第24章「幻界」
J.「3分間」
main character:セリス=シェール
location:幻界
「試す・・・ですか」
セリスの言葉を受け、アスラは変わらない微笑みで胸を張り、3対の手を腰に当てる。
「では、試させて上げましょうか?」
「なに・・・?」
「3分間だけ時間を上げます―――好きなように私に攻撃してみなさい」
「舐めているのか・・・?」それとも罠か、とセリスが油断無く伺う―――だが、アスラは微笑みを崩さないまま首を横に振った。
「実力差というものを見せて上げたいだけです―――安心しなさい。絶対に反撃はしませんから」
「・・・!」余裕溢れるアスラの態度が気に食わなかったのか、セリスは表情をさらに厳しくしてアスラへ向かって駆け出す。
ヘイストの効果はまだ続いている。ほぼ一瞬でアスラの元にたどり着けると、突進の勢いのまま、短剣を突き出す―――「―――!?」
躊躇いも容赦もなく付きだした刃はアスラの衣服を貫き―――しかしその下の肉体で完全に止まる。
鉄―――いや、しっかりと固められた土塁でも相手にしているように、刃が通らない。「それで終わりですか?」
アスラの三つの顔の内、微笑みを浮かべたアスラが尋ねてくる。
「くっ・・・」
セリスは短剣で、何度も何度もアスラに向かって斬りつける―――が、薄皮一つ斬り裂くことも出来なかった。
(刃が通らない!)
魔法剣ならば、と一瞬思ったが、魔法剣は斬撃に魔法効果を上乗せする技である。
炎や氷の魔法剣ならば、斬りつけたと同時にその傷口を焼いたり凍らせたりする。毒や盲目などの状態変化系ならば、斬りつけた傷口に直接魔法を叩き込む―――というように、刃が通らなければあまり意味がない。風の魔法や、防御魔法を剣にかけて、切れ味や強度を上げる方法もあるが、その程度では目の前の幻獣には通じそうもない。
(それなら・・・っ)
セリスは後ろに下がると口早に魔法を詠唱する。
「 “氷河の女王の従者たる氷乙女達・・・・・・我が前に立ちはだかる者に凍れる慈悲を与えん―――” 」
セリスは得意とする氷魔法を、最大威力で解き放とうとする。
いかな幻獣と言えども、属性魔法に耐性でも無い限り、まともに受けて無事であるはずがない。(これが通用しなければ・・・・・・!)
脳裏を絶望的な未来がかすめ、それをかき消すようにセリスは叫んだ。
「『ブリザガ』!」
発動と同時にセリスの周囲に槍のように先の尖った氷柱が出現する。
10を数える氷の槍は、一斉にその切っ先をアスラへと向けると、凄まじい速度で飛翔してアスラに迫る。対してアスラは、今度はただ待ち受けるだけではなかった。
「「 “オン” 」」
アスラの三つの顔の内、左右の顔が声を揃えて呟いた。
途端、アスラの全身を眩い緑の光が包み込む。
それはセリスも良く知っている魔法の光だ。(『シェル』の光・・・?)
魔法の威力を軽減させる対抗魔法の光。
そうセリスが思った時、氷柱がアスラに向かって激突する―――が。「・・・なっ!?」
思わずセリスは驚愕の声を漏らす。
アスラに突き刺さるはずの氷柱は、緑の光に遮られてことごとく霧散してしまったのだ。「そんな・・・?」
全力で放った魔法とはいえ、それだけでアスラを倒せるなどと考えていたわけではない。
だが、全く届かないとは思いもしなかった。「・・・こんなものですか?」
全ての氷柱が砕け散り、まるで霧のような氷の粒が周囲に漂う中、緑の光に包まれたアスラが先程と変わらぬ調子で呟く。
その光を見て、セリスは舌打ちする。「その光――― “合体魔法” ということか!」
アスラの全身を覆い、セリスの魔法を完全に防いだのは対抗魔法の光だ。
しかし、普通の対抗魔法は眩いほど強い光を放ったりはしない。アスラの魔力の高さも理由だろうが、それだけではない。
おそらく、二つのアスラの顔が魔法を唱えたのは、合体魔法として通常以上の効果を発揮するためだったのだろう。「流石に今のはまともに受ければ痛そうでしたから」
などと冗談めかして笑い―――その巨体が、いきなりセリスの眼前に迫った。
身体は大きく膨れあがったというのに、人間状態だった時と変わることのない速度で迫られ、セリスは驚きのあまりに硬直した。「そろそろ時間です」
そう告げて、アスラは三対の腕のうち、右の真ん中の拳を握って殴りかかる。
驚愕していたセリスは一瞬だけ反応が遅れた。回避出来ない―――そう悟り、口早に魔法を詠唱する。「 “盾よ―――” !」
さっきと同じように、防御魔法を不完全発動。
アスラの拳打をギリギリのタイミングでガードした―――その時。ミシッ、という音が身体の中から響いた気がした―――・・・