「世界は粛清されるべきなのである!」

 少年は机の上に仁王立ちに、高みからさらに高み―――天井、の蛍光灯をマジマジと見つめるように見上げ、叫ぶ。

「世界は粛清されるべきなのである! 身の保身と財産のことしか考えない政治家! 人口増加と比例して溢れ来る環境問題! さらには人の精神の枯渇化により増える犯罪! 家庭内暴力! 学校でのイジメ!」

 だんだんノッて来たらしく、少年はことさら大きな声で。わざとらしいほどに抑揚をつけてさらに叫ぶ。
 なにやら下方から冷たい視線が見上げてくるような気がするが、しかし少年は無視した。というか気のせいなのかもしれない。なぜなら天井を見上げている少年は、自分の頭より下の情景を見ることなどできないのだから。
 もっとも、視線を下げて確認する勇気はない。否、そんな必要は認めない!

「さらには戦争! 頼むから日本が戦争したりしても僕だけは徴兵されませんように! だって痛いのヤだし」

 かなり弱音。

「というか痛いのが好きって変態だよなー。そうか! 兵隊って変態の集まりだったのか」

 戦時中ならば、マズ間違いなく非国民とか言われて射殺されるようなセリフを吐く。
 もっとも、現代においても自衛隊員さんの前で言えば殴られたりするだろう。「日本は武力もっちゃいけないから武力持ってないわけで、つまるところ貴方は兵隊じゃないですよ」とか言ってもおそらくは通じまい。

「ともかく。日本は粛清されるべきなのである! 身の保身と財産のことしか考えない政治家!」
「それ、さっき言った」

 下方から容赦なく冷たいツッコミ。
 少年は、一瞬硬直したが、直ぐに言い直す。下は見えないまま。

「人口増加と比例して溢れ来る環境問題!」
「それも言った」
「・・・人の精神の枯渇化により増える犯罪―――」
「それも言ったって。家庭内暴力と学校のイジメも言った」
「・・・・・・・・・」

 ツッコミは容赦なかった。
 おそらくは、世界的な某テロリストよりも容赦ないだろう。時限爆弾なんかで脅迫する前に、さっさと爆破するような感じだ。

 ・・・どうでもいいけど、どうしてドラマの中のテロリストってわざわざ爆破時刻を警察に教えるんだろうか? ―――あ、ドラマになるからか(笑)。

「じゃあ、三丁目のパン屋がさりげなく値上がりしたこととか」
「あれ? そうなの?」
「うん、今まで消費財の端数は切捨てだったのに、四捨五入になってる」
「むう、それはたしかに粛清されるべきかもしれない」

 頷く、下からの声。
 同意を得て少年は元気が出たようだ。さらに声を高らかに。

「世界は粛清されるべきなのだ!」

 がらがらっ。
 不意に、教室のドアが開く。

「・・・日浦くん、キミはなにをしているのかな?」
「あ、せんせーおはようゴザイマス」
『おはようございまーす』

 教室に入ってきた声に、下からの声が元気よく挨拶する。一拍遅れ、教室内の全員が挨拶。否、少年を除いた教室内の全員が。

「せんせぇっ!」

 くるぅり、と少年―――日浦少年は、自分の先生を見る。
 目には確固たる意思の炎を秘めて。
 拳は堅く握られ、決意の固さを示すように。
 その表情は何よりも真剣に―――大好物のイチゴを妹と熾烈な取り合いをするよりも真剣に。

「世界は粛清されるべきなんです!」
「はいはい、わかったから机から降りてね」
「そんなことはどうでもいいんです! 世界は粛清されるべきであり―――」
「はい、今日の一時間目は英語のテストよー。カンニング、アイコンタクト、電波等は禁止。点数の融通も聞かないから、自分の実力のみで頑張るのよ」
「いやそのだから世界は粛清されるべきで、テストなんぞをやってる場合では」
「日浦くん、テスト受ける気が無いのならキミは問答無用で0点にしておくけど?」
「さぁ! みんな、今日も元気にテストを頑張ろうゼ! でも、頑張りすぎて良い点とって平均点は上げないようにしようぜ!」

 がたがたと。
 日浦少年は机から降りて椅子にキチンと座ると、いそいそと筆記用具を用意し始めた。




 ―――今日も、3年3組はサワヤカに平和・・・・・

 

 


・・・なんだろうこれ。

まあ、テストのシーズンってコトで。
ちなみに日浦少年の「でも、頑張りすぎて良い点とって平均点は上げないようにしようぜ!」ってセリフは、使い魔の学生時代、英語のテストのとき、心でいつも言っていた言葉です(爆)。

・・・しかし、演説って難しいなぁ。誰かコツ教えてくれません?

(2001/07/09)


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