何時だって殺す為に生きてきた。

生まれ持ったこの力を殺しの為に使って、それに違和感を覚えた事は無い。

だが殺しても殺しても飽き足りないと思う心に違和感を覚えたことも無い。

だって結局、殺したってあまりにも無味乾燥なのだから。

人の生とは余りにも儚くて、殺すことに意味を覚えなくなった。

だからそう、二人の暗殺者が殺す事を望んでいたかと言えば、それは否だった。

ただ生きるための手段、余りにも冷淡にそれを受け止めて、余りにも儚く実行し続けた。

―――ただ一度のイレギュラーと言えば。

自分の力に、誇りを持ってしまった事だろうか。



DARK SIDE

第18話

「双つの龍」




足を強く踏んで跳んだ。

赤く煌くナイフの斬撃を紙一重で躱わし、背後に立つ。

とった、と思った、だが。

「・・・!」

刀を縦に振り、風を起こす、背後に迫っている死体の群れを薙ぎ払う為に。

死体の群れはそれで悉く吹き飛んでいったが、同時に自分の背ががら空きなのを知る。

「肉を斬らせて骨を断つ、覚えといたほうがいいね―――!」
「成程なッ!」

心の底で同意しながら、振り下ろされた真紅のナイフを手の甲で受け止める。

絶妙な角度で皮膚には一切の傷を与えていない、刃が止まった一線を除けば。

「・・・ちゃーんす。」
「はっ・・・!」

やはりか、と翔飛は予測済みの失笑を漏らした。

だがだからと言って抗する手段がある訳でもない。

失笑は、自分に対して向けられたものだった。

「あぐぅ!」

手の甲が膨らむ、同時に血管と言う血管が叫びをあげる。

これくらい予想範囲内だ、範囲内だったが、痛みは想像を絶していた。

「血を見せたら最後、だね。
そろそろガールフレンドも限界じゃなぁい?」

舌なめずりをして軽快な笑いを見せるローズをよそに、翔飛は一気に飛んでいた。

全身を駆け巡る痛みを抑えて。

彼の力の唯一にして最大の欠点と言えば、他者の「血」を操るには接触しなければならないと言う事。

尤も厳密に言えば、自分の「血」が接触しているあらゆるもの、と言う事。

血が触れているならば、本体が離れていても力を通す事が出来る、空間を超えている、とでも言うのだろうか。

だから自分の血液で作られたナイフに触れていない翔飛に追撃は与えられなかった、もし出来たとしても。

「やらないだろうなぁ。」

やれやれ、と肩をすくませている自分がいて、笑いがこみ上げて来る。

「っ・・・!」

たん、と地を蹴り着地し、轟々と燃える焔を生み出し続ける日香に駆け寄る。

炎の勢いは激しかったが、日香の顔は反比例して悪くなっていく。

「おい・・・。」
「・・・・・・。」

彼女は答えない、まるで何かに取り付かれたかのように、無言で焔を生み出し続ける。

「おいっ!」

不安になって、翔飛はもう一度叫んだ。

だが日香は答えない、頷く事も首を振る事もしない。

「くそっ、日香!」

堪らず名前を叫んで、ようやく彼女は顔を自分の方に向けてくれた。

「まだ、いけるよ。」

出てきた言葉は、涙が出そうなほどに切なくて、殴りたくなるほど腹が立つものであったが。

「莫迦、休んでろ。」
「でも・・・。」
「でもも何もあるか、この、お前が死んだらいったい何の意味があるって言うんだ。」

叱咤しながら、翔飛は日香の肩を揺さぶっていた。

眸には確かに怒りを湛える、矛先は、自分に対して向けられたものであった。

「翔飛、私・・・、私でしか、ダメだから。」
「何がダメなんだ、お前の、本当の力とやらを放つつもりなのか。」

日香は答えない。

顔を俯けて、口を閉ざす、それが肯定の意味だと知って、翔飛は堪らなく、腹の内から笑いがこみ上げてきた。

「・・・自惚れるなよ、莫迦。」

呟き、日香の身体を抱きしめる、その右手には、ぎゅっと刀が握られていた。

日香の身体は、焔を放っている割には、冷たかった。

「ラブシーンはいいけれど・・・、止まっている獲物を逃すほど私たちは愚かでは無いわ。」

呆れたように妖艶な声が響いた。

分かっているさ、と、翔飛は心の中だけで答える。

「・・・日香、俺は天国に行けると思うか?」
「・・・翔飛?」
「一緒だ、行きつく先が天国だろうと、地獄だろうと、来世だろうと。」

自嘲気味に笑って、翔飛はくっと目の前に群がる死者の群れを凝視する。

これ以上邪魔はさせない、守りたいものが居る、無くさせはしない。

死者の群れの中央に立つ一組の男女は、今まで一番、冷徹な顔をしていた。

一番、暗殺者らしい顔だった。

くすぶる炎が踏み潰されてゆく、日香の体にもう力は残っていない。

彼女は静かに瞼を閉じもたれかかる、それは翔飛に全てを預けたと言う意味を含めていた。

「行くぞ・・・。」

もたれかかった日香を抱きしめ、翔飛は刀の切っ先のみを凝視する。

父から貰ったこの刀は、つまるところ自分が強くなければその本来の意味を発揮しない。

では本来の意味とは一体何なのだろうか、そもそも自分達は。

「・・・日香にだって出来る事さ、俺にだって。」

心の中で見下した事に一言謝りを入れて、翔飛は精神を研ぎ澄ました。

ダークサイドの、力の発動、血に刻まれた因子、それらを視る。

湧き上がる、身体が、心が、全てが、沸々と、炎が燃え上がるように。

ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・。

噴いている。

血の全てが、輝いている。

自分の手の甲から、一筋の血が流れていた、それは刀の刃に触れ、カッ、と輝いた。

今こそ放とう、自分の、真の意味を。

今こそ、己に籠められた力を、自身の願いと祈りの下に。
  Intelligenz Wind
「・・・英知の風よ。」

言葉が紡がれた。

刀の刃は輝き、そこから、噴いている。

風が、噴いている、ごぉぉぉぉぉ、と、音を立てながら。

穏やかな風のようだった、なのに、竜巻よりも激しく感じられた。

あまりにも不思議な風だった、ただ、穏やかさだけを感じていた。

ぽぅ、と、自分達は光に覆われている。

風は噴く、穏やかで激しく、厳しくも逞しい、英知の風。

四大元素の、風が司るもの、それこそが、英知。

火が希望を司るように、水が慈悲を司るように、土が豊穣を司るように。

英知の風は、ただ穏やかに、全てを払い除けるのであった。








―――元々我々の一族には力があった。
日香君や、月江君にもだ。

翔飛の耳に、今はもういない人物の声が聞こえる。

―――これは私の過ちだった。
力を求めすぎた結果、お前達に入らぬ苦労を背負わせ、あまつさえ、彼女には・・・。

言葉の指し示す意味が、よく分からない。

―――己を極めると言う、ただ一つの道でしかなり得ない明鏡止水を、
歪んだ方法で求めようとした結果がこれだ。
この歪みはこれからもきっと続くだろう、人は誰しもが、大きな力を求めるものだから。
だが、お前を死なせる訳には行かない。
少なくとも私は、子を殺すような親では無いと思っている、だから。

声が、止まった。

その静止が、翔飛には堪らなく不安で、心細く感じられる。

だけど、ああ、と、頷いていた。

受け入れなければならないのだ。

この刀自身が、父親であった事を、刀が、父親の魂を受け継いでいた事を。

―――お前が未だ発動できぬ英知の風を放つ為の媒介には、元素を極限まで扱える者の力が必要だった。
私は刀に私自身を籠めたのだが、一度限りだったようだな。
・・・さらばだ翔飛、我々には無理だったが、お前達には、平凡な幸せとやらが与えられるだろう。
少し、うらやましいぞ。

ふ、と笑う声が聞こえた。

目を開ければそこには、星屑を散りばめたようにきらきらと輝くものがあった。

それが、父親である雄仁自身であったのだと、翔飛は確信した。

「・・・ありがとう、父さん。」

最後に感謝の言葉を発して。

翔飛はぎゅっと、日香の身体を抱きしめた。



これからも、幸せである為の方程式は、未だ成らず。































走る。

走る。

走る。

アテなどない、ただ走る。

走る、走る、走り続ける。

が、っと小石に躓いて、転んだ。

咄嗟に受身を取ったが、衝突の際の痛みは思わず声を上げてしまうほどであった。

しかし、構わずに立ち上がる。

どれくらい進んだだろう、けれどアテなどないままだ。

今はただ、彼女を探さなければならない。

だけどどこに、あるというのだろう。

双龍の塔、そう呼ばれている所に、月江が監禁されている事は分かった。

だが思い当たる所が一つもない、そもそもそんな名前の地名などあったか。

塔と言うからには人工物だ、神の力でも借りない限りは人の通れない所に建てられていないだろう。

それに国中は開発され切っている、山奥は多々あれど、未開の地など一つもないはずだ。

だから分からない、一体自分は、これからどこへ行くべきなのか。

「どこへ行くつもりだ。」

途方に暮れている時に、黒い声が響いた。

冷治ははっと声のしたほうを振り向く。

―――そこには、文字通りの「黒」が居た。

服装はと言えば黒いシャツに黒いズボンをはいた、

ごくごく普通の軽装だ、この真冬の中寒いとしか思えない格好だが、兎に角普通の服だ。

兎に角、黒で染め上げた、燃え上がるように黒い、極黒の闇だった。

「貴様・・・。」

冷治はこれが、今まで自分の中に巣食っていた者だと明確に理解した。

黒、途方も無く黒、少しでも気を抜けば、即座に惨殺されかねないほどに黒を放つ、正に黒、そのもの。

たじろぐ冷治を尻目に、その黒はズボンのポケットに手を突っ込み、奇妙な鼻歌を口ずさんでいる。

だが暫くすると鼻歌を止め、射抜く鋭い瞳で冷治を見つめた。

瞳孔に光は無い、単純に盲目だからか、それとも完全なる黒だからなのかは分からないが。

「・・・お前はそのままでは死ぬな。」

ただ、その黒は、凛とした態度で、冷たい現実を吐き出した。

冷治はくっと口元を吊り上げるが、否定できない。

今まで自分が打ち勝つ事ができたのは、要するにこの男の力によるものだと分かっていたからだ。

今のままでは、勝てない、自分は自分として、一度も兄に勝った試しは無いのだ。

―――それでも退けない理由があった。

「・・・俺は、折角手に入れたものを失いたくない。」

断固とした意志で、それを告げた。

黒は動じず、ただ言葉のみを返す。

「結果、自分自身を失ってもか?」
「・・・・・・。」

冷治は言葉を続けられない、それは、黎冶に告げられ考えていた事だ。

誰しもが誰しもを守れない、誰かを守ると言う事は、敵を認めるということ。

そして守り続けていけばいつかは破綻する、何故なら守る為の力は破壊の為の力であり、

破壊の為の力を守る為に使うのは歪められた使い方ゆえに破綻する。

黒はその命題にそもそも価値が無い事を理解していた、故に、後押しするのは単純だった。

「奴はああ言っていたがな、お前は誰かを守りきる事は出来るぞ。
その方法は諦から口止めされているがな、とにかく、守りきるだけなら割と簡単だ。
そして生きていく上で敵を作るのは当然の事だ、正義の味方のように、何もかもを善にしたい訳では無いだろう。
だから守ろうが守るまいが敵はいるし、防衛の為の力は必然だ。
ああつまりだ、重要な事は、お前は結局何がしたいのかって事だ。
理念が無ければ物事は成り立たんぞ、理念なきものは砂上の楼閣より尚脆い。」

黒を靡かせて―――男は一振りの剣を取り出した。

「死を、覚悟するのなら、受け取れ。
お前に黒き刀は似合わん、第五元素の具現とでも言うのなら、こちらがお似合いだ。
信念の―――剣、フラガラッハ。」

地面に放り投げたそれを、冷治はまじまじと見つめてから、問う。

何故?、と。

男はふ、と笑うと、さも当然のように答えた。

「別に、ただの気まぐれだ。
つーかあれだ、話が面白い方向に進んだらいいなぁ、と、それだけの話だ。」

黒の眸からどこまで真意を読み取れたかは分からないが、言葉には他意はない。

冷治は銀に輝く長剣を暫く見つめてから、それを手に執った。

随分重く、そしてかなりの長さがあった。

「・・・お前は選べるのか?」

最後に、黒は問う。

自らの命と、最も失いたくない者の命。

それはきっと、究極の二者択一。

冷治には分からなかった、ただ、静かに剣を握る。

ずしりと重いそれは、まるで自分のようだった。

重くのしかかる、願いと命との鬩ぎあいを。

「ここでしばらく待っていろ、暫くすれば兄貴が来る、そいつなら、双龍の塔、か?、そこの場所を知っているはずだ。
奴は、この世界で生まれたのだからな。」

此処で言う兄貴とは、要するに諦の事なのだと冷治は直感で察した。

何故この男がそんな事を知っているのかは聞く気は無かった。

もとより諦自身、謎めいているのだから、奇妙な知り合いに驚くはずも無い。

別れの挨拶も告げず、黒の男は黒衣を翻して森の中へと消えていった。











深く沈んだ森の中で、黒い刀を携えた男が居る。

否、それは刀と言うにはあまりに巨大、柄は握り拳五つ分には届き、刃は10尺以上ある、破格の黒い刀だ。

男は、諦はそれを携えながら森を走りぬく、刀の重さなど微塵も感じさせない軽快な走りだ。

ふと、立ち止まる。

自分の行くべき道に、黒い男が立っているのが見えたからだ。

「静谷の家の家宝、黒王剣、ハン、貴様の世界では黒は所詮王止まり、か、それではダークネスに勝てんぞ。」
「アビス、いや、アートルム、どっちだ。」
「どっちもだ、俺は黒と名のつく全てのもの、我この世の黒の代名詞にして、黒と呼ばれる概念が人型を象ったその象徴。
奈落、アビス、黒、アートルム、漆黒、ダークネス、我は極黒、我が名は極黒、純然たる「黒」の全て。
おかしいな、これ、何回言ったんだっけか?」
「お前が「いつの」アビスかによる。」

刺々しい言葉とは裏腹に、諦の態度は沈んだものだった。

顔を俯け、その表情に出ている言葉を、この男に悟られないようにするため。

時を超える力を持ち、歴史の表に登場せず、誰にも観測されないが確かに存在し、この世の終わりを未然に防ぐ「調停者」の一人。

その中でも特に異質で、「所詮は人間」程度の存在でしかない調停者の中で、最も神に近い存在、否、神さえ超えたような存在。

男は、極黒という名の男は大仰に肩を竦め、「そうだったな」と呆れ果てた声で言った。

「いやいや全く、お前はバカで有名だと言うのにいつになく真剣な顔だ。
そんな顔を見たのは多分初めてだ、そんなに薄っぺらい家族愛が大好きか?」
「親でも殺すのではなく、親だから殺せるお前ならではの台詞だな。」

嘲る声に対して、皮肉を籠めた明確な怒気を以て諦は答える。

それを察した男は鼻を鳴らして。

「ああそうか、忘れていた、世間一般では家族愛とやらは濃厚なもんなんだな。」

そんな言葉を口にしていた。

毎度毎度の事とは言え、自分の論理の通じぬ相手に諦は溜息をついてから、本題を切り出した。

「相変わらず物忘れの激しい奴だ、で?
お前はわざわざ何しに来た?」
「いつもの野次馬根性で劇に余計なスパイスを加えた、いやしかし、今回のは面白くなさそうだ。」
「いつもいつも貴様のニーズに応えていられるほどこの世は暇じゃねぇんだよ。」
「全く道理だ。」

再度、男は肩を竦める、今度は至極残念そうに。

「で、スパイスって何だ?」

尤もな問いに、男は僅かに口元を歪めてから答える。

「長剣、お前さ、技で斬る刀じゃ駄目じゃん、あいつ技なんてねぇよ。
そしてお前が「いつの」に因るが、信念とは即ち剣であると結論した奴が居たっけか。」
「・・・お前。」
「余計なものには違いない、だが必要なものである事にも違いない。
いつかは破綻するもの、貫く事は出来ても貫き通した時点で価値を失う、それが信念。」
「冷治がさ、んなこと考えるタマかよ。」

諦は明確に焦っていた。

この男から、かつて自分が見てきた戦乱の数々の記憶を引き出される言葉を聞かされることに。

だから焦っていて、本当に、早く論議を終わらせたくて、その名を出した。

この男と話すと長くなると言うのに。

「いいやよく分からん、俺が人の心の機微に絶望的に疎いのは知っているだろう?
悪意と情愛は見て取れるがな。」

嘲る眸で睨む男に、諦の返すべき言葉は一つだけ。

「お前はわざわざそれを言いに来たのか、まさか冷治に余計な事を言ってないだろうな。」

全く関係の無い、不安であった。

「ん?、守りきるにはまず自分が死ねばいいって話か?
一応言ってねぇよ、多分な。」

それを分かっていて尚、この男は意外そうな顔と言う芝居を打っているのである。

「わけのわからん奴だ、前々から言っているが貴様の発言には曖昧な表現が多すぎる。
多分とか恐らくとか、しょっちゅうじゃねぇか。」
「確信しているけど一応別の可能性を模索しているんだよ、だからあくまで仮定に留めている。」

だからこんな文句も通じない。

「言った事は過去だろ、お前、幾つだ?」
「知らん、数えてない、もとより、諦、調停者なんてものに年齢はクソ以下の価値もねぇだろうが。」
「ハッ、相変わらずだよ、てめぇ、根性腐りはててやがるぜ。」
「当然、だって俺は、三千世界を股に駆ける萌え闘士だからな。」
「正気で言っている辺り特に救いが無い。」
「堕ちる所まで堕ちるまで、という事だ。」
「うるせぇ。」

諦はその文句の言葉を最後に、この男との会話を終わらせようとした。

もはや聞く事も何も無い、出来れば一生涯関わりたくない相手だ、早く退散するに限る。

それは男にとっても同じであったのだが、その前に、男には一つ聞くべき事があった。

「でさ、お前、また負けに行くのか?」

極めて自然な、生の感情で、その言葉を口に出していた。

「・・・なんだと?」

意外そうな声を上げる諦に、男は再度肩を竦める、ため息と肩を竦める事が多い奴だ。

「わざわざ静谷の家宝なんか持ち出すから何事かと思ったんだよな。
あのバカ相手に本気を出すとは思えないし、お前まさか余計な手出しするんだったら偏愛しすぎだもーほー。
要するに、お前、自分の感情で闘いたい相手が居るわけだが。」

男の言葉は正解であった、確かに諦には、決着を付けたい相手が居る。

だから。

「俺は勝つさ。」

混じり気の無い純粋な言葉のつもりでも、それが偽りと変わるのはいつもの事。

男はそれを見抜いている、そして言葉より先に眸が告げている。

お前は負け犬だ、と。

「肉体はいつだって勝ってるだろ、だが貴様は負け犬さ。
不幸といえばお前の家か、この国の古代人達の誤った結論か。
調停者なんて、所詮真理に縛られたもの、武闘家が最もなってはならないものだ。
「真理」という絶対法則を打ち破りえる明鏡止水を会得し、
本来一つの可能性にしか存在できない筈の調停者が、人間らしく複数の平行宇宙に存在できる、俺とは異質の例外的存在。
故に負け犬だ。
お前は武闘家の、無知ゆえの魂の咆哮を受けてその心を崩されるばかりだが、
お前の拳は相手の心に何一つ響きを与えない、お前の拳は石破天驚足りえない、美しくない。
本当なら限界なんて無いのに、限界というものを明確に定義した事を知ってしまったが故に、貴様は所詮負け犬。
次の相手は、またお前の心をくじいて、お前は相手の心をくじく事はできないだろ?
結果なんて見えているよ。」
「良く、見ているな。」

いつもの事だからすぐに分かるだろう、次こそは、次こそはと何度繰り返しても駄目だった事は自分が理解している。

男は至極不満そうに口を尖らせて、また肩を竦めた。

「貴様なんぞ見たくも無い、人の心の領域に愚鈍な奴なぞ気持ち悪いだけだ。
そうそう、結局お前はそれが守れてなかった訳だ、薄っぺらい友情は幾らでも築けるが、真の友情はねぇぜ。」
「よく言うな、一人の友も持たんくせに。」
「さて、俺は単語を吐くのみだが。」
「なら単語だけほざいてろ、それは理屈じゃない、感情だ。」

出来る事はこんな非難ばかりなのだと、諦は悔しさを胸に押し込める。

「なるへそ、ま、俺にはどうでもいい事だ。
じゃあな、どこからかで見て、適当なところで引き上げるぜ。」
「待て。」
「何だよ?、俺はお前が嫌いなんだ、いつまでも引っ張るなバーカバーカバーーーカ。」
「てめぇはなぁ・・・、ったく。
これも、いつのお前かに因るが、お前は、勝ったのか?

それは純粋な興味。

自分を敗者と言うのなら、自身はどうなのかと。

男は口を歪めはするが、何も答えようとしない。

「どうなんだ?」

再度、より声に脅迫を交えて尋ねる。

男はそれでも皮肉めいた笑みを崩さずに、答えた。

「目的を果たしたという点で、俺は勝ったな。
結果はいつも言っている通り、さてどうでしょう。」

―――それは、いつも聞いている答えだった。

「その結果の是非が知りたいんだ。」
「だから人の心の領域に踏み込むな、きもいんだよ野郎。」

最後に、心底不愉快な眼光を浴びせてから。

男は黒と共に去ってた。

後に残された諦は、遠くに居るであろう冷治を探して歩き出した。













「・・・つまりさ、お前は守れなかった訳だ、何も。」

深く沈む森の中、銀の剣を携えた冷治に向かって、諦は言った。

冷治の冷たい視線を受けながらも、言葉を続ける。

「月ちゃんを受け入れたてめぇの責任だぜ。」
「そんな事、とっくの昔に知っている。」

背を向ける冷治の態度は、いつも以上に刺々しく、いつも以上に素っ気無かった。

嫌われているのだと、諦は初めから知っていた。

自分は、人の心の大切な部分に触れて、それを弄ぶのが大好きなのだと。

自分が善意で言った言葉は、それでさえ人の心の最も触れてはならない部分を侵食する。

嫌がる人間が居ないはずは無い、ましてや冷治は、自分の心の大切な部分を守ろうとしている。

初めて大切な人というものを知った、それを失いたくない、と言う願いの元に。

馬鹿馬鹿しい話であると思った、だが歴史に残るほどの大事件の大本は、そもそもこんな馬鹿馬鹿しい話が元となるのだ。

人にとって、見知らぬ人間が何人死のうが所詮それは他人事に過ぎないが、身近な人への危害は明確に現実として認識する。

人を常に突き動かしてきたのは大義や正義などと言う無駄にスケールの大きい思想などではなく、

こんな、ちっぽけな安物のロマンスである。

そしてそんな安物のロマンスを本当に安物にしてしまっているから、自分はいつまでも、薄っぺらい友情しかもてないのか。

静谷諦は生涯に於いて正真正銘一度も恋をしていない、必要と感じたことさえない、石に何度つまずいても遭えなかった。

要するにそういう運命なのだと割り切ったが、それ故に人の情熱というものを何よりも大切に思いながらその真の価値を知らない、と言う事を知らない。

大切なコトだと思っても、本当に大切だなんて思えないんだから。

けれど。

「双龍の塔、にいると言っていたな。」
「あいつに聞いたのか。」
「ああ。
行くんだろ?、ついて来いよ。」

静谷諦はあらゆる世界を飛翔する。

だからか、生まれ故郷を大切にする心は、多分強かった。

そして生まれ故郷で、素っ気無い態度で、それでも家に居る弟が、やはり放って置けないのだと。

「―――とんだ休暇だぜ。」

何も答えずに立ち上がる冷治に目もくれず、歩を進める諦は、不意にそんな言葉を口走ってた。




















優れた者は調停者、多くの者はそれになれずとも土着の守護霊となった。

古代人は、外部の人間に肉を滅ぼされても、霊まで生かす秘法を編み出していたがゆえである。

だが守護霊となるには凄まじいまでの強さが必要だった。

保存される為には、英傑でなければならなかった。

だが保存されなかった者達はどうか、彼らもまた保存された。

ただし、守護霊は意志を持つのに対して、彼らはカタチを持たない力として、双龍の塔という場所に封じ込められたのだ。

「本命が外れても、この国、いや、この世界を支配できるだけの力は押さえていたと言う事か。」

黎冶の目的は諦の同僚である、極黒剣士アビスが持つ「黒」の概念であるが、

結局極黒の闇は黎冶の未熟さを指摘しどこぞの世界へと消え去った。

今もなおどこかで見ているかもしれないが、どちらにせよ舞台に上がることはもうないだろう。

森を駆けていく、諦は躊躇いなく、冷治もまた、躊躇わずに進んでいく。

場所はとっくに知っている、この国の歴史を知り尽くす静谷の末裔が、知らぬはずは無い。

「もうじき見えるぞ、あれだ。」

空を見上げる。

灰色の空の中、悠然と二匹の龍が絡み合っている。

名の通り、双龍とはよく言ったものであるが。

「こんなもの、よく隠せたな。」
「結界の一種だ。」

なるほど、と頷いてから、冷治はその塔を見上げる。

「待ってろ・・・、必ず助けてやる。」

喩え剣が借り物でも、心は本物なのだから。

ただ、灰色の空に消え行くのみか。



誰しもが誰しもを守れないと、無駄だから止めろなんていわれても。

代えられない想いがある。



「俺は、負けると判っても進むんだろうな。」

心が本物なのは確かなのに、どうしてこの拳は、魂を響かせる事が出来ないでいたのか。

結局、限界なんて言葉を定義してしまって、無駄なんて言葉を信じてしまったからだ。

限界を知らない者は無限、無駄を知らない者は永遠。



ずっと、存在を求めていた。

自分が何者かさえわからなくたって、彼女を愛していると言うコトだけは信実だから。



螺旋を登るように駆ける、駆ける、駆ける。

―――永かった冬が、明けようとしていた。

灰色の空から、雪がちらちらと舞い躍っていた。













列車の中で、二人はその光景を見ていた。

―――帰りの通行費だ

結局生かしてしまった暗殺者達は、それだけ言うとどこかへ消えてしまった。

―――お連れさんとは故郷で合流すると思うわ
きっと、あなた達をかまかけていられないほど重要な事になっているのでしょうね

堪らなく悔しいと、後を追いかけようとも思ったが、結局帰る事にした。

薄情だとも思ったが、やっぱり、帰って来た時、当たり前の笑顔があると安心できると思ったから。

「でも頼って欲しいな、お姉ちゃん・・・。」
「それは妹としてか?、それとも友達としてか?」
「どっちも。」

口を少し皮肉の形に歪めて、少しだけ笑った。

―――灰色の空は、じきに晴れようとしている。

風と炎を覆っていた灰色は、もう吹き飛んでいた。












第19話

「敗北する、その意志が」







あとがき

最終回の二話前です
はい、次の次で最後ですね
最終話は1月に書くと思います、多分
予定は未定、というかなんでかスランプ、前半部分とか中盤も特に駄目
言葉さえ出てこんのですよ、ナニを入れるべきかー!と
構想さえ浮かばんし、うわ、どうしよ
ま、次と次の話し、構想は大体出来上がっているんで
永かった冬は終わる、だけど1月に冬は終わるとか言ってもしゃーねーなー、とかいわんで下さい
1月ですか、早いものですね、もうすぐFate1周年ですよ、ええ
え?、ちがう?
ま、そこはそれ、それはそこと言うことで



願わくば―――お願いだから戦女神2再販して下さいエウシュリーさん
あとアトリエかぐや、ロットアップ早すぎ

ノン、それで欲しいゲーム二つとも逃したわ、クレジットカードが無いとアマゾンのマーケットプライス利用できんし
自分は現金派で御座います、カードなんて使いません



それではでは






*極黒
アビスとかアートルムとかいろんな名前を持っている人の事
作中、最強
その手に持つ極黒剣ダークネスは山を引き裂き天をかち割り、海を分断しデビルガンダムと拮抗するとかいや嘘ですが
とにかく最強には違いない
諦以上に堕ちてしまったオタク
目的が達せられたとか言っているのは、要するにアラヤが根源の渦に到達しようとして出来なかったんだけど極黒は出来たぜ、って話
厳密には、というか実際は違うけど、とにかくいろんなところを回って目的を達そうとした人
目的っていうのは「究極の自由」のこと、自由奔放というか自由でありたいのがこの人の特徴であり絶対の主義です
自由なのに翼を持たないのは―――翼を持った所で、何から自由になれるというんだという話
そんなこんなで、フリーダムガンダムが嫌いだそうです、シリアスな意味で
現在萌え絵描き、昔は風景画とか描いてたそうですよ?
メイドさん国際条約を作ったという、全七か条と補足二条から成る国際条約を
別名、極黒先生
「先生、極黒先生!」

FX昔の作品の「自己中型主人公」の最終形態、エースでもジョーカーでもなくゲームそのものという反則キャラ