蚕のルーツは中国
蚕のように糸を出す昆虫は数千種類いるといわれています。しかし、糸の丈夫さ、美しさ、取り出しやすさなどから、蚕が最もすぐれているのです。蚕のルーツとなった昆虫が中国に生息していたことは中国にとってまことに幸運なことでした。その中国で絹の利用が始められたのはおよそ一万年前といわれています。その後中国の人々によって品種改良が重ねられ、家畜化された蚕からはよりすぐれた絹がとれるようになり、生産性も向上していきました。
絹とその製造技術はシルクロードを西へ東へ
中国は、絹が有力な輸出品であるという認識を持ち、西へ東へとその交易ルートを広げていきました。
当然のことながら、養蚕、製糸の先端技術は持ち出しが厳しく禁じられていましたが、それがいつまでも続くはずもなく、日本では早くも奈良時代に地方から朝廷への絹織物の献上があったといわれています。ヨーロッパへはそれより遅れてルネッサンス期に到達したようです。
このように東廻り西廻りのシルクロードを通じて絹とその技術が伝わったのですが、特にフランス、イタリアに到達した製糸技術はおりからの産業革命に遭遇し、飛躍的な発展を遂げたのでした。その技術が地球を一周して日本まで来たのが、文明開化が始まる明治初年だったのです。フランスから技術を輸入した富岡の官営製糸場はあまりにも有名です。同時期にイタリア式の製糸場も民営で東京の築地や群馬県前橋につくられています。
日本に到達した技術は飛躍的に発展
江戸時代末期、すでに生糸が重要な輸出品になるという先見性を持った人々は、なんとか養蚕・製糸の生産性と糸質向上をはかりたいと考えていました。明治初年、フランス式の富岡製糸場、イタリア式の前橋製糸場、同東京の築地製糸場を目のあたりにした各地の人々は、それらを模した工場の建設を試みました。しかし、そのいずれもが思うような成果をあげることができず、挫折してしまったのです。その中で唯一成功したのが岡谷の中山社で、諏訪式座繰機を中心とした多くの新技術と管理システムの開発を行いました。この中山社方式こそ、日本が製糸王国としての道を歩むきっかけになった方式です。岡谷が近代製糸業発祥の地といわれるのはこのような歴史的経過によります。のちにこの中山社の諏訪式座繰機はさらに技術的進化を遂げて製糸のオートメーション化を実現した自動繰糸機への開発へとつながります。一方、奈良時代からの日本の伝統的な糸づくりも、江戸期には上州式座繰機などにみられるような進歩を遂げていたのですが、やはり諏訪式座繰機の影響を大きく受け、玉糸繰糸機という形で残ることになりました。
また、養蚕についても明治期は飛躍の時代でした。メンデルの法則が再発見された明治30年ころ、蚕の遺伝研究によって動物界にもメンデルの法則が適用されることを明らかにした遺伝学者の外山亀太郎は、蚕の一代雑種がすぐれた形質の繭をつくることに着目し、その実用化に向けて努力を重ね、革命的な成果をあげることになります。このように、養蚕・製糸両面での技術革新は、製糸王国日本の礎石になりました。
シルクロードを東進西進した歴史的技術が、今宮坂製糸所で ― 諏訪式座繰・上州式座繰・自動繰糸 ―
諏訪式は中国をルーツとしてシルクロードを西廻りしたヨーロッパ方式の流れを汲む繰糸方法です。日本が蚕糸王国になるきっかけになったのもこの方式ですし、『あゝ野麦峠』のま政井みね等が使った歴史的な機種でもあります。
上州式はシルクロードを東廻りして日本に到達した日本古来の伝統的な方法を踏襲しています。また諏訪式をオートメーション化したものが自動繰糸です。糸質についてもそれぞれ特徴があり、料理にたとえれば、諏訪式はフランス料理風ですし、上州式は日本料理風のように思われます。いずれも手づくりのぬくもりが感じられます。自動繰糸はちょっとつめたいかな。
このような歴史的背景を持つ代表的な三機種を意識的に設置したわけではなく、気がついたらそのようになっていたというのが実情です。世界遺産だと自負しているのですがいかがでしょうか。
諏訪式座繰機
機械の特徴 明治初年岡谷、諏訪で開発された、主としてフランスやイタリアの流れをくむ方式です。「あゝ野麦峠」の時代と全く同型式の機械が動いています。
糸の特徴 かさ高でやわらかい風合座繰いを持っています。手作りなので適度な繊度むらがあり、それがしわになりにくい織物の大きな要素となっています。明治、大正期の織物が現在でも評価されているのはこの糸に大きく負っています。
上州式座繰機
機械の特徴 日本古来の繰糸方法を改良したもので、主として玉繭を用いて玉糸の生産に用います。
糸の特徴 節のある糸であることが特徴で、玉繭の量などにより節の種類や量をコントロールできます。諏訪式座繰機と同様、かさ高で手作りの良さを持っています。素朴さを求めるにはなくてはならない素材です。
自動繰糸機
機械の特徴 諏訪式座繰機をオートメーション化した機械で、中国の一部、日本、ブラジルの全ての生糸はこの方式でつくられています。
糸の特徴 現在流通している糸はほとんどがこの方式によっています。繊度がきわめて均一で、あまり節などないきれいな糸です。均一性を重視した使いむきには適していますが、一方でしわになりやすい等の欠点を持っています。また風合いにも問題があると指摘されることがあります。

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