「参ったな・・・」

 桜と人とその中で、私はやや呆然と立ち尽していた。

 ―――春。
 最近では、ほぼ毎年恒例となっている花見に、今年もまた弟と一緒にやって来た。
 やって来た途端。

「あいつ・・・どこ行きやがった?」

 弟と、はぐれてしまっていた。

 

 

 

 困った。

 まさか弟の名前を叫びながら捜し歩くわけにも行かない。
 そんなこと、私が恥ずかしすぎる。
 電話。と、ふと脳裏に浮かんだ。弟は携帯電話を持っている。

 ・・・しかし、私はンなもの持っちゃいない。

 弟の携帯の番号を覚えてもいない。そんな事を覚えるなら、もうちっとマシなことに脳味噌のメモリーを使いたい。
 あ、そこのテメエ、携帯電話を持って無いからって、今馬鹿にしてくれたろ。
 いいかあ、そんな近未来文明ハイテクノロジーなんぞなくとも人と人は通じ合える。そう私は信じているからこそ。

 ・・・まあ、どうでもいいか。今はそんなこと。

 困った。

 ・・・いや。
 まあ、弟も迷子になったからって泣くような年でもない。
 迷子になったらなったらで、自分で何とかするだろう。
 多分、家に帰るくらいの金は持ってるだろうし。
 ・・・うむ。そだな。そんなに心配するほどのことでもないない。うんうん。

 とか自分に言い聞かせていると。

 どんっ。

「ん?」

「きゃっ」

 なんかにぶつかったらしい。

 振り返ると、少女が一人、地面に倒れていた。
 年は私の弟と同じくらいだろうか。気の強そうな瞳で、私を睨み上げている。

 どうやら私にぶつかったらしい。

 大丈夫か? と言うよりも早く、少女は口早に巻くしたてた。

「痛いわね! どこに目を付けているのよ!」

「は? あー、すまんぶつかった事には謝る。私が悪かった」

「悪かったで済んだら警察なんて要らないわよ。ふざけんな!」

 ・・・。

 いや、まあ、私は大人だ。うん。
 ちょっとこみ上げてきた怒りを抑え込むと、愛想笑いなんぞ浮かべて見る。

「そうだな、警察なんて要らないよな。うん」

「・・・あんた、馬鹿?」

「あー。あれか。弐号機のパイロット」

「は?」

 ・・・いかん、この手のネタは弟相手で無いと通用しないか。
 などと私が思っていると、倒れたままの少女がこちらに手を差し上げて来る。
 なんだ? 手相でも見ろというのか?

「起こしなさいよ」

 このアマ、いっぺん世の厳しさというものを見せてやった方がいいかもしれん。
 思いながら、しかしそこは大人。私は親切にも少女を引き起こしてやる。

「ふん」

 少女は鼻を鳴らすと、私を一度強く睨み上げてから、踵を返した。
 ・・・背後ががら空きだぜお嬢ちゃん。
 その背中に、渾身の一撃を見舞ってやりたいと思ったが、一般人なのでやめておく。
 少女ではなく弟だったら、容赦無くロケットキックだ。もっとも、弟は私に背を見せるなどという愚はおかさないが。

 はあ。

 なんか最近のガキはムカつくのばっかだな。
 ムカムカする気分を宥めながら、私も弟を探そうと踵を返す。

「おわ!」

「きゃっ」

 ―――あー、いやいや弟を探すんじゃない。花見を楽しむんだ私。
 別に私は弟の心配なぞ、カケラもしてないわけで。

「痛いわね、どこに目をつけてんのよ!」

「あ、すいません」

「すいませんで済んだら警察なんて要らないのよ! この馬鹿!」

「・・・なッ。てめえ、余所見してたのはそっちだろうが! 謝るならそっちだろ!」

「なんですってー!」

 ・・・ん?
 なんだ? なにか騒がしいな。
 思いながら私は後ろを振り返る。
 見ると、さっきの少女がまた倒れていて、その傍には一組のカップル。
 男の方が真っ赤になって怒り心頭。女の方も、険しい表情で少女を見下ろしている。

「なんなんだ・・・?」

 頭を掻きながら、私はその様子を見つめる。
 私だけじゃない、周囲の花見客がその三人に注目していた。
 と、その視線に気付いたのか、女の方が男の腕を引っ張って、

「ねえ、ほっといて行きましょ」

「あ、ああ・・・」

 女に促されて、そそくさと去っていくカップル。
 その背に向かって、

「逃げるなコラー。卑怯者!」

 ・・・なんなんだコイツは。
 思いながら、私は少女に近寄る。

「おーい、なにやってんだ」

 私が声をかけると、少女は私を振り返り、それからまた手を出した。

「・・・は?」

「起こしなさいよ」

 さっきも聞いた台詞。
 さっきはともかく、なんでまた私が起こしてやらなきゃいけないのか疑問だったが。

「・・・・・」

 とりあえず、引き起こしてやる。

「ふん」

 礼も言わず、少女はまた鼻を鳴らすと歩き去っていく。
 なにか釈然としないものを感じながら、私はその背を見送った。
 少女は、キョロキョロと首を巡らせながら歩いていく。前を見ていない。
 桜を見ているわけではない。なにかを探すように。

 と―――

「きゃっ!」

「うわ!」

 また誰かにぶつかって倒れる少女。

「痛いわね! どこに目を―――」

 

 

 

 

 

「迷子?」

 少女と相手の間に入って、ちょっと仲裁した後、またまた何故だか私が助け起こしてやる。
 三度ふん、と鼻をならして去ろうとする少女をなんとなく呼びとめる。
 事情を聞いて見た所、どうやら一緒に花見に来た弟が迷子らしい。

 どっかで聞いたことのあるような話だ。

「そーよ。だから邪魔しないでくれる?」

「邪魔するつもりはないけどな」

「そ。ならバイバイ」

「あー、ちょっと待て」

「なによ。ナンパならお断り」

 なにがかなしゅーて女をナンパせにゃならんのだ。

「そうじゃなくてな、良かったら手伝ってやろうかと」

「はあ? 手伝う? なんで―――」

 問いかけて、少女はニタリと私を見た。

「ははあ。なるほどねえ・・・」

「?」

「悪いけど、私はアンタ見たいな男に興味無いの」

「・・・・・・・」

 やっぱ殺すかこのアマ。

「誰が男だッ!?」

「え・・・?」

「私は女だ女ッ!」

「・・・・・・ウソ」

「ウソとか抜かすか!?」

 なんというか。
 目付きが悪いだの顔が怖いだの女らしく無いだのは何度も言われてるが。
 流石に、男と間違われたのは初めてだ。

「冗談でしょ?」

「まだ冗談とかいうか」

「・・・そんな。こんな物体が、人類学上で女性と認知されていいものなの!?」

 ごん。

 口では黙らない様なので、仕方無しに腕力で黙らせてやる。
 少女は涙目でこちらを見上げ。

「嘘吐きー」

「なにが」

「今の一撃はとても女性のものとは思えない・・・ッ!」

「・・・本気で殺すか」

 ボキリ、と拳を鳴らす。

「ああうううう、すい、すいません! あたしが悪かったです。だから、殺さないでぇ・・・」

 何故か本気で怯えて、少女は懇願した。
 よっぽど私の迫力が怖かったらしい。

 ・・・・・・・もしかしたら、これが男に間違われた要因の一つかもしれないが。

 なんて、ちょっと複雑な気持ちで思って見たり。

 

 

 

 とりあえず最終手段を用いて、女だと認めさせる。
 最終手段ってなにかって?
 ・・・え・・・と。
 ほら、えーと、それは。その。

「でも膨らんでたり、無かったりするからって女性とは限らないわ!」

「そういう事を大声で抜かすなッ!」

 思わず赤面しながら私は怒鳴る。
 いや、だから、そう・・・まあ、なんというか、最終手段というのは。

「それに、服の上から触っても良く解からないわ。カモフラージュの方法なんて幾らでも」

「言うなと言うとろーがッ!」

 周囲を気にしながら怒鳴る。
 ・・・どうやら、私の怒鳴り声はともかく、少女の声は聞こえてないようだった。
 その事に安堵して吐息。
 と、ふと見れば、にやにやと少女が私の顔を見ていた。

「な。なんだ?」

「可愛いなと思って」

「は、はあ?」

 思わず再び顔を真っ赤にする。
 する、というか私の顔に私の意思に関係無く血が上る。

「いきなり、なに抜かす」

「そうね、まあ千歩くらい譲って、女だと認めてあげるわ」

「・・・・・なんか、釈然としないものがあるのは何故だろうか」

「じゃ、ほら行くわよ」

 すっと、少女は歩き出す。

「へ?」

「あたしの弟を探すのを手伝ってくれるんでしょ?」

 

 

 

 

「へえ、そっちも迷子。奇遇ねえ」

 奇遇、というんだろうか。

「そうだ。―――まあ、もっともウチの弟は、殺しても死なないようなヤツだから心配はしてないけど」

「・・・・・へえ」

 ニタリ、と少女は私の顔を見上げる。

「心配、してないんだ」

「当たり前だ。あいつだってもうガキじゃない。心配する必要なんてない」

「ふうん」

 少女は含みのある声で笑う。

「なんだよ」

「別に」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 会話が途切れる。
 少女はくるくると首を巡らせて、自分の弟を探している。
 私はそんな少女の腕を引っ張り、他の客にぶつからないように先導してやる。
 少女の腕をひきながら、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ自分の弟の姿を探して見る。

「あたしの弟は」

 不意に、少女が口を開いた。

「あたしよりも年が下だから心配」

「・・・・・」

「アンタの弟だって、アンタよりも年下でしょ?」

「・・・当たり前だろ、そんなの」

「じゃあ、心配してやってもいいんじゃない?」

「・・・・・」

「少なくとも、心配してあげる権利はあると思うな」

 そうかもしれない。

 そうかもしれない。

 だけど。

「弟だからな。男なんだ」

「当たり前だろ、そんなの」

 少女が私の口真似のつもりか、相槌を打つ。

「心配し続けるってのは、いつまでも一人前だと認めてやらないようじゃないか?」

 男はいつかは一人前になって一人立ちしなければならない。
 ―――私は、そうやって教わった。もうこの世にはいない人から教わった。
 そう教えられて、弟の事を頼むと託された。

 しかし少女はにっこりと笑い、

「でも心配なんでしょ?」

「う・・・・・」

 言われて、吐息。
 それから苦笑。

「・・・そうだな。やっぱり心配だ」

 認める。

 姉。いや、姉とか兄って言うのはそんなものかもしれない。
 何時になっても、幾つになっても弟や妹のことが心配で。

 だけど。

「信じてやりたいから」

 不意に、そんな言葉が漏れた。
 無意識に、私の口から。

「なにを?」

 少女が尋ね返す。
 無意識に出た言葉。その続きを、なにが言いたいか、私にはわかっていた。

「弟が、自分の弟が強いと言うこと。だから心配しても、心配するだけ」

「・・・・・」

「強くならなきゃな。私も、弟も」

 そう、思う。
 いつしか弟も自分の元を離れていく。
 助けたくても助けられないほど遠くへ。
 それこそ、心配する事しかできないほど遠くへ。

「・・・・・そうかもね」

 少女はなにやら考え込んで、悩むように顔を俯かせて、それだけを呟き漏らす。
 私はそんな少女の肩を叩いて、

「それにさ」

「あ、ねーちゃん!」

「おねーちゃん!」

 聞きなれた声に振り返る。
 見ると、牛串屋の屋台の脇に、私の弟と少年が一人。串をぶんぶん振りながらこっちに向かって呼びかけていた。

 そんな様子を眺めながら、私は苦笑。

「それにさ、けっこーしたたかに生きていくもんだ、あいつらは」

 

 

 

 奇遇というのはこういう事を言うんだと。
 そんなことを思う。
 偶然、少女の弟と出会った弟は、迷子同士と言うことで一緒に行動していたらしい。

「こういう時は、下手に歩き回るよりも、どこかで待っていたほうがいいんだよ」

 そんなこと言って、牛串屋の屋台の前で待っていたのは良いんだが。
 私は、弟たちの足元に散らばる串の数を見てちょっと青ざめた。

 私達を待つ間、弟達はひたすらに牛串を食らっていたらしい。
 しかも、その代金は私が払う事になっているらしい。

 少女とその弟。
 なんだか感動の再会なんぞやってるその横で、私は弟を殴りつける事も忘れて、ただ呆然としていた。

 

 

 

 

 結局、串の代金を断腸の思いで支払い、私たちは四人で花見を再開した。
 少女達の両親に支払わせようとも思ったが、どうやら少女達も兄弟二人きりで来ていたという。

 とりあえず、半年くらいは小遣いはないと思え、弟よ。

 魂吐いてる私の隣で、私を除く三人は本当に楽しそうに花見をしていた。

 ・・・・まあ、そうだな。

 楽しいなら。楽しんでいるなら、それでいい、か。

 ――――――私はぜんっぜん楽しくなかったがな!

 

 

 

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 仕事から帰り、居間に上がると、弟が学生服のまま、何枚もの写真を眺めていた。
 なんの写真だ? と尋ねると、弟は写真を私に見せる。

「花見の写真?」

「そ。ねーちゃんの写真は一枚も無いけどね」

「うるせぇよ、私は写真が嫌いなんだ―――あれ?」

 私は首を傾げる。

「なんで花見の写真がここにあるんだ? たしか、カメラはあいつらにやったんだろ?」

 私の金で買った(というか買わされた)「写るんです」で、三人は写真は取り巻くっていた。
 帰り際、そのカメラは弟が少女達に贈呈した記憶があるんだが・・・?

「彼女に焼き増しして貰ったからだよ。残念がってたよー、ねーちゃんの写真が無くて」

「へ?」

「ああ、ところで彼女の両親、今度離婚するんだって。で、彼女は父親と一緒にこちらで暮らして、弟は母親と実家に帰るんだってさ」

「・・・えーと」

「本当は二人して家出するつもりだったらしいよ。離れたくないって。麗しい兄弟愛だよね」

「それで? 結局、家出はしたのか?」

 私が尋ね返すと、弟は首を横に振る。

「しなかったって。・・・なんか、そのことでねーちゃんに “ありがとう” って言っといてってさ」

「なにが?」

「さあ?」

 弟は首を傾げる。
 私も首を傾げた。

「それで? どうしてお前はそんなに他人の家庭の事情に詳しいんだ?」

「今日、写真を受け取りながら聞いたから」

「はぁ?」

「花見の時に住所と携帯の電話番号を聞いといたんだよ。住んでるところは隣街だけど、学校が同じらしくてさ。偶然って凄いね」

「住所と電話番号・・・? いつのまに・・・」

「だから、花見の時に」

 しれっとした顔で弟は答えた。

「いつの間に・・・」

「ねーちゃんが口からエクトプラズム吐いて放心している間にだよ」

「誰のせいか覚えているか?」

「串を食べたいって言ったのは向こうの弟だもん」

「てめーは向こうの4倍食ったと聞いたがな!」

 言いながら、私は弟の顔面に片手を伸ばし.
 掴む。

「はぐぅっ!? なんだか顔面がデスクローッ!?」

「そのまま逝ってしまええええええッ!」

 ぐわし、と弟の顔面を砕かんばかりに掴みながら、しみじみと自分の言葉を思い出す。
 本当に、したたか過ぎるヤツだよなー。

 私の腕を掴む弟の手に、だんだんと力が無くなって行くのを感じつつ、私は微笑ましく思った。

 

 

 END


 

あとがきがわりの姉と弟の座談会

 

弟:ねーちゃんねーちゃん! 新キャラだよねーちゃん!

姉:相変わらず固有名詞ナッシングだけどな。

弟:ねーちゃんねーちゃん! ところで僕って何年生なんだろー!

姉:知らん。

弟:ねーちゃんねーちゃん! ねーちゃんの仕事ってなに!?」

姉:秘密。

弟:ねーちゃんねーちゃん! 作中の「もうこの世にはいない人」って誰?

姉:・・・・・・・さあな。

弟:ねーちゃんねーちゃん! なんだか今回、僕の出番が少ないよー!

姉:・・・弟。

弟:ねーちゃんねーちゃん! ・・・・なに?

姉:さっきからうるせーっ!

弟:ねーちゃんねーちゃん! どこでカイザーナックルなんて見つけて―――ぐはぁッ!(流血)」

 


 

 あとがき

 

 毎年恒例になっていた花見に行けませんでした。
 妹が上京して居なかったからかも知れない。行く意欲と言うかなんと言うかが。ぬう。
 しっかし、まだまだまだまだまだ雑魚だと思ってた妹が何時の間にか高校卒業して上京。
 なんとゆーか、ううむ。

 しかも一人暮し。
 実は私、一人暮らしというものをしたことがないです。
 だからかなー、滅茶苦茶不安で心配。
 両親はものすごーくあっけらかんとしてるんですがね(両親とも一人暮しの経験者)。
 俺も家を出るべきかなー。自分が一人暮しすることを考えると、それほど不安を感じないんですが。

 まあ、そんなことをあったからかどうなのか。
 こんな話。
 書きながらちょっと苦笑。
 この「姉」ってまんま自分じゃねーか(いやこんなカッコよかないが)。

(03/05/05)


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