○わらし

 

 午後の講義が講師の爺さんがぎっくり腰になったとかで潰れたので、ヒマになった。

 特にすることもないので、見えてはいけない刀を担いで妖怪退治に行く友人を見送りアパートに帰る。

 別に当てもなく街をぶらついても良かったのだが、講義が潰れた代わりにレポートを提出しなければ無くなったので、早めに済ませたかったのだ。

 はっきりいって自慢できることだと思うのだが、ガキの頃から夏休みの宿題は初めの三日間で終わらせた。

 ちなみに、日記やら朝顔の観察なんかも三日で終わらせた。

 

 ―――まあ、そんなわけでレポートを終わらせる為に、まだ日も沈まないうちにアパートに帰り着いたわけだが。

 

「おかえりなさい」

 

 帰ると、女の子がそう言って出迎えてくれた。

 小学校中学年くらいの歳の女の子で、おかっぱ頭に赤い着物を着込んでいる。

 ウチの妹の美恵だ。

 ガキの頃は良く「お兄ちゃんお兄ちゃん」と懐いてくれたモノだが、最近では「うぜぇよクソ兄貴」とか言ってよく兄を虐めてくれる。

 

「え・・・あの・・・違います」

 

 いや冗談だ。

 ウチの美恵は未だに可愛い妹だ。実家に帰ると良く「お兄ちゃんお兄ちゃん」と懐いて、金銭を要求してくる。

 この前なんぞ、ステーキを奢らされた。

 これは自慢じゃないが、貧相な田舎町にあるウチの実家じゃ、未だにビフテキが最上級の御馳走だったりする。

 

「あの、違いますよー・・・」

 

 いや違わないが?

 確かにこの前、美恵にステーキを奢った。しかもデザートのコーヒーゼリーまでつけてだ。

 まったくあの娘、自分だって高校に内緒でバイトして金があるくせになんで兄貴にたかるかな。

 ・・・ところで、お前誰だ?

 

「えと、だから、美恵じゃなくて・・・」

 

 いや美恵じゃないのは見て解るぞ。

 あいつは着物なんか着ないしおかっぱ頭でもないし、よく見なくても顔も違う。

 そもそも、アイツは高校生だし―――幾ら童顔つっても、今目の前にいる少女ほど幼くない。

 

「あううう・・・」

 

 きっぱりと否定してやると、何故か少女は泣きそうな顔をして頭を抱えた。

 

 

 

 座敷童というやつらしい。

 主に東北地方の伝承で、居座った家に幸運をもたらすとかどうとか。

 ちなみに友人の受け売りだ。

 その友人は俺の目の前で、件の座敷童の頭をぐりぐりと撫でている。

 妖怪退治の帰りにウチに寄ったらしく、なんか青い液体(多分、血かなにか)で、服が汚れている。

 

「うわーうわーっ! すっげー、俺、リアル座敷童なんて初めて見たよ」

 

 枕詞にリアル、とか付けると妙に生々しく感じるなあ。

 ところでロリコン。座敷童が嫌がってるから止めてやれ。

 と、俺は今度はほおずりをしている友人に注意してやる。

 

「ばァか、お前。それは目の錯覚だ。とりあえず眼鏡の度がおかしいんじゃないのか?」

 

 確かにこの眼鏡はおかしいが。

 そんなことを思いながら、俺はじっと座敷童の様子を観察する。

 観察するまでもない。座敷童は涙目だった。

 涙目で、友人―――ではなく俺の方を助けを求めるように見つめていた。

 ううん、なんかいたたまれんなァ。

 仕方ないので、眼鏡を外す。と、当たり前のように座敷童の姿は見えなくなった。

 ついでに友人の服に付いていた青い液体も、背負っていた刀も見えなくなる。

 部屋の中には、虚空に向かってほおずりしている馬鹿一名。

 奇怪な眼鏡を外したら、奇怪な行動を取る友人が見えたとはこれいかに。

 

 まあ、ともあれ。

 

 わあ、これで俺的に平和が訪れたぞと、ほっと一息。

 しばし、奇怪な行動をとり続ける友人の姿を生暖かい目で見守ってやる。

 友人はすでにほおずりをやめ、次なるアクションへと移行したようだ。

 両手を持ち上げ、こう、上から何かふくらみのあるものに覆い被せるようにして虚空を掴み。

 

「ん〜。ええんのか、ここがええんのか〜?」

 

 それからおもむろに揉み始めた。

 ・・・っておい!

 

「ぐほっ!? 突然、なにしやがる―――ああっ、わらしちゃんっ!」

 

 俺の蹴りが無防備な友人の後頭部にぶち当たる。

 と、座敷童は友人の悪魔の手から逃れたようだった。

 俺の腹の辺りをじっと見つめてる。

 眼鏡を掛けてみた。案の定、座敷童は俺の腹部にすがりつくようにしがみついている。

 その座敷童の肩に、友人が性懲りもなく手を伸ばそうとする。

 俺は座敷童の肩を抱くと、隠すように俺の背中の方へと回し、それから友人を蹴る。

 

「ぐあっ!? てめ、さっきからぽんぽんぽんぽんライトな感じで暴行しやがって! 警察呼ぶぞ!?」

 

 やかましい、社会倫理の敵!

 幾らなんでもいきなり婦女子の胸を揉みしだくとは何事だッ。

 俺が怒鳴ると友人はきょとんとして。

 

「は? 胸? そんな嬉し恥ずかしスポットはまだ揉んでないぞ」

 

 まだ・・・って。

 いやでもさっきの手つきは確かに―――

 

「馬鹿。ありゃ肩を揉んでたんだ」

 

 蹴った。

 

「ぐあっ!? 何故蹴る!? お、おおお、鼻血がーッ!?」

 

 紛らわしいことするからだ!

 あ、鼻血を床に垂らすなよ。つーか、今すぐ出てけ。

 

「お、おいっ? せめてティッシュくらいくれよぉっ!? うわ、なんかこれ全然止まらな・・・」

 

 駅前行けば嫌と言うほどくれるぞ。

 最近、英会話教室のポケットティッシュ配ってる姉ちゃんが、結構可愛いのでオ・・・・。

 

 ばたん。

 

 ・・・ススメだ―――と、俺が言い終わるよりも早く、友人はアパートを出て行った。

 つまりなんだ。

 あいつは女なら何でも良いのか?

 

 友人が出て行った玄関を見て、嘆息してから振り返る。

 と、座敷童がちょこんと正座していた。

 

「それでは、これからよろしくお願いいたします」

 

 お願いされてしまった。

 俺は眼鏡を外す。途端に座敷童の姿は消えた。

 それから俺は、見えてはいけないモノは何も見えなくなった部屋で、予定通りレポートを始めることにした。

 


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