庭のすぐ向こうを飛んでいるではないか。こんなに近くで飛んでいる気球を見るのは初めてだ。早速カメラを持ち出して外に飛び出した。
嫁さんも子供も出来て、家族総出で気球を追いかけたが、気球の飛ぶスピードは思ったよりも速く、どんどん遠くへ行ってしまった。
近所の人も珍しがって、何人か外に出て気球を眺めていた。
家に戻り、ふと思い出したのが、昔読んだ「笛吹きおじさん」という話だ。
村の子供たちが、笛を吹く男の後について行ってしまうという話。子供達って、そういう何気ないことに興味を持つんだよな。あの話の結末はどんなものだったか、もう忘れてしまった。
でも今日気球を追いかけて、大人になってそんなわくわくする事がしばらくなかったのだなーとちょっと感じた。
「一度気球に乗ってみたい。」と嫁さんが言っていたが、今度乗ってみるか。
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2007年2月25日(日)
動物園
最後に動物園に行ったのはいつだろう。
メキシコシティーには立派な動物園があり、メキシコにいた時1回行った事がある。パンダがいて「何で君がここにいるの?」と思ったりした。15年くらい前の話だが、多分それ以来動物園には行っていない。
子供のころは動物園が大好きだった。
実家のある飯田市には小さい動物園があり、そこに行くのが楽しみだった。入り口のアーチをくぐる時はわくわくしたものだ。
規模も小さいし、特別珍しい動物がいるわけではないが、入場料が安くよく親に連れて行ってもらった。
飯田動物園は今もあり、入場料も確かまだ20円くらいだったと思う。
子供のころ飯田の動物園に行く楽しみは、電気自動車に乗れる事だった。
小さな子供が一人乗れるくらいの鉄で出来た電気自動車があって、10円を入れると2、3分走った。
ゴーカートとは違いスピードも出ないし、アクセルだけでブレーキも無い、おもちゃみたいな代物だったが、「これがうちにあったらなー」と真剣に考えたものだ。スギヤマ少年5歳くらいの話。
そんな少年時代の思い出から、自分の子供も動物園に連れて行ってあげたいなー、といつも考えているが、残念ながら近くに動物園はない。ネットで調べたら長野市に大きな動物園があったので、休みの日に早速子供を連れて行ってきた。
長野市の茶臼山動物園は、長野市街を見下ろせる小高い山の上にある抜群のロケーションで、ライオンやトラ、キリン、シマウマ、ゾウ、ゴリラ等々、たくさんの種類の動物がいてなかなか立派な動物園だった。
中でもキリンの赤ちゃんが最近生まれたとかで名前を募集していたが、小さくてとてもかわいかった。
2歳半の娘はというと、坂道を走る事や遊具に夢中で動物自体にはまだそれほど興味はない様子。それでも絵本や写真でしか見たことのない動物たちを、実際近くで見たり声を聞いたり出来た事はちゃんと印象に残ったようで、帰りの車の中で「ゾウさんおおきかったねー」とか「ライオンさんが、ガオーといったねー」などと、感想らしきものを話していた。風が強くちょっと寒かったが、まあ行って良かったかな。
それにしても動物園に行くと、檻の中の動物が自分(人間)だったらとつい想像してしまう。
ライオンやトラを、あんな小さな檻の中に閉じ込めておくのは実際とてもかわいそうだ。ストレスもたまるだろうな。
本当は大草原や森の中を走り回れればいいのだろうけれども、それもで密猟や開発などで命や住む場所を奪われたり、動物達にとって故郷は今とても過酷な状況だ。
それは何も外国だけの話ではなくて、日本でもこの冬はたくさんの熊が里に下りて来て大きな問題になっていたが、そうした熊の多くが殺されてしまった。それもこれも、動物の住処を奪った人間に責任があると思うのだが、人間はそれを改めようとはしない。
動物園の動物たちは、狭い檻の中に閉じ込められてかわいそうだが、そういう動物たちを見ることで、人間が本当にしなければならない事を考えさせてくれる気がする。
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2007年2月14日(水)
仕事帰りの車の中で突然気がついた。
「もうすぐゾロ目だ。」
家までまだ距離がある。メーターは、あと15キロでぞろ目だ。
仕事帰りなのでカメラは持っていない。
「間に合うかな。」
そう思ったが行くしかない。
結果はご覧の通り。2キロ手前でゾロ目が完成してしまった。
携帯でも撮ったが、画像が荒くとても見られるものではなかった。残念。
この数字2万2千キロと思ったら大間違い、22万キロなのだ。しかも軽トラ。
今乗っている車は、昨年中古で買ったものだが、買った時、もうすでに19万キロを超えていた。
宅急便の配達に使われていたらしい。
その時は迷ったが、年数が6年ほどしか経っていなかったので、安さに惹かれ買ってしまった。
何しろ、それまで乗っていた1tトラックを下取りに出したら、お釣りが来た。そのくらい安かったのだ。
でも高速を走る時など、やはり少し心配になる。
軽トラが、いったい何キロ走れるのか。記録更新中。
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2007年1月14日(日)
年始に飯田に帰った時、実家の母が言った。
「メキシコの布があるよ。」
「ほんとに!」
実家は昨年建て替えを行ったが、引越しの時に荷物の中から布の入った紙の包みが出てきたらしい。
「全部持って帰るよ。」
そう言って持ち帰ってきた。
メキシコの布というのは、正確にはグアテマラの布だ。
もう10数年前になるが、メキシコに住んでいた時グアテマラにはよく行った。10回以上は入国したと思う。
目的はビザの更新やスペイン語の勉強などだったが、そこで出会ったのがグアテマラ織りの布だった。
グアテマラに行く度に織物の産地に通っては、市場などでたくさんのグアテマラ織りの布を買った。そのほとんどは実家に送ったのだが、人にあげてしまったりしてもう残っていないと思っていた。
それが突然目の前に現れたのだ。
枚数にすると10枚ほどで、手の込んだ良い物はもうほとんど無かったが、その織物を見て懐かしさがこみ上げてきた。
最近アメリカに住む友人が、グアテマラ人の若者と仕事をしているとかで、グアテマラのことがよく話題に上るようになった。
タイムリーなグアテマラ織りの発見で、なんだかまたグアテマラに行ってみたくなった。
この布、一枚ずつ別のコーナーで紹介するつもりです。いつできるかわかりませんが、気長に楽しみお待ちください。
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2007年1月6日(水)
新年明けましておめでとうございます。
今年も「土壁の家」を、よろしくお願いします。
今年の年末年始は、比較的穏やかな日が続き、温暖化の影響か、気温もそれほど下がらず過ごしやすかった。
ところが今日は全国的に大荒れの天気。茅野でも雪が積もり、日中はみぞれになったりまた雪になったりと、不安定な天候だった。
恒例の雪かきも朝夕2回。それでも数時間後にはまた積もるといった状況。
雪が降って大喜びしているのは、うちのマルだ。外を走り回って大はしゃぎしている。
朝の散歩の時山で放すと、ずっと遠くまで走っていったきり2時間ほど帰ってこなかった。
ちょっと心配になって足跡を追っていくと、かなり遠くまで行っていたようで、遠くの山の方まで足跡は続いていた。
帰ってきたマルは満足気。「♪犬はよろこび庭かけまわり♪」の歌詞の通りのはしゃぎようだった。
雪が降ると何かと大変だ。比較的雪の少ないこの辺りはまだ良いが、雪の多い地域に暮らしておられる方は苦労が多いことだろう。
それでも子供のころから、雪が降るとなんとなくわくわくしてしまう。
雪かきもしなくてはならない、車での移動も大変、それでもいまだに雪が降るとちょっとうれしい自分がいる。男はいつまでも子供だと言われるが、そういうところが残っているのかもしれない。
雪を見ると思い出すのが、やはり子供のころの事だ。実家の飯田ではそれほど雪は積もらなかったが、それでも冬の間20センチくらい積もることが3〜4回はあった。
中学生のころは朝新聞配達をしていて、3キロ先まで自転車で毎朝通っていた。雪の日は特に大変だったが、家の玄関を開けた瞬間の、シンとした静寂の世界は大好きだった。まだ誰も通っていない道路に積もった雪の上を、自分が最初に自転車で走るのは気分爽快だった。タイヤを滑らしたり、わざと転んだりしながら雪道を進んだものだ。
雪を見るとそんな記憶が蘇って来る。
マルが雪の上で遊ぶ姿を見ていると「その気持ちよくわかるぞ」と言いたくなる。
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2006年12月13日(水)
最近ミクシィにうつつをぬかして、自身のHPがおろそかになっている。いかんいかん。
と言う事で、近頃感じた事を少し、、、。
最近、にわかに硫黄島が注目を集めている。きっかけはやはり、クリント・イーストウッドの映画だろうか。
今日久しぶりに近くの本屋に寄ってみたら、硫黄島関係の本がひとつのコーナーを作ってたくさん並べられていて驚いてしまった。以前ここで紹介した「散るぞ悲しき」も、月間売り上げベスト5に入っていた。
数日前には、テレビドラマでも硫黄島関係のものをやっていていたし、ちょっとした硫黄島ブームだ。
過去の戦争の事が取り上げられ、伝えられる事はいいことだが、その伝え方には考慮が必要だ。
今のメディアを中心とした騒ぎようは、どう見ても一つのブームにしか見えない。ブームは去った後に何も残らない。いわゆるバブルと同じだ。
先日硫黄島のテレビドラマを見た次の日、たまたま85歳の叔父から戦争に行った時の話を聞いた。彼は中国で終戦を迎え捕虜となり、シベリアに4年間抑留された。シベリアでの抑留生活は過酷なもので、凍ったジャガイモや豆など盗んで来ては、凍ったまま生で食べていたそうだ。同じ時に捕虜になってシベリアに送られた戦友たちは、チフスや赤痢などで次々に斃れ、最終的に5人に1人くらいしかしか生き延びられなかった。叔父が生き延びられたのは、胃腸が丈夫だったから、と語っていた。
時間にすれば15分くらいの短い話だったが、その話は前の晩に見た2時間のテレビドラマよりも強烈だった。
過去の歴史を伝えるのに「語り」はとても重要だと思う。
大人から子供まで、戦争を体験した人たちの話を聞く機会をもっと作る事が必要だと、最近の硫黄島ブームを見て思う。
私の叔父ももう85歳だ。戦争を体験した世代がもう老境に達し、それを話し伝えられる時間は残りわずかだ。
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2006年11月12日(土)
パソコン
久方ぶりのnotebookの更新。
ほぼ1ヶ月の間、更新できなかったのには理由(言い訳)がある。
@下請けの、新しい現場の新築工事が始まり、更新する時間がなかった。
A現場が遠いため、更新する時間がなかった。
B子供たちがまだ小さいため、子守をしていて、更新する時間がなかった。
C風邪をこじらせてしまい、更新する時間がなかった。
まあ、言い訳としてはそんなところだが、もう一つ、大きな理由として、ついに自宅のパソコンがトラぶってしまった。
今使っているのは、デスクトップ型のソニーのバイオ。7年ほど前に、近くの家電量販店で購入した。もちろんウインドウズだが、当時はOSがMEで、どうにも使いづらくちょっと後悔していたところに、コンピューターに詳しい人からのアドバイスで、XPにバージョンアップして、かなり使いやすくなった。
今までメモリを増やしたり、2回ほど修理に出したりしたが、何とか無事働いてくれていた。それが、ついにいかれてしまったのだ。
以前パソコンがトラブルを起こした時は、購入した電気店に修理に出したのだが、電気店ではそれをメーカーに送って修理するため、2週間以上時間が必要だった。
今回は、メールで打ち合わせを進めている事などもあり、そんな悠長な事はしていられない。
という事で、修理をしてもらえるところを探してみた。すると、そういうことを生業にしている人はちゃんといるようで、近くで修理してくれる人にめぐり合う事ができた。
故障の原因は、内蔵されているHDの不調。容量の割りに情報量が多く、長い間HDに負担がかかっていたらしい。
修理をしてもらったところでいろいろアドバイスをもらい、問題解決のため、HDを新品と交換。HDの性能を上げ、メモリも最大まで増やし、と、色々やってみた結果、これでまたしばらく働いてくれそうで、ほっと一安心。 幸い、中のデータも失われておらず「3.5インチHDDケース」というのを買って、データも移し換える事ができた。
それでもまだ、以前インストールしたソフトなど使えなくなってしまったものも多く、完全復活まではもう少し時間がかかりそうだ。
それにしても、コンピューター関係の用語や仕組みなど、依然わからない事が多い。今回も色々説明してもらったが、言われていることの半分くらいしか理解できなかったような気がする。
パソコンに疎い者としては、詳しい人に出会うと尊敬してしまう。今回修理をしてもらった人も、思わず背中を拝みたくなるような、仏様に見えた。(ちょっと大げさ)
話は変わるが、知り合いでマックを使っている人は結構多く、中には熱心に勧めてくれる友人もいて「次に買い換える時はマックにしようかなー」と、ちょっと思い始めていた。ところが今回もその仏様に「マックはいいよ、性能が違う」と言われ、次はマックにしようかな、と真剣に考えている。何しろ仏様のお言葉だ。
今まで薦めてくれた方々、ありがとう。今度はマックにします。
でもパソコン直ったから、今度って何年先だ。
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2006年10月13日(金)
カラス
自動車のテレビCMでこんなのがあった。
山道を颯爽と走る一台の車。そこに一羽のカラスが登場する。そのカラスが口に咥えた木の実を車の進路に落とす。
カラスはとても賢い鳥で、硬い木の実などの殻を車の前に落としてタイヤで踏ませ、割れたものの中身を食べる習性があるそうだ。
CMの結末は、車の性能が良くて、カラスが落とした木の実を巧みなハンドリングで避けてしまう、というものだった。さすが自動車のCM。
ところが先日、これと全く同じことが起こった。
場所は、近くの田んぼの中の細い道、自動車も軽トラ、と、CMと状況は違うが、カラスが咥えてきた木の実を自動車の進路に落として踏ませようとしたのは同じだった。その時はあまりスピードも出ていなかったし、明らかにカラスの行動が不審に思えて、こっちも警戒していたので、木の実は余裕で避けることが出来たが「こいつら本当にこんなことするんだ」と、ちょっと感動した。
木の実をかわして通り過ぎた時、バックミラーに映ったカラスは、再びその木の実を咥えて飛び立って行った。その時、残念そうな顔をしていたかどうか。きっといつもの事だ、というようなふてぶてしい顔をしていたに違いない。
ちなみにその時の木の実は、クルミのような硬い殻のものではなく、周りにやわらかい皮がかぶっていたようで、地面でかなり弾んでいた。あれは何の実だったんだろう。今でもとても気になっている。
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2006年9月26日(火)
きのこの季節
信州は、ここのところめっきり涼しくなり、すっかり秋の気配。いよいよ、きのこの季節がやって来ました。
今日の収穫はハナイグチ。朝、マルの散歩の時に採ったものと、夕方、仕事の帰りに採ったもの、いずれも我が家から歩いていける場所で、合わせて約1sほどの量になった。
きのこ好きのサイトは結構多く、時々見ては勉強しているのだが、きのこの専門家に言わせると「きのこは一年中生えている」と言うことになる。でもやっぱりこの時期は、優れた食菌が多く、いわゆるきのこの「旬」だと思う。
しばらくの間、朝夕のマルの散歩が、きのこ採りの時間になることは確実だ。
今日は昼過ぎから雨。明日は、保育園に通っている娘の遠足で、天気が心配だが、きのこ採りにはこの時期の雨は、実はとても嬉しいのだ。まさに恵みの雨。
この季節、雨の日に空を見てニヤニヤしている人がいたら、それは間違いなくきのこ好きだ。
今も外は雨が降っている。明日の朝のマルの散歩は、完全武装で、山を歩いてみようかな。
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2006年9月25日(月)
寄りたくない場所
出来れば行きたくない、という場所が幾つかある。
病院や警察などもそうだが、中には、会社と言う人がいるかもしれない。
行きたくない場所は人によって様々だが、僕の場合、高速道路のサービスエリアの中にある食べ物コーナーにはあまり行きたくない。なぜなら、あそこはどうも落ち着かない。食事をしていると言う感じがしない。
それなら寄らなければいいじゃないか、と言われそうだが、高速道路を長時間走っていると、安全上休憩が必要だし、それが食事時となれば、ついでにメシでも、となってしまう。休憩や食事のために、わざわざ高速を降りるという人はまずいない。
と言うわけで、今日もつい立ち寄ってしまったのだが、いつも以上に後悔した。
中央道の某サービスエリアは、お昼時でものすごい混雑。空席がほとんどない状況だった。食券を買ってカウンターに出し、待っている間ボーっと厨房の様子を眺めていた。
こういうところの食事は、冷凍食品かレトルトがほとんどだ。職員は冷凍食品を温めたり、電子レンジで加熱したりして、次々と麺類や丼物を生産している。
後ろを振り返ると、たくさんの人達が、それを食べている。「お前ら、おいしいと思って食べてるのか?」と聞いてみたくなったが、もうすぐ自分もその中の一人になって、それと同じものを食べるのだ。
中央道の南信エリアには、ソースカツ丼を出している所が多くここでもメニューに載っていたが、売れ筋らしく注文が多いようだった。
作り方は、いたって簡単。四角いお盆の上にご飯の入ったどんぶりを並べ、その上に千切りのキャベツをのせる。あらかじめ用意されたカツを電子レンジで暖め、ソースにドボっとつけてその上にのせれば出来上がり。それが料理かよ!
その単純作業を眺めていると、カツをソースにつけていた親父が、どんぶりにのせようとしていたカツを下に落としてしまった。ああもったいないと思って見ていると、なんとその親父そのカツを拾ってどんぶりの上にのせてしまった。おいおい!本当かよ!ひどいもんだ!ソースカツ丼頼まなくて良かったよ。
その様子を見ていて、自分が高速のサービスエリアに寄りたくない理由が少し分かった。あそこで働いている人は、食事を出しているという意識がないのだ。おそらく工場で働いている感覚なんだろう。
料理は心、と言われるけれども、あそこの料理には、気持ちが全くこもっていないのだ。
道路公団も民営化されたが、中身は変わってないんだろうな。どこのサービスエリアに寄っても全く同じ、あの調理のシステム。みんな本当に良いと思ってやっているんだろうか?何とかすればいいのに。
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2006年9月14日(木)
メールアドレス変更
先日、気まぐれでメールアドレスを変更した。
ところが、以前のメールアドレスからの転送がうまくいかず、ここ数日のメールが受信出来ていなかったようだ。
その間迷惑メールも来なかったのでその点は良かったのだが、完全な設定ミスで全く迂闊だった。
HPに載っているメールアドレスは全て変更したし、設定もやり直したのでもう問題ないが、もしこの数日の間に、重要なメールを下さった方がいたら、お手数ですが再度送信して下さい。
以前これも気まぐれで始めたブログだが、notebookのページと重なり、ほとんど書き込みもしていなかったので、一時的に削除することにした。
このHPも少しずつ更新したりレイアウトを変えたりしているが、そろそろ全面的にリニューアルしたいと思っている。と言っても、いつ出来ることやら。
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2006年9月10日(日)
スカイプ
アメリカに住む友人と、スカイプをすることになった。
スカイプとは、インターネットの回線を使って、会話やテレビ電話が出来るソフトのこと。
早速、ヘッドフォンマイクをアマゾンで購入。送料込みで1,300円ほど。スカイプのダウンロードは無料、通話料もかからないので、実際この値段で世界中の人と会話が出来てしまうという、ウソのようなホントの話。
最初は半信半疑で、パソコンの前に座った。
打ち合わせておいた時間にパソコンを立ち上げ、スカイプにつないでみると、ヘッドフォンから友人の声が、、、。感動モノだった。結局1時間20分も話してしまった。会話は日本語、彼は日本人なのです。
スカイプは、今更言うまでもなく世界中で普通に使われていると思うのだが、「これは使える」と言うのが率直な感想。
「益々世界は狭くなったなー」と感じる、自分にとっては大きな出来事だった。
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2006年9月7日(木)
久しぶりに、朝の更新。
今日は3時ごろ目が覚め、布団の中でごろごろしていたが眠れず、4時頃からPCに向かっている。
それもそのはず、昨晩は風呂にも入らず、子供と一緒に8時過ぎには寝てしまった。
朝のこの時間は、仕事をするにはとても良い時間だ。訪ねてくる人や電話が掛かってくることもなく、仕事に集中できる。ただ一つ難を言えば、隣の部屋で寝ている家族を起こさないように、静かに行動しなければならない。歩くのもそーっと。戸を開けるのもゆっくり静かに。キーボードも、いつものようにバシバシ打てない。ゆっくり静かにカチカチという感じ。
それでもメールの返事を送ったり、写真を整理したり、資料を作ったり、色々仕事が出来た。
と、一人悦に入っていたら、子供の起きる気配が、、、。6時を少し過ぎたところだが、仕方がない、今日はこれまで。
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2006年9月2日(土)
高遠へ行ってきた。4年前に建てたストローベイルハウスを見学したいという方が来られたので、一緒に現場に行って建物を案内したのだ。今回は高知県と埼玉県から合計4名の方々が来られた。
高遠の「藁の家」には、時々見たいという方が来られ案内させて頂くことがあるのだが、この1ヶ月では3回、計12名の方を案内するという、なかなかのハイペースだった。
高遠まで、うちから小一時間かかるので、一度案内すると半日や1日はすぐ経ってしまう。仕事で忙しい時は、結構きつい。かといって見に来てくれた人に代金を請求するわけにもいかない。
見たいという人がもっと増えて来ると、もう少し考えなければならないが、今のペースでは、仕事を休んでその都度案内するより仕方ない。
それよりも見に来てくれた人達が、この建物に興味を持って、それを口コミで広めてくれる方が嬉しい。それで今は、見たいという人があれば喜んで案内させて頂いている。
ストローベイルハウスが日本に入って来た頃、ものすごいスピードで普及するかと思ったが、実際はそうはならなかった。今もゆっくりじわじわ、といった感じで広がっている。
でもむしろ、へんにブームのようにならなくて良かったと思っている。ブームは去った後に何も残らない。
本当に良いものはゆっくり広がって行くものだと思うし、無理に広めようとする必要はないかもしれない。
ただ、良い仕事だけはしておかなければいけない。家は一度作ると何十年も残るものだし、後で手直しというのも、なかなか出来ないものだ。
高遠のストローベイルハウスも、もっとこうすれば良かったと思うところが幾つかある。どんな家でもそうかもしれないが、使ってみて不便だったり、実際住んでみてこうして欲しかったという所が出てくるものだ。そういう経験の積み重ねも重要だが、予算がなくて削ったり妥協した部分は、後で後悔する場合が多い。
ストローベイルハウスなど「土壁の家」の場合、工程を省略したり妥協したりすると、たちまち仕上がりやもちに影響してしまう。そこら辺は予算との関係もあり、悩ましい所だ。
高遠に誰かを案内する度にそんなことを考えるが、今日見学に来て下さった方々は、実際にストローベイルハウスを見て、皆さん何かを感じて下さったようで、「うちでも是非やってみたい」と言ってくれた。案内した甲斐があったというものだ。
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