Leck Side

俺は、レック。・・・偽名だけどな。
『誘拐屋』としてその道では有名。

誘拐屋ってのは、まあ要するに悪人だけど誘拐のできない依頼人に代わって誘拐から身代金受け渡しまでを一手に引き受け、お礼に身代金を2割貰う仕事だ。

・・・え?どうして、自分自身で誘拐の計画を立てないか、って?
確かに、それならば依頼人は自分で、身代金は10割手に入るけどな・・・

俺はな、人に恨まれたくないんだよ。
 俺は頼まれてやりました。これは仕事です。立派な仕事です。


さて。
今日の依頼は、よくある「お金持ちの家のお嬢様」の誘拐だ。


 『クレファーレン家の長女、エメラルド・クレファーレン・・・か』
 『頼むぞ、誘拐屋さんよ』
 『おっと、まだやるとは言っていない。
  一つ審査したいんだ。・・・何故そのお嬢様を誘拐するんだ?身代金ならば王様でもかっさらった方が多く手に入るはずだぞ』
 『ケッ、王様なんぞを誘拐してどうするよ。あんなジジイじゃ遊べねぇだろ』
 『・・・なるほど、だからこそこの国でも有数の美少女を誘拐するんだな。
  そして身代金を待つ間に遊ぶと言うわけか・・・
  よし来た、受けてやろう』


別にお礼の二割にお嬢様の体を奪おうと言う気はない。
ただ、誘拐する相手を選んだ目的が『金』以外にもあることを確かめたかった。


いつものように、侵入。
そして、夜の闇に眠る標的を連れ去る。



  Galde Side

「あんたって人がついていながら!」
「ひいぃっ、すいませんすいません!」

朝から、大柄の女性がガードマンを叱っている。

「あの、何かあったのですか?」
「エメラルドが誘拐されたんだよ!」

一代で商売を当て、大富豪となった女性、コメット・ユークレード。
そしてその夫に相応しくは、同じく大富豪、オーバス・クレファーレン。

二つの家が結婚によって結ばれ、王家にすら匹敵するほどの富を持つクレファーレン家になってから、10年が経つ。


「・・・あのぉー、僕は退散いたしましょうか・・・」
「いいからそこに手紙を置いて!その後は退散でもなんでもいいよ!」


ガード・シン。僕の名前。
僕は、ただの郵便配達人。

多分、今回の事件もまた『誘拐屋』によるものなんだろう。
手口は素早く、夜の闇に溶けて誰の目にも触れることのない姿。

・・・ちょっと、憧れるなぁ。

不謹慎なことを思いながら、僕はまた次の配達先へ走る。



  Leck Side

「待っていたぞ、ヘヘヘ・・・」
「いや、助けて・・・」
「おい、お前はもういい。身代金に10億要求するんだ」
「・・・」

早くも下半身に手をかけながら、依頼人の薄汚い男が言った。

名前に似合う、エメラルドのような瞳をうるませ、助けを求めるようにこちらを見る少女。
・・・最初の頃は、その瞳に心を射抜かれ、心を痛ませたものだ。
だが、今はどうということもないもの。

クレファーレン家に10億モールを要求する仕事がある。その場を後にする。



  Galde Side

今日も今日とて郵便配達。
この市街で、初めて配達する場所があったことに驚く。

勤続5年、この市街はよく知っていると自負したかったが、どうにもその資格は奪われそうだ。
入ったことのない小道に入ると、見たことのない家が並んでいた。

配達先の家は、ポストのない小さな家だった。
ドアを二つ叩いて、「ゆうびーん」と大きく叫ぶ。

・・・誰も出てこない。
留守、かな?


ふと気になって、配達する手紙を見てみる。
送り先は、書いていない。宛先はあっても、宛名がない。
味気のない、不思議な手紙だ。


留守かどうか、扉を確かめる。
・・・っとっと・・・!!
開いていた扉に驚いて、扉を開けた体が前のめりになる。

どさっと、床に落ちる。

・・・そこに、べっとりとした生暖かいもの。
薄暗い玄関ではよく確認できなかったが、顔を上げるとそれのべっとりが廊下に沿ってずっと続いている。

べっとりを、指の上にとって確認。
そして、青ざめる。


「う、うわあああーーーーーーーーーーーーっ!!」

血、だった。


「誰だ!」

ヒッ、と喉元で小さく悲鳴を上げて、逃げようとする。
だが、足がもつれて動けない。
やっと走り出し、そこを後にする。

・・・いけない、置き忘れたときに誰かが届けてくれるようにと、丁寧に名前と住所を書いてある仕事用の鞄を忘れてきてしまった。



  Leck Side

身代金を確認。
・・・これで、今回の依頼は俺の全行程を済ませたことになる。

ここで、仕事の依頼が入る酒場の掲示板を覗く。

『壊れたガラスに気をつけて』
新たな依頼だ。


「よう、レック」
「・・・」

振り返ると、知り合いである裏取引所の男がいた。
偽名で言えば、ディスト。
顔が割れないようにと目の他の顔を全て布で覆っている。


「どうした、ディスト。今回の依頼はお前なのか?」
「・・・いや、違う。俺はこの依頼を取り次いだだけだ」
「どう言うことだ?依頼を取り次ぐ?」
「知ってるだろ、俺が王家のスパイをしてることは」

メイデリンク王家に親の代から仕える、フォースハイ家。
ディストはその跡取り息子によく似ていた。

1年前のこと、ディストに依頼されて跡取り息子を俺が誘拐した事件の後、ディストはその跡取り息子を殺し、
そして跡取り息子にディストが成り代わり、フォースハイ家の跡取り、デルハイト・フォースハイとして軍師の勉強中。


「俺が関わっているから、忘れようにも忘れられないな」
「それなら本題だ。・・・だが、一つだけ言いたい。今回の誘拐には報酬が入らないかも知れない」

「どう言うことだ」
「全くの無名の青年を誘拐するから、な」

「・・・それは何をやらかした青年なんだ」
「王家の悪事を知ってしまった哀れな郵便配達人さ」

王都城下町ベンカ地区に住む郵便配達人、ガード・シン。

「・・・なるほど。詳しくは探らないことにしようか。
 ともかく、依頼人はお前が裏からのスパイだと知っていて、かつ王家の者と言うことだな?」
「ああ。デルハイトの幼なじみだった王子様に真っ先に見破られていたのさ。
 今もこうやって、王子様には見事に利用されてるよ」
「災難、だな」

「向こうは誘拐したら身代金をもらって死体を送りつけてやるなどと言ってるな」
「俺は誘拐した者がどうなろうと知らない。死体だろうと黙って送りつけるさ」


「・・・王子様も、馬鹿な奴だよ。これじゃ、この国の行方は知れたもんだ」

最後のディストの言葉は、聞こえないフリをした。


 いつものように、侵入。
 そして、夜の闇に眠る標的を連れ去る。



  Galde Side

目を覚ますと、空に浮いた感覚。
はっと辺りを見回す。
ぐっすりと毛布にくるまれて眠っていたはずだと言うのに、少々肌寒い。

誰かに抱きかかえられている・・・?

「な・・・何が・・・」
「・・・」

着地の感覚。またすぐに、空に浮く。
どうやら、屋根の上を渡っているみたいだ。

「あなたは、だっ、誰っ」
「『誘拐屋』だ」
「・・・!」


誘拐屋。

僕は、誘拐された。


ひとまず、彼の顔を・・・見えない。

「顔が見えないだろ?」
「・・・見えない・・・です」
「誘拐の後、解放されたときに犯人の特徴を述べられると困るんでね」
「そ、そっか。仕方ないですね」

「この声も作った声だよ。声も時には十分な特徴になるからな」
「・・・それもそうですね。はい」

・・・夢みたいだ。あの誘拐屋と話をしてる!
この際だ、当たって砕けろ!



  Leck Side

こいつ、突拍子もないことをいきなり話してきた。

「でも、あのっ!誰にも言いませんから、顔を見せて下さい!」
「・・・無理だって」

「お願い!一生のお願いだから!」
「お前、今まで一生のお願いを何回口に出してきたんだ?」

「えっ、えっと・・・一年に10回として・・・赤ちゃんの頃は流石に言わなかっただろうから、150回ぐらいかな?」

・・・本当に考える奴がどこにいるんだよ。
ましてや、答える奴が。

裏の世界の存在なんて少しも知らない、知らなくても余裕で生きていける人間。
そう言うのがごろごろいるところなら、そう言う奴も少なくはないのかもな。


「ま、今回は特別だ。事情が事情なだけに、見せてやっても構わなさそうだ」
「えっ、本当に!?」
「・・・お前はこの後、死ぬらしいからな」
「!!」

「冥土の土産には安すぎるだろうが、こんな顔で良ければ見ても・・・気、失ったか」



  Galde Side

・・・僕は、どうしていたんだろう?
確か、あの誘拐屋に誘拐されて、顔を見たいと言って・・・

僕は誘拐されて、死ぬらしい。

・・・そうか、それで血の気が引いて・・・


僕が目覚めた場所は、いきなり目の前に鉄格子。


「・・・」

鉄格子の向こう側を、ものものしい装備の警備兵達がうろついている。
この国の国旗と同じ形を鎧に刻んだその姿。

ここは・・・どこだろうか?

問うても答える者もいない。それに、すぐに分かってしまう。
だからこそ、問う必要はなかった。

まさか、王城?


どうして、こんなことになったのだろうか?

問うても答える者もいない。だが、その理由は分からない。
僕は、何をしたのだろうか?
誘拐屋が、僕を王城に引き渡した?何のために?

と、警備兵のものとは違う足音。
靴が違うから、人が違うから、足音が違う。


「やあ、名も無き郵便配達人君」
「・・・はぁ」

見たことがあるような、ないような姿。

「君は、あの血を見てしまったね」
「血・・・?・・・!!」

思い出されたのは、あの場面。
あの時と同じように、ヒッと小さく悲鳴。

「だから、明日処刑するよ。王家の秘密を暴いてしまったから、ね」
「どっ、どういう事っ」
「素直に手紙を置いて帰れば良かったのにね・・・」


王家の・・・

・・・この人、この国の王子だ・・・!!


「そうだ、教えてあげようか、王家の秘密と言うものを」
「・・・え・・・」

「冥土の土産には、高すぎるかな?」
「そ、そんな・・・」
「遠慮しなくてもいいさ。こっちで何を話しても、明日死ぬ者に話すならば損も得もない」

「・・・一ヶ月後・・・つまり、君がもういなくなった後、この国は戦火に巻き込まれる」
「せ、戦争をするってことですか?」
「その通り。父上は今以上に領土が欲しいのさ。我が国は、そのための資金が必要なのだよ」
「それと、その血と、何の関係があるんですか?」

「・・・最近、誘拐事件が多いねぇ」
「え?は、はい。誘拐屋さんも大忙しのようで・・・」
「身代金をがっぽり請求しちゃってさ。あんな大量のお金をもらって、誘拐屋に依頼した人って、一体何をするんだろうね?」

「まさか!」

「そのまさかさ」
「・・・」
「あの血はね、誘拐屋に依頼をした男の血だよ。俗に云う、口封じ、かな?」


「なるほどね」



  Agrey Side

「・・・!?」
「ご丁寧に教えてくれて、どうもありがとう」

へたりこんでいた『演技』に別れを告げ、ついた埃を払い落としながら。


・・・一緒に騙されてくれたみんなも、ありがとう。・・・って、僕は誰に話しているんだろう?
とりあえず自己紹介だ。僕の名前は、アグレイ=シェスティーン。
普段は地味な郵便配達人。裏の姿は私立探偵みたいなもんかな。

依頼人は自分。仕事内容は、『真実』を知ること。報酬は、郵便配達人としてのわずかな収入だけで良かった。

「世の中の『真実』だけが知りたくて、5年前に家を飛び出した。
 頭のいい王子様なら、僕が誰だか分かるかな?」
「・・・あんたは」
「ありがと、覚えていてくれて。デルハイトと僕、そして君。
 いい家の坊ちゃん同士、仲良くやってたよね」

そこに、もう一つの影。

「まったくだ」
「久しぶり、デル。・・・いや、今はディストでもいいのかな?」

「・・・お前達・・・」


裏の世界にも何度か首を突っ込んだ。
その時、もうデルハイトがいないことや、裏の世界での知り合いであるディストがあろうことかデルハイトを装っていることも知った。

そう、これが裏の世界が存在するという『真実』。
裏の世界ともう一つ、闇の世界が存在するという『真実』。


「王家を敵に回せばどうなるか、分かっているのか!?おいっ、警備兵!」
「残念でした。警備兵の方々は、あとでたっぷりギャラが出るから演技を失敗しちゃいけないんだな。
 さてと。誘拐屋、もう一つ仕事。今度のはいい金になるかも知れないぞ」
「・・・」

彼がゆっくりと、姿を現す。



  Leck Side

「了解・・・にしてもだな、こんな話聞いてないぞ」
「悪い、悪い。でも、そこまで悪くはないだろ?王子様の身代金の2割なんだ」


・・・ま、いいさ。
何も聞かなくても、今回の仕事が金目当て以上の目的を持っていることは分かる。

「分かってるよ」
「あっ、な、何をするんだ!」

ひょいと抱え上げて、腹に一発の衝撃。
こうすれば体も軽くなるし、意識も一時的に消える。まさに一石二鳥。

「どこに持っていく?」
「前に、クレファーレン家のお嬢様を持ってったとこがあるだろ。あそこがいい」
「分かった」


・・・誘拐屋も楽じゃないな。



  Agrey Side

「例の殺人現場にそのまま成り代わってしまった場所、か」
「そう言うこと。あ、警備兵のみなさん、この事件は、
 『王子様が誘拐屋に連れ去られた時にどさくさに紛れて謎の郵便配達人も一緒に逃げちゃった事件』
 として取り扱うので、そのおつもりで〜」


・・・極悪なヤツ。
いや、それはここら辺の誰もが同じことか。自分ですらも。
少々苦笑してから、その極悪なディストの方を向く。


「どうするんだ、これから」
「さっさとあの家に行こう。王子様がお待ちかねだ」

「・・・結局僕、誘拐屋の顔、見てないや」
「後でゆっくり拝めるさ」
「ん、そうだな」



  Leck Side

「身代金はいくらにする?」
「50億ぐらいかな」
「ん・・・んじゃ、50億モールを要求する、誘拐屋、・・・っと。完了」

いつものように、『誘拐屋』字体で脅迫状を書き上げる。
と、横から、先程誘拐してきたあの青年が声をかける。

「・・・あのぉ、顔、見せてくれませんかね」
「そうだな、あの時は結局顔が見られなかったようだし、な」


いつもは隠している顔を、見せる。

「ありがとうございます」

郵便配達人の顔をした元貴族が、目の前で笑っている。
・・・コイツ、本気で嬉しいのか?


何にせよ、今回の事件は、これで終わりになって欲しい。
ディストの依頼はよくとんでもない方向に飛ぶから・・・な。






  After 1 Month







「ゆうびーん!」

「知ってるかい、隣の国で戦争があったんだってさ。難民も結構こっちに来てるみたいだよ」

「それに比べて、この国って平和でいいわね〜」

「王様がいいからねぇ」

「あ、あのー、郵便・・・」

「そう言えば最近、あの誘拐屋の事件、なくなったねえ」

「ほんと。どうしたのかしらね?」

「あらガード君。いつからそこにいたんだい?」

「・・・郵便、ここに置いときます・・・」



「惜しいな。お前が旅に出るなんて」

「ここには、もう俺の居場所はないさ。『一般市民』に顔を見られてしまったんだ」

「そうか・・・でも。気が向いたらまた顔を出すんだぞ」

「分かった。その頃にはでっかい話でも頼むよ」

「それにしても、すげぇ資金だな。40億ぐらい持ってるんだろ?」

「ああ。お陰で荷物が重いよ。行く先々でいろいろなものに変えていくつもりだ」

「俺が半分もらってやってもいいんだぜ?どうせ使い道もないんだろ?」

「分からないぞ〜。どこかで使うかも知れないから。大事に持っておかないとな」

「・・・ま、ともかくだ。達者でな」

「そっちこそ、な」