サンタクロース・チルドレン

 

「一年に一度のクリスマスを一年に一度のクリスマスケーキで飾りましょう!」
 ―――という声を頼りに、里奈は商店街に雑多溢れる人ごみを掻き分けて進む。
 いつもは自転車で全速こげるくらいにガラガラな商店街も、今日この日だけはやはり違う。
 年末、さらにはクリスマスイブともなれば商店街の人通りは尋常ではない。
「富士家のクリスマスケーキ、2000円から20000円まであなたの懐具合で―――」
 息詰まるほどに多い人ごみの中、先ほどからやけによく通る女性の声。
 その声だけを頼りにして、里奈は痴漢とスリに気をつけながら進んでいく。
 やがて、目標の顔が見え、里奈は片手をなんとか空へと抜き出して声を上げた。
「美弥ッ!」
「とっても美味しい富士家のクリスマス―――えっ?」
 突然、自分の名前が聞こえたことに驚いたのだろう。
 美弥―――サンタクロースの姿に扮装して、小さなクリスマスケーキ片手にケーキを売り込んでいる女性。
 彼女は自分を呼んだ相手を捜し、キョロキョロと周囲を見回していた。
「美弥ッ! ここよここ―――!」
 ぴょんぴょんと跳ねながら里奈は片手を灰色の雲が覆う空へと伸ばしながら自分の位置を示す。
 ―――跳ねる。とはいっても、ぎゅうぎゅうにつめられた人ごみの中だ。数センチと地面と離れてはないだろう。
 が、それでも美弥はなんとか知人に気づいた。
「里奈?」
 美弥は見つけた友人の名前を呟き、片手に持っていた2000円のケーキを、店頭に置かれた長机に置く。
 一メートルほどの長机が二つ縦に並び、店―――ケーキの富士家―――の前を占拠している。
 その机の上には大小さまざまな大きさの包みが並んでいた。
 小さい順から、きちんと並べられ、整理整頓されている。
 そしてサイズそれぞれの前に、長方形の値札が長机に張られ、垂れ下がっている。
 売れ行きは―――2000円の一番安いケーキが一番少ない。売れている。
 逆に、20000円のケーキは一つも売れていないようだ。
 まあ、それは店の主人も予測していたのか、それほど仕入れてはいない。
「はぁ。はぁーっと。やっほ、美弥」
 なんとか人海から抜け出した里奈が額に汗で前髪を張りつかせながら笑う。
 と、里奈は先ほど美弥が置いたケーキを見る。
 これはディスプレイ用らしく、透明のプラケースに入れられて美味しそうなケーキが里奈の瞳に映った。
 両手を広げて、あわせたのと同じくらいの面積だろうか。
 値段にあわせて小さいが、値段の割には色々とトッピングされている。
 おもわず「きゃー、かわいい」とでも叫びたくなるようなケーキだ。
「へー、小さいけど、甘そうだね」
「当たり前でしょ」
 ケーキは甘くて当たり前―――と、言わんばかりの美弥に里奈は目を向ける。
「マスタードで作ったケーキは辛そうだけど?」
「何処の世界にマスタードでケーキを作るケーキ職人が居るの!」
 馬鹿なことを言う親友に、美弥は呆れたように言う。
 が、どことなく投げやりなのはいつものことだからだろうか。
「ところで、里奈、何の用?」
「いや、美弥ちゃんのバイトを手伝おうと、サクラしにきました」
「来なくていいです」
 里奈の協力的な態度に、美弥はしらーっと冷たい視線で返す。
 だいたい、サクラと公言してしまってはその意味もないもんだ。
「まあ、それは冗談だとして、クリスマスパーティのお誘いなんだけど・・・」
 と、里奈は美弥を上目遣いに見る。
 対して美弥は一転して、申し訳なさそうに。
「ごめんっ! 今年もちょっと・・・」
「あー、今年もダメかぁ・・・まったく、バイトバイトで人付き合い悪いぞ」
 本気で怒ってるわけでもないが、それでも半ば本気でむくれて里奈はぷーっと頬を膨らませた。
 普段は人付き合いの悪い方ではない美弥だが、何故かクリスマスだけは誘っても断られる。
 里奈は、美弥とは中学に入った時からの付き合いだ。
 それからずっと、高校二年になる今年までクリスマスのたびにフられ続けている
「まったく・・・恋人が居るわけでもなし、今年くらい、私たちに付き合いなさいよ」
 むくれた顔のままジト目で睨んでくる視線に、美弥はあははーと誤魔化すように笑う。
「恋人はサンタクロース―――なんちゃって〜♪」
 サンタの衣裳のまま節をつけて言う美弥に、里奈は肩をこけさせた。
 心底あきれたようにサンタクロースの彼女を半眼で見やる。
「あんたねー・・・まぁだ言ってるの? それは夢だってユメユメ」
「ん・・・でも、私の夢は変わらないもの」
 と、美弥ははうーっと夢見る乙女のきらきら瞳でどこかとぉくを見つめる。
 だが、そんな乙女チックな感傷も長くは続かなかった。
「こらっ、バイト! なにをくっちゃべってやがるっ!」
「は、はーいっ!」
 雇い主の怒声が店の中から飛んできて、美弥は現実に引き戻された。
 はぁーっと、ため息をつく里奈。
 あきらめたように、虚ろな視線を売り物のケーキに移すと、5000円のサイズを指差した。
「仕方ない。んじゃアンタが心底羨ましがるほど私たちで楽しむからその5000円のケーキ頂戴」
「あーん、いじめないでよー」
 などと泣き言を言いながら、美弥はなれた動作で、テキパキと箱をビニールの袋に入れて里奈に差し出す。
 何しろ年に一度だけとはいえ、もう何年も続けているバイトだ。それなりには熟練している。
 それと引き換えに、里奈は2000円札を一枚、美弥に渡す。
「はいっ、毎度―――って里奈、3000円足りないんだけど・・・?」
 あはは、ばっかだなぁ。と笑う美弥に、うっふふ、分かってるわよ。と里奈が笑う。
「後はアンタのバイト代から引いといて」
「ええ〜!? ちょ、ちょっとまってよ! 私のバイト代って10000円なのに、3000円も引かれたら・・・」
「わお、7000円も残るじゃない。らっぴ〜♪」
「んぐっ、らっぴ〜♪ じゃなくて、あ、ちょっと里奈ぁっ!」
 オホホホホ・・・と無気味に笑いつつ、ケーキを片手に里奈は人海へと消えていった。
 ココまでたどり着くときにはあれだけ苦労したくせに、逃げるときには妙に素早い。
 これも3000円の成せる技なのか―――!?
「はぁ・・・これってイジメだよね」
 とか呟きながら、美弥はうつろな目で、とぉいとぉいお星様を見上げていた。

 

 

 クリスマスの夜はサンタさんは大忙しです。
 袋いっぱいのプレゼントを世界中の子供たちに配らなければならないからです。
「さあ、トナカイ君、今夜も頑張ろう」
 サンタさんがいうとトナカイ君は嬉しそうに頷きました。
 大忙しのサンタさんとトナカイ君ですが、プレゼントを貰った子供達の笑顔が楽しみでした。

 袋いっぱいのプレゼントをソリに乗せると、サンタさんもソリに乗りました。
 ソリを引くのはトナカイ君です。
 トナカイ君はソリを引いて、夜空を飛びます。
 お星様とお月様に見送られて、サンタさんとトナカイ君は街の子供達の元へ飛びました。

「この子にはつみきを上げよう、この子にはお人形じゃ」
 サンタさんは子供たちがベッドの横に置いたくつ下の中にプレゼントを運びます。
 プレゼントがくつ下の中に入れられると、子供たちは幸せそうな寝顔になります。
 そんな子供達の笑顔を眺めて、サンタさんはにっこりと笑います。

「さて、あと一人じゃ」
 トナカイ君が引く、サンタさんを乗せたソリは最後の子供の家に向かいました。
 ベッドですやすやと眠る子供のそばにあるくつ下の中にプレゼントをいれようとして、気がつきます。
 あれれ? サンタさんの袋の中にはもう、プレゼントが残っていません。
 どうやらプレゼントの数が足りなかったようです。
「どうしよう、どうしよう」と、サンタさんが困っていると、子供が目を覚ましました。
 ぱっちりとした目でサンタさんを見つけます。
「サンタさん!」
「ああ、ごめんよ。どうやらキミのプレゼントを忘れてしまったようなんじゃ」
「僕のプレゼントはないの?」
 子供は泣きそうになりました。
「おお、泣かないでおくれ。代わりに幸せな夢をあげるから」

 サンタさんは子供をトナカイ君の引くソリに乗せて上げました。
「そら、いくぞ」
「わーいわーい」
 ソリは夜の空を飛び回ります。
「すっごーい」
 子供は嬉しそうに目を輝かせます。
 サンタさんはもっと子供を喜ばせようと、いろんなとび方をしました。
 上から下へ滑り台のようにするっと滑ったり、ぐるぐるとまわったりしました。
「うわあーい、とっても楽しいよ」
 どうやら子供はサンタさんを許してくれるみたいです。
 そのことにほっとしながら、サンタさんは子供の家へ向かいました・・・・

 

 

「―――こうして、サンタさんは最後の子供に幸せな夢をプレゼントすると、遠い北のお空へ帰っていきました・・・」
 ベッドのおふとんのなかにはいったわたしに、おかあさんがよんでくれたサンタさんのえほん。
 そのえほんがおわって、わたしはとってもドキドキしていた。
「ねえねえ、おかあさん。わたしにもサンタさんくるかなー?」
「ええ。きっと来るわよ。美弥がいい子にしていればね」
 おかあさんは、わたしのあたまをなでながらやさしくいった。
 わたしはおかあさんにあたまをなでられるのが、とてもだいすきだ。
「いいこって、どうすればいいこになれるかなぁ?」
「そうね。いろいろあるけれど、今は早く寝ることね」
「うん! いいこにするからわたしはもうねるね!」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみなさーい」
 パチン、とへやのあかりがけされて、おかあさんはわたしのおへやからでていった。
 わたしひとり。
 すこしまえまではひとりでねむることはこわかったけれど、いまはもうこわくない。えっへん。
 いつもは、わたしはわるいこで、こっそりよふかしをしていた。
 こっそりとあかりをつけてえほんをよんだり、おにんぎょうさんとあそんでいた。
 けれど、きょうははやくねむることにする。
 だって、きょうはクリスマスだから。いいこにしてないと、サンタさんがきてくれないからだ。

 

 

 ―――あれは何年前のコトだっただろうか?
 何時かは正確には覚えていないけれど、それでもその時の出来事ははっきりと覚えている。
 ちりん・・・
 いつもよりも早くに寝た私は真夜中に、鈴の音を聞いたような気がして目を覚ましてしまった。
「ん・・・」
 目を開けてみると真っ暗闇。
 真っ暗の中で寝るのは怖くなかったけれど、いつも目を覚ましたときは朝で明るかった。
けれど、それが真っ暗だったものだから、私は怖くなって、怖くなって・・・泣き始めてしまった。
「ひぐっ・・・えぐっ・・・」
 泣きながら、光を探そうと布団から這い出た。
 けれど、混乱していたのか、寝起きだったせいか、ベッドの高さを忘れていたんだよね。
 それで、ベッドから落ちた私はさらに混乱してしまって一気に泣き喚いた。
 すると。
「うるせー!」
 と、言ってサンタクロースが窓から入ってきたんだ。

 

 

「・・・ふえっ?」
「泣くなやかましいから。とゆーか、なんでまだ起きてるんだよ!」
 なにか怒られながら、私はそのサンタクロースを見つめていた。
 そのサンタクロースは小さかった。
 当時の私くらいの年齢だと思う。
 そのサンタクロースの格好をした子供はなんだか怖かった。
 目つきが尖ってて、なにも悪いことしてないのに責められているような気分になる。
 だから、私は今度はその子供が怖くなって、泣き始めてしまった。
「うええええん・・・うえええーん!」
「こ、こらっ! 泣くんじゃねえ! 大人が起きてくるだろうが!」
 慌てて子供サンタが私に怒鳴りつけるけれど、それが怖くて私はさらに泣きわめく。
「かーっ! こ、こうなったら!」
 その子供サンタもかなりパニックになっていたんだと思う。
 唐突に私を抱えると、引きずるようにして部屋のベランダに出た。
 ああ、言い忘れてたけれど、私の部屋は二階にある。それは子供のころからずっと変わっていない。
 で、その月明かりが差し込むベランダに引きづられて見ると―――私の涙はぴたりととまった。
 だって。
 だってだって、そこには絵本の中にあった、トナカイ君の引くソリがベランダの隣で宙に浮いていたんだもの!

 

 

「うわぁーすごい、すっごーい!」
「・・・くそ」
 ひたすらはしゃぐ私の隣で、子供サンタは頭を抱えていた。
 けれど、私はそんな様子には気づかずに、ソリから身を乗り出して夜風を感じ、眼下の灯を眺めていた。
 寒いはずの風は涼しく気持ちよく、下に見える街の灯は空の星達みたいに瞬いて、綺麗だった。
 なによりも、サンタさんのソリに乗っているという事実が、私を興奮させていたのだろう。
「ったく、予定外の時間に起きていやがって―――なあ、もう気が済んだろ? 帰るぞ!」
 そう言って、子供サンタはソリを私の家の方角へと向けた。
「あ、まって。ねえ、サンタさんなんでしょ?」
 私が聞くと、子供サンタはぶっきらぼうに頷いた。
「じゃ。いそがしいんだよね。えほんにかいてあったもの」
「ああ、忙しいさ! てめーみたいな厄介なお荷物のせいでな!」
「わたしのせい?」
「ああ!」
「なら、わたしがてつだってあげるっ!」
 私がいうと、子供サンタは「はぁ?」と聴き返した。
 私の言った意味がわからなかったというよりは、分かりたくないと思ったのだろう。
「ふざけんな。子供はもう寝る時間だろ!」
「サンタさんだってこどもだもん」
「俺はサンタさんだからいーんだよ!」
「ならわたしもサンタさんになる!」
「なれるかーっ!」
 子供サンタが怒鳴る。
 怒鳴られた私は「ふえっ」と涙を滲ませた。
「あああ、泣くんじゃね―よ」
「ふええええええ・・・・」
 泣くなといわれて泣きやめる子供がいるわけがない。
 私はふえーんと泣き声を夜空に響かせる。
「あああああ、わかった! わかったよ! 分かったから泣くな!」
「・・ふえ?」
 まだ涙を潤ませたまま、私は涙でぼやけた視界で子供サンタを見た。
 子供サンタはそれこそ泣きそうな顔で、やけっぱちに私に言った。
「手伝わせてやるからもう泣くな!」

 

 

「サンタさんってどうすればいいの?」
 夜の空を飛ぶソリに乗りながら、私は子供サンタに尋ねた。
 子供サンタはぶすーっとしていたけれど、また私が泣くのを恐れたのか、すぐ説明し始めた。
「俺の仕事は夢をプレゼントするんだ」
「ゆめ?」
 私が尋ね返すと、子供サンタは小さく頷いた。
「お前だって寝たら夢くらい見るだろ? 俺はそんななかでも飛びっきり幸せな夢を運ぶんだ」
「わたしにもくれるの?」
「お前は起きてるだろ? 寝てるやつにしかやれねーよ」
 子供サンタに言われて私はなんとなくなるほど、と思った。
 お母さんが「早く寝ることがいい子にサンタさんは来てくれる」と言ったのはこういうことだったんだ。
 眠らなければ夢は見れないから。サンタさんから幸せな夢をプレゼントしてくれないから。
「どうだ? 今からでも遅くないぜ」
 私がそんなことを考えていると、子供サンタはにやにやと笑う。
「このままお前の家に帰って、今すぐ寝ればお前に幸せな夢をプレゼントしてやるぞ」
 それはとっても魅力的な言葉だった。
 本当なら「うん」と頷いて、幸せな夢を見てみたい。
 けれど、一つだけ、ほんの小さな疑問。
「ねえ、サンタさんは”しあわせなゆめ”をみれないの?」
「はぁ?」
「サンタさんだってわたしとおなじ、こどもだよ。しあわせなゆめのプレゼントはないの?」
 私の問いに、子供サンタは奇妙な表情で私を見つめていた。
 それはとても寂しそうで、悲しそうで―――・・・
 私はなんだかとってもいけないことを聞いてしまったような気持ちに囚われた。
「・・・もう締め切りだ」
「え?」
 シメキリ。という言葉の意味がよく分からない。
 だけど、子供サンタはにまぁと笑うと、意地悪な口調で言った。
「もう、お前は家には返さないぞ。幸せな夢もプレゼントしない。俺と一緒だ!」
 その言葉はすぐに理解できた。
「うん! わたしもサンタさんといっしょだから、わたしもサンタさんだよ!」

 

 

 ソリは空を滑空する。
 街の上を廻り、一つの家の真上に着いた。
「さ、仕事だ」
「おしごとおしごと〜、サンタクロースのおしごと〜」
 なんかもう、サンタさんとお仕事できることがとても嬉しくて、私は思いっきりはしゃいでいた。
 子供サンタはそんな私にかまわずに、何処からか金色の鈴を取り出すとちりん・・・と鳴らす。
 その音色はとても澄んでいて、もっともっと聞き続けていたような、そんな音だった。
 何気なく私ははしゃぐのをやめて、耳を済ます。すると。

ちりん・・・・・

 小さな鈴の音が山彦のように返ってきた。
「きれいなおと・・・」
「この鈴の音で、子供が寝ているかいないかを調べるんだ」
 子供サンタが言うには、この鈴の音色は子供みる夢を共鳴させるのだそうだ。
 返って来る鈴の音は様々だけど、それでも返ってくれば子供は寝ているということになる。
 私の家でも使ったんだけれど、音が返ってこないので様子を見にベランダに降りたらしい。
 それで、見てみると私が泣いていたから思わず入ってきちゃったんだって。ふふ。
 あ・・・こう、理解したのはもっとしばらくたってからのことだけれどね。
 当時は鈴の音が返ってくれば、子供は寝ているということと。
 あと、もう一つ、サンタさんはやっぱりとてもやさしいという、その時の私にとって必要なことだけ理解していた。
「おい、ええと、弟子一号」
「わたしは、みやだよ。『つくみ みや』」
「みやだろーがみゃーだろうがどうだっていい。お前は俺の弟子なんだから、弟子一号だ」
「みやなのに・・・」
 ぶーっと頬を膨らます。
 と、子供サンタははーっとため息をついた。
「わかった。みやだな。それじゃみや、後ろの袋を取ってくれ」
 子供サンタに言われて、私はソリの後ろに乗っていた大きな袋を手に取った。
 子供だった私の身体よりも大きい袋だ。持ち上げられるか心配だったけれど、持ってみると意外と軽かった。
「じゃ、そん中から夢を一つ取ってくれ」
「ゆめ?」
 首をかしげながら、私は袋の中に手を突っ込んだ。
 袋の中はあったかくって、ふわふわしていて気持ちよかった。
 そのふわふわのなかから、適当につかんで、手を外に出す。
 私が袋から出したのは、お祭りで売っている綿菓子のような白いふわふわだった。
「それが夢だ。それをあの家に向かって落とすんだ」
「おとすの?」
「落とせ」
 子供サンタの言葉に、怪訝そうにしながらも、私はソリの淵に身を乗り出してそれを落とした。
 白いふわふわはゆっくりと家の屋根に落ちていって―――屋根の中に入っていく。
「よし、次行こうぜ」
「あ、ちょっとまってよ。ねがおをみていこうよ」
 早速ソリを飛ばそうとした子供サンタに、私は言った。
 子供サンタは怪訝そうに私を見て尋ねる。
「なんでそんな面倒なことしなきゃいけないんだよ?」
「サンタさんのたのしみだよ。しあわせそうなねがおをみていくの」
「なんで他人の寝顔を見ることが楽しいんだよ。そんなの変態じゃねーか」
「うー、それでもみていくの! えほんのなかではそうだったもん!」
 私に何を言ってもムダだと悟ったのか。
 それとも言い過ぎてまた泣かせたくなかったのだろうか。
 子供サンタは嘆息すると、無言でソリをその家の窓につける。
 窓はカーテンに覆われていたが、それでもカーテンの隙間から子供の寝顔が見れた。
 女の子だった。当時の私よりも年上だったような気がする。
 その女の子が浮かべる表情を見て、私はほわぁと・・・息を吐く。
「・・・まあ、悪くないよな。こういうのも」
 子供サンタも憮然としていたけれど、どこか嬉しそうだった。
 夢を見ている女の子もそうだけど、その寝顔を見る私たちをも幸せにしてくれるような・・・そんな表情だった。

 

 

 それから私達は、他の家を回った。
 男の子、女の子、私よりも年上だったり年下だったり。
 いろんな子供達に夢を運び、その幸せを目で見て、私たちも幸せになった。
 そして―――最後の子供の家を回り終わって。

 

 

「・・・おわったぁー!」
 ばんざーい! と、子供サンタはソリを立ち上がると、両手を振り上げた。
 私もなんか嬉しくってパチパチパチパチ・・・と拍手した。
「ねえねえ、わたし、てつだってよかったでしょ?」
 と、聞くと子供サンタは「ん、まあな」と答えた。
「ま、気が向いたら来年も手伝わせてやってもいいぞ」
「ホント!?」
 私が言うと、子供サンタは「ああ!」と頷いた。
 それが何よりもうれしくって、私は子供サンタに抱きついた。

 

 

「あれ?」
 子供サンタが私を、私の家に送り届ける途中。
 夢の詰っていた―――今はぺちゃんこの白い袋を何気なく覗いていた私は声を上げた。
「どうした?」
 前を向いていた子供サンタは私を振り返って尋ねる。
 それにつられてかソリもとまった。
 私はごそごそとぺちゃんこの袋の中に手を突っ込むと、それを取り出した。
 ふわふわとした、幸せな夢。
「ねえ、まだゆめがのこってるよ?」
「なんだって!? そんな馬鹿な!」
 子供サンタは驚いて、私の手の中にあるふわふわの白い夢を凝視する。
「そんな馬鹿な。もう、全部配り終わったはずだぞ!」
「じゃあ、これは?」
「まさか、配ってないところが―――あっ!」
 不意に子供サンタは声を上げると、まじまじと私を見た。
「お前だ」
「え?」
「お前の夢だ。お前にプレゼントするはずの夢だったんだ!」
 言われてから気づく。
 そうだ。私も”幸せな夢”をプレゼントされるはずだったんだ。
「これ、どうすればいいんだろ? 捨てるの?」
 私が聞くと、子供サンタは首を横に振った。
「いいや、今から急いで帰れば夜明けまでには間に合う。そしたらお前も”幸せな夢”が見れる」
「ホント!?」
 子供サンタの言葉に、私は目を輝かせた。
 あんな風に幸せな寝顔になれる幸せな夢を私も見れるんだ。
 そのことがたまらなく嬉しくて、楽しみだった。
 けれど。
「・・・・・・・」
 ふと、子供サンタが私を見る視線に気づいた。
 それはとても哀しそうで、寂しそうで―――そう!

 ―――サンタさんだってわたしとおなじ、こどもだよ。しあわせなゆめのプレゼントはないの?

 私がそう訪ねたときに見せた、あの表情と同じだった。
「さ、行くぞ!」
 私の視線に気づいたのだろうか。
 子供サンタはそういうと、ふいっと私から顔をそむけて、前を見た。
 でも、私は子供サンタの悲しそうで寂しそうな瞳を見てしまったから。
 だから、なんとなく分かってしまっていた。
 子供サンタも、”幸せな夢”のプレゼントがほしいんだってことを。
「ねえ、サンタさん」
「なんだよ」
「わたしの”しあわせなゆめ”をあげる!」
「はぁ?」
 ソリが止まり、子供サンタは私を振り返った。
 それはどうしてもほしいものを必死で我慢しているような子供の顔で―――すぐに馬鹿にするような顔に変わる。
「なにいってんだ、おまえ」
「あげるっ」
 ぐっ、と私は両手で持った幸せな夢を子供サンタに差し出した。
 本当は上げたくなかった。
 私も幸せな夢を見たかった。
 けれど。
「わたしはサンタさんだから、サンタさんに”しあわせなゆめ”をプレゼントだよっ!」
 子供サンタはじーっと、私と私の持つ幸せな夢を見ていたけれど、やがて夢に向かって手を伸ばす。
 白い、そのふわふわの夢をつかんでサンタは―――
「いるかよ、こんなモン!」
 そう言って、私に向かって白い幸せな夢をたたき返した。その瞬間。
「ふわっ!?」
「な、なんだ―――!?」
 私たちの目の前を、真っ白なふわふわが覆った。

 

 

 わたしはそらをとんでいた。
 ひこうきにのってそらをとんでいた。
 おもちゃやさんでみかけたことがある、ひとりのりのちいさなプロペラのひこうきだ。
 わたしはひこうきをしょうじゅうして、どこまでもとびつづけていた。

 わたしはおひめさまになっていた。
 おおきなおしろで、まっしろいきれいなどれすをきていた。
 となりにはかっこいいおうじさまがいて、わたしをあいしてくれた。
 わたしはしあわせにくらしていた。

 わたしはほんをよんでいた。
 あたらしいけんきゅうのためのむずかしいほんだ。
 ふつうのひとではよめないほんを、わたしはすらすらとよんでいた。
 わたしはえらいえらいがくしゃさんだった。

 わたしはおかあさんになっていた。
 わたしのしっているおかあさんみたいにきれいでやさしいおかあさん。
 すきなひとと、かわいいこどもたち。
 たのしくて、えいえんにつづくひととき。

 わたしは・・・

 

 

「夢って言うのは子供が見れる最高の幸せなんだ」
「自分の未来を無限に、自由に、生み出すことが出来る夢」
「けれど、それが叶うのはほんの一握りだ」
「大概の人間は大人になるに連れて、夢を失っていく」
「いや、夢を失うんじゃない。夢を実現させることが煩わしくなるんだ」
「子供は無邪気にあーなりたいと結果だけを思うことが出来る」
「けれど大人は結果と、それに達するまでの過程を計算してしまうんだ」
「その過程は決して易しいものじゃない」
「だからこそ、大人は苦労して夢を達成させるよりも、夢を忘れることを選んでしまう」
「それが悪いというわけじゃない」
「夢しか見れない大人は、結局は夢を叶えられることはできない」
「けれど」
「夢を見て、そしてその過程を見て、それでも夢を目指せるほどの強い夢」
「それは子供の頃に、どれだけその夢を欲したかによって決まる」

 

 

 サンタは子供でなければならない。
 なぜなら大人は夢のつらさを知っているから。
 子供のように夢の楽しさだけを見ることが出来ないから。
 だから夢を運ぶサンタは子供なんだ。
 俺がそうだったように。
「でも、えほんにでてくるサンタさんはおじいさんだったよ?」
 夢のつらさを知っていても、それでも夢の楽しさだけを見ることが出来る大人が居る。
 どういう大人か分かるか?
「わかんない」
 子供の頃の夢を叶えた大人だよ。

 

 

 幸せな夢はいつしか絶望に変わる。
 所詮は叶わぬ夢だったと諦める日が来る。
 夢を叶えることの出来る人間は一握りしかいない。
 そんな夢を。
「俺がほしがるわけねーだろが!」
 そんなことしらないもん!
 そんなことよりも、ねぇ、きかせて?
 サンタさんがほしいゆめはなぁに?
 しあわせであっても、しあわせでなくてもほしいものはなぁに?
「おしえてくれたらわたしも、わたしのゆめをおしえてあげる」
「お前の夢? そんなの知りたくもねーや!」
「なら、サンタさんのゆめだけおしえて」
「いやだね」
「もう・・・なら、わたしがあててあげる。サンタさんがほしいものは・・・」
「ないよ。そんなものはない! 俺は夢のない子供だからサンタクロースなんだ!」
「ちがうよ、サンタさんがほしいものは・・・みんなのしあわせ」
「みんなの幸せ? なんで俺がそんなものを望まなきゃいけない!? そんなものが夢なんだ!」
「だってサンタさんはわたしたちに”しあわせなゆめ”をくばってくれるじゃない。それはなんのため?」
「・・・・・俺は・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・なぁ」
「なぁに?」
「お前の夢ってなんだ?」
「ききたい?」
「きっ、ききたくねーよ! だけどっ、そのっ、約束だろ!」
「そうだね。やくそくだもんね。わたしのゆめはね―――・・・」
 私は、そっと・・・子供サンタにささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すてきなサンタクロースになることっ! だよっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――気がつくと、私は自分のベッドに寝ていた。
 きょろきょろと見回すけれど、いくら見まわしても私の部屋だ。
 子供サンタの姿は何処にもない。
 夢―――
 そんな考えが頭に浮かぶ。
 あれはサンタさんが運んでくれた幸せな夢だったのかと。
 でも・・・
「そんなことない、ぜったいに、ゆめじゃないっ!」
 私は、そう信じることにした。

 

 

 ・・・という話をしたら里奈に笑われた。
 まあ、普通「サンタさんに会いました」なんて話しをしても頭を疑われるだけだろうけれど。
 小さい頃はサンタクロース盲信家だった私も、成長するにしたがってそれなりの分別がつくようになった。
 サンタクロースなんて御伽噺の産物だ。
 実際に居るわけもない。
 居るとしたら―――それは子供の妄想に過ぎない。

 ・・・なんてね。

 

 

 深夜一時。バイトが終わる時間。
 普段ならば10時には店を閉める富士家も、今日この日ばかりは深夜まで営業している。
 ちなみに、8000円のケーキを一つだけ売り残して、後は完売。
 しかもそのケーキは「一日置くと痛むから」とタダで私がもらうことに。やっぴー♪
 ふふ、里奈ったらこのこと聞いたらどんな顔するかなー?
 いいでしょう。3000円くらい私が立て替えといて上げますよ。それくらい安い安い。
「おつかれさまでしたー」
 店のシャッターを閉めるケーキ屋の主人に私はホクホク顔でぺこりとお辞儀をした。
 ちなみに私の格好はまだサンタさんのままだ。
「あいよ、おつかれ」
「あのぉ。悪いんですけれど、今年も・・・」
 にまにまと顔をほころばせながら私は言いながら、へこへことおじぎする。
 あう、やっぱり8000円の威力はすごいわ。
 今年一年が全てバラ色だったよーに思える。
「ああ。ちゃんとクリーニングに出して返してくれるなら問題はないさ」
「あっ、ありがとうございます! それじゃ、メリークリスマス!」
 私はそう叫ぶと、8000円のケーキに気を使いながら駆け出した。

 

 

 家の方向とはまるっきり逆の方向に走る。
 目指すは、ここいらで一番小さな公園。
 大きな公園はカップルで溢れて、とてもじゃないけれど一人身の私が入っていける所じゃない。
 ひゃあ・・・しまった、もうすぐ二時だよ。今年は結構、盛況だったからなぁ・・・
 自分の腕時計で時刻を確認し、頭を抱えた。
 走ってきた勢いのまま、公園に飛び込む。
 暗がりの中、私は待ち合わせ場所を探して―――
「おせーぞ、ミャー!」
「ああっ、ごめんごめん! バイトが長引いちゃって・・・」
 声の聞こえてきた方に振り返りながら、反射的に謝る。
「ごめんですんだらサンタはいらねーだろ!」
 とか言いながら声を荒らげてる男を見る。
 私と同じくらいの歳の男だ。
 男は私と同じ、サンタクロースの格好をしていた。
 その後ろにはトナカイ君つきのソリがある。
 私は彼にあははーと誤魔化すように笑って、手にもっている8000円のケーキを差し出した。
「これ、遅れたお詫び。バイト先の売れ残りだけど8000円だよ」
 ”8000円”を強調して言ったが、聞いていないようだった。
「お、美味そうじゃんか。ま、許してやらう」
 素早く私の手からケーキの箱を引っ手繰ると、包装を破って中身を見る。
 よしよし、どうやら機嫌は直ったようだ。
 これで「今日はお前なんかいらねー」とか言われたら泣くに泣けない。
 なにせ、一年に一度のことなんだから―――
 一年に一度。あ、そうか、一年振りだっけ。
 そのことに気づくと、私は早速ケーキのクリームをつまみ食いしている彼に向かって―――・・・

「メリークリスマスっ、一年ぶり!」

fin.


 

あとがき

んーと、とりあえず何も言うことはないです。
あるとしたら一言だけ。

「メリークリスマス!」

 

・・・でもウチは仏教なんだよなぁ(笑)


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