何も分からないでいた。
自分は1人きりではないことを。
認めようとはしなかった。
差し伸べた手を取ってくれる人を。
いないと決め付けていた。
命を、共有できるひとを。
もう躊躇わない、躊躇ってはならない。
終極は、そう、この命を持って解き放とう。
DARK SIDE
第20話
「残された最後の3」
手に持った剣に水晶のきらめきを宿す、振るえばその煌きは空を踊った。
昆虫をそのまま拡大したような化け物は、その煌きに触れた途端に消滅した、正確には、核を傷つけられ消えた。
これで15体目、体の消耗が激しいというのに、うっとおしいまでに化け物を繰り出してくる。
お陰でかなり消耗してしまった、しかし、待っていられる暇など無い。
諦が応援に来るより退路を塞がれる方が先に決まっているのだ、なら自分には進むしか道が無い。
それに、今は待つ方が愚かだとは、先ほどまでの違和感が確信を告げていた。
鬱陶しいほど足元を揺らしていた振動が、今はぴたりとやんでいた。
嵐が過ぎ去った後のように、静けさだけが今の自分の世界を支配していた。
しかし己にとっての嵐はこれからなのだと、自覚する。
急ぎ足だった足が、しかしここまで来るとゆっくりとしたものに変わった。
聳え立つ、竜のレリーフの彫られた扉、神殿、そう名づけるに相応しい扉。
これが、最後の戦いである事は、多分、疑いようが無い。
兄は言った。
人は、誰しもが誰しもを守る事は出来ないのに、と。
確かに守ると言うことは破壊を以てしなければ成し得ない。
『敵』と呼ばれる存在は『守るべきもの』を侵食するのだから、
『敵』の破壊によって『守る』と言う行為が成立する。
『敵』を破壊するのは『破壊』、それ以外は有り得ない。
『破壊』の為の力、それを『守る』為に使うと言う事は誤った用法であり、いずれ滅ぶ。
ただ、破滅のみを突きつけられるのに、何故人は守ろうとするのか、意味の無い行為ではないのか。
冷治は、このツルギを手にした時にその思考を払拭した。
「いずれ滅ぶから、何だというんだ。
大切な人が傷つけられるのを黙って見ているよりは、ずっと、心が落ち着く。」
その道が覇道なれど、修羅道なれど、邪道なれど、外道なれど。
道である事には変わりないのだから、進めるのだ。
そう、進む、それだけでいい。
この命朽ち果てる最果てまで、共に生きる事を続けていけばよい。
両手いっぱいの幸せを守るだけだ、そこに、どんな過ちがある。
「間違って、いるんだろうな。」
物言わぬ扉の前で、静かにつぶやいた。
少年の眸には、自分を愛すと言ってくれた少女の姿が映される。
自分は大切な人を守る、ただそれだけの目的で、破壊の限りを尽くすだろう。
間違いだ、何かを守ると言う行為は、そのものが間違いだ。
「だが構わない。
―――そもそも俺自身が間違いなら、むしろ間違いこそ正道だ。」
それもまた道、進むことの出来る、道の一つに過ぎない。
何が正しくて何が間違いなんて誰にも決める権利は無い。
しかし、ただ一つ、万能なる間違いという奴がある。
それは、正しいとか間違いとかを決められると思う心だ。
決意は固めた、もはや躊躇いの余地など無い。
冷治の手は、重々しい扉をゆっくりと広げていった。
天井から光が差し込む、
明るいその空間は、だが今までのどこよりも冷ややかな冷気を帯びている。
冷気の正体は、殺気、否。
嘲り、見下し、嘲笑する黎治の闘気が、この醒めた空気を形作っていた。
黎治は随分と余裕を見せている。
その顔は、初めから己の勝利を確信しているようである。
ごくりと、唾を飲み込む。
今まで何度も相対してきた、が一度も勝利しえていない。
己を勝利してきた因子―――あの黒い男が消えた今、只でさえ正気は失われているのに。
黎治の体からは正体不明の、青白い靄のようなものが吹き出ている。
本能的に、それは危険なものだと察知した。
正体は不明だ、おそらく自分を刹那に食いつぶすほど強力で、
危険なものだと言うことしか分からない。
「本当に愚かな奴だ、わざわざ命を捨てに来るか。」
黎治の放つ声の一句一句、音の一つに至るまで、心のそこからの嘲りが篭められている。
怒る事もない、これほどまで馬鹿正直な愚弄は、辱めに値しない。
「俺は、俺の大切なものを取り戻しに来た、それだけだ。」
「ああ、そういえば奪っておいたんだったな。
本当に愚かな奴、いくらでも取り替えの効くものをわざわざ取り戻すなど。」
「そうだな、恋人という存在は生きている限りいくらでも取り替えが利く。
だが、だからと言って全てに於いて等価な訳じゃない。
まぁ、初めから自分以外の何もかもを見下すお前には分からないだろうから説教は必要ない。
唯一つ言うコトがあれば、俺は取り戻す、それだけだ。」
言い切って、鞘より剣を引き抜いた。
銀色の剣は、光を使わずしてもその閃きを光らせる。
「愚直なやつだ・・・。」
あくまでも敵対する構えを崩さない冷治に対して、黎治は最後の通告を見せた。
すなわち。
「ならば、死ね。
出来損ないは廃棄処分されるのが妥当だ。」
死の、宣告、だが。
「出来損ないだろうが何だろうが―――今を生きる権利を、そして彼女を、お前なんぞに渡しはしない―――!」
その告死は、強固なる意志の前には無力であった。
「たわけっ!」
空気を揺るがす叫び、共に黎治を取り巻く青白いオーラが膨張し、破裂する。
その残滓が更に奇妙な形を作り出す、それはどこか人型に似ている。
「この双龍の塔で気化された古代人たちの力を獲得した私に、敗北の二文字はあり得ない!」
言われて気がつく、それは確かに人型で、苦悶に満ちた貌をしていた。
「これこそが、いずれこの世界を支配する為に残された力。
この国で散って行った無数の亡者たちの力を封じ込めた「塔の力」で、私は万能になった!
純粋なる力、大いなる力、これを以てすれば!
今まで日陰でしかなかったダークサイドの夜明けとなり、そして私が!、完全なる王となる!
「全てを統べる者」として、全てを支配する王となるのだ!」
声高らかに吼える黎治は、演説でもしているつもりなのだろうか。
だが確かに圧倒的だ、黎治が言葉をひとつ言うたびに空気は震え、破裂し、冷治を襲う。
しかし恐怖するには値しない、冷治は、もう迷う事はない。
ちっぽけな幸せの為に生きる事、両手いっぱいの幸せの為に生きる事、それが、人間の最高到達点。
これは、きっと世界の真理だと思うから―――
「―――そんな事は、知らない、お前がどうかなんか、理解してやる余力など無い。」
だから、目の前の王だとか言うやつは、ただの、障害物でしかない。
それが例え同じ血を引いていようが、何であろうが、障害物でしかないのだ。
「今日、貴様を冥府に叩き落してやる・・・!」
故にその眼光は、龍を射止めんとする虎に見えた。
元素の支配者と物質の支配者の戦いの幕が今始まる。
地面が、蠢いた。
冷治がその掌を床につければ、大地が蠢く
「物質干渉・接触面の物質構成解析、解析終了。
リン1:鉄3:銀1:銅1:珪素2:炭素2―――術式完成―――使用元素炭素―――結合変化。」
純粋な能力の発現、その証に、冷治の体を緑青のオーラが纏っていく。
体を流れる気が自然界と同調し、さまざまな秘儀を生み出す。
「受けろ、ダイヤミサイル―――!」
最後に締めくくるのは言霊、言葉を以て放たれる明確な力。
それが、地面に散らばった炭素を結晶化させ、透明の、世界最強の物質を作り上げる。
盛り上がった地面から輝きを伴う、無数の光が放たれた。
ダイアモンド、炭素の結合数を変化させる事で作り上げたその宝石が黎治を狙う―――!
しかし。
「阿呆か。」
黎治はなんでもないように手を括る動作をする。
その間に、ダイアモンドのミサイルは黎治に向かっていると言うのに、あからさまな余裕を崩さない。
何故なら。
「無」から巨大な土の塊が発生し、宝石のミサイルは全て、それが阻んだのだ。
ぱきんと、空しい音だけが冷治の耳に届いた。
「愚かな奴め。
私はお前のように等価なものから等価なものしか作れない出来損ないとは違う。
無から有を、物理の法則を無視した奥義、これぞダークサイドの特権。」
「ふん・・・、確かにそうだろうな。」
かたくなに否定することでもない。
確かに、ルールを緩和させる方が有利なのだ。
最強の技とは「場」に干渉する秘儀だ、どのような場合であれ、存在する「場」無くして自らも相手も存在し得ない。
自らに有利な場を作り上げる事は、単純威力を高めるより有効な手段なのだ。
無論、それは理解している、そして黎治も。
「ただ、貴様は私が生み出したものに対して、寄生虫のように物質変成を仕掛けるからな。
注意が必要だ。」
「そうだな。」
自分の事だと言うのに、他人事のように相槌を返した。
「まぁよい、どのような場合であっても貴様は勝てない。
何故なら、私の本気はこの程度ではないからだ。」
今日、この短期間で何度も見た嘲りの顔。
それが確かな勝利を確信して、右腕の指を鳴らした。
「燃え盛れ、破滅の炎―――!」
指の摩擦を引き金に、その熱を無限大にまで高める。
常人任ならば刹那に消滅する大熱量、だが黎治はそれを冷気を以て己だけを耐えさせる。
熱と冷気の鬩ぎ合いが、間欠泉のような煙を生み出す。
冷治から見て、それは轟く、まさに龍の息吹に見えた。
赤熱する炎の球が場を焦がす、冷治の肌さえ、焼いてゆく。
受ければ、即死は確実だ。
「往け。」
畏怖すべき時が来た、命令ひとつで、龍の息吹は冷治に襲い掛かる。
赤熱する炎の球はそれそのものが冷治の死だ。
これを受けて、まさか無事な筈がない、無事でいられる筈が無いのだ。
なのに冷治の顔は、自然と微笑んでいた。
その微笑には、勝利の予感があった。
彼はただ、ふっ、と、空気を捻った。
ただそれだけの動作、それだけで、炎の球は一瞬にして消え去った。
あれだけの大熱量、なのに一瞬で消滅させた。
「分子運動を極端に遅くすることで熱を緩和したか。」
「確かにルールが適用されないほうが有利だろうが、お前は自分の条件を扱いこなせない。」
己の汚点を的確に告げられた黎治は、決して首を横に振りはしない。
事実だからだ、舐めていた。
「炎は、効かなかったな。
ならば・・・。」
あらゆる炎を無力化するとしても、黎治の札はこれだけではない。
黎治の体を、轟々とうなる白い風が覆った。
「風、はどうだ?
真空波はダイアモンドさえ切り裂く、壁は、作れんぞ。」
「やってみろ。」
確かにそれは脅威だ。
物質を以て己の能力を発現させる冷治は、故に物質の無い真空に干渉できない。
しかし。
「本当に生意気だ、死ね。」
黎治は腕を振るい、猛る風の刃が冷治を切り裂くように命令する。
しかし、動かない。
それどころか風そのものが、消えてゆく。
「・・・どういう事だ?」
「俺の原子操作の能力には熱量の高い原子と低い原子に分ける業がある。
これによって永久機関を作るのだが、その逆を真空に対してやってみた。
高エネルギーを持った風の刃の正体は真空、そこに物質を詰め込んで、真空を真空で無くさせた。」
「・・・こざかしいな。」
しかし機転は利く、だからこそ拳が震える。
知略に於いては勿論、何に於いても己はアレに勝っていなければならないのだ。
「所詮、失敗作の分際で。
世界創生に於いて、我が四大元素を統括する物質の支配者と、第五元素を統括する精神の支配者。
お前は後者になるべくして生まれた。
お前の能力は、実際には第一物質を用いた錬金術と呼ばれる技法だ、その元に第五元素が在る。
だから認めない、お前は劣っている、欠陥品だ、万能たる第五元素を限定目的でしか扱えない失敗作だ。
そいつが、そいつがこの世の何よりも優れた存在に選ばれた、その事実からあってはならないのだ!」
優れた存在とは、あの黒い男の事か。
確かにアレは強かった、だがアレは単に利用する道具として最適な器を選んだだけだ。
なるほど、確かに、自分は選ばれたのだ。
それはつまり、黎治が劣っていると言うことの証明なのだろう。
他者を見下すこの男が、己より優れた存在を認める筈が無い、その虚栄心がこの非日常を生んだと言うのなら。
たいした傲慢だ、むしろ、怒る権利はこちらにある。
「戯言は聞き飽きた、やるんなら早くしろ。」
「お、のれっ!」
だから逆に怒らせる、自らが惨めな存在だと思い知らせてやる。
そう、黎治は。
「ならば水だ―――!」
怒りに任せ我を忘れた時点で、既に敗北していたのだ。
四つ分の人格を宿していようが、結局傲慢に満ちた大本は一つ、なら結局、初めから一つであるのと変わりない。
なのに無駄に手を四本も持つから、敗北するのだ。
「それを、待っていた―――!」
黎治の体を大質量の水分が生み出されるのを、冷治は心待ちにしていた。
すぐさま物質の構成を解析開始、言うまでもなく、100%が水分、水素2:酸素1の構成、それは。
「原子分解に依らずとも、破壊だけならいくらでも、出来る―――!」
核融合、つまり、冷治は超小規模の核融合を引き起こせるほどの水分を引き出すのを、冷治は待っていたのだ。
黎治がそれに気づいた時には、もう、遅かった。
ただ不可解なのが。
「正気か―――!」
核融合によって放射能が発生すればその身は持たない筈。
外殻を鉛と秘術による防禦で密閉した空間であるこの部屋以外に被害は及ばないだろうが、冷治も確実に、死ぬ。
しかし冷治は。
「正気だ。」
最後まで、勝利の確信を決して崩さなかった。
生み出された水を中心に、白い光が猛った。
それはすぐに巨大な熱と爆発を伴い、衝撃を持って黎治の体を打ちのめした。
自らの能力を用いたことで防禦機能がある程度弱体化していた、所詮生身の体には堪えられなかったのか。
否、そんな筈は無い。
「この程度で、私は塔の力を―――!」
アレだけの力を得たのだから、肉の防御も上がっているはず―――。
叫んで、悠然と立つ冷治を見て、絶句した。
自分のみに許された筈のあの青白いオーラが、冷治を覆っているのが見えたからだ。
塔の力を得れば絶対になる、それが言い伝えだ。
「あの黒い男と同じだ、有象無象の群れとはいえ、力を貸す相手は選ぶようだな!」
黎治の敗因は慢心と油断、正確な実力の差を正直に把握できない事が、敗北を与えた。
後に残るは。
際限なく広がる、白い光と、爆発と、衝撃の風だった。
皮肉にも、水から生まれた力が炎と、大地の炸裂と、風を生んだ、四大元素全ての力で黎治は倒されたのだ。
白い煙が大地から吹き上がっていた。
その煙は何か奇妙な臭いを伴って鼻腔を刺激する。
床は裂け、もう少しで部屋が砕けるほどの衝撃が加えられていた。
今はただ、その残滓が部屋に蔓延するのみだ。
破壊の爪痕の中、冷治はゆっくりと立ち上がり、唸りを上げる自分の体を抱きしめた。
普段なら連発も出来ない大技を何度も繰り出した代償に、放射能など無くても、体という体が軋んでいる。
まるで、螺子を外したカラクリ人形のようだ、広がるようにばらされる感覚が、全身を苛む。
だが体が吸い込んだこの毒を、一片たりとも彼女に吸わせる訳にはいかないのだ。
「構造、解析、状態、初期化―――」
最後の暗示が、己の体を駆け巡った。
もはやこの体が、大量の放射能によって細胞が壊死するような事も無いだろう。
体そのものが疲れ果てた、体中を駆け巡っていた奇妙な感覚は抜けていた。
しかし大体理解できた、この塔は、ただ見守るだけだったのだ。
支配も隷属もされない、純粋な光を宿したのがこの塔だった。
古代人達の戦いと平和の歴史は、一度外部からの存在に敗北した時、既に終焉を迎えていたのだ。
最早今は、ただ残滓が残り火を焚いているだけに過ぎない、今の、この部屋のように。
痛む体を抑え、冷治は、先に見える扉へと進んでいった。
一歩、一歩と、ゆっくりと時間をかけて。
あるいは一秒のような一時間、あるいは一時間のような一秒。
体の中に刻まれた時計盤は既に動かず、ただ待ち望むだけであった。
そして、辿り着く。
あとは、手を差し出して、扉を押して開いて。
前へ、進むだけ。
暗く淀んだ世界、湿った空気が陰湿さと鬱陶しさを加速させていた。
だが今、この部屋の風を確かめるほどの余裕が冷治にある筈もない。
前へ進む、進む、進んで、進む。
求めるだけだから、そう、大切なものを求めるだけなんだから。
だから歩く、進む、歩いて進む、限りなく急いで歩いて。
かつんかつんと、靴が石と打ち合う音だけは軽やかに耳に届いた。
まだ歩く。
歩いて、歩いて、歩いて。
そして、辿り着く。
「・・・つき、え・・・。」
少しだけ、微笑がこぼれた。
彼女の足には鎖が巻きつけられ、その先は壁でつながれていたけれど。、
彼女には、一切の傷がなかったのだ。
安堵の息が漏れる。
間に合った、と、今彼女を見て安心する。
前かがみになって、月江の頬にそっと触れた。
少し冷えている、すぐに帰らなければ。
だけど体の消耗も激しい、疲れから息が荒いのが、よく分かる。
「・・・あれ?」
さて、どうしようか、と思案を始めた矢先に、月江はうっすらと目を開けた。
今まで眠りについていたようだ。
「・・・れい、くん?」
「ああ・・・。」
穏やかに微笑む、触れた部分がじんわりと暖かみを帯びているのが分かった。
それは月江にとっても同じで、彼女はふっと微笑む。
―――ことが、出来なかった。
「・・・・・・。」
冷治はゆっくりと手を離し、静かに立ち上がる。
その姿勢は、闘いの時のそれだ。
「・・・黎治、貴様もしつこいな。」
「ク、ク、伊達に塔と繋がった訳ではない、残滓は残っている。
そう、貴様を殺せるくらいには、な。」
振り向く事を赦さず、黎治は冷治の首元に剣を宛がった。
それは熱を帯びているのか、触れれば冷治の首から黒い煙を放った。
冷治はわずかに顔を苦悶にゆがめるが、堂々とした態度は崩さない。
「これで貴様の命は預かったようなものとなったな。」
それは脅迫ではなく真実だろう。
刃が首に接着しているのだ。
こちらがどのような動きをしようと、妙な素振りを見せた瞬間に首を飛ばされる。
もとよりこの男は冷治の命を奪うつもりだ、なのに生かしているのは、茶番を演じて悦に浸りたいからだろう。
思わず出そうになった溜め息をこらえた、本当に反省が無い。
「愚かな女だ、こんな出来損ないなど、愛する価値もないというのに。」
「っ、そんな、そんな事無い・・・!
冷君は優しいんだから、私には優しいんだから・・・!」
「フッ、優しいだけで?、つくづく愚かだ。
―――これを見ても同じことが言えるのか。」
黎治と月江の間に交わされるやり取りに、あえて冷治は口を出さない。
何故なら、彼女を信じているのだから。
黎治の持つ刃から炎が迸る、その一部が衣服を燃やすが、炎自体はすぐに消えた。
ただ、衣服がかつてあった場所には、得体の知れない「ナニカ」が詰まっていた。
それは、体の器官だ、多分、血管に相当する。
多分というのはそれが何なのか見当がつかないからだ、ナニカ、ただ、そんな体をしているものを、おおよそ人間と呼べるのか。
「出来損ない、作り物、不名誉な事に、確かに私と遺伝子は同じだがな。
紛い物の生き物など人間ではない、人間ではないのだから、愛情など成立するはずが無い。」
「・・・・・・。」
「まぁ、確かに父と母から遺伝子を貰った事実は認め、だが既に人間ではなくなってしまったものを人間とは言わない。」
「・・・冷君、これ、知ってたの?」
「いいや、なんとなく、俺は違うって思っていたけど。」
黎治の呪詛のような言葉は、だがこの場に於いては単なる独り言だった。
冷治はうすうすとはいえ感じていた。
炎や風、大地、水、時間、それら天然自然のモノを操るダークサイドの中で異色の存在である自分。
なるほど確かに、得体の知れないものを封じ込めたものを人間とは言わないらしい。
そんなことは些細な事だ、月江が目で語っている。
どうでも良い、と。
眼前の存在が愛しいと言うだけで、それが人間か否かは問題にならない。
「貴様ら、何を、平然と受け入れて・・・!」
「まぁ、受け入れる器量を持っているからな、お前と違って。」
「多分それ、迫害される人に言っても無駄だと思います。」
自らが周囲から、妹からも迫害され、隔離されてきた月江は、その苦しみを知っているが故に種族名などにこだわらない。
意思疎通が出来ればそれで良いではないか、それだけだ。
「愚か、な・・・!
まぁいい、どうせ貴様らは死ぬ、まずはお前から・・・!」
宛がわれた刃に力が入った。
熱を伝える金属の、鋭利な切っ先が首から血を流させる。
だがそこまでだ、黎治がそれ以上の行為には至ろうとしない。
「なんだ、首を切り取らないのか。」
あきれたように、冷治は手に持った剣を構えた。
「負け犬の気分を味わせてやるのだよ。
どのような抵抗も無駄だ、振り向こうが屈もうが、剣が届く前に貴様の首が飛ぶだけだ!」
勝利を確信したものの呻き声、冷治はそれを、冷ややかに失笑した。
「お前は、本当に反省していないな。
わざわざ振り向かなくたって、攻撃できるんだよ。」
ぐっと、剣を握る。
「ほう、それはそれは、いかにして私を斬る?」
「そんなの、見て分からないんじゃ、お前は死んでる。」
剣を握る手が、震えているのが、月江にははっきりと見えた。
だと言うのに冷治の顔は優しそうで、満足そうだった。
そして何より、告げていた。
ごめん、と。
「お前は―――。」
黎治が言葉を言い終える前に、少し息を吐いて、一気に、自らの心臓に剣を突き立てた。
長い剣はずぶりと体を突き抜け、そして黎治の心臓にまで到達した。
「っ・・・!」
「がぁ!?」
血が、溢れる。
血が唾を伝い、柄を伝い、流れて、ぽたりと落ちて、月江の頬に触れた。
「冷、くん・・・?」
月江は、きっと、自分で思う以上に今の状況を理解していなかった。
否、出来なかった。
出来たら、きっと気が狂ってしまうから。
「・・・だからさ、背中から剣を突き出したら、届くだろ?
そんな、事も、分からない、なん、て・・・。」
「貴様、あぁぁぁぁぁぁ・・・!」
「まだ、だ、構造解析、術式、原子分解―――!」
「ぁっぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」
「この場に、貴様の汚い声なんか、いらない―――!」
己の血を媒介に、己の剣を媒介に、意志で護られた黎治の殻を破り、内側から、その全てを滅ぼす。
全てが焼け爛れた、醜く歪んだ顔は、白い光と共に灰燼と化した。
黎治を構成する全てが、目に見えない単位まで分解し、今度こそ完全に死んだ。
黎治と言う個体は、完全な死を迎えた。
「ようやく、二人きりになれた。」
そう言って、冷君は微笑みながら、力なく、私にその体を預けてきました。
私は、久しぶりに開放された手で、真っ先に彼を抱きしめてあげました。
久しぶりに感じたぬくもりは、今までで一番、激しく思えました。
「れい、くん・・・。」
静かに、彼の名前を呼びます。
彼は、荒い息でも、私の名前を呼ぼうとして、代わりに、赤い液体を吐き出しました。
―――一番、あってはならない事なのに。
冷君が自らを犠牲にする、なんて事がないようにと、諦さんに言われたのに。
私は何よりも、私を呪いました。
「そんな、顔、するなよ。」
だけど彼は微笑んで、抱きしめます、抱きしめられて、気付きます。
胸で鳴り響いているはずの律動が、止まった事を。
「れい君、しん、ぞうが・・・。」
「はは、やっぱり、黎治の心臓だけ、っていうのは、無理だったな。
咄嗟の事だったから、こうするしかないって思って、器用な事も出来なかった。」
「痛いん、でしょ?」
「そりゃ痛い、けど今は、暖かい。
ああ、本当に暖かい。
今まで認めようとしなかった暖かさが、ここにはある。」
「そう、ね、暖かい、ね。」
律動がとまっても、それでも確かに、冷君は暖かいのでした。
「・・・三分。」
「え?」
「心臓が止まってから、脳が死亡する時間だ。
三分、三分あるんだ。
何を、話そうか・・・。」
「そんな事、言われても・・・。
全然、思い浮かばない・・・。」
「俺もだ。」
そう言って、微笑んだまま、冷君は私の顔を覗き込んできます。
きっと今の私の顔は、人に見せられる顔じゃないから。
見ては、ほしくないけれど。
「何か、しよ。」
「何を、しようか・・・。」
私たちは、そんな当たり前の事を、模索し始めるのでした。
「例えば、言いたい事とか、あるか?」
「いろいろあったと思うけれど、全部忘れた。」
ただ、感じられるのは。
止まってしまった鼓動からも、暖かさが流れているという事。
「俺も、何を言いたかったのか、分からなくなった。
初めから、何も考えていなかったのかもしれない。」
「うん、そうかも。」
時間はあとどれくらい残されているんだろう。
多分、この三分は、今まで生きてきた中で一番長くて一番短い三分。
「あ、そういえば。」
「ん?」
泡沫のような時間。
「あの、傷、痛いでしょ?」
「当たり前だ。
胸に剣突き立てて、痛くない訳が無い。」
微笑みの全てが嬉しくて、微笑みの全てが悲しい。
―――例えばこの時間が永遠となってくれるのなら、それは、世界で一番残酷で優しい永遠。
だけど。
「もう、目もかすれて、君の顔もよく見えないな・・・。」
「う、ん・・・。」
この時が流れるという事実ほど、私にとって受け入れられないものは、無いのです。
「つきえ、もう、時間だ。」
「うん?」
「じゃあ・・・、な・・・。」
「・・・うん。」
ゆっくりと閉じられる瞼。
次第に消えていくぬくもり。
ああ、そうか。
誰だって、死ぬときは死ぬんだ。
今になって、思い知った。
「力」にあやかって生き延びる事ができたけれど。
それが砕かれる事って、いくらでもあるんだ。
なんて盲目、私は、何も分かってはいなかった。
「あり、がとう・・・。」
「うん・・・。」
結局私は、私の無力のために。
一番、あってはならない結末を選択してしまったんだ。
「・・・・・・。」
涙さえ、流れない。
動かなくなった冷君の体を抱きしめて、何か、をする。
分からない、自分が今何をしているのか、何をやっているのかも。
ただ祈る。
―――愛しています、だから、死なないでください、と。
揺れ動く、世界が。
世界の全てが揺れ動いてゆく。
それはきっと、崩壊の予兆。
ああ、だったら、それでいい。
それなら、ずっとずっと、一緒にいられるんだから。
もう、春になろうとしています、曇り空だと分からないけれど、かなり暖かい気候になっています。
こちらに帰ってきてから二ヶ月、あれだけ大変だった事件が、何もかもが嘘のように、帰ってきた場所は何も変わってはいません。
相変わらず私は隔離され。
でも。
「お姉ちゃん、帰るの?」
「ん、ええ・・・。」
少しだけ、変化はあったようです。
日香は最近、よく話してくれるようになり、翔飛と一緒にいる時間のほうが長いけれど、私と一緒にいる時間は次に長いです。
私は机に入りきらない教材や授業の合間にやりきれない宿題だけを鞄に詰め込んで、立ち上がりました。
「部活は?」
「まだ存続してたの?、部長が居ないのに?」
「うん。」
そう、あの事件から、諦さんは居なくなっていました。
なんでも仕事をしにいくと、失踪する直前に私の家に来て告げました。
でも結局、部は欠員が相次いだお陰で廃部、となるのが自然と思うのだけれど。
「・・・帰って、どこに行くの?」
「どこでも、どこか、一人で居られる場所。」
「・・・寂しいよ、私は。」
「うん。」
「でも、いってらっしゃい。」
「・・・うん。」
手を振る日香を直視できず、私は逃げるように教室から立ち去りました。
小走りに廊下を駆け、靴置き場まで辿り着いて一息つく。
そんなに長くない距離だったというのに、息切れが酷い。
でもこんなのはいつもの事。
あまりにも酷い喪失が、私の体をおかしくしてしまった。
授業の時だって、まともに誰の声も聞こえなくなった。
きっと、全部あの人のせいだ。
でも、責任をあの人だけに押し付ける事はできない。
あの時無力だったのは、他ならない私なんだから。
「このまま二年生を続けたら、ずっとあなたの机を見ていられるかな。」
それは無理だ、死んだ人は、強制的に上の学年にあげられてしまう。
卒業式の集合写真の片隅に、小さな顔写真を載せるためだけに。
そう、あの人はもう、たったそれだけの存在。
ただ私の中だけに、深く深く刻まれた人。
「がんばって、三年生になろうか。
でも自信ないな、何にも、自信、無くしちゃった。」
気がつけば、上履きから下履きに履き替えていた。
閑散とした校庭を、私は歩く。
「このままじゃ、本当に留年、かな。」
「怖い事言うな、それじゃ月江に先輩って呼ばれる。」
「え?」
一瞬、聞きなれた声が聞こえたけれど。
周囲を見渡しても、どこにもあの人の姿は無い。
あるわけが無い、只の、幻聴だ。
ただの、ただの、ただ。
「今から帰るのか?」
「う、ん・・・。」
只の夢か幻か・・・。
「あのさ、その。」
「ん・・・?」
「一緒に、帰ろうか・・・。」
「はい、一緒に、帰りましょう・・・、冷君。」
きっとそれは、何よりも確かな夢。
その人は変わらない暖かさをもって私の手をとって。
私は、その人に、抱きついて。
あの時と、今の分の涙を流す。
悲しい涙が最初に溢れて、次に、嬉し涙が止まらなくなった。
もう、春になろうとしています。
もう、彼が私から離れる事も、私が彼から離れる事もないでしょう。
灰色の空が破けて、蒼い空が見える。
ようやく、晴れた日になりました。
私の心も、ようやく、晴れました。
「・・・なんでさ。」
「そりゃ、無知だからだ。」
ここは世界のどこでもない世界のどこかにしてどこでもない場所。
ただ夜の世界と広がる草原だけが心地よい、空は満天の星空、今宵は新月。
「結局、俺は何もしてやれなかったという事だな。」
「その前にこのたわけた都合主義を説明しろ。」
「それはだな、人を生き返らせるなんてあってはならない、という限界を俺らは知ってるんだ。
だけど月ちゃんは知らない、だから。
塔の力と、自分の力とを共鳴させて、失われた命を蘇らせたんだ。
代わりに塔が失われて、俺がそこから救い出すのに苦労したのなんのって。」
「なるへそ。
だが自分の力?」
「水の負の側面は死だ、ならその逆はどうよ?」
「極めてセンスの無い謎かけだな、おい。」
「まぁ、な。」
くっく、と口元を吊り上げながら、男は笑った。
「つぅか、さ、結局ダークサイドって、なんだったんだ?
俺はあの手の超能力見すぎて極めて普通に見えたのだが。」
腕を組んで疑問符を浮かべる黒い男に対し、彼は。
「―――そりゃ、人の望みをかなえる為の力に決まってるだろ。
故に神に背く、暗き側の存在という事だ。」
極めて自然に、かつ皮肉を籠めあげて、答えた。
さて、これにて物語は、一応の閉幕を見たのである。
ダイアミサイル
俺が四角会社の名作を挙げる際に必ず出すゲーム「聖剣伝説3(2にもあり)」の土属性の攻撃魔法。
その名の通りダイアモンドをミサイル上にして敵にぶつける。
これが使えるアンジェラは、その他エインシャントとかレインボーダストとか、びっくりどっきりな超絶技を繰り出すお姫様。
ところで我輩にとって最萌えはリースたんなのだが、どうか。
完結っす。
いや、なんか当初予定した形からずいぶんそれた形での完結となってしまって。
この最終話にしたって、もう少し話を引っ張りたかったのですが。
なんつぅか、こう、手札の少なさが影響したのだと思います。
つぅか、三分とか言う制限全然生かしきれてねぇな。
このままではダメぽというか、そもそも途中からDSに対する理念が事切れたというか。
その時点で作品は死んでしまったのかもしれない。
いやいや書き出したものは纏め上げなければ。
一応、この最終話だけはリメイク前(規模縮小前)の時から構想が出来上がっていたわけですが。
いざ完結させると、なんだかなぁ、と。
つぅわけで、今度何かあったら館モノ+メイドさんの方針で行きたいと思います、では。