グアテマラ、バスの旅A

チチカステナンゴのことを、ここでは「チチ」というらしい。
若い兄ちゃんが、しきりと「チチ!」「チチ!」と連呼して客引きをしている。
出発の時間や、着くまでどれくらいかかるのか、さっぱり分からなかったが、とにかくバスが動き出すのをじっと待った。
バスにはもちろんエアコンなどは無い。どこかの国で使われなくなった中古のバスだろう。一昔前のボンネットバスで、定員は30人程だろうか。緑色のベンチシート、2〜3人掛けの座席が、2列に並んでいる。
乗った時はがらがらだったが、だんだん乗客が増えバスの中は窮屈になってきた。周りは、ほとんどが民族衣装を着たインディオだ。外国人は俺しかいない。
だんだん心細くなってきた。何故か。とにかく乗れるだけ人を詰め込むのだ。
人だけではない。
一つ前の座席に大きな麻袋を持ったセニョーラが乗ってきた。最初は気にしなかったが、よく見ると足元でその袋がごそごそ動いている。中にいたのは鶏。5、6匹はいただろうか。時々順番に袋の口から顔を出すのだ。
出発間際には、手足を縛った豚を2、3匹持ったセニョールが乗ってきた。まだ小さい子豚だったが、バスは既に満杯。あえなく豚たちは屋根の上に。バスがでこぼこ道ではねるたびに、屋根の上から「ブヒー、ブヒー」と、豚の鳴き声が聞こえてきた。
このバスに乗る人は、たいてい大きな荷物を持っていた。
結局2、3人掛けのシートには大人が4人づつ座り、中には子供を抱いている人がいたり、通路にも人が立っている。その上、鶏や豚や荷物を一杯積んで、定員オーバーのバスは出発した。

最初は窮屈だったが、その状況にもだんだん慣れて、そのうち気持ち良くなってうとうとしてしまった。身動きも出来ない状況だったが、逆に眠るにはちょうど良かったのだ。
何しろぎゅうぎゅうで体は動かないし、隣の人の体温で温かいのだ。
バスはあちこちで客を降ろしたり拾ったりしながら、それでも相変わらずぎゅうぎゅうのまま、どんどん山奥に入って行った。

どれくらい経っただろうか。
寒さで目が覚めた。辺りは深い霧だ。
標高が高くなって気温が下がってきたのだ。
乗っている人は随分少なくなっていた。
バスは、がたがたの山道を走り続けている。
何か服を着たかったが、荷物は屋根の上だ。
とにかく我慢するしかなかった。
どこからか風が入ってくる。
ぶるぶる震えながら、山を2つ超え、谷を上って、ようやく目的地らしい場所に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
町に入って、古い教会が見えた。
バスに乗ってから4時間半が経っていた。

バスを降り、ホテルを探した。
ホテルはすぐ見つかった。
バス停から2軒目のホテルで空き部屋があったのだ。
ホテルに入って、ほっと一息ついたら、空腹だったことを思い出した。グアテマラに着いてから何も食べていないのだ。
ホテルにも小さなレストランがあったが、とにかく町に出た。
さっきバスから見た教会まで、そんなに遠くはなかった。
教会は古く、入り口の横の壁がはがれ、中の土が見えていた。入り口の周りにはろうそくが灯されて、とても幻想的で綺麗だった。

スペイン人が中南米に侵攻して、現地の人を手なずけるために、先ず最初にしたことは、現地の人たちが信仰の対象にしていた物(例えば山や丘等)に教会を建て、キリスト教と現地信仰をダブらせた、と聞いたことがある。
まさに、そんな歴史を感じさせるような、素朴で心にしみる光景だった。

しばらくぶらぶらしたが案の定、飯を食えるような所はなく、ホテルに戻って夕食をとった。
辺りはしんと静まり返り、まぶしい明かりもない。
グアテマラの山の中の小さな町。
わずか十数時間で、メキシコを出発するときには考えもしなかった状況の中にいる。
ホテルのベッドの中で、暗い天井を見上げながら色々なことが頭に浮かんでは消えた。
こんな田舎で、明日本当に市が開かれるのだろうか。
そんなことを何度も考えながら、いつの間にか眠っていた。

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