羊が一匹。

 私の目の前でマイムマイムを踊っていた。

 とはいえホンモノの羊じゃない。

 私はホンモノの羊を生で見たことはないが、羊がどんなものかは知っている。

 ホンモノの羊じゃなければニセモノの羊か?

 それも違う。

 私の目の前に居るのは、とっても素敵にデフォルメされた羊だった。

 なんかのマスコットになってそうな羊だ。

 可愛い。

 可愛い。姿形は。

 

 

 でも、なんでマイムマイム?

 しかも一人で(いや一匹か)。

「めえ! めえ! めえ! めえ! めえめ、めえめっ!」

 しかも歌っている。

 無理矢理に羊語で歌ってたが、なぜかリズムは合っている。

「・・・・・」

 どうしよう。

 私が困ってる前で、羊はマイムマイムのリズムにノリまくっていた。

 ついでに、どんどん私へと接近して来る。

「めえ! めえ! めえ!」

「待て。私は水じゃない。そんな水が見つかってうれP−! とか踊られても」

「めえ! めえ! めえ! めえ!」

 初めて知った。

 SD絵って、ドアップで見るとやたらとヘンで正体不明と言うか不気味―!

「だあああっ!?」

 私は思わず逃げ出した・・・が、何故だか踊り狂う羊の方が速い。

 ってか、追って来るな羊ーッ!

「めえ! めえ!」

「ごふっ!?」

 マイムマイムな羊キックが私の腹を捉えた。

「めえ!」

「がうっ!?」

 身体を「く」の字に曲げて呻き声をあげる私。

 その背中に、今度は羊かかとおとしが直撃した!

 くあっ!? この羊ッ! 私になにかウラミでもあるのかっ!?

 そりゃ確かに近所の焼肉屋のジンギスカンは好きだが―――

 とか、考えてる間に、羊の追撃が迫る!

 ・・・くそっ、こいつ、やられてばかりと思うなよ・・・・

 いくら可愛かろうと、私の拳は非情のコブシッ!

「めええええええええっ!」

「めー、なのッ!」

 羊の攻撃をかいくぐり、私の “ののみカウンター” が羊のボディにキマッた!

 

 

 

 

 

 

 

「見たか! ののみののは “望み” ののー!」

 起き抜けと同時に叫ぶ。

「うわあああああああん! 姉ちゃんがぶったあああああああああああ」

「・・・おや」

 ふと見てみれば、何故だか弟が、私の寝ていたベッドの下で喚いている。

 ヘンなものでも食ったのか、腹を痛そうに抑えていた。

「姉ちゃんが殴ったんだろッ!」

「む? 私が殴ったのは羊だが」

「うう、ウチの姉ちゃんは弟のことを羊と思ってます。今度、食べられてしまうかもしれません」

「お前食ったら腹壊しそうだしなー」

「腹痛のクスリがあるから大丈夫だよ」

「食われたいのか・・・・?」

 馬鹿な会話しつつ、私はベッドから降りた。

 ・・・・・寒ッ!?

 カーテンを開けて、窓から外を見れば真っ白だった。

「・・・カーテンを開けると、そこは雪国だった」

「ここらへんって雪国か微妙だよねぇ」

「そんな優柔不断な地域が私は好きだ」

「姉ちゃんも優柔不断だもんね!」

「・・・・・やっぱ食うか・・・?」

 とりあえず弟を殴ろうとして。

 ・・・なんか、身体の節々が痛いな。寒いせいか?

 それともあんなヘンな夢を見たせいだろーか。

「でも姉ちゃん、この寒いのにグッスリ寝こけてたねー。いい夢でも見てたの?」

「・・・どっちかというと悪夢だった気がするけどな」

 しかし、羊。

 夢の中とはいえ、まさか羊があれほどの格闘能力を持っていたとは・・・

 む。まさか、実はあの羊は、羊の皮をかぶったマイク=タイソン・・・!?

「悪夢? なら姉ちゃん、僕に死ぬほど感謝してくれてもいいよ」

「はあ? なんで」

「だって、姉ちゃんを蹴ったりかかと落ししたりして起こしてあげたの僕だから」

 えっへん。

 胸を張る弟の脚を素早く刈る。

 ころん、とあっさりうつぶせに倒れる弟。

 私はその背に乗っかると、そのままキャメルクラッチに移行する。

「痛いー! 痛い痛い姉ちゃんの恩知らず―!」

「このまま背骨折ったろかいッ!」

「うわー、ラーメンマンー!」

 朝っぱらから街の目覚し時計代わりに、弟の悲鳴が近所中に響き渡った。

 

 

 

 

 

「初詣?」

 そう言えば今日は元日だった。

 しかも今年は未年。変な夢見たのはそのせいか!?

 ・・・と、そんなことを思い出したのは、「姉ちゃん、初詣に行こう」と弟が言ったからだった。

「やだよ、めんどくさい」

 茶碗片手に味噌汁をすすりながら私は答える。

 もちろん、今日が元日だと忘れてた私はおせちもお雑煮も用意してない。

 いつもどーりの食卓に弟が当然のように文句を言ったが、

「なら自分で作れ」

 その一言で、弟は引き下がった。

 まあ、ともかく。

 私の言葉に、しかし弟は食い下がる。

「ええー、行こうよー。日本人の大事な習性だろー」

「・・・せめて習慣と言え。だいたいウチは仏教だ」

「それが?」

「初詣は神社だろ。神社は神道。仏教はお寺」

「姉ちゃん、いつもクリスマスの日ははしゃいでるじゃんか。彼氏もいないのに」

 確かにクリスマスはキリスト教の行事だ。

 しかし―――

 私は、一言多い弟の額を箸で軽く付いてから。

「・・・クリスマスにはロマンがある・・・真紅のロマンが―――」

「そーいや姉ちゃん、高校生になってもサンタクロースを信じてたよね」

「いや今でも信じてるぞ」

「・・・・・・・・」

 何故だか珍しい物でも見るような目付きの弟を無視して、私は続ける。

「しかし初詣の何処にロマンがある? 私は神は信じない」

「おみくじ」

 ぽつり、と弟は呟いた。

「おみくじがあるよ。ロマン!」

「おみくじのどこがロマンだ」

「年の始めにその運勢・・・いや、運命を占うくじを引くんだよ?」

「運命・・・」

「そう、運命! なんかロマンって感じがするだろ!?」

「浪漫・・・」

「帝国華撃団!」

「それは大正浪漫」

「るろうにでござるー!」

「それは明治剣客浪漫・・・」

「そんなことはどうでもいいから、さあ行くよー!」

「・・・せめて、飯食ってから・・・」

 しかしそんな私の言葉など耳を貸さなかった。

 私は茶碗を抱えたまま弟に引きずられるように・・・

 ・・・というか、引きずられて家を出た。

 

 

 

 

 

 

「・・・思ったほど人が多いってわけでもないな」

「そかな。結構、多いと思うけど?」

「コミケよりかは少ない」

「・・・アレを標準に考えるのは、色んな意味で間違ってると思う・・・・・・・」

 近所でそこそこ大きい神社(徒歩20分)へとやってきて、とりあえず感想。

 確かに人は居るが、押し合い圧し合いってワケでもない。

「ふと思ったんだけど」

 弟は、私の方を―――私の手元を見て、首を傾げる。

「なんで茶碗なんか持ってるの?」

「メシの途中を、お前が強引に引っ張ってきたからだろうが」

 ごす、と弟の頭を茶碗で叩く。

「ぎぇっ!?」

 悲鳴を上げて、叩かれた所を抑えてうずくまる弟。

 ・・・角があたったみたいだ。痛そう。

「うう・・・初詣殺人事件発生。凶器は茶碗・・・」

 とても斬新な凶器だ。

 名探偵だって首を傾げるに違いない。

「それはともかく、お御籤を引いて帰るぞ―」

「えー、がらんごろんしよーよ」

「何故仏教信徒たる私が、土地神ごときに賽銭をやらねばならんのだ?」

「・・・言ってる意味が良くわからないケド、姉ちゃん仏様なら信じるんだ・・・?」

「なにを言ってる。神も仏にも興味ない。信じてるのは私自身だ」

「・・・・・・クリスマスは祝ったくせに」

「アレは浪漫を求めただけで、イエス=キリストに祈りを捧げた訳じゃないぞ」

「・・・ああいえば、こういう・・・」

「ごちゃごちゃ言ってないで、とっととお御籤引きに行くぞ。お御籤」

 私はそう宣言して、弟の腕を引っ張った。

 と、なんとなく気付いたように弟が私の顔を見て。

「・・・姉ちゃん、もしかしてお御籤引くの楽しみ?」

「・・・・・・・・」

 ちょっと、図星。

 私は答える代わりに、さらに強く弟の腕を引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

「うっしゃー!! 大吉ー!」

 私は、広げた紙を前に歓声をあげた。

 

 

 お御籤の受付をしているバイト巫女やら周囲の人間が驚いたように私を見る。

 それから、クスクス・・・と笑い声。

 ・・・私は顔を赤くして、お御籤をズボンのポケットに突っ込んだ。

「弟ー、お前はどうだ・・・った・・・」

「・・・・・・」

 振りかえった私の先に居たのは、青ざめた表情の弟だった。

 呆然と、両手で広げたお御籤を食い入るように見つめていた。

 よく見ると、手が震えている。

「・・・どした?」

「・・・・・・・」

 無言で自分が引いたお御籤を私に見せる弟。

 ・・・

 まあ、なんつーか予感はしてたけど。

「大凶・・・」

「うわあああん! どーしよ!? 死ぬの!? ねえ、僕死んじゃうの!?」

「あほ。お御籤くらいで死んでたまるか」

 喚く弟の頭を軽く殴った。

「せいぜい、半殺していどだ」

「いやああああああああああああああっ!」

 あー、うるせぇ。

 私は自分のくじを取り出すと、泣き喚く弟の手から「大凶」をひったくる。

「ほらよ」

 大凶の代わりに、大吉を弟に握らせると、ぴたりと弟は騒ぐのを止めた。

「姉ちゃん・・・」

「私は宇宙人は信じるが、神仏の類は信じないことにしてるんだ。それに・・・」

 ぽん、と軽く弟の肩を叩く。

「お前が ”大吉” でいることが、私にとっても大吉だからな」

「姉ちゃん・・・それ、ほんと?」

「ウソだが」

 即答すると、弟はがくーっと肩を落とす。

「ちょっと感動しちゃったじゃないかー」

「神仏なんぞ信じないってのは本当だ。だからこんなのは―――」

 私は大凶のお御籤を、手早く飛行機の形に織り上げる。

「―――こうだッ!」

 そして、空に向かってナナメ45度の角度で思いっきりブン投げた!

 大凶の紙飛行機は、空へと舞いあがる。

 びゅう、と吹いた北風に煽られて、さらさにさらに高く・・・

 気が付けば、飛行機は目で追えないほど高く、遠くへと飛んでいった。

 ・・・しまった、ちゃんと計測すればギネスブックに乗ったかもしれん・・・

 ちょっと残念に思いつつ、私は弟を振りかえる。

 弟は「大吉」を握り締めたまま、飛行機の消えた空を見送っていた。

「さ、帰るぞ」

 そういって、私は弟の頭を叩いた。

 

 


 

あとがき

 

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 

 さてさて。
 年の初めということで、幾つかイラスト頂いたりしましたので、ちぃと悪企んでみました(おい)。
 ちなみに、挿絵として使わせてもらった二つの絵。

 ・・・無断使用です(殴)。

 い、いや、でもお二方、メールに「煮るなり焼くなりお好きなように」とか、「あとの処理はまかせます」とか書いてあったし。
 こりゃあ、勝手に使わせてもらっても問題なかろうな、と。

 問題あるなら掲示板かメールにぎぶみーっです。
 ・・・ないといいなあ(希望)。

 

 ちなみにこの話、元ネタは狼牙さんより頂いたおみくじ絵です。
 これ見てたら、なんか初詣話書きたくなって・・・(そーいや今まで正月ネタって書いたことなかったような)

 ちなみにウチは仏教なので、おみくじはおろか初詣すら言ったことないです。
 だもんで、初詣ってどういう雰囲気か知らないもんで、そこらへん、ぼかしてますがあしからず。

 


 

 

 

「結局、疲れただけだったな」

 家の前まできて私はつぶやいた。

「僕は大吉ではっぴー」

 背中で弟がはしゃぐ。

「それは元は私のだろ・・・・・・ん?」

 玄関のドアをあけようとして―――ドアの前になにか落ちているのが見えた。

 なんだ・・・? 紙飛行機・・・?

 どこかで見たことがあるようなそれを見下ろし、私は嫌な予感を覚えた。

 とりあえず拾ってみる。

「なになに、どしたの? 紙飛行機?」

「・・・・・・・」

 弟の声を無視して、私は紙飛行機を広げてみる。

 そこには。

「・・・大凶」

 弟が呟く。

 私の手の中にあるのは、紛れもなく私が飛ばしたあの飛行機だった。

 ・・・大凶の呪いだろうか。

 まさか、バチがあたったとか考えたくはないが・・・しかし・・・・・・!

「・・・今度からは神仏も信じることにしよう」

 私は「大凶」を握り締めると、玄関に背を向けた。

 弟が不思議そうに首をかしげる。

「どこ行くの」

「神社。とりあえずおはらいしてもらってくる」

 弟に家のカギと茶碗を渡すと、私は雪に滑りながら、神社まで走った。

 

 

 ああ、どうか。

 今年一年、なんとか無事に過ごせますように・・・・・・・・・!

 


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