「ねーちゃん、サクラ見に行こう!」

―――とか、なんとか弟が言ってきたのは、麗らかな春の日の休日。
私が気持ちよく、ベッドの中で、うとうとと惰眠を貪っていた時のこと。

「ねー、見に行こ見に行こー!」

・・・うるせぇなぁ。

布団の中にもぐりこんで、騒音攻撃から身を守る。

「いこーよ!」

「ぐえっ!?」

防御体勢に入った私に、弟はボディプレスなんぞかましてきやがった!
体中に振動が走り、70%ほど眼が覚める。

「いこーいこー」

上に乗っている弟を跳ね上げて、そのまま蹴りまくりたいところだが我慢だ。
それをするのは容易いが、そうなれば完全に私の眼が覚めてしまう。もう少し、この気持ちよくも暖かな“うとうと・・・”を体験していたい。

「・・・わりーが、CLAMPには興味ねーんだ」

私の中にある忍耐力(・・・そんなモノが自分の中にあることに驚きだが)をフル動員し、布団から上半分ほど顔を出してそれだけを言う。

「なにそれ?」

・・・・・・くっ。弟にこの手のネタを振るのは無意味だったか!

「なんだか解らないけど行くよー、早く行くよー」

ちょっと待て、いつのまにか行く事に決定してるし。

「私は行くとは言ってないぞ!」

「じゃあ、10分で用意してね♪ 僕はもう用意できてるから」

人の言葉をパーペキに無視して、弟は私の上から降りる。
そのまま、適度に散らかったマイスイートルームを飛び出して、バタン、とドアを閉める。

・・・・・・・・・

ま、いっか。

私は、嵐が去ったことを悟ると、再び夢の中へと―――

「・・・・・・・」

再び夢の中へと―――

「・・・・・・・・・・・・・・・」

夢の中へと―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

中へと―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はうっ」

・・・つまるところ。
すでにその頃には完全に眼が覚めてしまっていた。

「・・・くをらぁぁぁっ、弟! 百発くらい殴らせろっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

流石に百発も殴れば手が痛くなるので、少し勘弁して置いてやった。

「えーん、えーん、ねーちゃんが殴ったー。10発もなぐったー」

「そのざーとらしい嘘泣きをやめねーと、今度は100発近く蹴るぞ」

ブレーキを踏み込んで車を急停止させつつ、助手席で喚く弟に警告する。
「わっ」と声を上げて、慣性に耐えられずにバックボードに額をぶつける。ゴン。

ちなみに私が履いているのは、安物のブーツに色々と改造(・・・どんな“改造”かは想像にお任せするが、外観的なモノではないということだけ言っておく)した私専用バトルブーツだ。
どんなところが“バトル”かというと、丈夫な黒革で補強してあるために、どれだけ蹴ってもあんまり痛くならない。ちと重いので疲れやすいが。
無論、改造というからにはただそれだけではなく、高電圧―――いやどうでもいいか、そんなことは。

「でも、なんでサクラを見に行こうってだけで殴られなきゃいけないのさ」

頭をぶつけたためか、涙目で私を睨む弟。

・・・このガキ、てめえでやったことを覚えてねえのか?
それとも、重度の一時的記憶障害か?(注・そんな病気はありません)

「人の穏やかで安らかで他の何にも変えがたい平和な休日をブチ壊したのはどこのドイツだ!」

「オランダ」

「・・・・・死ぬか?」

「ちょっ! 冗談だってばさ、だから目を血走らせながら首を締めるのは止め―――・・・きゅう」

あ、落ちた。

ちょっと名残惜しく感じながらも、私は白目を剥いた弟の首から手を離す。

・・・・・・・

弟は目覚める気配がない。完全にノビているようだった。

私は何気なく、目の前に延々と続く車の列―――渋滞を眺めて。

「しまった、ヒマ潰しを潰しちまった」

声に出して呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着―到着―到着ー!」

「やかましい」

がすっ。と、ハンドルを切りながら弟の顔面に裏拳をめり込ませる。

器用だ。自分でもそう思う。

「うぐぅ・・・なんか、顔が陥没したように痛いんだけど」

「ほんとーに陥没して、その蝿の大群のように五月蝿い口が潰れてくれれば、世界人類が平和になるかもなー」

「僕の口が潰れても、全世界の姉の暴力はなくならないと思う・・・」

不可解なことを。全世界の姉はきっと優しいと思うが。
・・・私を除けば。

「ったく、着いたと思ったら目覚めやがって。ほんといいご身分だよな、お前」

そんな反論の代わり―――というワケでもないが、うーんと伸びをする弟に、悪意のこもった皮肉を告げてみる。なにかを期待するわけではないが。

中学校の校庭に、長方形の白線が引かれて出来たスペースに車を入れる。
花見の名所として有名な、高城公園。その近くの学校。
いつもはクラブ活動で学生が賑わっているのだろうが、今は花見客の自家用車で賑わっている。

まあ、つまるところ、桜の下で群れかえるヒマ人どものために、臨時駐車場となっているわけだが。

「・・・なんつー、ヒマ人の多さだ。いかに日曜日とはいえ、こんなで日本の将来は大丈夫なのかね」

車から降りて、乱暴にドアを閉めながら、もっともらしく憂いてみる。

「少なくとも、凶悪生命体―――通称アネゴンは早急に対応策を練るべきだと思う」

ンなことを言いながら、弟が車から降りる。パタム、とドアを閉めて・・・

車内灯(ってぇのかよくわからんが)が着くのを視界の隅に収めて、弟を半眼で見やる。

「ハンドアだ、ばーたれ。ちゃんと閉めろ」

「ねーちゃんはいつもキッチリとシメるよね」

「特に、弟を締める時な」

あはははははははははー、と姉弟で声を合わせて笑う。
不思議と、弟の笑い声は上ずっていたが。

「時に弟よ」

「ん?」

バタン! と、今度は強くドアを閉め、弟が車のルーフ越しに私へと顔を向ける。

「さっきの答えだがな」

「・・・さっきの答え?」

首を傾げる。・・・やれやれ、自分で言っておいて忘れるとは。
やはり、弟は記憶障害のケがあるのかもしれないー――今度、金を借りまくっておこう。

「アネゴンの対応策だ」

「あー・・・でも、そんなものは」

イヤな予感でもしたのか、弟は誤魔化そうと首を横に振る。
にやり、と私は笑ったのだろう。鏡がないので確認は出来ないが。

「ある。凶悪生命体通称アネゴンの対応策は」

「は?」

「弟が一人居ればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。
中学校を出て、高城公園を目指して歩く。
公園までは徒歩15分。遠いか近いか、どちらに判定の旗を上げればいいか、判断に苦しむ距離だ。

まあ、私は運動は得意ではないが、身体を動かすのはキライじゃない。歩くのも好きだ。

「ねーちゃんがまた殴った、ねーちゃんがまた殴ったー」

私の隣りを歩きながら、“また”を強調して弟が喚く。
ったくやかましい、蹴ったろか。

「ファイティング原田をリングに沈めた黄金の右で僕を殴ったー。頭蓋骨陥没―」

・・・ファイティング原田って誰だよ。

と、人が溢れ帰る道―――車道のはずだが、ほとんど歩行者天国のように人が溢れ返っている。時折、人ごみを掻き分けるようにして車が通っているので、交通規制はしていない様だったが―――の脇でタコ焼きの屋台があるのを発見。邪魔くせぇなあ。

「いい加減、五月蝿いから静まれ。・・・タコ焼き買ってやるから」

「わーい☆」

とたんに笑顔。
・・・いかん、マジで撲殺したくなってきた。
情状酌量の余地はあるだろうか? たぶん在る。在るに違いない。

「タコ焼き二箱くださーい」

「うわ、早ッ。―――しかもなんだよ二箱って。一箱で十分だろが」

何時の間にか、タコ焼き屋の前に立っている弟。
見ると、人が通る割には客の数は少ないようだ。

「ママ、タコ焼き」

「駄目。公園に行くまでガマンしなさい。あっちにだってたくさんあるんだから」

「ちぇ」

・・・と、私の近くを通りかかった、母子の会話。
なるほど、ダンゴよりもまずは花ってワケか。
帰ってくる連中は、無効の屋台を堪能してくるだろうし―――人が多いからって、儲かるとはかぎらねえってことだな。

「はい、ねーちゃん」

「私は別に食いたくないけど」

屋台の親父に金を払ってから、弟からタコヤキの箱を受け取る。

透明のプラスチックケースだ。大きなタコヤキが六個入っていて、ソースマヨネーズがかけられて、その上に、アオノリとカツオブシが振りかけられている。

「それ、あげるから僕の分を取らないでね」

・・・・そういうコトか、弟よ。
まあ、確かに姉としては弟がはふはふ美味しそうに食っているタコヤキを横取りしたくなるのは当然の心情。
くぅ、成長したな弟よ。とゆわけで一個貰うぞ。

「あー! 自分の分があるのに僕の取った!」

「金を払ったのは、私だもんねー」

「ねーちゃんの食い意地魔神!」

「ほーっほっほ、なんとでもお言い!」

勝利の美酒に酔いしれて、思わず高笑いをするわた・・・し・・・・

・・・・

「さ、行くぞ弟!」

「あー、待ってよー。まだタコヤキ食べてないー」

「ンなもん歩きながら食べろ!」

周囲の視線に耐えるコトができず、私は弟を引っ張って公園へと早歩きで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満開。

「うわー、綺麗だねー。桜だねー」

そりゃ桜だろう。

はしゃぎまわる弟に、どうでもいいツッコミを心の中で入れてから、桜を見上げる。
・・・雑多な人込を目にしたくなかったという意味で、だが。

「うわー、綺麗だねー。桜だねー」

弟の真似をしてみる。

すると、弟は。

「桜に決まってるじゃないか、ねーちゃん」

・・・・・・やっぱ縊るか。

百四通りほど、絞殺の手段を頭に浮かべ(そのうちの二十八通りは計画的な完全犯罪)―――のうちシチュエーションにより実行不可能なのを排除(無人島だとか火星旅行だとか天空の城ラピュタとか)して、半分ほどに絞る。
四十ほど選択肢がある。それらの一つから一つを選ぼうとして、悩む。

「ああ」

私は桜よりもさらに上―――なにかの形であるようで、実はなんの意味もない形の白い雲が浮かぶ青空を見上げ、ため息を吐く。

「選択って言うのは多ければ多いほどいいってワケでもないんだよなー」

「そうだよ。いつも僕にばっかり洗濯を任せてさ、たまには自分で洗濯くらいしなよ。替えの下着がないって騒がれてもそれは自業自得―――」

がすっ。

「やっぱ、ストレートに殴るのが一番だな。うん」

「うう・・・ティム=レイシックのフィニッシュブローは左フック・・・」

よくわからないコトを言いながら、地面にダウンする弟を踏みつけて、桜を見上げる。

うん、綺麗だ。やはり高いところから見ると、一段と綺麗に見えるな。

「・・・痛いー、思いー、僕のねーちゃんはクルーザー級―――ぐええええっ!」

よくわからないが、なんかむかつくことを言われた気がするので、両足で弟の上に乗る。
さらに身長が高くなっていい気分♪

「あうーあうー」

「さて、降りるか」

「はぁ・・・・」

「なんちゃってフェイント」

「うぎゅー! ヘビー級」

あ・・・今のはなんとなくわかるぞコラ。

「うぎゅっ、うぎゅーっ!」

私は弟の上で、軽く二三度飛び跳ねた後で地面に降りる。

「うう・・・まるで子錦にボディプレスをされたかのよーに、全身が複雑骨折」

まだ言うか。
とゆか、全身複雑骨折ならなんで立てる?

「ねーちゃん」

「なんだよ」

「体中が痛いから、背負って」

「・・・お前な。中学2年にもなってだな」

「冗談だよ・・・」

とか寂しそうに呟く弟。

・・・・・・なぜ寂しげ?

・・・・・・

・・・ったく。

「背負ってやらんこともないぞ」

私が言うと。

「冗談だってばさ。僕はもう中学生だよ? そんな小さな時みたいになんて、恥ずかしいだけだよ」

「そか」

ぽんぽん、と身体に着いた埃を払って、弟は私に背を向けて歩き出す。

・・・

・・・あれ?

小さな時みたいに?

「ねーちゃん、なにしてるのー? 早く行くよー」

「あー、おーう」

何時の間にか、小さく見えるほど遠くへ行った弟を、早歩きで追いかけた。

・・・小さな時、かぁ・・・

なんとなく、弟が言った言葉が胸に引っかかりながら。

桜の花びらが舞う中を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わー、焼きそば! 焼きトリ! イカ焼き! フランクフルトー!」

「・・・さっそく花より団子かよ」

屋台から様々な美味しそうな匂いが香る中、先ほどよりもなおはしゃぐ弟にあきれるしかなかった。

まったく、さっきの意味ありげな寂しそーな雰囲気はなんだったんだ?

「ねーちゃん!」

「さっきタコヤキ買ってやったろが」

「だからタコヤキは要らないよ」

「・・・そーいえば、さっき屋台の名前の羅列の中、タコヤキだけは言わなかったな」

とか、私は屋台の群れの中に一軒だけある、タコヤキの屋台を眺めながら呟いた。

「ねーちゃん、お金ー」

「自分の小遣いがあるだろが!」

「サイフ、忘れてきちゃった」

・・・いつもの常套手段だ。
舌打ちしながら、弟に千円札を一枚だけ渡す。

「ありがとー! 二ッ千円♪」

・・・あれ?

あ、間違えて二千円札を渡しちまった。

「あとで返せよ」

「焼き鳥焼き鳥ー♪」

・・・聞いちゃいねえ。

やれやれ―――と、肩をすくめて、アゴを上げる。

空には青。それからゆっくりと視線を降下させると、桜のピンク色。
・・・いや“桜色”とか言った方が、それらしいか。

さらに視線を下げる。
と、黒いー――いや黒くないのも多いが―――ヒマ人どもの頭。
・・・ヒマ人の中に、私も入って居ると思うと、なにかやるせない気持ちになるが。

人々は、談笑しながら桜の下をくぐり抜けるように歩み、或いは立ち止まり顔を上げて桜を見ほれたりして。また或いは、周囲の雰囲気を楽しみながら、花より団子と焼きそばやらタコヤキをかっこむヤツも居る。

賑やか。
とはいえ“喧騒”というわけでもない。騒々しくなく賑やか。
人は、なんでこんなにいるのか? と思うほどに多いが、それでも耳に騒がしくない。

暖かで穏やかなお祭り騒ぎ。
・・・などと、自分でも良くわからないフレーズが頭に浮かぶのは春の陽気のせいか、それとも桜の色と香りだろうか?

私は騒々しいのは好きじゃあないが、それでもこういうのは。
・・・うん。なんか、いい。

「ねーちゃん、買ってきたよー。焼きそばと焼きトリとイカ焼きとフランクフルト!」

弟が、危なげに食べ物の入ったプラスチック容器を大量に抱えて走ってきた。

・・・ったく、私は感傷ってか、気分に浸るコトもできんのか。

「そーか、そりゃ良かったな」

「ねーちゃんの分も買ってきたよー」

「・・・ちょっと待て、二千円でそんなに買えるのか?」

だいたい、一つが500円くらいだろうか。
それが四つで、2000円。二倍すれば四千円。
もう少し安く考えても、二千円で買うことは不可能だが。

私は眉を伏せて悲しみを演出し、弟に語りかける。

「・・・弟よ。犯罪は駄目だと常々」

「してないよっ! ただ、忘れていたと思ったサイフが実はあっただけで」

「やっぱりそうか」

「―――はっ!?」

しまった!? と悔恨の表情を見せる弟。
ふん、馬鹿めが。

「まったく・・・ま、いい」

私は、弟から私の分だけ食べ物を受け取る。

「これは私の金で買ったんだろ? で、あとはお前が自腹で買ったということで」

「・・・ねーちゃん? 拾い食いでもしたの?」

わかってた。そうくるとおもってたよ。くそっ。

「・・・たまにゃあ、優しくなってやろうというこの姉心がわからんか」

「ねーちゃんの姉心って、殴ったり蹴ったりすることじゃないか」

・・・・・・・・

むかつく。

折角、人がいい気分で“なんでも許してあげてしまいそうな気分”になっていたというのに。

弟よ、そんなに鉄拳制裁が受けたいのか。

「ねーちゃん、早く早くー!」

私がはーっと拳に息を吹きかけていると(拳に息を吐きかけるのは、ただ単に気合を入れるというだけでなく、拳を暖めるためでも在るらしい。・・・たぶん嘘だ)、何時の間にか弟は、若桜の下のベンチに腰掛けて、手を振っていた。膝の上に焼きそばを載せて、他の食べ物を自分の隣りに置く。

「・・・・・・・・・」

それを見た私は、はぁ、と息を吐いた。
もちろん、気合でも拳を暖めるためでもなく、ただの嘆息だ。

なんかもーどーでもよくなって、私は弟が待つ桜の下へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・うっぷ」

私は思わず腹を抑える。

胃の中では焼きそばとイカ焼きと焼き鳥とフランクフルト―――ついでにその前に食べたタコヤキが舞い踊っている。

食いすぎた。気分が悪い。

もったいなくて、つい全部平らげたが・・・くそ、弟に半分でもくれてやるんだった!

「ねーちゃん、どうかしたの?」

「食いすぎた」

「えー、僕まだ食べたいもの一杯あるよ?」

「・・・・・この食欲魔神」

これ以上食べる―――そら恐ろしいコトを、なんでさらりというかなコヤツは。

「もう食うな。てか、私の前でなにか食したら命の保障はしてやれんぞ」

「あ、あの人クレープ食べてる。・・・あっ! あの人なんか歩きながらラーメン―――いたっ」

「頼むから、食べ物の話をするのは止めてくれないかな」

片手で耳を塞ぎ、もう片方の手で弟の頬をつねり、私は頼んだ。
・・・てゆかラーメン? 歩きながらラーメン・・・・・・いや気にしちゃ駄目だ私っ。

「暴力による恐喝は少なくとも、頼みじゃないと思うんだけど」

つねられた頬をさすりながら弟。
何を言う。いつもならば、問答無用で裏拳→掌底→アッパーと連携しているところじゃないか。

「たくもー――――でも、五年前と同じだね」

クスクスと可笑しそうに弟。

・・・五年前?

五年前。

五年前というと、まだ私が麗しき学生生活を送っていた時ではなかっただろうか?

「なんかあったか? 五年前」

私が聞くと、弟は「やっぱり忘れてるー」と可笑しそうにに笑い。

「・・・僕の弟が、死んじゃった時だよ」

・・・・・・

あー。

なるほど、思い出した。

五年前。
そういえばあいつが死んだ年だったか。

・・・弟の弟―――とはいえ、血の繋がったヤツでもなく、種族さえも違う。
ぶっちゃけた話、弟がよく可愛がっていた、ウチの飼い犬だ。
弟が友達の家から貰ってきて、そして名前も自分でつけた。私は「犬」としか呼んでやらなかったが。

その犬―――弟の弟が天に召されたのが五年前。
ニ年くらいかな。・・・よくわからんが、病気でぽっくりいっちまった。
・・・私は、どんな犬だったか、それすらも覚えていない。動物はキライじゃないが、それでも特別好きってワケでもない。

そうだ。
それで、アイツが死んで塞ぎこんでいた弟を無理矢理連れ出して、花見に行ったんだっけか。

でもって、そんとき、ぐしぐしと泣きまくる弟を慰めようと、色々買ってやったというのに、こいつは食わずに泣くばかりで。仕方ないから、私が全部平らげて・・・・地獄を見たんだっけか。

まあ、それで弟とが「大丈夫、ねーちゃん?」とか逆に心配するもんで―――くそ、なんか良い思い出じゃないぞ。

「あのときほどねーちゃんが怖かったことはなかったよ。強引に家を連れ出されて、帰ろうとするとすぐに殴るし、あまり乗ったこともない電車に乗せられて、行ったところもない場所に連れてこられてさ」

「うっせーな。私は陰気なのがキライなんだ。あんときお前が部屋に閉じこもっていたせいで、どれだけ気が重かったコトか!」

「あは。ねーちゃん、五年前にも同じこと言ったよ」

・・・そうだったか?
うむ、全然、記憶にないぞ。

・・・・・待てよ?

「おい、もしかして、今日はあいつの―――」

「うん。命日だよ」

そっか。

今日の午前11時にアイツは死んだんだっけか―――ってなんでこんなこと覚えている私!?

「ていっ」

「あいたっ!? い、いきなりなんで殴られなきゃいけないのさ!」

「うるさーい! 私はそーゆーのキライだって言ってるだろ!」

「だよね。ねーちゃんって、見かけによらず涙もろい―――あいてっ」

ムカつくことを口走る弟の髪の毛をむんずっと引っ張る。
くそ、ちょっとだけ、センチになっちまったじゃねえか。

「いたいーいたいー。ホントのこと言われたからって、照れ隠しに怒ることだぁぁっ!」

なおも口走る弟の、つかんでいた髪の毛を振り払うように乱暴に引っ張る。
・・・ん? 結構、髪が抜けたな。

「いってー! ハゲになったらどうしてくれるんだよー?」

「仏門に降れ。ツライ修行さえガマンすれば、一生ラクに暮らせるぞ」

「それって、絶対に矛盾してるー」

涙目で怒鳴る弟に、私はカラカラと笑い、上を向く。

陽光に照らされた、白くピンクの花びらたちが舞い踊り、絶えることなく降り注ぐ。
春。麗らかな風景に、一瞬だけ自分自身を忘れた。

・・・ったく。

思い出しかけた、飼い犬の思い出。
それを無理矢理に振り払うようにして、私は弟へ視線を落とす。

「おい弟」

「なんだい、姉」

“ねーちゃん”ではなく“姉”
そう私を呼ぶ時の弟は、本気で怒っている証拠だ。
髪の毛はよっぽど痛かったらしい。

「写真、撮ろうか」

私が言うと、弟はきょとんとして、首を傾げる。
一瞬後、驚いたように目を見開いて

「う、うんっ、うんっ!」

「・・・ンなに嬉しいか、弟よ」

「嬉しいって言うか・・・ねーちゃんが、自分から写真をと撮ろうって言うの、かなり珍しいじゃないか」

・・・確かに。
私は写真というものが基本的に好きじゃない。ビデオも同じく。
だから、家のアルバムにある写真は、ほとんど弟の写真だ。私の写真は・・・そうだな、小・中・高と入学、卒業したときの写真くらいだろうか。

「それに、五年前も一緒に写ってくれなかったし」

五年前の花見。
「ねーちゃんも撮って上げる」とかほざく弟を殴り倒し、結局は弟の写真しか撮らなかった。
まあ。そのコトを思い出したから、わざわざ写真を撮ろうと言ったのだが。

「おし、弟よ。それではカメラを買ってくるのだー」

「らじゃー!」

私が弟に二千円を渡す(ってかなんでこういうとこのカメラは高いんだ!?)と、弟は勇ましく敬礼をして駆け足で、桜の花吹雪の中を駆け出していった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

という、店員の声に押されるようにして、私は写真屋を出た。

「ありがとうございましたー」

などと呟き、歩きながら、私は今現像しあがったばかりの写真を取り出す。

数日前に行った、花見の写真だ。

最初の一枚には、焼き鳥を片手に持った弟が写っている。

その次には、桜の木下で、なにやらポーズをつけている弟。

次は桜の木。人が居ない瞬間を見計らって撮った、桜オンリーの写真だ。

「ふっ。やはし、腕がいいな私ってば。カメラマンにでもなろうか」

次々に写真をめくりながら、自画自賛。
・・・カメラマンって当たれば結構、儲かるんだよな・・・とか少し本気で考える。

それから、十枚ほどめくっただろうか。

「・・・おっ」

私は“唯一”私が写っている写真を目にして、立ち止まった。

写真の中には弟と私、姉弟二人で写っている。
親切な人に撮ってもらった写真だ。

弟は、ニカッと馬鹿みたいな笑顔を浮かべ、ピースサインを前に突き出している。
そして私は、ふいっとカメラから視線をそむけて、明後日の方向を向いていた。
カメラのシャッターが切られる瞬間を見計らって、顔をそむけたのだ。

「・・・・・・まあ、まあかな」

などと呟いて、私はその写真をめくり、再びあるきだす。

後の写真はたわいもないものだった。
一枚だけ、桜の写真があり、それからは帰りの車の中から弟が取った風景が何枚か(ちなみにどれもブレている)。そして、アパートから見た風景やらなにやら・・・

「・・・・」

全部見終わって、私は写真を愛用の手提げバッグにしまいこむ。

花見、か。

・・・また、いつか行こうとするか、弟よ。

来年、再来年・・・或いはまた五年後、それとも十年後。
いつに行くか解らないが、きっと私は今の私とは違っているだろう。・・・いや、変らないか?

 

五年前は撮らなかった私の写真。

この前撮った、そっぽ向いた私の写真。

“いつかまた”行った時には、弟と肩でも組んで前を向いて取れるだろうか?

 

 

いつか、また・・・

 

 

五年前は私が無理矢理弟を引っ張ってきた。

この前は弟が私を引っ張ってきた。

つぎの“いつか”はどうなるか―――

解りはしないが、きっと。

 

 

 

きっと、桜は変らずに・・・

 

 

 

 

END


 

あとがき


ええと。どうも、ろう・ふぁみりあです。
んーと。まあ、花見です。この前、夜桜を見に行ったんで、そのときのコトを元に書こうと思ったんですが。

・・・完全に創作入ってるなー、コレ。

まあ、とりあえず。
“SSS”もあまり無事じゃなくて一年経ちましたが(ほとんど更新してなかったしな―一周年時)、これからもよろしく―。

(2000/05/02)


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