南方の果物  後藤 尚  白寿荘

白に牛のディスプレイと少女

私は父が台湾、台北で病院長をしていたので、そこで私は生まれ、育ち、終戦後日本に引き揚げてきた。従って私の生まれ故郷は台湾である。台湾の人は日本の植民地であったことは必ずしも“好し”とはしていないが、欧米諸国の完全な搾取政策や愚民教育での植民地政策と違い、日本は清国が未開発の地として見捨てた台湾の教育、治安、文化、衛生の発展、開拓に尽力し文化国家への基礎としたことを正しく評価し、他の日本の近隣諸国が戦後60年今なお政府が反日教育をとり、政府に対する国民の不満を日本に向けているのに反し、台湾の政府、国民共に最も親日的な国である。それだけに、私の台湾に対する親しみもまたひとしおである。台湾の友人、同期、同窓生も心から私を歓待してくれる。そんな時、台湾の友人宅で子供の時に食べた見覚えのある果物、レンブ(輦霧)が卓上に出た。懐かしさに思わず果物の配置を換えて、手持ちのノートに構図をスケッチし、同時にカメラに収め、日本に持ち帰り記憶の新しいうちに水彩画で描いた。この絵を見ると懐かしい南の香りを感じ、何時でもかつての童心に立ち返れる。

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