『満足よ。今までの中でも最高の』

『ありがとう……』




大都市にある、優秀な医者の集う総合病院。
内科病棟の至ってシンプルな内装の個室で、少女は息を引き取った。


享年、14歳。


愛する母親は先に逝き、父親は見舞いに来るどころか女を作って姿を消した。
少女は長い間経験した「孤独」から解放された喜びを感じているのだろうか。
死に顔はまるで眠っているかの様に、とても安らかだった。


よく語られる「悲劇の少女」の影に、彼女を愛する者がいた。
深夜、その者は病室に現れて彼女の腕を取る。


「2001年5月15日2時52分。ご臨終です。」


何の感情も感じ取れない。淡々と仕事をこなす機械の如く。
ただの”音声”を発したその男の口元は、突如笑みへと形を変えた。
そして漏れる笑い。含みのある、しかしながら本心から出でる笑い。

「ククク……まったく、”ヤスラカナシニガオ”ほど美しいものはありません。」

歪んだ愛情を持つ男は、少女の手をゆっくりと放し窓から空を眺めた。
星は見えない。代わりに大きな満月が皓々と夜空を照らしているためだ。
その月から目を離さず嬉々とした──むしろ狂気の漂う表情で、男は呟いた。

「これも全て、我が愛する”告死天使”が舞い降りた御陰ですね──」




「いや。」




「むしろその状況をようやく作りあげた、私のドリョクが報われたとでも言いましょうか。」






†Todesengel〜ある男の手記より〜†






「──小児科は私の担当ではありませんが。」
「何言ってるんですか。内科病棟の患者さんですよ?
 手が空いているのは貴方だけなんですから、お願いしますよ。」


4月1日

新しい患者が担当になった。まだ幼さの残る、14歳の少女だ。
何度かここへ入院した経験があるらしい。病状も重いながら珍しくないものだった。

くだらん。

研究のし甲斐もない。私は何故こうもクジ運が悪いのか。




4月4日

あの少女の家族関係が判った。
愛する母に死なれ、父に捨てられた事実も。その時期も。

皮肉なものだ。

病弱を除けば私と同じ経緯をたどっているではないか。
もっとも、私は父が再婚した時に望んで離れていったのだが。




4月8日

夜中に彼女の個室の前を通った。話し声が聞こえたが、単なる独り言だろう。
途中、嗚咽らしきものも聞こえた。

──面白い。




「最近あの女の子の愚痴を言わなくなりましたね。」
「ええ……スナオなカンジャさんですから。病状も良くなってきましたし。」
「確かにそうですよ。最初はどうなるかと思いました、ホント。」
「そうだ、後であの子の病室にコレを届けておいてください。」
「縫いぐるみですか?ま、ちょっとは寂しさが紛れますかね……。」




4月15日

縫いぐるみに取り付けた盗聴器から彼女の独り言を聞き取った。
月へ語りかける、今にも泣きそうなその声は私を虜にした。
縫いぐるみを抱いているのだろうか──微かに寝息が聞こえる時もあった。

少しは夜勤が楽しくなりそうだ。

この時から、私はある計画を立てた。
噂にしか聞く事のなかった”死神”と出会う計画。
噂だけで、こうまで私を惹きつける存在──アズラエルに。




4月22日

安定していた少女の様態が、若干不安定になってきた。
気怠そうな表情と青白い肌がとても魅力的だ。いつもよりずっと。
私は看護婦の隣で「どうしてだろう」と困ってみせたが、彼女にはフォローの言葉をかけた。

「大丈夫。明日はきっと良くなるよ」と。

一日中、自然に浮かぶ笑みを抑えるのに苦労した。




「彼女の数値、日増しに悪化していきますね……」
「ええ──私の処置がいけないのでしょうか。」
「というより、もう彼女の体が持たないのかもしれません。」




5月8日

私は医者よりも研究員の方が性に合っていると今でも思う。
だが、今日ほど自分が医者である事を喜んだ日があるだろうか?

本当に現代医学ほど素晴らしいものはない。
医者という”称号”があるだけで、人間を意のままに操れるのだから。


十分に時は過ぎた──7日後、遂に私の望みが叶うのだ。












「──さん! 大丈夫ですか?」

体温が下がりゆく小さな体を揺り動かす一人の医者がいた。
巡回途中に患者の異変に気付いた……そんな光景だった。
数度同じ事を繰り返すと、医者は少女の手を取り、呟いた。

「2001年5月15日2時52分。ご臨終です。」

ひどく事務的な、機械的な口調の言葉。
だが次は逆に感情の──歪んだ感情のこもった言葉が、同じ人物から発せられた。

「『最前は尽くしました……』なぁんてね。ククククク……まったく今日は最高の夜ですよ。」

男は病室に鍵をかけ、殆ど冷たくなっている少女を抱き起こした。
当たり前だが、自分で支える力の無い「死体」を起こす事は意外と苦労する。
だが男は医者という事もあってか、何の事も無しに少女を抱える。
そして上半身を支えたまま彼女の寝ていたベッドに腰掛け、言葉を紡いだ。


──まるで、生きている人間に話しかけるかのように。


「真紅の夜に現れし生命の権化、アズラエルですか。死に神とはいえ美しい天使でしたね。」

医者は少女の顎へ自分の手をやり、ゆっくりと頬を伝わせて瞼に辿らせた。
瞼を優しく広げ、開ききった瞳孔を確認するかの如く見つめながら、語りかける。

「できる事ならあの深紅の瞳を美しい身体から剔り出してみたいものだ。あなたもそう思いませんか?」

魂の抜けた肉の器──少女の死体は何も語ろうとはしなかった。
死体が喋るはずはないのだから、当然ながら男も端から答えを期待していなかった。
ただ語りかけるだけ、それが男にとっての重要な行動なのだろう。


男は目にやった手を再び顎へと戻し、また一言語りかけた。

「私は”死”というものが益々好きになりましたよ。あなたの御陰でね──」

男は死体を抱き寄せると、青くなった唇に自分のそれを重ねた。
その姿勢のまま、眠るかの様にゆっくりを目を閉じてゆく。

午前3時。
病院の時計は変わりなく時を刻んでいる。

だがその病室だけ時が止まったかの様に、男は全く動かなかった。
虚ろな表情は、まるで魂を抜かれた”死体”を真似ているのかと思う程に陰鬱としている。
しかしながら男の唇は今、ゆっくりと、確実に、移動しようとしていた。
顎へ、首へと伝い、屍となった少女を再びベッドへ寝かせる。
銀色の光に照らされた空間に蠢く1つの影とそれをただ受け止めるだけの影。

そして──時は動き出す。






「我ここに、汝に告死する──これは私の台詞かもしれませんね。
 あなたに贈る、そしてこれからの自分自身に贈る言葉でもある……ククク。」






男は病院から姿を消した。


聞く者のいない”遺言”を残して。












5月15日 4時00分

ここ数日の間、全て夜勤を引き受けて正解だった。
焦がれて止まなかった存在にようやく会えたのだ。
少女も死神も、あの時は私に気付かなかったようだが。これでいい。

これで悔いはない。
今まで無理矢理にでも”生きる目的”や”楽しみ”を探して未練がましく生きてきた。
しかし、もう今日以上の楽しみは存在しない。少なくとも私にとっては。

明日警察に行き、過去の犯罪全てを告白する。
病死とみせかけた薬殺──医者としてあるまじき行為を幾度となく行ってきたのだ。
判決は、確実に極刑だろう。

執行される間際にアズラエルに会えるかもしれない。

そう思うだけで今から死ぬのが楽しみだ。絞首台に立つ瞬間を想像するだけで快感だ。
死を怖がる”普通の人間”の感情が、私には全く判らない──昔も、今も。

執行前に何か言葉を残してやろうか。私の口癖とも言える言葉を……






「死は、美しい」と。








えー、その、何というか……微妙ですねこのSS。作者の人間性を疑うよーな。(^^;

今回のお話はドレッドノートさんの連作小説「紅の告死」Case1の裏側です。
アズラエルに告死された少女は病気に殺されたのか、それとも人間に殺されたのか──
僕は、ありえない後者を敢えて選んでみました。選んだ理由ってぇのもまたいい加減でして……。

アズラエルがヴァルキリープロファイルのレナスっぽいなーという印象を受けたので、
「それならレザードっぽい医者が狂気に任せて何かやっちゃえ!」という方向で。(笑)
ちゃんとそれらしく感じていただければ幸いです。

文中に出てきた「医者という称号が〜」という内容ですが、これは僕の本音だったりします。
とあるケースを実際に見て感じた事。このあたりは詳しく書きませんが──
医者を志す人は病状だけでなく患者自身・環境も看て欲しい、と切実に思う今日この頃です。
狂気漂う世界は物語の中に留めておきましょう。

死体をアレするシーンは、当初は色んな意味でR指定(X指定?)だったのでズバっと割愛しちゃいました。
つーかそんな部分書いたら載せてもらえないし。人格疑われるし。もう遅いか。(笑)


最後に、紅の告死の作者ドレッドノートさんと掲載させて頂いた管理人のろうさん、
そして途中でウインドウを閉じずに見てくださった(笑)読者のあなたに深く御礼を申し上げます。


ろう・ふぁみりあの勝手な戯言〜

どもー、ろう・ふぁみりあです。
うをうっ、半助さんどーもありがとうございましたっ!
もぉすっげぇ面白かったですっ! なんというか、「手記」って形がすごく楽しめましたー♪

って・・・「♪」を付けるような話じゃないですね(苦笑)

さて、この話。
・・・そいや何が面白かったんだろう?(おいこらまて)
いや、楽しめたことは事実なんですよね。先に言った「手記」の形ってのが良かったってのも本音ですし。
・・・けど、それだけじゃなくてなんか他にも「面白かった!」と思えるところがあるんですけど、上手く言葉になりませぬ。
強いていうなら、医者の狂気の中にある「人間性」に惹かれたのかもしれません。
マトモな人間にしてみりゃ「狂気」としか見えないんですけど、それでもなんかやたらと人間臭さがあるっていうか・・・・
うーむ、上手く言えませんけど兎に角、すごく面白かったですっ! 以上っ!(脱兎)


追伸

これを読んだ人はドレッドノートさんの「紅の告死」も読むべしですッ。


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