第29章「邪心戦争」
BO.「人質」
main character:ユフィ=キサラギ
location:バブイルの塔
塔の中には魔物の気配が殆ど無かった―――が、全く存在しないわけではなかった。
だが、遭遇してしまった僅かな魔物も、ことごとくセフィロスが容易く斬り伏せていく。
そのお陰で、シド達は特に労することもなく目的の場所へとたどり着くことができた。そこはかつてエッジ達がルビカンテと戦った場所の先にあったクリスタルルーム―――の、さらにその先にある部屋。
「ここじゃいっ!」
部屋に入るなり、ルゲイエが「とおっ」とジャンプして叫ぶ。
そして何事もなく着地して、片足を軸にくるりと反転すると連れを振り返った。とりあえず今の行為に意味がないことを察してから、皆を代表してシドが問う。
「ここがバブイルの塔の中枢部ゾイ?」
そこは―――いや、そこ “も” と言うべきか―――「部屋」とただ呼ぶには広すぎる空間だった。
このバブイルの塔自体が、そもそもまるで巨人が作ったかのように、通路一つとっても天井は高く無駄に広い。
しかし一方で、エレベーターや各部屋の入り口の扉などは普通のサイズなのだから妙な話だ。(・・・まー、単にフォレスの家と似たような意味なのかもしれんがのう)
シドはふと娘婿(予定)の実家の事を思い返す。
バブイルの塔とは比べものにならないにしろ、バロンで一番大きいとされるその邸宅も無駄に巨大だ。大きな建築物を造るにはそれなりの “力” が要る。
労力はもとより、財力、技術力も必要となってくる。ロイド=フォレスの実家である屋敷も、かつて隆盛を誇っていた頃に自分たちの権威を周囲へ知らしめる為に建てられたものだ。もっとも、かつて住んでいた当人に言わせれば「広すぎて住みにくいだけのポンコツ屋敷」だそうだが。
シドはこのバブイルの塔も、その屋敷と同じく “力” を示す為にわざと巨大に造られたのではないかと。
しかし推測は出来ても、その答えを得る方法を今のシドは持ち合わせていなかった。「うむうむ。中枢部っちゅーっと少し違う気もするがのー。まあここが “次元エレベーター” の制御室であることは間違いない」
「おー、なんかあんぞー」頷くルゲイエの脇をすり抜けて、パロムが部屋の奥へと走る。奥の壁には壁からせり出した机に、椅子が設置されている。部屋が広すぎる為、ルゲイエ達の位置からはよく見えないが、机には色取り取りのパネルや計器類が設置されており―――早い話が、月でギルバート達が訪れた制御室と同じ設備があった。部屋の広さはこちらの方が圧倒的に広いが。
ちょっとした体育館程もある部屋をたーっと走っていく子供の姿にルゲイエは「元気じゃのー」とかのんきに呟く。
「って、一人で先走るなパロム! 危ないゾイ!」
慌てて走って追いかけるシド。
その後を残された三人―――ユフィ、ルゲイエ、セフィロスが歩いて追う。「お前さんらは走らんでええのか?」
ルゲイエが何気なく問いかけると、セフィロスは無言を返し、ユフィは歩きながら首を巡らせて周囲や天井を眺め回してから、
「んー、大丈夫じゃない? 魔物の気配とか感じないし。大丈夫でしょ」
「うむうむ。確かに確かに」
「・・・そんなことよりも “月” へ行くにはどうすればいい?」それまで黙っていたセフィロスが問いかけてくる。
みればいつの間にか、背丈ほどもある長刀を抜きはなっていた。
その顔には感情が宿っていないかのように無感動だったが、そちらの心得のないルゲイエでも秘められた殺気を感じる事ができた。 “速く教えないと殺す” と、声には出さず言っているようだ。「ひゃっひゃっひゃ、恐いのう」
殺気に飲まれて自然と呼吸が細くなるユフィの隣で、ルゲイエは普段と変わらないように不敵に笑う。
「あ、セフィちゃん、そこでストップ」
部屋の中央まで来た時に、ルゲイエはセフィロスに静止をかけた。
ちなみにパロムとテラはすでに部屋の奥に辿り着いている。「ここが転送位置じゃ。床を見てみい」
セフィロスとユフィが言われたとおりに床を見下ろせば、周囲と床の色が変わっていた。
半径一メートルほどの円が真っ青に塗られている。「テラ達が居るところにあるコントロールパネルを操作して、この位置に立った者を月へと転送するんじゃよ」
「え、それってなんかすっごく不便じゃない?」ユフィの言うとおり、この転送位置からコントロールパネルまでは大分離れている。
いちいちコントロールパネルまで行って操作するのはとてつもなく不便だ。「ま、ここは元々、次元エレベーターのために造られたわけではないからのう」
遥か過去にあったこの塔の名前は “アルテマの塔” 。
世界を壊すほどの威力を秘めた究極魔法アルテマが封じられていた塔だ。
そもそもこの塔が地底まで貫き、天空までそびえ立つのも地の底や大気中から少しずつ魔力を吸収し、塔内で循環、精製させて、封印のための高エネルギーを得る為の装置だった(だから先程のテラの推察は正しくはない)。今、ルゲイエ達が立っている場所は、そのアルテマが封印されていた場所だ。
つまりこの塔内でもっとも力が集中する場所。
そのためこの場を転送場所にして、壁にコントロールパネルが取り付けられた。ちなみにわざわざ壁にコントローラーがあるのは、元々封印を制御する装置が壁に取り付けられていたためだとルゲイエは見ている。「ちゅうこって、ちゃっちゃと操作して、お前さんを月へ送ってやるからそこで待っとれい」
そう言ってルゲイエはシド達の元へ向かう。そこにそれにユフィも続こうとして―――その首筋に、白刃が押しつけられる。
「ひっ―――!?」
「お前はここに残れ」背後から突き出された長刀の冷たい感触に、ユフィの動きが硬直する。
「こいつは人質として連れて行く」
「・・・・・・っ」(嘘だろヤメテーーーー!?)
淡々と言うセフィロスの言葉に、ユフィは声を出す余裕も出来ず、代わりに心の中で抗議の声を上げる。
「俺だけ妙なところに跳ばされては適わんからな」
「えー、セフィちゃんったら心配性〜、ルゲイエちゃんそんなこと考えもしなかった〜」明らかに信用出来ない口調で身をクネクネと気持ち悪く躍らせながら嘯くルゲイエに、しかしセフィロスはとりあわずに冷たく告げる。
「さっさとしろ」
「ノリ悪いのう。・・・まあワシとしては、そのお姉ちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないんじゃが」
「ちょおーっ!? 助けてよーーーー!?」流石に黙っていられずにユフィが叫ぶ。
ルゲイエは「へいへい」とやる気無さそうな調子で、のんびりとシド達の方へと向かっていった。テラやパロムに指示を出し、コントローラーを操作していく。
しばらくすると、ユフィ達の足下の青い円が音もなく淡く光り出した。「はーい、じゃあ本番行きまーす!」
相も変わらず脳天気な声でルゲイエが手を挙げて叫ぶ。
それを合図としたかのように、淡い光は段々と輝きを増していき―――「ちょ、ちょっと―――っ!?」
反射的に円の中から飛び出そうとして、しかし直前に刃を更に強く喉に押しつけられ、ユフィは息を止めて硬直する。
悲鳴をあげる事も出来ず、訴えかけるような涙目で壁際の三人を見つめる。だが、最早何も出来ない様子で、シドは哀れみを浮かべつつ視線を反らし、ルゲイエは合掌。そしてパロムは―――
「いってら〜」
何故だか妙に気楽な調子で小さな手を振ってきた。
三者三様の様子に、何も応えることも出来ないまま、ユフィはセフィロスともに青い光に包まれて、その場から姿を消す。「おー、消えた消えた」
誰もいなくなった空間を見つめ、パロムが感心したように呟く。
それからシドを振り返り、「なあなあオイラ達も早く行こうぜ」
「待て。まずはやることやってからだゾイ―――しかし、向こうは大丈夫かのう」不安そうに心配そうにシドは、ユフィとセフィロスの消えた空間を見つめる。
「何とかなるじゃろ」
いつもの調子で応えたのはルゲイエだ。
「なんとかならんでも、ワシらは無事で安全じゃからセーフ!」
「セーフじゃないわい! ・・・まあワシらを生かしてくれたところからして、無駄に殺したりはせんと思うが」塔の入り口で出会った時から、シドはそんな印象を受けていた。
少なくとも、以前に遭遇したというロイド達から伝え聞いていたような “狂気” は感じられなかった「大丈夫だって! あっちにはクラウドのあんちゃんも居るんだろ?」
やや不安げなシドを励ますようにパロムが明るく笑う。
お気楽なお子様の言葉に、シドは苦笑い―――しかけて、ふと首を傾げた。「クラウド? なんであいつの名前が出てくるんじゃい?」
クラウド達が “幻の月” にある次元エレベーターの転送装置を奪取したことをシド達は知る由もない。
「だってポロムが・・・」
「ポロムが何処に居る?」
「・・・あれ?」自分でもよく解っていない様子で、少年は不思議そうに首を傾げていた―――