トキワ荘の部屋割りはどうなっていたのか。
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トキワ荘2階の間取りについて
藤子不二雄氏のトキワ荘入居に際して、すでに入居していた寺田ヒロオ氏が事細かにアドバイスを記した手紙を送っているのは有名な話ですが、その手紙の中にトキワ荘2階の間取りが部屋番号と共に書かれています。(「愛・・・しりそめし頃に・・・」(第3巻巻末収録)
| 23号 |
19号 |
20号 |
21号 |
22号
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
| 18号 |
17号 |
16号 |
15号 |
14号
手塚 |
13号 |
階段 |
入居していた寺田本人が、その時書いた部屋割りなので正しいのでは思います。
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寺田ヒロオ氏が描いている部屋割
「トキワ荘物語」で描いている絵によると、
| 石森 |
赤塚 |
. |
|
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
| |
|
|
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
となっています。
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藤子不二雄氏が書いている部屋割り
「二人で少年漫画ばかり描いてきた」の中には、次のように書かれています。
「立っているすぐ横に、僕が20代の7年間住んでいた14号室のドアの取手がある。・・・その隣の15号室は藤本がお母さんといた部屋、一つおいて17号室は神童石森の部屋、その向いの23号室は女傑水野英子女史が3ヶ月住んだ部屋。その隣の19号室は新潟の美青年赤塚不二夫の部屋、又その隣の20号室は風ちゃんこと鈴木伸一の部屋、そして一つおいた22号室は僕たちの首領寺田ヒロオの部屋だった。」
絵にしてみると次のようになります。
23号
水野 |
19号
赤塚 |
20号
鈴木 |
21号 |
22号
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
| 18号 |
17号
石森 |
16号 |
15号
藤本 |
14号
安孫子 |
13号 |
階段 |
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石ノ森章太郎氏が書いている部屋割り
「章説トキワ荘・春」の巻頭に見取り図が載せてあります。
それによると、
| 水野 |
横田 |
森安 |
鈴木 |
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
石森
(後に
借りる) |
石森 |
赤塚 |
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
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編集者丸山昭氏の書いている部屋割り
「トキワ荘実録」の中には、トキワ荘の部屋割りを描いた挿し絵と、文章による部屋割りの記述がありますが、2つは少し違っています。(水野と横田の部屋が逆)
文章の方が丸山氏本人の手になると思われるので、そちらを採用することにします。このように書かれています。「左側手前から安孫子素雄(藤子不二雄A)、この部屋が最初に手塚先生が入居したところです。それから藤本弘(藤子・F・不二雄)、赤塚不二夫、石森(石ノ森)章太郎、そして最後の部屋は後年石ノ森さんが仕事用に借りました。右側は寺田ヒロオ、一つおいて鈴木伸一と居そうろうの森安なおや、よこたとくお、そして次の空き部屋に水野英子がしばらく入居。」
絵にするとこうなります。
| 水野 |
横田 |
鈴木
森安 |
|
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
石森
(後に
借りる) |
石森 |
赤塚 |
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
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水野英子氏の描いている部屋割り
水野英子氏の「トキワ荘物語」の中に描かれている絵によると、
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水野 |
後に
横田 |
|
|
台所 |
トイレ |
| |
| |
石森 |
赤塚 |
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
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鈴木伸一氏の描いている部屋割り
鈴木伸一氏の「トキワ荘物語」の中に描かれている絵によると、
| . |
. |
鈴木
森安 |
|
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
| |
石森 |
赤塚 |
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
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本当のところは?
さてこうしてみると、書き手の居住時期によって多少の違いはあるにせよ、微妙にそれぞれ違いますね。
寺田氏、安孫子氏、藤本氏、石森氏の部屋の位置は全員同じなので、たぶんこのとおりなのでしょう。
「トキワ荘物語」は昭和44年頃描かれていますから、アパートを出て10年くらい経っているわけで、記憶が曖昧かもしれません。
で、多数決で決めると次のとおりとなります。
| 水野 |
横田 |
鈴木
森安 |
|
寺田 |
台所 |
トイレ |
| |
石森
(後に
借りる) |
石森 |
赤塚 |
藤本 |
安孫子 |
|
階段 |
このとおりだとすると、水野英子氏は自分の住んでいた部屋の位置を間違えたことになるので、少し疑問が残りますが。本当のところはどうなんでしょうか。(まあ、どうでもいいことですが。)
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