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ブライトホルン(4164m)山頂から。
マッターホルン(4478m)ダン・ブランシュ(4357m)


アメリカ

ヨセミテ渓谷

サンフランシスコ周辺の大自然
その時々、折りに触れて感じたこと、
何かしたことの写真と雑文です。
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2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
我が家の庭の変遷

我が家の庭の四季
早春 3月


春 4月

ことです。

初夏 5月


初夏 6月



盛夏 7月、8月


初秋 9月~10月中旬



秋 10月下旬~11月



冬 12月 ~2月



我が家の庭づくり

 庭を始めてたのは、1994年に家を富士見に新築してからですが、本格的にやりだしたのは、定年退職をした2007年からです。

 最初はただ木を植えただけの庭でしたが、その後ハーブガーデンにしたり、一部を畑にしたり、敷石を敷いたり、バラのアーチを作ったり、通路を変更したりしながら、現在の姿になってきました。

 この間の庭の写真を我が家の庭の変遷にまとめてあります。

 最初は花の名前も知らず、近くのガーデンで余った苗を頂いて、喜んでは植えていました。何も知らずに、丈夫でよく増える花などと言ったばかりに、庭中に蔓延り、実に困った結果になったことも度々です。

 それから、毎年新しい苗を植え、それを枯らしたり、うまく育たなかったり、大株になりすぎたり、移植したりを繰り返し、この土地とこの庭の環境に合った植物はどういうものかが、次第に分かってきました。

 そしてようやく、花の色、葉の色、咲く時期、株の大きさと形、全体の雰囲気など、庭作りに必用不可欠な植物の知識が身についてきました。

 こうして、気に入った植物が、庭でお互いに競い合い調和しながら、一つの小さな植生を作り出すようになりました。テレビ番組で、かのTashaTudorが語っていたように、「庭は一夜にしてならず。最低12年、時間をかけてこそ美しい庭に育つもの」を実感しています。

 まさに、庭は育つものであり、作るものでないことを悟りました。

 庭作りは、画家が白いカンバスに絵の具を塗り重ね、絵を完成させていく作業に似ています。しかし、絵は完成すればそこで時間が止りますが、庭は時間と共に変化を続けます。完成するということがありません。

 一つの花が最も美しく咲く期間は、せいぜい一週間です。来年もまた同じように美しく咲いてくれるかどうか分かりません。庭は刹那の美を絶えず追い求め、その時々の変化や季節の移ろいを楽しむものだと言えましょう。

 狭く小さな庭ですが、一年を通じて、それぞれの季節が与えてくれる植物の美しさを楽しめる庭を追い求めています。

我が家以外の庭
横浜のバラ
(山下公園、港の見える丘公園)


オープン・ガーデン
畑の12か月

2007年から、無農薬の野菜作りしています。
富士見の紅葉


富士見の桜


富士見の雪景色と和歌


入笠山の四季

4月12日 現代に蘇るバッハのキーボード・コンチェルト

 
磯山氏の『バッハ=魂のエヴァンジェリスト』を読みながら、チェンバロ協奏曲を聴きたくなって、マレイ・ペライヤがAcademy of At Martin in the Fieldsを指揮し自らピアノ演奏するキーボード・コンチェルトを取り出しました。これは私のお気に入りの演奏で、何度聴いても素晴らしいと思います。

 磯山氏の手引書には、ライプチヒ時代のコレギウム・ムジクムの第二期に、バッハが自らチェンバロを弾いて演奏するために、既存のヴァイオリン協奏曲やブランデンブルグ協奏曲などを編曲して、チェンバロ一台のための協奏曲に仕上げたとあります。高いレベルの安定した楽しみを与えてくれる、バッハの円熟期の作品とされています。また、古典派のピアノコンチェルトにつながる作品でもあります。

 バッハのブランデンブルク協奏曲やヴァイオリン協奏曲は、曲の味わいや、音色のバランスから、古楽器による演奏の方がはるかに好ましく思います。しかし、ことチェンバロ協奏曲に関しては、チェンバロでは表現力が乏しく、音色も単調で、つまらなく感じてしまいま。歴史的な演奏としか感じられません。

 バッハのキーボード曲は、協奏曲もソロ曲も、音色が美しく表現力が飛びぬけて高い現代ピアノで演奏する方が、バッハの音楽をより完全に表現できると確信しています。これはグレン・グールドの演奏を聴けば、納得のいくところでしょう。音色のバランスからも、現代ピアノで演奏する場合は、バロック・アンサンブルではなく、現代楽器の室内合奏が適しています。

 ペライヤの演奏するキーボード・コンチェルトを聴きながら、バッハのピアノ・協奏曲は古典派の、とりわけモーツァルトのピアノ協奏曲につながるものであることを実感しました。バッハの緩徐楽章の美しさは、モーツァルトのピアノ協奏曲と双璧を為すものだと思います。


4月8日 女難の安部首相
 盤石であった安倍政権も、軽く見た森友問題あたりから足元がぐらつき始めてきました。森友問題が出てきたころ、これは扱い方を誤ると、蟻の一穴になりかねないと思ったが、杞憂ではなかったようです。

 佐川氏の証人喚問では逃げられましたが、大物政治家も含め多くの人たちが指摘しているように、総理の「私と妻が関与していたならば、政治家も総理大臣もやめる」と強弁したことに肝を冷やした官僚が忖度し、もしかしたら総理周辺の政治家が働きかけて、文書を改竄したことに間違いないでしょう。

 安倍昭恵夫人が、森友問題の原因の一つであることが、あまりにも明確であったからに他なりません。

 加計問題でも、加計学園の経営する保育施設の名誉園長を務めた昭恵氏の影が見え隠れします。

 もう一人は、元防衛大臣の稲田朋美氏です。今回また再燃してきた防衛省の文書隠蔽疑惑も、稲田氏が文書の捜索を、防衛省に明確に指示していなかったようです。稲田大臣は辞任することとで、一件落着と思っていましたが、ここにきて熾火に火が付いたようです。

 安部首相自身は、女性関係には潔白なようですが、女性人事や自身の妻に足元を掬われているようです。


3月25日 リフォームの完了
 
部屋の全容

飾り棚

自作したパソコン・テーブル
 
 築25年後の初めてのリフォームが完了しました。多少のトラブルや不満な点はありましたが、概ね期待通りの仕上がりになりました。

 珪藻土の塗り壁は、部屋に落ち着きと居心地の良さを与えてくれます。カーテンを外してドレープ・スクリーンにしたのは正解で、窓枠が全部見えるようになって部屋が明るくなり、以前よりも広く感じられるようになりました。

 作り付けの本棚を取っ払い、飾り棚を取り付けましたが、これも部屋の雰囲気を一変させ、ちょっとしたギャラリーのような一角になりました。

 パソコンを置く台は、今まで使っていた昭和初期の古い机から、新規に作ったテーブルに替えました。このテーブルは、飾り棚で余ったパインの集成材で自作しました。


3月19日 頑張れ朝日新聞

 慰安婦問題などで評価を著しく落としていた朝日新聞が、起死回生のホームランを放ちました。森友文書改竄のスクープです。

 しかし、今日の国会での集中審議を見ても、政府側は逃げ回るだけで、真相は一向に明らかになりません。疑惑に対していかにうまく言い逃れるかの、模範解答を聞かされているようなものです。これは、若い人たちに毒を飲ませるようなもので、世の中をうまく渡るためには、どのように振舞うのが得策かということのお手本を見せているようなものです。天下の秀才が官僚となり、出世するための教訓を述べているような気さえします。

 国会の究明は、文書改竄をやらせた側、あるいは改竄を指示した側の人間に対して行われています。これでは言い逃れをするだけで埒が開かないことは明らかです。文書改竄をやった人に聞けば明らかになるでしょうが、この人たちは、完璧に保護されています。

 結局、真相究明には、担当した人たちのマスコミへの内部告発か、検察当局による捜査にしか期待は持てないのでしょう。

3月11日 25年目のリフォーム
 
我が家も築25年を迎え、リビングをリフォームすることにしました。汚れた壁紙を珪藻土に変え、作り付けの本棚を撤去して飾り棚に変更し、カーテンをドレープ・スクリーンに変えます。これにより、すっきりとした部屋になることを期待しています。

 このリフォームは、アメリカに住む息子一家の客間が、ソファーとテーブルとマントロピースだけの、実にすっきりとしていた部屋であったのに刺激されてのことでした。

 もう工事に入っていて、部屋は養生のピニールに覆われた状態です。この程度のリフォームですが、一週間以上の期間がかかり、思ったよりも大変でした。

 これに合わせて、天井の蛍光灯ダウンライ12個ををLEDダウンライトに変えました。照明器具はインターネットで取り寄せ、自分で取り替えたので、2万円ほどで済みました。電気屋さんに頼んだらこの3倍は掛かったでしょう。床のニスもこれから自分で塗り替えます。

 珪藻土も自分で塗ることを考え、メーカの講習会に参加したこともありましたが、下準備などを考えるとちょっと無理でした。

 リフォーム業者はインターネットで検索して良さそうなところを選びましたが、誠実に一生懸命対応してくれています。大工さんの腕前はもう一つでしたが、大目に見ています。出来上がりも重要ですが、若い職人さんが一生懸命仕事をする姿を見るのはいいものです。

3月9日 米朝首脳会談
 急転直下、トランプ大統領は北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長からの申し入れを受け、直接会談を即断しました。いかにも経営者出身らしい決断で、官僚や従来の政治家にはできない迅速な行動です。

 このような決断には必ず批判的な意見が述べられますが、私はうまく進むような気がします。これは直感です。

 北朝鮮は追い詰められていると感じます。今までのように、約束を反故にするような余裕はもはや無いものと思います。経済制裁と軍事圧力に金正恩は耐えられないのではないでしょうか。南北会談の時の彼の笑みは、弱い心の内を物語っているように感じます。

2月27日 故磯山雅君を偲んで「マタイ受難曲」を聴く
 グスタフ・レオンハルト指揮、ラ・プティット・バンド演奏の「マタイ受難曲」を久々に聴きました。なぜかというと、このCDのライナーノーツを磯山君が書いていたのを思い出したからです。

 バッハ研究に生涯を捧げた彼の含蓄と深い洞察に貫かれた解説を読みながら、3時間にも及ぶバッハの最高傑作の一つを、春の暖かい日差しを浴びながら、たっぷりと聴きました。中学と高校時代の彼との思い出に浸りながら聴いたことは言うまでもありません。

 「マタイ受難曲」の最後の言葉をここに捧げます。

 憩いたまえ安らかに、安らかに憩いたまえ!

2月25日 95歳の母を連れて伊豆旅行

石廊崎

 今年の3月で96歳を迎える母を連れて、家内と三人で伊豆へ二泊の温泉旅行をしてきました。母は膝の具合が悪く、歩き回ることは無理ですが、それでも1Kmの遊歩道を歩いたり、河津桜を見たりしました。あいにく、今年は河津桜が咲くのが遅れていて、まだ開き始めでしたが、伊豆半島のあちこちで、その地の桜が美しく咲いていました。

 母は食欲旺盛で、旅館のバイキングなどは、夕食も朝食も、私よりもたくさん食べていました。食欲と旅への意欲が、元気の源であることを実感しました。

 これからも時々は旅行に連れ出そうと思っています。

2月23日 磯山雅氏のご冥福をお祈りいたします
 
 旅の途中で、磯山氏の訃報に接しました。昨年夏の中学校の同窓会で会って、話をしたのが、最後になりました。大変惜しい人を亡くしました。もうFM放送の「古楽の楽しみ」で、声を聞くことができなくなると思うと、寂しさと悲しみを感じます。

 彼とは、中学、高校が一緒で、昼休みには校庭の片隅で、弁当を食べながら色んなことを話したのを懐かしく思い出します。高校卒業後は、進路が異なり、会う機会は持てませんでしたが、著書やFM放送などを通じて、音楽の世界での活躍を誇らしく感じていました。まだこれからという時に、残念でたまりません。


2月17日 八ヶ岳の雪形

阿弥陀岳の横顔。 富士見の立沢から見ると、涅槃佛の横側に見える。左から髪の毛、中央のピークが額、続いて両目、右の傾斜が鼻。

編笠山の登り鯉(右)と下り鯉(左)。立沢の同じ場所から。



2月14日 5年振りの御神渡り

赤砂崎から 御神渡りと富士山

赤砂崎から岡谷方面

岡谷側から下諏訪方面

 このところの寒波で諏訪湖が全面結氷し、1013年1月以来の御神渡りができました。さっそく見に行ってきました。諏訪湖周辺を歩きながら、先ず下諏訪の赤砂崎からの一之御神渡りを見てから、岡谷に回り、この御神渡りの反対側の端を見てきました。御神渡りの両端を見たことになります。

 御神渡りは、氷が厚くなると夜間の冷え込みで氷が収縮して亀裂が生じ、この亀裂にできた氷が、昼間の温度上昇とともに膨張して、亀裂の部分の氷を持ち上げられることによって作られるということです。御神渡りのできる場所は、年により変化するようです。


2月13日 ホームページ・ビルダー21へ更新
 この一週間ほど、暗澹とした気持ちで過ごしていました。一つは株の大幅な下落と、もう一つは、ホームページを作成するためのホームページ・ビルダー12が突然開けなくなったことが原因です。

 株はどうしようもありませんが、ホームページ・ビルダーの方は解決策を検索しても有効な情報が得られません。発売元のジャストシステムズに電話しても、サービス期間が終了しているということで、相手にしてもらえません。メールでの問い合わせに対しては、Windowsのアップデートが原因だろうということで、最新のヴァージョンに入れ替えるしかないとのことです。仕方なく、最新ヴァージョンのホームページ・ビルダー21を購入しました。

 やはり新しいヴァージョンは動きが早く、この記事も今までよりもスムーズに作成できています。もっと早くソフトを更新すべきであったようです。


1月27日 米国にいれば日本の高校レベルの表現を4歳児でも話せる

 『日経ビジネス』の記事に池田和宏氏の『進化する学習法・英語教育の最前線』というのがありました。なにげなく読んでいたのですが、ある中学校での体験部分に目が留まりました。

 「中でも私が驚いたのは、生徒の中に、might(もしかすると~かも知れない、may よりも各進度が低い)やIf I were・・(仮定法過去)など、現行カリキュラムでは完全に高校内容で、かつ日本人にはまず使えない表現を、正確に使いこなす生徒がいたことです。これは、これまでのように文法演習をチマチマとやっていては絶対に不可能で、内容や意味に焦点をおいたかなりダイナミックな訓練を行っていることが伺えました。」

 
いう部分です。実はこれと似通った体験をしたことがあります。 

 4歳になる孫ですが、プリスクールに3歳から半日通っています。それなのに、すっかり英語が話せるようになり、上記のような、日本人でも高校生にならなければ習わないような表現を普通に使っているのです。恐らく先生から何度も聞いているうちに、自然に覚えたのでしょう。

 日本の学校の英語教育はまだ「語学」の域を出ていないような気がしてなりません。

1月26日 クルレンティスの『悲愴』と『ドン・ジョヴァンニ』
Currentzisと Musicaeternaによる、チャイコフスキーの『悲愴』とモーツアルトの『ドン・ジョヴァンニ』には衝撃を受けました。グレン・グールドを初めて聴いた時に受けた強烈な印象と似たところがあります。とにかく今までの演奏スタイルとは異なるもので、表現の幅が格段に広くなり、聴くものを引き付けて最後まで離さない力があります。面白い人が現れたと思います。鬼才とと言うべきでしょう。

1月16日 冬の風物詩 田んぼのスケート


田んぼのスケートリンク


 私の子どものころは、冬になるとて校庭に水をはってスケートをしました。即席のスケートリンクです。学校が始まる前や、朝の体育の時間にスケートをしました。当時は下駄スケートというもので、足袋をはいた足に紐でスケートの刃が付いた下駄を括りつけました。子どもの手では縛り方が不十分で、すぐに緩んできます。その上寒くて、足が凍えてきます。結局、スケートは上達しませんでした。

 田舎に行くと、田んぼに水をはってスケートをしていました。富士見でもつい最近まで見られましたが、冬の気温が高くなってきて、十分に凍らなくなってきたためか、次第に見かけなくなってきました。
残念なことです。

 家から4Kmくらいの所にある、八ヶ岳のすそ野にある立沢地区の小学校では、今でも田んぼに氷を張ってスケートをしています。ここは標高が1100mあり、朝の冷え込みは-10℃くらいになりますから、十分に氷が張ります。今朝、ここまでウオーキングをしていくと、子どもたちがスケートをしていました。いつまでも続いてほしいものです。


1月8日 アメリカの魅力は広大な自然
写真 サンフランシスコ周辺の大自然

Pinnacles National Park

Big Sur

 昨年末から年始にかけて、息子一家の住むBuringameで過ごしました。車であちこちと連れて行ってもらいましたが、サンフランシスコの周辺だけでも、車でフリーウェイを1、2時間も走らせると、そこには広大な大自然が広がっています。アメリカの真の魅力を改めて知りました。

 短時間の観光ではなかなか行けないところに、現地の人たちが勧める魅力的な場所がたくさんあることを知りました。進んだ文明社会はアメリカの一面でしかなく、まだ手付かずの、西部開拓時代からとそう変わらない世界が広がっています。アメリカという国の広がりの深さを改めて実感しました。

 今回行ったところは、
Point Reyes サンフランシスコの北、灯台がある
Lands End ゴールデンゲート公園の先
Golden Bridge Vista Point ゴールデンゲートブリッジを渡った所にある小高い山
Pinnacles National Park Monterey近くにある国立公園
Point Lobos State Historic Park カーメル(
Carmel-By-The-Sea)に続く海岸
Big Sur Point Lobosに続く海岸地帯

1月3日 サンフランシスコバレエ 「くるみ割り人形」




 
昨年の年末から新年にかけて、息子一家の住むバーリンゲイム(サンフランシスコとシリコンバレーの間にある市)で過ごしました。クリスマスシーズンとも重なり、この時期恒例のサンフランシスコバレエの「くるみ割り人形」を皆にプレゼントしました。総勢で6人ですから、随分と気前の良いプレゼントになりましたが、それだけの価値のある贈り物となりました。

 通常のバレエ公演は5、6歳以上でないと入場できないのですが、「くるみ割り人形」に限っては4歳まで許されています。そのおかげで、4歳の孫も見ることができました。最後まで退屈せずにいられるのか、少しばかり心配でしたが、全くの杞憂で、最後までしっかりと見ていました。

 感心したのは、子どもを退屈させない演出が、ここかしこに仕込まれていることでした。子供向けの童話風の舞台展開にしたり、そろそろ退屈するかなと思うころになると、舞台をドラマチックに変化させたり、子どものバレリーナを出演させたりと、小さい子供でも集中力を持続させる工夫が随所にちりばめられていました。第一幕最後の雪の場面などは、舞台の後ろが見えなくなるくらいの雪を降り続けさせて、その物量には圧倒されました。舞台造りにお金を惜しみないのも、アメリカ的だと思いました。

 本物のバレーを求める人には物足りなかったとは思いますが、とにかく子どもから大人までの聴衆を楽しませることに徹する精神には、アメリカらしさを感じさせました。物量をかけて、質を落とすことなくエンターテイメントに徹するところは、アメリカの真骨頂ではないでしょうか。ヨーロッパの本物志向も良いですが、アメリカの質の高い娯楽性も良いものだと思いました。

 後日マリンスキー劇場の「くるみ割り人形」
を、NHKのBSプレミアム劇場で観ましたが、別物でした。舞台も、踊りも、音楽も、サンフランシスコバレーよりも一段も二段も上でした。


12月19日 日本人の忘れっぽさは優れた資質

「国家が進歩するためには、過去の暗い記憶を忘れなくてはならない」

 カズオ・イシグロのインタビューを聞いて、特に印象に残った言葉です。今までの常識から、国家は過去の歴史の暗い記憶を忘れてはならないと思っていたからです。もちろん、全てを忘れてよいということではなく、時として忘れることも必要だということでしょう。

 考えてみれば、日本は自国の暗い記憶を忘れ、同時にアメリカへの恨みも憎しみも忘れました。この結果として、今の日本の成熟した民主主義国家があり、日米の成熟した親密な関係ができあがりました。

 中東の紛争は、過去の記憶を忘れることができないからでしょう。紀元前からの長い歴史が、宗教と結びついてしまっていますから、忘れることができません。過去が遠ざかっても、宗教が存在する限り、記憶は鮮明なまま残ります。

 日本は、過去の暗い記憶を忘れることができましたが、隣国は忘れてくれません。政治的なプロパガンダとして、利用しているからです。これは、隣国にとっても不幸なことです。過去にいつまでも囚われていたのでは、前進することができないでしょう。

 日本人はすぐに忘れてしまうと言われますが、この忘れっぽさは、日本人の特筆すべき優れた資質かもしれません。

12月18日 カズオ・イシグロの言葉
 12月16日の7時から、NHK BSでカズオ・イシグロの単独インタビューが放送されました。とても含蓄に富んだ、とても大切な問題が指摘されていて、とてつもなく有意義でした。一度聞いただけでは記憶に残らないので、録画したものを静止させながら、メモに残しました。

 文学の重要な役割は、人間の経験や感情に光を当て、さらに新たに発見された知識の使い方を考える道筋を示すことです。
 人間の感情や体験について、異なる文化や民族の間に、共通認識がなければできないことです。

 あらゆる作品には一貫したテーマが流れています。物語の中にある感情は一貫していることが多いのです。

 「人々は何を記憶してどう過去と向き合うか」

 
「人生を振り返り、自分が最も誇りを持っていたものや業績は、実は恥ずべきことだった」と気づいた個人について書きたい。
 
彼らが気づかなかったのは、自分の貢献や仕事がより広い世界でどう使われているのかという視点がなかったからです。

 「過去を忘れるべきか? それとも向き合うべきか?」

 
ひとつの物語は別の物語の発展なのです。私にとっての作品は、ものを書こうともがき、適した設定を探そうと考えてとり散らかした末の結果なのです。

 「忘れられた巨人」
 私は記憶と忘却という問題を国に当てはめてみました。国家は暗い記憶を忘れる方法をどのように決めるのか。国家は前進や結束のために、社会が分裂し内戦に陥るのを防ごうと、過去を忘れなければならないことがあります。世界中で絶えず内戦や暴力の連鎖が起きています。過去に起きたことを忘れられないからです。
 時には忘れることも必要です。それまでに起きた大きな恐怖や不正に対処せず、安定した民主主義社会を築けるでしょうか? 
 国は困難を経験した個人と同じ問題を抱えているようです。いつ忘れるべきなのか? そしていつ思い出すべきなのか? 私はずっとものテーマに心を奪われています。

 多くの人々は日本が第二次世界大戦の記憶を忘れていると非難します。二度の原爆投下のために、自分たちは被害者だと考える方が日本にとっては楽なのかもしれません。
 ところが日本と東南アジア諸国や中国との間で緊張を引き起こしています。しかしだからこそとても微妙な問題になっているのです。なぜなら日本は軍国主義のファシズム社会から、近代的で自由な民主主義国家に移行するのに成功した輝かしい手本だからです。
 いま世界はとても不確かです。ヨーロッパも不確かな時期にあります。そんな中、日本は安定しています。不確かな時代において、強固な民主主義国家であり続けています。これは第二次世界大戦後に多くの暗い記憶や日本の犯した残虐行為の記憶を脇に追いやらずになしえたでしょうか? 日本のような良い社会を築けるかどうかは、無理にでも物事を忘れることにかかっているのかもしれません。それが正義でなくてもです。
 この問題は世界中の多くの国に当てはまります。確かに日本は多くのことを忘れましたが、自由世界におけるすばらしい民主主義国家になりました。これは大きな成果だと思います。

 日本が戦争の加害者であったことを忘れているとの批判に対して
子どもの頃の記憶について悩んでいる友人へのアドバイスとして

 何らかの損害が自分の社会にもたらされたか?
 物事を忘れたことによって隣人との関係が損なわれているか?
 一部の問題に目が向けられていないために損害が生じたり、深刻な状況が生じているなら、次のことを問うべきかもしれません。
 私たちは今過去に目を向けられるほど強くなっているのか?
 過去がより遠ざかっているために、向き合いやすくなっているのか?
 他の多くの国はそうしてきたと思います。何世代も前に起きたことについて、公式の謝罪をしてきました。



12月13日 ロイヤルオペラのオテロ

ロイヤルオペラの映像から。第一幕終わりの、最高に美しい愛の二重唱の場面。

 アントニオ・パッパーノ指揮でヨナス・カウフマンがオテロを演じた英国ロイヤルオペラの「オテロ」は見ごたえがありました。パッパーノはいつものように素晴らしい音楽を作り出していました。

 何といっても、カウフマンのオテロが見どころであり聴きどころであることは、衆目の一致するところでしょう。期待に違わず、出色の演技と歌唱と演技でした。最初から最後まで見る人を引き付けて離さない力がありました。最後の死の場面は、鬼気迫るものを感じさせる迫真の演技でした。

 「オテロ」でいつも感じる違和感は、オテロがヤーゴの陰謀に易々と騙されてしまうことです。ムーア人としての嫉妬に駆られているとはいえ、デズデモナに正すこともなく、直情的にヤーゴの企みにはまってしまうことに、不自然さを感じてしまいます。「オテロ」では、この不自然さを感じさせないことが重要だと思います。

 カウフマンのオテロは、恋に純情なオテロを演じることで、この不自然さを解消し、説得力のある「オテロ」に仕上げていたように思います。凄みを感じさせるドミンゴのオテロよりも、純真さを感じさせるカウフマンのオテロは好感が持てました。

 パッパーノはいつも良い音楽を作り上げています。ザルツブルク音楽祭の「ドン・カルロ」や「アイーダ」のCD録音も素晴らしいものでしたが、今回の「オテロ」もまた極上の音楽を作り上げていました。

 BSプレミアム・シアターは、映像も音も優れていて、オペラに関しては、生で聴くよりもテレビの方が良いのではと思えるほどです。

12月2日 アンナ・ネトレプコのアイーダ

 
先日のNHK BSプレミアム・シアターで放映されたザルツブルク音楽祭2017年の「アイーダ」を見ました。なんといても、アイーダ役のアンナ・ネトレプコが出色の出来でした。その歌唱力は他を圧する際立ったものでした。演技力も素晴らしいの一言です。

 とは言っても、アムネリス役のセメンチュクも、ラダメス役のメーリも素晴らしい出来で、その役どころに嵌まっていました。

 舞台演出も、簡素でいて古代エジプトの感じをよく出しており、厳粛さと威厳と宗教的な雰囲気が感じられました。凱旋の場面は、スペクタクルではなく、格調ある戦勝を祝う儀式となっていて、凱旋の音楽が重みをもって感じられました。こうした演出は実に独創的でいて、かつ納得のいくものでした。この場面が、娯楽的でなく、あの有名な音楽が軽々しくなくなる効果が生まれていました。出色の演出だと思います。

 CDでは、パッパーノ、ハルテロス、カウフマンの録音が気に入っていたのですが、ムーティとウィーンフィルによる今回の集中力のある演奏も素晴らしいものでした。映像と録音もとてもいいと思います。

 オペラの後に、「ネトレプコ IN 東京」と題する、サントリーホールでのネトレプコと夫のユシフ・エイヴァゾフのリサイタルも放映されました。ネトレプコの歌はオペラ同様に素晴らしいものでしたが、旦那さんの方は、声は素晴らしいのですが、今一つという印象でした。その結果、オテロの有名な二重唱も、愛の深みが感じられなかったのは残念でした。


冬の畑。農作業はお休みです。
畝には土中堆肥を埋め込み、通路には藁を敷き詰めている。



野菜の保存
大根、人参、ジャガイモ、里芋は、土を付けたままビニール袋に入れ、落ち葉の中に保存します。土に埋めてもいいのですが、取り出すのが大変なので、今年から落ち葉を集めてその中に埋めています。