経営者の紹介


              
              
               宮坂吉記:昭和23年生まれ(1948年生まれ) 血液型B型





           
バックホーで整地作業                                                稲刈りの撮影風景          
                                        


〜父から受け継ぎ、花作り〜
父親が養蚕が不振になり辞めた時に、我が家は花卉経営(当時はりんどう、スターチスが主)を始めました。
最初はリンドウを作りましたが、その後は夏場のスターチスを中心に栽培しました。
栽培の中心がしばらくスターチスでしたが、私が、経営の中心となってからはストック、夏のバラ、アスター、
カスミソウ、フリージャーなどを作っていきました。
どちらかというと、当時の時代を先取りした新しい花をどんどん作っていきました。


先取りしすぎて失敗した例もあります。
今では人気のデルフィニュームですが、当時は花持剤の薬がなく、花がパラパラ落ちてしまいました。
また今でこそ原村の冬の花と定着していますが、アネモネも村で1番に作り始めました。
しかし、経済的に厳しいころでりっぱな暖房機を買うお金がなく、冬の厳しい温度にまけてこれもあえなくダメでした。
でも、これらの花はその後見事に原村を代表する花になっていきました。



〜米作り〜 米作りでおもっていること
高校を卒業して、東京で働いていましたが、長男ということで地元にもどり、継いでから30年ぐらい過ぎました。
最初は、父の跡を継いだので切り花が経営の主でありましたが、圃場整備事業で田んぼ一枚の面積が
広くなり形も四角になって大型機械の操作がやりやすくなりました。
そのころから、機械でほとんどの作業ができる米作りに力が入ってきました。
以前に比べ田んぼを貸してくれる人も増えてきたので、それらを引き受けているうちに
面積が当初の予定の5町歩から、今では20町歩をこえました。



〜趣味&特技〜
機械関係が得意なので、農機具の修理も自分でほとんど直してしまうことが多いです。
今は、その延長かもしれませんがパソコンが趣味です。
若い頃は、読書、車、,カメラも好きでしたがね。
音楽もジャズが好きでしたが、今は「キャンデイーズ」の歌などを聴いています?



〜ごんちゃんというニックネーム(幼少のころ)〜
いたずらが多い子供を「ごんたな子」と言いますが、そこからきたごんちゃんとおもわれがちですが、
そうではないんですよ。
どういう意味のごんちゃんかといえば、なんと「物知りごんちゃん」だったんです。
子供のころから、いろいろな事を知っていて大人になってもそれは同じです。
話をすると、いろんな事を知っていて勉強になります



〜私たちの歩み

@  2008.7   家族経営協定を結ぶ



A2010.6  結婚30年目

6月4日は、30回目の結婚記念日でした。今までにこの記念日を特に祝ったことはなく
むしろ当時,よくこの日に結婚式ができたと思うぐらいの日時です。
今では、この日は最終の田植えをしていて、多忙な日になってしまいました。

が、今年は、還暦を迎えたということで節目の年であり、また結婚30年目と重なったので、
これを記念して筆職人の「ほっさん」にお願いして下のような記念の書を買いてもらいました。
そして3人の娘たちから心のこもったお祝いの手紙とお気に入りの料理家の人が作った夫婦のお椀をもらいました。
また、この年には御柱もあったり、長女とおむこさん、孫たちが同じ敷地内に家を建て住み始めるという、
思い出の年でもありました。

 
              記念の書                                 娘たちからの手紙





Bお婿さんも一緒に始める(2014.4)

会社勤めをやめて、この年の春から一緒に始めました。
この年は、豪雪のためビニールハウス9棟のうち6棟がつぶれ、3月から再建を始めたので
とても助かりました。
一緒にやるときは、ああしよう、こうしようと考えていましたが、ハウスの再建という予定外のことから
作業が始まり、バタバタのスタートになりました。


   ハウスの配管の位置をお婿さんと準備