第23章「最後のクリスタル」
M.「斬鉄閃」
main character:ロック=コール
location:封印の洞窟

 

 

 ―――アサルトドアーの “一体目” と遭遇してからさらに数時間後。
 洞窟内を進んでいたロック達の前に、また扉が立ちはだかる。

「この扉・・・またかよ?」

 うんざりした様子でギルガメッシュが呟く。
 その鎧のあちこちには大きな歯形がついて、髪は乱れて体中擦り傷やら打撲やらで負傷している。
 動きに支障ない程度には、ポーションで回復していたが、そんな風にボロボロになっているのはギルガメッシュだけで、他の者達は特にダメージを負った様子はない。

「だな。バッツ、頼めるか?」

 ロックがバッツを振り返ると、旅人は「りょーかい」と言って手足をぱたぱたとほぐしながら扉の前に出る。
 そのまま腰を落とし、右手を左腰に差さっているエクスカリバーの柄に手をかける―――居合いの構えだ。

「―――その剣は疾風の剣」

 唱えるのは斬鉄の技を放つための精神集中の文言。
 バッツの使う “斬鉄剣” は神速で駆け抜けると同時相手を斬り裂く必殺技だ。

 しかし、標的の向こう側に斬り抜けることができなければ使えないという欠点がある。
 だから、行く手を塞ぐ扉などを斬り捨てることは出来なかったのだが。

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない!」

 鞘から抜き放たれたエクスカリバーが、目にも止まらぬ一瞬の速さで振り抜かれる。
 斬り抜ける代わりに、居合いの速度で斬鉄の技を放つ。名付けて―――

 

 斬鉄閃

 

 エクスカリバーが一閃する。
 ロックを初めとする周囲の者たちが「抜いた」と思った時には、すでに。

「やっぱり、魔物か」

 バッツの目の前で扉が魔物へと変じていく―――が、その身体は既に真一文字に両断されていた。
 がしゃり、と目の前で残骸となる扉の魔物を見下ろし、バッツは「ふう」と息を吐く。剣を鞘に収め、全身をほぐすようにぶらぶらと身体を揺らした。

「大丈夫か?」

 そんなバッツにロックが声をかけた。
 バッツは笑いながら振り返り―――どこかその笑みもぎこちないような気がした―――軽く頷く。

「まあ、あと2、3回は斬れるな」

 ここに来るまでに、アサルトドアーとは最初を除いて5回ほど遭遇した。
 そのうち2回はギルガメッシュが食われかけ、最初と同じような形で魔法の集中攻撃で倒した。

 三回連続でアサルトドアーと遭遇したことで、ロックはこの洞窟にある扉は全て、魔物が擬態しているようだと気づいた。
 アサルトドアーは扉に触れなければ擬態を解かない。だから4回目の遭遇以降は、バッツの “斬鉄” で全て切り抜けてきた。それが一番消耗が少なく、安全だからだ。

 しかしあらゆるものを斬り裂く必殺剣を、ノーリスクで使い続けられるハズがない。

  “速さ” で全てを斬り裂く超神速剣。
 普通の人間が使えば―――使えれば―――1回2回放っただけで筋を痛めるか、最悪肉離れを起こしてしまうだろう。
  “無拍子” の使い手であるバッツだからこそ繰り返し使うことができるのだが、そのバッツでも疲労は残る。

 ワンポイントで使い、所々休憩を取っているので、 “無念無想” やら “斬鉄剣” を連発したセシルとの決闘の後のように即ダウンするということはない。
 だが、このまま使い続ければ、しばらくバッツの腕は使い物にならなくなるかもしれない。

(とりあえず、次に扉が出たら、またセリス達の魔法を頼るか・・・)

 魔法の他に、カインの槍という手もあるが、少々相手が悪い。
 この洞窟を造り、クリスタルを封じたであろう何者かが仕掛けた魔法生物。魔法で造られた存在ゆえに、少しばかり貫いただけでは活動停止とはならないだろう。

 カインがそうそうドジを踏むとは思わないが、万が一呑み込まれでもしたらどうしようもない。
 それならば、バッツの斬鉄か、セリス達の魔法で安全に切り抜けた方が良い。

 自分の考えを再確認して、ふとロックは思う。

(この洞窟を造った者、か・・・)

「おい、ロック。どうかしたのか?」

 バッツに声をかけられ、思い耽っていたロックは「なんでもない」と首を振って先へと進んだ―――

 

 

******

 

 

 幸いにも、それからは扉を開けることはなかった。
 ただし、途中で何度か洞窟内を徘徊する魔物とは遭遇はしたが、カインがあっさりと蹴散らす。
 ロック達は、まるで危なげなく順調に洞窟を進んでいった―――ただ一人を除いて。

「・・・お。ようやくゴールみたいだぜ」

 階段を降りてきて、ロックは疲れたように笑って呟く。
 封印の洞窟は五階層あった。順調に進み、適度に休憩しながらきたものの、それでも疲労はある。

「ここが最下層なの?」

 リディアが問うと、ロックは頷いて。

「ああ―――あそこに長い橋が見えるだろ?」

 ロックの指さした先、確かに吊り橋が架かっている。
 その下は深い闇。そしてその奥底は赤くぼんやりと光っていて、どうやら溶岩でも流れているようだった。

「あの先にクリスタルルームが在るって、村長は言ってたぜ」
「よっしゃあ! 一番乗りーーーーー!」

 ギルガメッシュが駆けだしていく―――のを、ロックが「ちょっと待てよ」と制止する。

「・・・また噛まれたいのかよ?」

 呆れたようにロックが言うと、ギルガメッシュの動きがピタリと止まった。

「勝手に先行して、罠にはまりたいって言うなら止めはしねえけどな」
「うぐ・・・っ」

 ロックの言葉にギルガメッシュは足を止めた。
 ちなみにロック達はただ疲労しているだけだが、ギルガメッシュは一人だけ見るからにズタボロの状態だったりする。

 鎧のあちこちは傷つき、鎧に覆われていない露出した肌にも幾つもの擦り傷があり、ついでに言えば髪の毛もボサボサで全体的に薄汚れてもいる。
 先程述べた、 “順調にいっていない約一名” というのが彼だった。

 というのもアサルトドアーに三度ほど噛まれたのを皮切りに、前に飛び出しては洞窟に潜んでいた魔物達に奇襲をかけられて一人だけボコられたり、下に降りるロープを使ってすいすいと降りていったは良いが、途中でロープが無くなっていることに気づかずに(魔物に食われたかしたらしい)、そのまま落下してみたり・・・。

「まあ、お前がそんな風にズタボロになってくれたお陰で、俺達は楽出来たんだけどな」

 フォローのつもりか、ロックがそう付け足した。
 そんな彼に、バッツが笑いながらその背中を叩く。

「良く言うぜ。俺達が無事なのは、ロックのお陰だろ」

 バッツの言うとおり、こういった洞窟や迷宮の中はロックの独壇場だった。
 トレジャーハンターの面目躍如と言うべきか、洞窟内に潜む魔物達の接近を誰よりも早くに察知―――気配に敏感なバッツやカイン、それに忍者のエッジよりも早かった―――し、不意打ちやバックアタックを防いだ。
 さらには洞窟の構造を予測し、地面についたドワーフの足跡などを読んで、ほぼ最短最適なルートを進んできた。

 適度に休憩をとることを指示したのもロックだ。
 何時間も薄暗い洞窟の中を潜りながら、ギルガメッシュは軽い疲労程度で済んでいるのは、間違いなくロックの功績だった。

「お陰ってほどでもないだろ。これくらい、お前だってできるはずだ」

 洞窟の中だからロックは力を発揮出来たが、旅人として旅慣れているバッツでも、魔物を察知したり、足跡を読むことくらいはできたはずだ―――とロックは思っているし、それは事実だった。
 しかしバッツはにっ、と笑って返す。

「かもな。でもアンタほどじゃないさ―――流石はロックの兄貴だ」
「アニキ、とかいうのはやめろ。気色悪ぃ」

 払うように手を振って、ロックは吊り橋へと向かう。

(とりあえず罠はない・・・か。でも―――)

 吊り橋を確認して、しかし念には念をと、セリスを振り返った。

「セリス! 浮遊の魔法は使えるか?」
「使えるけれど・・・」

 何故かセリスは難しい顔をしていた。
 見れば、リディアやエッジ―――この中で魔法の類を使う者たちが険しい顔をしている。

「・・・駄目、ここじゃ使えない」
「は?」
「魔法が封じられてる―――この場所、 “世界” とは隔離されている見たい・・・」

 魔法は魔力を使って “世界” に “要請” して様々な現象を起こさせる力である。
 しかしこの場所は、魔力が “世界” にまで届かないという印象をセリスは感じた。

「よく解らないけど、ともかくここじゃ魔法は使えないってことか?」

 ロックの言葉に「ええ」と頷いてから、セリスは短く詠唱を始める。

“癒しの光よ―――”

 と、その手がぼんやりと暖かな光を放つ。
 その光を消してから、セリスは言う。

「・・・一応、 “世界” を通さない回復や状態変化系の魔法は使えるみたいだけど――― “レビテト” みたいな重力系の魔法は無理ね」
「召喚魔法なら使えるわよ」
「そうなの!?」

 驚いた様子でセリスが振り返る―――と、リディアは不機嫌そうにセリスとは目を合わせずに答える。

「ええ。ブリット達との繋がりは感じられるから、多分召喚も」
「そうか、召喚魔法も世界に要請する魔法じゃないから・・・」
「ならリディア、あれ召喚しておいてくれよ。あの鳥」
「トリスの事? 構わないけど」

 ロックに言われ、リディアはコカトリスのトリスを召喚する。
 特に問題なく、石化能力を持つ鳥の魔物がこの場に出現した。

 人間大ほどもある大きな鳥が、ゆったりと翼を動かしてリディアのすぐ側でホバリングしている。
 大型の鳥がその場に滞空し続けるなど、普通の鳥では有り得ない光景だが、魔物であるトリスにとっては普通のことだった。

「こいつなら、俺一人くらいは持ち上げられるよな?」
「勿論。試してみる?」

 リディアが問うと、トリスもギラリとした鋭く尖った爪をロックへと向けた。
 掴まれたら肉がちぎれてしまいそうな鋭い爪に、ロックは苦笑いして首を横に振る。

「いや、いざというときにとっておく」
「いざという時って・・・」

 と、リディアは吊り橋に視線を向ける。

「あの橋が落ちるって?」
「定番だろ? ―――てのは冗談にしても、備えあれば憂い無しってな」

 軽い調子で言いながらも、ロックはイヤな予感を感じ取っていた。

(魔法の類が使えない場所で、溶岩の上にかかった吊り橋―――絶対になんかあるよな、これ)

 などとロックがなにやら “罠” の気配を感じ取っていると、待ちきれなくなったように赤い鎧の誰かさんが騒ぎ出す。

「嬉しいのは解ったけどよ、さっさといかねーか?」
「 “憂い無し” だっつーの。あと、行くのは俺一人だ」

 ロックが自分を指さして言うと、彼以外の全員が「えっ」と驚く。

「どうしてロック一人で・・・」
「いやここまで来たら、身軽な俺が一人でぱーっと行って、ぱーっと帰ってきた方が楽だろ?」
「でも魔物に襲われたら―――橋の向こうに見えるの、あれって例の扉でしょう?」

 セリスの言うとおり、長い橋の向こうには最早見慣れた白い扉が辛うじて見えた。

「トメラの村の村長が言うには、橋を渡ればクリスタルルームはすぐそこ―――ってことは、あの扉の向こうにクリスタルがあるってことだろ? まさか最後の最後まで罠を仕掛けるわけねーだろ」

 逆だ。
 最後の最後だからこそ、今までにない致命的な罠を仕掛けてくるはずだった。
 だが、そんな事を言えば、他の面々はついてこようとするだろう。

(どんな罠が待ってるかわからねえし―――それに、俺の “仮説” が正しければ、多分大丈夫なはずだ)

「ロック、せめて私も一緒に・・・」
「おいおい、俺が信用出来ないっていうのか?」

 心配そうに名乗り出るセリスに、ロックが肩を竦めて言うと、彼女は困ったような表情をして口ごもる。

「そ、そういうわけじゃ・・・」
「なら待っててくれよ―――橋を渡ることができないヤツもいることだしさ」
「え?」

 と、セリスがロックの視線の先を追えば、気まずそうにあさっての方向を向くバッツの姿があった。
 ちなみに、彼は吊り橋から一番遠い場所に居る。

「・・・あれだけ落ちて高所恐怖症なおってないの?」
「あんだけ落ちたから、余計トラウマになったんだよ!」

 呆れたように言うリディアにバッツは言い返す。
 そんな2人にみんなが注目している隙に、ロックはさっさと橋に向かって足を踏み出す。

「あ、ロック・・・!」
「んじゃ、行ってくる」

 追いかけようとするセリスに手を振って、ロックは橋を渡り始めた―――

 


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