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Tabulatura Nova
新譜表
(1624)

ドイツの音楽家シャイトが出版した、3巻からなるオルガン曲集です。
旧来の記号による記譜法=オルガンタブラチュア譜を、
現在の五線に近い記譜法に改めたことから、新譜表と名づけられました。
1巻と2巻にはファンタジアなどの自由曲やコラール変奏曲が含まれます。
また3巻にはミサ曲や聖歌、マニフィカトなど礼拝用の曲が含まれます。
ここではその1巻の中から、いくつかの曲を紹介します。

1巻にはコラール"Vater unser im Himmelreich"に基づく作品が
いくつか含まれ、そのうち1つはコラール変奏曲となっています。
第1変奏は、主題とその反行形に始まるファンタジア風の曲です。


他の変奏は音形の反復・模倣を中心とした機械的なものですが、
第4変奏だけは"contra puncto duplici"(2重対位)の副題を持ちます。
2声の曲で、コラールの各行ごとに上下声部が
12度の2重対位法によって入れ替えられます。

1-5小節と6-10小節で上下声部が入れ替えられています。
フーガの技法の12度のカノンと同様の技法です。

この変奏曲のほかに、同じコラール旋律に基づくカノンもあります。
1巻の巻末には12曲の謎カノンが掲載されていますが、そのうち
第1、7、12曲が"Vater unser im Himmelreich"に基づく曲です。
第1曲はコラールの第1行に始まる4声の反行カノンです。


また第7曲は「休符の無い10度上の3声カノン」と題されています。
すなわち先行声部と後続声部が同時に開始し、10度で重複するのです。
これは10度の2重対位法による作品と言えます。

中声部がコラール旋律です。

以上に示したような反行や2重対位の理論はいずれも
ツァルリーノやスヴェーリンクの著述に見られるものですが、
両者には見られない逆行の技法も、この曲集には登場します。
カノンの第5曲、「ドレミファソラの上の3声カノン」がそれで、
4つの逆行カノンが定旋律変奏風に連続して示されます。

上に示したのは1つ目の逆行カノンです。

ただし、逆行の技法は同時代の他の作曲家にも見られるため、
シャイト独自の技法というわけではないと思われます。

最後にもう1曲、「4重フーガ」の副題を持つ曲を紹介します。
パレストリーナのマドリガル"Io son ferito, ahi lasso"
(「私は傷ついた、ああ!」1561)の主題による4声のファンタジアです。

BGMはこの4重フーガです。
曲の冒頭に4つの主題が順次示されますが、第4主題は
第3主題の反行形であり、現代風に言えば3重フーガです。


曲の冒頭です。各主題にT〜Wの数字をつけました。

29小節からは1/2に縮小・変形された第2主題が登場し、
エコーのように4声部にわたるストレッタとなります。

第2主題を青い音符で示しました。

また40小節からは縮小された第3・第4主題が第1・第2主題と絡み合います。

各主題を青い音符で示しました。

さらに46小節からは2倍に拡大された主題が示されます。
1つの声部に4つの主題が連続して示されるのですが、それが
46-58小節はソプラノ、59-71小節はアルト、72-84小節はテノール、
そして87-99小節はバスというように、4声部に順番に示されます。

ソプラノの青い音符が拡大された主題です。他の声部は自由なモチーフを模倣しています。

117小節からは再び原形の主題が登場し、ひとしきり各声部に示されます。
そして145-151小節には1/4に縮小された主題が次々と示され、
"Concursus"(結び)と記されたコーダを導きます。

各主題を青い音符で示しました。

以上のような主題の扱い方(拡大・縮小やストレッタなど)は、
師・スヴェーリンクの作品にも見られるものです。
このことから、おそらくシャイトがスヴェーリンクから学んだものは、
ツァルリーノの理論だけではなく、様々な作曲技法であったと考えられます。


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