第24章「幻界」
F.「痛みの想い出」
main character:セリス=シェール
location:幻界
アスラに案内された建物の中も―――普通に人間の家のようだった。
生活レベルはフォールスが基準となっているのか、シクズスやセブンスで見かけるような “機械” の類は全くなかった。ただ一つだけ、フォールスの民家と異なることがあった。
それは家の内装が全て “木” で出来ていることだ。
鉄や石の類が見あたらない―――そう考えてみれば、外の街の風景も、道や建物は全て木で作られていた。それにもう一つ―――
「・・・魔力が充満している・・・?」
幻界に来た時から薄々感じていたが、建物の中に入ればはっきりと感じ取れた。
普通以上に濃密な魔力が空間に満ちている。“魔力” というものは生物だけが持つものではなく、世界の何処にでもあるものだ。
魔道士は、自身の魔力を使い、大気中の魔力を通じて世界へ “魔法” を要請する。場の魔力が濃いほど、世界に伝わりやすくなり、魔法の威力も上がる―――反面、暴走もしやすくなるのだが。
ちなみに月が満月の時に魔力が上がるのは、月の光に魔力が含まれるためである。その魔力がこの場では濃い。
初めは幻獣達が暮している幻界だからなのかと思ったが、少し違った。
魔力は、どうやらこの街を作り上げている “木” から放たれているようだった。「さあ、こちらです」
この木はなんなのか、と問おうとする前に、アスラが手招きして家の中を進む。
問うタイミングを逸してしまい、仕方なくセリスはリディア達と共にアスラの後を追った。―――と、言っても家の中はそれほど広くはない。
すぐに部屋の端に辿り着く。
そこには、先程も使った転移装置の石版が置かれていた。「この先で幻獣王様がお待ちです」
幻獣王―――普通に考えれば、この幻界の王なのだろう。
セリスとしては、アスラなに誰なり、ロックを救える幻獣を連れて、さっさと現界に戻りたいと思うのだが、どうもそう簡単には行かないらしい。
リディアの第二の故郷とはいえ、セリス達は突然幻界に飛び込んできた立場だ。そこの王へ会って説明するのが筋というものかもしれないが。そんな事を思っているうちに、アスラは石版の上に乗る―――と、その姿が光に包まれて一瞬で掻き消えた。
続いて、家の中までリディアに付いてきた他の幻獣達が次々に石版に乗り姿を消していく。そしてセリス達の番になったとき。
「「はい」」
と、セリスの目の前に二つの手が差し出された。
リディアとブリットだ。「「「・・・・・・」」」
思わず、三人ともぽかんとする。
と、それからセリスとブリットは揃ってリディアに視線を送り、リディアは。「・・・っ!」
差し出した手を握り、それでブリットの頭をぽかりと叩く。
「痛いぞ」
「うっさい!」顔を赤くしてリディアは苛立つ。
どうやら、さっきのブリットと同じように、間違って転移しないように手を貸そうとしてくれたのだろうが。それを察して、セリスはリディアににこりと微笑んだ。
「ありがとう」
「な、なにがよ! なんでアンタなんかに礼を言われなきゃいけないの!」そう言って、リディアは一人で石版に飛び乗る―――のを、慌ててセリスが捕まえる。
「待って!」
「え・・・ひゃっ!?」リディアの背後から抱きつくような格好になって、二人して石版の上に乗る。
瞬間、何度か感じた不思議な落下感を感じて―――「きゃあっ!?」
「あっ・・・!」落下感が収まったと思った瞬間に、セリスとリディアは2人かさなって転倒していた。
ちなみに下敷きになったのはリディアの方だ。背後からセリスに押し倒された形で、うつぶせになっている。「あ・・・大丈夫?」
「ンなワケないでしょ! さっさとどけえ!」リディアが怒鳴ると、セリスは素早く立ち上がる。
「図書館?」
立ち上がり、周囲を見回してセリスは思わず呟いた。
転移した先は、周囲に巨大な本棚が幾つも並んでいる場所だった。
先程の家とは別の場所なのか、上を見上げれば天井は見えないほど高く、本棚もまた延々と天を貫きそびえ立ち、天辺は黙視することが出来なかった。(・・・なんか、幻獣の住む家って感じがしてきたわね)
そんなことを思いながら、視線を降ろしてみれば本棚は整然と並べられて居て、本棚と本棚の間には真っ直ぐな道が出来ていた。
その道の向こうで、先に転移していたアスラがこちらを見て、じっと待っている。待たせては悪いと、アスラの元へセリスが歩もうとしたその時だ。
「・・・どうした、リディア?」
遅れて転移してきたブリットの声に振り返る。
見れば、転倒した時に打った場所をさすりながら、ようやく立ち上がるリディアの姿があった。
割と痛かったらしく、痛みを堪えて必死で立ち上がろうとしている。と、そんな涙目のリディアと視線があった。途端、リディアはセリスをにらみ返し、
「アンタがいきなり抱きついてくるから・・・!」
激昂してリディアがセリスを指さす。
指されたセリスは、困ったように呟いた。「だって、せっかくエスコートしてくれるって言うんだから・・・」
「言ってない!」
「手を差し伸べてくれたのは」
「あれは・・・」リディアは口ごもり―――ふと、セリスを指さす自分の手に気がついた。
それからびしりともう一度力強く、セリスに向かって指を突き付け直す。「こーやって、アンタに指をつきつけるつもりだったの! それで “さっきみたいにトロトロしてて、人を心配させるんじゃないわよ!” って一言注意を・・・」
「やっぱり心配してくれてたの?」
「え・・・? あ!」自分で言った言葉を思い返して愕然とするリディア。
なんかもう、自分で掘った墓穴を埋めては堀直すような感じだ。「ち、違うわよ! 今のは言葉のアヤってやつで、あたしは別に・・・・・・その・・・・・・」
「・・・そうね」軽く混乱しているリディアに、セリスは小さく微笑んだ。
「貴女にとって私は敵。敵のことを思いやったりするはずはないものね」
「そ・・・そうよ!」セリスの言葉に我が意を得たりと、リディアはセリスを睨付けて叫ぶ。
「今はたまたま一緒に行動してるけど、あたしにとってアンタは敵なんだから! 変な勘違いはしないでよね!」
「そうね。これからは気をつけるわ」そう言ってセリスは―――ほんの少しだけ寂しそうに―――微笑んで、アスラが案内する先へと進む。
「・・・あ・・・っ」
先へ行くセリスの背中に、リディアは何かを言いかけて―――口を閉じる。
そんな彼女に、ブリットが嘆息しながら声をかけた。「悪いと思うくらいなら、もう少し素直になったらどうだ?」
「・・・うるさい」
「さっき、幻界に来る直前は、結構素直だったじゃないか」―――正直、ブリットは驚いた。
唐突に召喚されたと思ったら、ロックが死んでいた―――というのも十分驚いたが、それよりもリディアがセリスを連れて幻界へ行くと言い出したのはさらに驚いた。何と言ってもセリスはガストラ帝国の兵士であり、それはティナを奪い、リディアの同胞である幻獣達の仇なのだから。それと同時に嬉しくもあった。リディアが昔の―――幼かった頃、セシルやバッツと初めてであった頃の自分を取り戻してくれたのだと。
「解っているんだろう、リディア。セリスは “敵” なんかじゃ―――」
「うるさいっ!」リディアはブリットに怒鳴りつける。
周囲の幻獣や、先へ行ったセリスやアスラが何事かとリディアを振り返る。注目の中、リディアはブリットにだけ聞こえるように、低い声で呟く。
「余計な事、言わないで」
「・・・・・・悪かった」ブリットが謝ると、リディアはブリットを置いて先へと進む。
ケンカでもしたのかと、集まってくる他の幻獣達に「なんでもないよ」と笑顔で応えながら、リディアは幻獣達と共に先へと進む。幻獣達と和気藹々と歩いていくリディアを見つめるブリットは、我知らずに拳を握り、自分の胸に押しつけていた。
そうすれば、今感じている胸の痛みが誤魔化せるとでもいうかのように。
―――・・・痛・・・・・・い、よ・・・ブリット・・・ぉ・・・・・・っ。
逆だった。
「・・・・・・っ」
かつて見た少女の泣いている表情が鮮明に脳裏へ蘇った。
それまでは一度か二度くらいしか見たことの無かった少女の泣き顔。
それからは毎日のように見ることになった少女の嘆き。消えない痛みを抱えたまま、ただ泣くことしか出来ない―――それすらも、他の者の前ではさらせず、泣き叫ぶことも出来ず、ただ静かに涙することしかできなかった。
そんな少女に対して、あの暗黒騎士ならばどうするのだろうか? 旅人ならばどうするのだろうか? と、そればかりを考えて、けれど側に居てやることしか出来なかった日々。ブリットでは少女の痛みを消すことは出来ない。
それでもなにかの助けになりたいと、強くなることを心の底から願い、決意した暗い想い出。「・・・くそ」
毒づきながら、ブリットはリディア達の後を追う。
リディアの “敵” に対する怒りと憎しみを胸に秘めながら―――