ったく・・・なんていうか!
アイツは死んでからもアタシを―――もう!
アタシは山道を登っていた。
ほとんど、獣道と化している、急な勾配の坂道を登っていた。
とはいえ、女でありながらも傭兵たるこのアタシにとって見れば、この程度の坂道は苦もないわけで―――
結果的に、アタシはアイツの事を考える事になってしまうのだった。
アイツは―――まぁ、陽気で明るくて顔もまぁまぁの・・・幼なじみ。
腐れ縁ってやつかな? ずっと、ずぅっと昔から一緒に居たような気がする。
それこそ、生まれたときからずっと。
小さい頃は周りは大人達が忙しく戦争―――今も、そうだけど―――してたけど、アタシたちには関係なかった。
アタシたちは故郷の野山を駆け回り、遊んでいた。楽しく、笑って、二人で。
そんな幸せがずっと続くと思っていたんだ。昔は。
かわいいね。
そんなワケないのにさ。
戦争が激化して、アタシの両親が死んだのが十五の頃。
実は両親がどうして死んだのか、覚えていない。
ただ、アタシ達の故郷に、銃とかサーベルとかを持った大人達―――兵士たちが入ってきて―――
そこで、アタシの記憶は途切れる。
「結婚しよう」
そう、アイツが言ったのは、アタシの涙が枯れ果てて、涙のない泣き顔しか出来なくなった頃。
アイツは独りぼっちになったアタシにそう言った。
「新しい自分に出会えるかもよ」
おどけてアイツはそう言った。心配してくれてたのだと思う。
けれど、アタシはアイツを拒絶した。
同情なんてされたくない。同情なんていらない。
アタシはその日のうちに故郷を飛び出した。
二十歳になるまでの思い出なんて無い。
ただ、生きる為に必死になっていた事だけ覚えてる。
泥水を飲んで、草を食いちぎって飢えをしのいだ事もあった。
人も殺した。初めて殺したのは弱そうな老婆。拳ぐらいの石で頭を殴ったらあっさりと死んでくれた。
アタシはその老婆の財布で美味いものをたらふく食った。
アタシは生きたかった。死にたくなかった。
何の為に生きるか?
そんな事はどうでも良い。ただ、生きたかった。なんのためでも無く、アタシの為に。
二十になって、アタシは傭兵団にスカウトされた。
きっかけは―――馬鹿な事だ。
アタシが住み着いていた街の中を兵士が我が物顔で歩いていた。
ライフルを肩に担いで、それを誇示するように。
兵士の目の前に、一人の爺さんが通りかかって―――倒れた。
兵士は不快そうに顔を歪めると、ライフルで爺さんの頭を打ちぬいた。
「ハハハ・・・」と一転して兵士の愉快そうな声が聞こえた。
その瞬間、アタシのなかでなにかがキレた。ムカついた。
今でも不思議だと思う。自分だって、老人や子供・・・何人も殺して来た。
だからセイギとかドウトクとかそういう理由じゃないとは思う。
ただ、ムカついた。腹がたった。
だからアタシはその兵士に飛びつくと、そのライフルを奪い、兵士の頭を打ちぬいた。爺さんと同じように。
「ハハハ・・・」アタシは兵士に向かって笑ってやった。
愉快だったからじゃない。たんなるあてつけだ。・・・死んだのだから、聞こえるはずもないけど。
と、他の兵士たちが駆けつけてくる。
アタシは逃げた。
けど、すぐに追い込まれて。もう駄目だと思ったとき―――
アイツが現れた。
信じられないような事だけど、アイツが現れた。幼なじみのアイツ。
どうやってアタシが助かったのかは―――やっぱり記憶に無い。
だけど、「アイツに助けられた」っていう、事実だけがアタシの印象に残った。
アイツは傭兵団に入っていると言う。そしてアタシもスカウトされた。
断る理由も無い。生きれるならどうでもいいし―――なんだってやってやる。
アイツが傭兵団なんかに入った理由を聞いたのは、入ってから一年ぐらいたってからの事。
その頃には、アタシたちはコンビとして着実に戦果を上げていた。
傭兵団のなかじゃ、トップクラスの戦績だった。
“それ”を知るキッカケになったのは―――アイツが落としたペンダント。
落ちたそのペンダントを、アタシが拾ってやると、ロケットになっていたらしくあっけなく開いた。
そこには一人の女性の写真が―――
「誰、この人? もしかしてアンタのいい人?」
意地悪く―――嫉妬じゃないとは思う―――アタシは聞いた。
すると、アイツは笑って。
「―――だった」
「フられたの?」
「そんなとこだ」
「ふーん・・・」
アタシはアイツの顔を覗き込んで。
「ねえ―――慰めてあげよっか」
その夜。初めてアタシはアイツに抱かれた。
アイツの―――けっこう意外と―――大きな胸に抱かれながら、なんとなくわかった。
<ああ、フられたんじゃなくて―――先に逝かれたんだな>
と。
だから、アイツは傭兵になったんだ。たぶん。
けど、アタシはそんな事は口には出さなかった。
そのアイツが死んだって報告が来たのが昨日。
『何故』は聞いた様な気がするけど―――駄目だ、思い出せない。
ショックだったのかな・・・うーん、わからない。
そして今。アタシはアイツが死んだって言う山を登っている。
傭兵とわからない様に、登山家のような格好をしてだ。
ちなみに、勝手に抜け出して来た。命令違反。もちろん重罪。
・・・ったく、アタシは何やってんだろうな。
思いながら山を登り―――やがて、終着につく。
目の前に一人の少女が居る。
そのさらに前には木の棒を一本立てただけの―――おそらくは―――粗末な墓。
誰のかはすぐに分かった。
木の棒。その折れた枝の根元に、見覚えのあるペンダントがかけられていた。
と、少女がアタシを降り返る。
なかなかかわいい顔立ちだ。昔のアタシみたいに。
綺麗な空色の瞳が目を引く、が、その瞳は虚ろに澱んでいた。
「こんにちわ」
「・・・・・・・・」
アタシの挨拶に、少女は応えずに再び墓の方を向く。
失礼な子供だ。ま、いい。昔のアタシも似たようなもんだった気がする。
「誰の墓だ?」
聞いてみる。知ってはいたけど。
「・・・・私を・・・・」
声は小さく聞こえて来た。
「・・・・守って・・・・死んじゃった・・・人・・・のお墓・・・」
泣き声ではない。ただ、虚ろな声。
ああ、なるほどね。
奇妙な安堵感。
頭に浮かぶ。アイツの死に方。ああ、納得できる。
良かった。と思う。アイツがアイツじゃない死に方をしなくて。
アタシの知っているアイツで、アタシが理解できる―――別れ方で。
さて、これでアタシの用事も済んだ。帰って―――厳罰でもうけるかな。
そう、振り向きかけて―――アタシは少女の背中を見る。
はぁ・・・
昔の涙枯れ果てたアタシみたいだ。なんかなぁ・・・
―――結婚しよう。
アイツの声が思い出される。ああ、そうか。
同情したってどうなるものでもないってことぐらい、アイツにも解ってたんだ。たぶんね。
なのに、何故「結婚しよう」なんて言ったか。
もちろん、本気で愛してくれた―――からかもしれないけど、たぶん少し違う。
同情するより他にしようがなかったんだ。
何もしないでいる事すら出来なくて―――アイツは。
アタシは苦笑。
そして、少女の前に出ると、木の棒にかけてあったペンダントを取る。
「ぁ・・・」
少女の声を無視して、アタシはそれを自分の首にかける。
「かえして・・・」
少女はアタシにすがるようにしがみついて、アタシを見上げる。少しだけ瞳の奥に感情が見えた。
「じゃ、行こうか」
少女を片手で抱え上げると、アタシは墓に背を向けて歩き出した。
「はなして・・・」
バタバタと暴れる。が、傭兵団で鍛えられたアタシはビクともしない。
「わたしは・・・ずっと・・・あのおはかのまえにいる・・・・・」
馬鹿野郎! そんな事で、アイツが喜ぶと思ってるのか!?
アイツの分まで生きるんだ。しっかりと!
死にたければ死ねよ・・・だが、それじゃオマエを助けたアイツは報われないな。
・・・笑う。
色々と、こういうときに言うような台詞が頭に浮かんできて、私は笑った。
そのどれもが―――アタシじゃない。
アイツがアイツとして死んだなら、アタシもアタシとして生きなきゃね。
だから、言ってやった。
「新しい自分に出会えるかもよ」
結婚しようとは言わない。そんな趣味は持った記憶はないし。
少女は不思議そうに動きを止めるが、またすぐに暴れ出す。
それを無視して、アタシは―――少女誘拐だなとか思いながら―――山を下りた。
さぁて、新しい転職先は何にしようかな。
―――さて、アタシは今・・・
ええと、色々やってる。
まぁ、一つだけの事実さえ言えば今を語る必要はないだろう。
アタシはまだ生きている。
あとがき
・・・なんでこんなもの書いたのかなぁ?
ちょっと不思議。
なにかでカッコイイ女の人を見て、自分も書きたくなったような・・・
ただ、ぱーっと頭に浮かんで、無性に書きたくなったのだけ覚えています。
声無しの歌の「誰がために〜」と同じようなものかもしれない。
―――しかし、覚えていない思い出せないって、この人、幸治みたいだなー(爆)