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ブライトホルン(4164m)山頂から。
マッターホルン(4478m)ダン・ブランシュ(4357m)


アメリカ

ヨセミテ渓谷

サンフランシスコ周辺の大自然
その時々、折りに触れて感じたこと、
何かしたことの写真と雑文です。
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我が家の庭の変遷

我が家の庭の四季
早春 3月


春 4月

ことです。

初夏 5月


初夏 6月



盛夏 7月、8月


初秋 9月~10月中旬



秋 10月下旬~11月



冬 12月 ~2月



我が家の庭づくり

 庭を始めてたのは、1994年に家を富士見に新築してからですが、本格的にやりだしたのは、定年退職をした2007年からです。

 最初はただ木を植えただけの庭でしたが、その後ハーブガーデンにしたり、一部を畑にしたり、敷石を敷いたり、バラのアーチを作ったり、通路を変更したりしながら、現在の姿になってきました。

 この間の庭の写真を我が家の庭の変遷にまとめてあります。

 最初は花の名前も知らず、近くのガーデンで余った苗を頂いて、喜んでは植えていました。何も知らずに、丈夫でよく増える花などと言ったばかりに、庭中に蔓延り、実に困った結果になったことも度々です。

 それから、毎年新しい苗を植え、それを枯らしたり、うまく育たなかったり、大株になりすぎたり、移植したりを繰り返し、この土地とこの庭の環境に合った植物はどういうものかが、次第に分かってきました。

 そしてようやく、花の色、葉の色、咲く時期、株の大きさと形、全体の雰囲気など、庭作りに必用不可欠な植物の知識が身についてきました。

 こうして、気に入った植物が、庭でお互いに競い合い調和しながら、一つの小さな植生を作り出すようになりました。テレビ番組で、かのTashaTudorが語っていたように、「庭は一夜にしてならず。最低12年、時間をかけてこそ美しい庭に育つもの」を実感しています。

 まさに、庭は育つものであり、作るものでないことを悟りました。

 庭作りは、画家が白いカンバスに絵の具を塗り重ね、絵を完成させていく作業に似ています。しかし、絵は完成すればそこで時間が止りますが、庭は時間と共に変化を続けます。完成するということがありません。

 一つの花が最も美しく咲く期間は、せいぜい一週間です。来年もまた同じように美しく咲いてくれるかどうか分かりません。庭は刹那の美を絶えず追い求め、その時々の変化や季節の移ろいを楽しむものだと言えましょう。

 狭く小さな庭ですが、一年を通じて、それぞれの季節が与えてくれる植物の美しさを楽しめる庭を追い求めています。

我が家以外の庭
横浜のバラ
(山下公園、港の見える丘公園)


オープン・ガーデン
畑の12か月

2007年から、無農薬の野菜作りしています。
富士見の紅葉


富士見の桜


富士見の雪景色と和歌


入笠山の四季

1月16日 冬の風物詩 田んぼのスケート

田んぼのスケートリンク


 私の子どものころは、冬になるとて校庭に水をはってスケートをしました。即席のスケートリンクです。学校が始まる前や、朝の体育の時間にスケートをしました。当時は下駄スケートというもので、足袋をはいた足に紐でスケートの刃が付いた下駄を括りつけました。子どもの手では縛り方が不十分で、すぐに緩んできます。その上寒くて、足が凍えてきます。結局、スケートは上達しませんでした。

 田舎に行くと、田んぼに水をはってスケートをしていました。富士見でもつい最近まで見られましたが、冬の気温が高くなってきて、十分に凍らなくなってきたためか、次第に見かけなくなってきました。
残念なことです。

 家から4Kmくらいの所にある、八ヶ岳のすそ野にある立沢地区の小学校では、今でも田んぼに氷を張ってスケートをしています。ここは標高が1100mあり、朝の冷え込みは-10℃くらいになりますから、十分に氷が張ります。今朝、ここまでウオーキングをしていくと、子どもたちがスケートをしていました。いつまでも続いてほしいものです。


1月8日 アメリカの魅力は広大な自然
写真 サンフランシスコ周辺の大自然

Pinnacles National Park

Big Sur

 昨年末から年始にかけて、息子一家の住むBuringameで過ごしました。車であちこちと連れて行ってもらいましたが、サンフランシスコの周辺だけでも、車でフリーウェイを1、2時間も走らせると、そこには広大な大自然が広がっています。アメリカの真の魅力を改めて知りました。

 短時間の観光ではなかなか行けないところに、現地の人たちが勧める魅力的な場所がたくさんあることを知りました。進んだ文明社会はアメリカの一面でしかなく、まだ手付かずの、西部開拓時代からとそう変わらない世界が広がっています。アメリカという国の広がりの深さを改めて実感しました。

 今回行ったところは、
Point Reyes サンフランシスコの北、灯台がある
Lands End ゴールデンゲート公園の先
Golden Bridge Vista Point ゴールデンゲートブリッジを渡った所にある小高い山
Pinnacles National Park Monterey近くにある国立公園
Point Lobos State Historic Park カーメル(
Carmel-By-The-Sea)に続く海岸
Big Sur Point Lobosに続く海岸地帯

1月3日 サンフランシスコバレエ 「くるみ割り人形」




 
昨年の年末から新年にかけて、息子一家の住むバーリンゲイム(サンフランシスコとシリコンバレーの間にある市)で過ごしました。クリスマスシーズンとも重なり、この時期恒例のサンフランシスコバレエの「くるみ割り人形」を皆にプレゼントしました。総勢で6人ですから、随分と気前の良いプレゼントになりましたが、それだけの価値のある贈り物となりました。

 通常のバレエ公演は5、6歳以上でないと入場できないのですが、「くるみ割り人形」に限っては4歳まで許されています。そのおかげで、4歳の孫も見ることができました。最後まで退屈せずにいられるのか、少しばかり心配でしたが、全くの杞憂で、最後までしっかりと見ていました。

 感心したのは、子どもを退屈させない演出が、ここかしこに仕込まれていることでした。子供向けの童話風の舞台展開にしたり、そろそろ退屈するかなと思うころになると、舞台をドラマチックに変化させたり、子どものバレリーナを出演させたりと、小さい子供でも集中力を持続させる工夫が随所にちりばめられていました。第一幕最後の雪の場面などは、舞台の後ろが見えなくなるくらいの雪を降り続けさせて、その物量には圧倒されました。舞台造りにお金を惜しみないのも、アメリカ的だと思いました。

 本物のバレーを求める人には物足りなかったとは思いますが、とにかく子どもから大人までの聴衆を楽しませることに徹する精神には、アメリカらしさを感じさせました。物量をかけて、質を落とすことなくエンターテイメントに徹するところは、アメリカの真骨頂ではないでしょうか。ヨーロッパの本物志向も良いですが、アメリカの質の高い娯楽性も良いものだと思いました。

 後日マリンスキー劇場の「くるみ割り人形」
を、NHKのBSプレミアム劇場で観ましたが、別物でした。舞台も、踊りも、音楽も、サンフランシスコバレーよりも一段も二段も上でした。


12月19日 日本人の忘れっぽさは優れた資質

「国家が進歩するためには、過去の暗い記憶を忘れなくてはならない」

 カズオ・イシグロのインタビューを聞いて、特に印象に残った言葉です。今までの常識から、国家は過去の歴史の暗い記憶を忘れてはならないと思っていたからです。もちろん、全てを忘れてよいということではなく、時として忘れることも必要だということでしょう。

 考えてみれば、日本は自国の暗い記憶を忘れ、同時にアメリカへの恨みも憎しみも忘れました。この結果として、今の日本の成熟した民主主義国家があり、日米の成熟した親密な関係ができあがりました。

 中東の紛争は、過去の記憶を忘れることができないからでしょう。紀元前からの長い歴史が、宗教と結びついてしまっていますから、忘れることができません。過去が遠ざかっても、宗教が存在する限り、記憶は鮮明なまま残ります。

 日本は、過去の暗い記憶を忘れることができましたが、隣国は忘れてくれません。政治的なプロパガンダとして、利用しているからです。これは、隣国にとっても不幸なことです。過去にいつまでも囚われていたのでは、前進することができないでしょう。

 日本人はすぐに忘れてしまうと言われますが、この忘れっぽさは、日本人の特筆すべき優れた資質かもしれません。

12月18日 カズオ・イシグロの言葉
 12月16日の7時から、NHK BSでカズオ・イシグロの単独インタビューが放送されました。とても含蓄に富んだ、とても大切な問題が指摘されていて、とてつもなく有意義でした。一度聞いただけでは記憶に残らないので、録画したものを静止させながら、メモに残しました。

 文学の重要な役割は、人間の経験や感情に光を当て、さらに新たに発見された知識の使い方を考える道筋を示すことです。
 人間の感情や体験について、異なる文化や民族の間に、共通認識がなければできないことです。

 あらゆる作品には一貫したテーマが流れています。物語の中にある感情は一貫していることが多いのです。

 「人々は何を記憶してどう過去と向き合うか」

 
「人生を振り返り、自分が最も誇りを持っていたものや業績は、実は恥ずべきことだった」と気づいた個人について書きたい。
 
彼らが気づかなかったのは、自分の貢献や仕事がより広い世界でどう使われているのかという視点がなかったからです。

 「過去を忘れるべきか? それとも向き合うべきか?」

 
ひとつの物語は別の物語の発展なのです。私にとっての作品は、ものを書こうともがき、適した設定を探そうと考えてとり散らかした末の結果なのです。

 「忘れられた巨人」
 私は記憶と忘却という問題を国に当てはめてみました。国家は暗い記憶を忘れる方法をどのように決めるのか。国家は前進や結束のために、社会が分裂し内戦に陥るのを防ごうと、過去を忘れなければならないことがあります。世界中で絶えず内戦や暴力の連鎖が起きています。過去に起きたことを忘れられないからです。
 時には忘れることも必要です。それまでに起きた大きな恐怖や不正に対処せず、安定した民主主義社会を築けるでしょうか? 
 国は困難を経験した個人と同じ問題を抱えているようです。いつ忘れるべきなのか? そしていつ思い出すべきなのか? 私はずっとものテーマに心を奪われています。

 多くの人々は日本が第二次世界大戦の記憶を忘れていると非難します。二度の原爆投下のために、自分たちは被害者だと考える方が日本にとっては楽なのかもしれません。
 ところが日本と東南アジア諸国や中国との間で緊張を引き起こしています。しかしだからこそとても微妙な問題になっているのです。なぜなら日本は軍国主義のファシズム社会から、近代的で自由な民主主義国家に移行するのに成功した輝かしい手本だからです。
 いま世界はとても不確かです。ヨーロッパも不確かな時期にあります。そんな中、日本は安定しています。不確かな時代において、強固な民主主義国家であり続けています。これは第二次世界大戦後に多くの暗い記憶や日本の犯した残虐行為の記憶を脇に追いやらずになしえたでしょうか? 日本のような良い社会を築けるかどうかは、無理にでも物事を忘れることにかかっているのかもしれません。それが正義でなくてもです。
 この問題は世界中の多くの国に当てはまります。確かに日本は多くのことを忘れましたが、自由世界におけるすばらしい民主主義国家になりました。これは大きな成果だと思います。

 日本が戦争の加害者であったことを忘れているとの批判に対して
子どもの頃の記憶について悩んでいる友人へのアドバイスとして

 何らかの損害が自分の社会にもたらされたか?
 物事を忘れたことによって隣人との関係が損なわれているか?
 一部の問題に目が向けられていないために損害が生じたり、深刻な状況が生じているなら、次のことを問うべきかもしれません。
 私たちは今過去に目を向けられるほど強くなっているのか?
 過去がより遠ざかっているために、向き合いやすくなっているのか?
 他の多くの国はそうしてきたと思います。何世代も前に起きたことについて、公式の謝罪をしてきました。



12月13日 ロイヤルオペラのオテロ

ロイヤルオペラの映像から。第一幕終わりの、最高に美しい愛の二重唱の場面。

 アントニオ・パッパーノ指揮でヨナス・カウフマンがオテロを演じた英国ロイヤルオペラの「オテロ」は見ごたえがありました。パッパーノはいつものように素晴らしい音楽を作り出していました。

 何といっても、カウフマンのオテロが見どころであり聴きどころであることは、衆目の一致するところでしょう。期待に違わず、出色の演技と歌唱と演技でした。最初から最後まで見る人を引き付けて離さない力がありました。最後の死の場面は、鬼気迫るものを感じさせる迫真の演技でした。

 「オテロ」でいつも感じる違和感は、オテロがヤーゴの陰謀に易々と騙されてしまうことです。ムーア人としての嫉妬に駆られているとはいえ、デズデモナに正すこともなく、直情的にヤーゴの企みにはまってしまうことに、不自然さを感じてしまいます。「オテロ」では、この不自然さを感じさせないことが重要だと思います。

 カウフマンのオテロは、恋に純情なオテロを演じることで、この不自然さを解消し、説得力のある「オテロ」に仕上げていたように思います。凄みを感じさせるドミンゴのオテロよりも、純真さを感じさせるカウフマンのオテロは好感が持てました。

 パッパーノはいつも良い音楽を作り上げています。ザルツブルク音楽祭の「ドン・カルロ」や「アイーダ」のCD録音も素晴らしいものでしたが、今回の「オテロ」もまた極上の音楽を作り上げていました。

 BSプレミアム・シアターは、映像も音も優れていて、オペラに関しては、生で聴くよりもテレビの方が良いのではと思えるほどです。

12月2日 アンナ・ネトレプコのアイーダ

 
先日のNHK BSプレミアム・シアターで放映されたザルツブルク音楽祭2017年の「アイーダ」を見ました。なんといても、アイーダ役のアンナ・ネトレプコが出色の出来でした。その歌唱力は他を圧する際立ったものでした。演技力も素晴らしいの一言です。

 とは言っても、アムネリス役のセメンチュクも、ラダメス役のメーリも素晴らしい出来で、その役どころに嵌まっていました。

 舞台演出も、簡素でいて古代エジプトの感じをよく出しており、厳粛さと威厳と宗教的な雰囲気が感じられました。凱旋の場面は、スペクタクルではなく、格調ある戦勝を祝う儀式となっていて、凱旋の音楽が重みをもって感じられました。こうした演出は実に独創的でいて、かつ納得のいくものでした。この場面が、娯楽的でなく、あの有名な音楽が軽々しくなくなる効果が生まれていました。出色の演出だと思います。

 CDでは、パッパーノ、ハルテロス、カウフマンの録音が気に入っていたのですが、ムーティとウィーンフィルによる今回の集中力のある演奏も素晴らしいものでした。映像と録音もとてもいいと思います。

 オペラの後に、「ネトレプコ IN 東京」と題する、サントリーホールでのネトレプコと夫のユシフ・エイヴァゾフのリサイタルも放映されました。ネトレプコの歌はオペラ同様に素晴らしいものでしたが、旦那さんの方は、声は素晴らしいのですが、今一つという印象でした。その結果、オテロの有名な二重唱も、愛の深みが感じられなかったのは残念でした。


冬の畑。農作業はお休みです。
畝には土中堆肥を埋め込み、通路には藁を敷き詰めている。



野菜の保存
大根、人参、ジャガイモ、里芋は、土を付けたままビニール袋に入れ、落ち葉の中に保存します。土に埋めてもいいのですが、取り出すのが大変なので、今年から落ち葉を集めてその中に埋めています。