アメリカ合衆国 オバマ大統領 殿

朝鮮民主主義人民共和国 金正日総書記 殿

麻生内閣総理大臣 殿

鳩山由紀夫民主党代表 殿

太田昭宏公明党代表 殿

志位和夫日本共産党委員長 殿

福島みずほ社民党党首 殿

日本原水爆被害者団体協議会 御中 

原水爆禁止日本協議会 御中

 

被爆者の声を聴き、

オバマ・金正日会談を実現する努力を

―世界国民の平和的生存権を守るために、日本国民として

北朝鮮核兵器開発保有問題にいかに対応すべきかー

                         2009年8月22日  弁護士 毛 利 正 道

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第1 朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮という)は核兵器を持っているのか

1 核兵器保有に関する北朝鮮の声明

(1) 2005年2月10日外務省声明 

  ―「我々は、既にブッシュ行政府の増大する対朝鮮孤立・圧殺政策に対抗して

核拡散防止条約(以下、NPTという)から断固として脱退し、自衛のために核兵器を作った。我々の核兵器は、あくまでも自衛的核抑止力として残るであろう。」「対話と協議を通じて問題を解決しようとする我々の原則的立場と、朝鮮半島を非核化しようとする最終目標に変わりはない。」―

 疑う余地のない明確な表現であり、「核兵器保有公式宣言」といわれている。2003年8月から6カ国協議が開始されているもとで、このように公言したのである。

(2) この後、2005年9月19日に「朝鮮半島の検証可能な非核化」をめざすとした「第4回6カ国協議に関する共同声明」が出されたが、その後も、2006年10月3日、同年10月17日、2009年4月14日、同月29日、同年6月13日に、同国外務省声明若しくは同省スポークスマン談話として、核兵器を作り保有している旨明言している。核兵器製造のために不可欠とされてきた核実験を、2006年10月と2009年5月に行ってもいる。

   同国における核兵器製造の原料としては、ヨンビョンの実験用黒煙減速炉から出る使用済み核燃料棒の再処理によって生成されるプルトニュウムの他、上記2009年6月13日声明で述べられている天然ウランの濃縮作業を重ねることによって得られる高濃縮ウランがあり得る(但し、同声明は、この高濃縮ウランを核兵器の原料として用いるとは言っていない)。

2 使える核兵器を保有しているか

同国が現在、核兵器を製造して保有しているか否かは明確には確認できていないが、2005年における明確な「核兵器保有公式宣言」ならびにその後4年に及ぶ経過をみると、少なくとも1・2個の核兵器を保有している可能性が高い。但し、使用できる核兵器であるためには、核兵器を小型化して弾道ミサイルに搭載しこれを相手国まで飛ばす二重の技術が不可欠だが、その完成には一定の時間がかかるとのほぼ一致した見方である。

 

第2 北朝鮮はいつからなぜ核兵器を保有する気になったのか

1 2002年10月まで

(1)       同国が核兵器の保有に公式に初めて言及したのは、2002年10月25日外務省スポークスマン談話である。そこでは、「我々は米大統領特使(10月に訪朝したケリー国務次官補)に、増大する米国の核圧殺脅威に対処し自主権と生存権を守るため、核兵器はもちろんそれ以上のものも持つことになるであろうことを明確に述べた」とある。この表現では、核兵器を保有する方針を明示したとは言えまい。しかし、ケリー国務次官補によると、この平壌での会談において、核兵器を製造するためにウランを濃縮する計画を持っていることを北朝鮮が認めた、とのことであった(このことから、第二次北朝鮮核危機が始まった)。

(2)       北朝鮮は、この時まで核兵器の開発、若しくはその計画がある旨述べたことはない。1993年から1994年にかけての第一次北朝鮮核危機の時も同様である。同国は、1985年にNPTに加盟しているが、本当に核兵器を保有する意思があるのであれば、イスラエル・インド・パキスタンのように、その「権利」を奪われるNPTに加盟することなく核兵器を保有すればよいはず、との指摘もある(「北朝鮮とアメリカ 確執の半世紀」ブルース・カミングス著109頁・明石書店―以下、「同書」として引用するが、これは北朝鮮核兵器開発問題を探求する際の必読文献である)。

(3)       但し、北朝鮮は、スカッド型短距離弾道ミサイルについては、ソ連製のものをエジプトから入手して独自に改良開発し、1980年代後半から実戦配備するとともに、イランやシリアに輸出もしていたとされる。発射実験も再三行っており、米国との間での交渉の俎上にのぼってもいた。この北朝鮮製のミサイルは、「米国と同盟関係にない国にとっては、世界市場で入手できる一番性能の良いミサイルである」(同書126頁)。2009年8月15日の共同通信配信記事でも、北朝鮮・シリア・イランが新型ミサイルを共同開発している、と報じられている(むろん、北朝鮮への各種安保理制裁決議を除けば、国際社会では武器のひとつであるミサイル輸出に特別な制限がない)。

2 北朝鮮による3度にわたる不可侵条約の提案

(1)       2001年1月に就任したブッシュ米大統領は、同年9.11テロとアフガニスタン侵攻開始の後、2002年1月の一般教書において北朝鮮を「悪の枢軸国」のTOPに据え、同年9月の国家安全保障戦略において核兵器を用いることを含む先制攻撃の対象に据えた。

(2)       このような「危機的状況」の下で、北朝鮮は、

2002年10月25日外務省スポークスマン談話

2002年12月29日外務省スポークスマン談話

2003年2月25日第13回非同盟諸国首脳会議

において、計3回にわたり、米国が北朝鮮と不可侵条約を締結するならば核兵器開発問題を交渉で解決する旨明言した。特に、この3回目の非同盟諸国首脳会議は、北朝鮮が重視している国際会議であり、100カ国以上の首脳・政府代表を前にして、「米国が不可侵条約を締結するならば核兵器開発を検証可能な方法で放棄する」旨演説したのであり、軽々に言えるものではない。

(3) このように見ると、北朝鮮としては、2003年2月までは、出来ることなら核兵器を開発保有する方向でなく、交渉によって事態を打開したいと考えていたように思われる。ところが、この後、同年3月20日に米国を主力とする多国籍軍がイラク攻撃を開始した。その直後、北朝鮮の姿勢が変わる。

3 「核兵器開発宣言」

(1) 2003年4月6日同国外務省スポークスマン談話

―イラク戦争は、査察を通じた武装解除に応じる事が戦争を防ぐのではなく、むしろ戦争を招くということを見せつけている。国際世論も国連憲章も、米国のイラク攻撃を防ぐ事ができなかった。これは、もしも米国と不可侵条約を締結するとしても、戦争を防ぐ事ができないという事を物語っている。

ただ物理的抑止力、いかなる先端武器による攻撃も圧倒的に撃退することのできる強力な軍事的抑止力を保有してのみ、戦争を防ぎ国と民族の安全を守る事ができるという事がイラク戦争の教訓である。

米国が「悪の枢軸」だと暴言を吐いた3カ国中、すでに一国が無残な軍事攻撃にさらされている姿を目にしながら、われわれが武装解除要求に応じるだろうと考えるのならそれ以上の大きな誤算はないだろう。―

(2) これ即ち、不可侵条約を結んでも、これと同時に核兵器を捨て去ってしまうと、米国によってイラクのように戦争を仕掛けられ金正日体制が崩壊してしまう、現体制を守るには米国からの攻撃を防ぐ抑止力として核兵器を保有することが不可欠である、と言いたいとしか受け取れない。違法なイラク戦争の現実を踏まえてのものだけに「説得力」がある。

(3)       この「核兵器開発宣言」のわずか6日後である同月12日、同国外務省スポークスマンが、「米国が核問題解決のために対朝鮮政策を大胆に転換する用意があるなら、我々は対話の形式にはさしてこだわらない」とする談話を発表した。それまで、あくまで米朝直接対話を主張してきた北朝鮮が米国や日本が主張する多国間協議にも応ずる可能性を示したもので、それまでの拒否姿勢を変えて対話の方向に入るという明らかな政策転換であった。事実、この後急速に多国間対話の道が引かれ、4ヶ月後の同年8月には第一回6カ国協議が開催された。「対話宣言」とでも言えよう。

(4)       この1週間も隔たっていない「核兵器開発宣言」と「対話宣言」との関係をどう見るか。どちらも嘘でないとすると、北朝鮮は、核兵器を開発(製造・保有)しながら、多国間対話を進めるとの路線を採ったことになる、と見るのが自然であり、その2年近く後の2005年2月における北朝鮮の核兵器保有公式宣言など、その後の事態を見てもそれが事実であろう。

これは、イラク戦争開戦の事態に直面した北朝鮮が、米国から攻撃されないためには核兵器を保有することが必要だが、現在は保有できていないので開発保有できるまで対話で時間稼ぎをすることを選択したということか(だとすると、2008年12月まで続いたその後6カ国協議は、時間稼ぎの場であり、2009年4月になって北朝鮮が6カ国協議離脱宣言をしたのは、その時間稼ぎの必要がなくなった=核兵器が本当に完成したということか)。

あるいは、そこまでを意図したわけではなく、圧倒的な物量によるすさまじいイラク攻撃を目の当たりにした北朝鮮が、対話に応じて「武装解除」するとイラクのように攻撃される、かといって対話に入らずにこのまま突っ張っていても米国から攻撃される、そのどちらも避けようとする道を採っただけともとれる(だとすると、その後の6者協議継続と核兵器開発のプロセスは、北朝鮮が生き抜くためのギリギリの剣が峰のように苦しい道だったということになるか)。

4 北朝鮮をそこまで追い込んだ米国

(1)       いずれにしても明確なことは、米国の違法なイラク戦争開戦の前後で北朝鮮の態度が、核兵器開発をせずに不可侵条約を締結して対話で解決するとの姿勢から、対話しつつも核兵器開発をするとの姿勢に大きく変わったということである。この不可侵条約とは、相互に相手国に対して武力行使をしないことを約束する条約のことであり、北朝鮮にとっては、2005年9月19日の6カ国共同声明において、「米国は、(中略)、北朝鮮に対して核兵器または通常兵器による攻撃または侵略を行う意図を有しないことを確認した」と記載されていることそのものが6カ国協議最終段階の協定(条約)に含まれれば十分である。従って、前段における「核兵器開発をせずに不可侵条約を締結して対話で解決する」との北朝鮮の方針は、十分実現可能なものであった。

(2)       この方針を転換して、核兵器開発の方向に北朝鮮を追いやったのが、まさに、イラク戦争であった。米国がイラク開戦に踏み込むならば、「悪の枢軸国」北朝鮮をそこまで追い込む可能性があることは、米国にとっても十分見通しうることであったと言えよう。となると、米国には、北朝鮮をそこまで追い込んだ重い責任がある。

 

第3 オバマの「核兵器のない世界」をどう見るか

1 北朝鮮の「挑発行為」にも言及している点にも注目を

(1)       2009年4月5日におけるオバマ米大統領のプラハ演説が、「核兵器を使用した唯一の核保有国としての米国の道義的責任」を踏まえ、「米国が核兵器のない世界を追求する先頭に立つ決意」を表明したことを受け、世界の大勢がこれに賛意を示している。これら自体、全面的に歓迎する。

(2)       とくに冒頭の次の指摘は重要である。

―これ(核兵器)は、世界中のあらゆる人々に影響を及ぼします。ひとつの都市で1発の核兵器が爆発すれば、それがニューヨークであろうとモスクワであろうと、イスラマバードあるいはムンバイであろうと、東京、テルアビブ、パリ、プラハのどの都市であろうと、何十万もの人々が犠牲となる可能性があります。そして、それがどこで発生しようとも、世界の安全、安全保障、社会、経済、そして究極的には私たちの生存など、その影響には際限がありません。―

    すなわち、たった1つの核兵器が爆発することも決してあってはならない、との視点から、この「オバマの決意」が生まれているのであり、原点として極めて重要である。

(3)       むろん、このプラハ演説はこれだけに終わっているのではない。特に、北朝鮮については、ちょうど同日に行われた北朝鮮のロケット発射が、「再び規則を破り、長距離ミサイルにも使用可能なロケット発射実験を行った」「挑発行為」であるとして、NPTの柱のひとつ「核兵器の拡散を阻止する」との趣旨からも、国際社会が断固として一致して北朝鮮に対して圧力をかけ、方針を変更するように迫らなければならない、と述べている。北朝鮮核兵器開発問題を検討するうえでも、オバマ演説の正確な理解が求められる所以である。

(4)       また、プラハ演説は、チェコと米国の共通の安全保障として、「核兵器廃絶」とともにNATOの強化が必要であるとし、世界からテロを一掃するうえで「アフガニスタンにおけるNATOの任務は、不可欠」と断じている。大いに異議が出される箇所である。

(5)       このようにみただけでも、オバマ演説について正確に理解するためには、縦横からの検討が必要であることが分かる。

2 突如として出されたものではない

(1)       まず、当然であるが重要なことは、オバマ演説が突如として打ち出されたものではないという事実である。私が全国役員を務める日本AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)が、2009年6月21日の第49回定期全国大会で採択した 特別決議―「核兵器のない世界」と非核・非同盟の日本をめざしてーでは、次のように述べている。

被爆国の国民として、被爆者と共に、世界の心ある人々と連帯した核兵器廃絶を求める運動は、世界の人々や政府を揺り動かしています。アメリカの元高官たちによる「核兵器のない世界を」の提言やノーベル平和賞受賞者17人の訴え、国際核軍縮会議(オスロ)や第63回国連総会の諸決議、中央アジア5カ国での非核地帯条約発効、ロシアなど核保有国やNATO諸国(英国、イタリア、ドイツ)からも「核兵器廃絶」の声が挙がるなど「核兵器のない世界」を求める声と運動が大きく広がっています。
そして、4月5日、核超大国アメリカのオバマ大統領はプラハの演説で…―

(2)       このなかでも特に、キッシンジャー国務長官、シュルツ国務長官、ペリー国防長官など米国で世界戦略を立案・推進してきた元高官4氏による、2007年1月と2008年1月、2回に及ぶ論説「核兵器のない世界に向けて」に言及しておく。

そこでは、第1に北朝鮮の核実験にも触れて「世界はいま、新しい危険な

核時代の瀬戸際にある。最も憂慮されるのは、非国家テロリストが核兵器を手にする公算が高まっていることである」と指摘されている。国家が核兵器を保有するのは、多くは他国からの攻撃を防ぐという抑止目的からであろうが(使うために保有することもむろんありうる)、「核兵器を持つに至った非国家テロリスト集団」には、そのような抑止が機能せず現実に使用される危険が一挙に高まるのである。確かに、9.11同時テロ以降だけでも、インドネシア・パキスタン・インド・モスクワ・スペイン・ロンドンなどで深刻な政治的動機による重大殺害事件が発生しているのであり、米国だけでなく世界的視野からも重要な指摘である。

 また、第2に米ソの冷戦期には事故や誤判断から核兵器が発射されないよう注意を尽くす長い管理の経験があったが、世界的規模で増えている多くの新しい核保有国にはそのような経験がない。「人間のあらゆる営みには失敗がつきものである。核兵器だけは例外だとなぜ言えるだろうか?」(アーノルド・シュワルツェネッガー知事の言葉)。そして、「2007年8月29日から30日の間、核弾頭を搭載した6基の巡航ミサイルが米空軍機に積み込まれ、米国土を横断飛行した後に着陸した。36時間の間、核弾頭の所在を誰一人知らなかったばかりか、それらが行方不明となっていたことすら気づかなかった」事実を例証として掲げた。この指摘も重要である。

 第3に、この2つの論説は、これまでにおける核兵器廃絶を求める声を取り上げ、かつ、2007年の論説以降これに賛同する声・動きが大きく高まっていることにも強く言及している。厚みを感じさせる。

(3)      この4名のうちのシュルツ元国務長官に、2007年1月の論説直後に取材した杉田弘毅共同通信ワシントン支局長によると、シュルツ氏は、「核抑止力が必要では」と食い下がる杉田氏に対して、「君は何万、何十万もの人が死ぬと分かっていて、平壌に核を落とすのか。落とせなければ抑止力にならないぞ」と怒ったという(「世界」2009年6月号21頁)。「核抑止力に否定的だったのに驚かされた」と杉田氏が述べるほど、世界の指導者は、核兵器に抑止力など存在しないと確信しているのである。

3 プラハ演説だけでなく、カイロ・モスクワ演説にも注目を

(1) オバマ大統領は、プラハの後、2009年6月4日のカイロ大学での「新しい始まり」と題する演説、同年7月7日のロシア経済学院での講演をそれぞれ行っている。前者は、「私は、合衆国と世界中のムスリムとの新しい始まりを求めてここに来ました」と切り出し、「あまりに多くの涙が流れました。あまりに多くの血が流れました。イスラエルとパレスチナの母親が、その子どもが恐怖に脅えることなく成長するのを見守ることができるようになる日のため…」と、民衆の目線で訴えている。そして、「核兵器に関する国の権利と責任」について、「私は、ある兵器について、それを持つ国と持たない国があることに異議を唱える人々を理解することができます。どの国家が核兵器を持ってよいかということを、決めることができる国家はありません。だからこそ私は、すべての国が核兵器を持たない世界を追求するという米国の約束を改めて断言したのです」と述べた。

(2)  続くロシア経済学院では、「核不拡散と核兵器のない世界」を第1の柱に据えて、「核兵器保有国の数が102050カ国になった場合、これらの国々は、核兵器を守り、その使用を控えると言えるでしょうか。 これが、21世紀における核問題の中核的課題です。冷戦後の短期間に、インド、パキスタン、北朝鮮が核実験を行いました。現状で推移した場合、今後20年間に核兵器がさらに拡散することはない、と心から信じることのできる人はいるでしょうか」と呼びかけた。現に、これまでに米国だけでも、朝鮮戦争(1950年)、キューバ危機(1962年)、ベトナム戦争において核兵器を使用する具体的計画があり、91年1月の湾岸戦争時、94年3月からの朝鮮半島危機、98年1月からのイラク危機でその使用が検討されたと言われている(1950年の朝鮮戦争では、トルーマン大統領が核兵器使用命令書に署名までしたー同書57頁)。他国においても、これからも、核兵器を使わない保障はなんらないのである。

ところで、このロシア演説がプラハ演説から変化している点は、

@   プラハ演説にあった「おそらく私に生きているうちには達成されないでしょう」との、核兵比廃絶を「究極の彼方に」にイメージするような表現が消えた。より早期の課題として位置づけていると思える。

A   北朝鮮などの核兵器保有国になろうとしている国々に対し、名指しして封じ込めようとする視点の強調から、「ある国家を取り出して非難するものでなく、すべての国家の責任に関する問題です」「国際法が死んで弱肉強食の世界になります。これは、すべての人に何の利益も与えません」と述べるに至っている。北朝鮮も、ともに今この地球を生きるものの責任として核兵器廃絶に取り組もうと呼びかけているのである。

   このように、核兵器のない世界の実現を正面に掲げ、核兵器を持つ国が更に広がることを阻む道義的基盤を築くとの視点を明確に打ち出し、NPTで核兵器保有が認められている5カ国も、そうではない北朝鮮など核兵器保有・開発国も、ともに核兵器のない世界に向けて尽力することを呼びかけている。この視点は、NPT核不拡散条約の中核的課題であるにも拘わらず、とりわけ、8年間の米国ブッシュ政権に欠如していたものであり、重要である。

(3)  但し、いずれの演説においても、「過激派の打倒」「過激主義」と打ち出し、アフガニスタン・パキスタンにおける武力侵攻を正当化している。この点は決して同意できない。今、アフガニスタンに駐留する増派後の米軍57,000名、9,000名のイギリス軍など多国籍軍が無人機などによる空爆を激化させ、民間人を次々に殺害している。昨年戦闘で殺害された民間人は、過去最悪の2,118名だったが今年はこれを上回る勢いという。オバマは、「ずっと軍を駐留させたいのではない」というが、アフガニスタンへの武力侵攻は2001年以来、まる8年にもなる。とりわけ収拾がつかないときには原理原則に戻るしかないのであり、直ちにアフガニスタン人の民族自決権に委ねるべきである。

4 「オバマの決意」をどう生かすか、それが問題

(1)       オバマ大統領の「核兵器のない世界を米国が先頭に立ってめざす決意」それ自体、諸手を挙げて歓迎すべきことである。どのような指摘も、人類を滅亡の危機に追いやっている核兵器を一刻も早く廃絶することに、ブレーキをかける根拠にならない。

(2)       この「オバマの決意」は、突如として思いつきで生まれたものでは決してなく、日本の核兵器廃絶運動を始め、核兵器廃絶を求めるこれまでの世界の闘いを踏まえて生まれたものである。

(3)       では、なぜ「オバマの決意」が生まれたのか

第1に、イスラエル・インド・パキスタン・北朝鮮…このまま推移すると、核兵器保有国が次々に増えることを阻むことができない。

第2に、次々に増える核兵器保有国すべてが、相手からの攻撃を防ぐという抑止のためにのみ核兵器を保有し続けるとは断言できず、現実に核兵器が使われることもあり得る。

第3に、保有管理経験の浅い核兵器保有国が多くなってくると、誤判断・事故不注意によって核兵器が発射される可能性が飛躍的に高まる。

第4に、核兵器保有国が増えると、各国間での技術・部品・核兵器の輸出入などの移転が増えるが、その過程で、非国家民間組織(いわゆる「テロリスト」)に意図的に移転されることも、移転の途中で非国家民間組織に奪取されることもありうる。彼らには、核兵器を使用する現実的危険がある。

(4)       長崎の「私たちを最後のヒバクシャにして」の声は限りなく重い。この地球で核兵器の1発の爆発もあってはならない。その課題からすれば、核兵器保有国が(北朝鮮含め)9ヶ国にまでになり、イランほかの国々や非国家民間組織など核兵器を保有するものが更に増えることも否定できない現在、人類は滅亡の危機に立っているとの認識が必要である。その危機が現実になることを阻むには、核兵器保有5カ国が先頭に立ちつつも、すべての国家が、そして民衆が、「核兵器のない世界」に向かって自身の責任を果たさなければならない。「どの国家にも核兵器を持つ権利がある」などとうそぶく余裕は全くないのである。

     この点を世界に改めて発信したところに「オバマの決意」のかけがえのなさがある。オバマにすがるのではなく、「オバマの決意」を生かしきることが必要である。どこまで早く核兵器廃絶ができるか、それは、例えば、2010年のNPT再検討会議に向けて、いかに「一刻も早く核兵器のない世界を」の声を広め高めていくか、我々にかかっている。

(5)       北朝鮮に対しても同じである。「核兵器のない世界に向けて、我々も尽力するが、あなたがたも尽力する責任がある」と求めることが必要である。2009年8月15日のNHK総合テレビでの核兵器をめぐる徹底討論において、「核兵器で攻撃されないためには、核兵器を保有することが必要」との意見がかなりあったが、これは「オバマの決意」からなにも学んでいない。この意見では、北朝鮮の核兵器保有をそのまま認め、日本・韓国の保有も積極的に認めることになる。それは、人類滅亡の道を一気に早めるだけである。

(6)       日本政府が、オバマのプラハ演説以後とくに、アメリカの「核の傘」の維持を求めて、「オバマの決意」に水を差している。自民党・防衛政策検討小委員会が2009年6月9日に出した「提言・新防衛計画の大綱について」は、米国主導のミサイル防衛システムBMDを一層強化し、さらに「わが国自身による敵ミサイル基地攻撃能力の保有を検討すべきである」と公言した。麻生首相が設けた「安全保障と防衛力に関する懇談会」が同年8月4日に提出した報告書でも同様である。しかし、これらは、北朝鮮を更なる高性能の核兵器保有に追い込むだけである。このように、北朝鮮が核兵器を保有開発している時代において日本の防衛力を更に強化するということは、北朝鮮による核兵器保有と一層の開発を事実上認めることになる。相互に核兵器によって脅し合うことを肯定する立場だからである。これでは、口頭で北朝鮮に核放棄を求めることがあっても、それこそ説得力を欠く。

(7)       そもそも、前述したように、「核兵器公式保有宣言」に至る経過から見て、北朝鮮の核兵器開発は、自国が米国から武力攻撃されないことを目的としているのであるから、日本に対して北朝鮮が核兵器で先制攻撃することは極めて考えにくい事態である。それをあたかも現実的危険があるかのように扇情的に主張することは北東アジアの平和にとって大きなマイナスでしかない。

(8)       自衛隊イラク派兵差止訴訟で2008年4月17日に出された名古屋高裁判決は、日本国憲法前文に定める平和的生存権について、「平和な国と世界をつくり出しておくことのできる核時代の自然権的本質を持つ基本的人権である」と指摘。平和的生存権を、すべての基本的人権の基礎となる基底的権利と位置づけ、そのうえで、進む戦争準備行為などに対して、平和的生存権を侵害しているとして裁判所にその差止などを求めて訴えることができると明示した。選挙や政府の政策を変える日常の活動のほかに、政府がこれを守らないときには、国民が直接裁判に訴えて、憲法違反である政府の政策を変えることができるとしたのである。

周知の通り、憲法前文は、「世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生きる権利を有することを確認する」と定める。これは、「ヒロシマ・ナガサキ」を経験した世界人類には、核兵器による惨禍を三度繰り返さずに「平和のうちに生存する権利」があるのであって、とりわけこの惨禍を直接体験した日本国民は、世界人類がその権利を全うできるように尽力する

   人類史的責務があることを規定したものである。その日本政府は、他国を一方的に攻撃できることをめざすミサイル防衛システムBMDを廃棄することはむろん、米国艦船による「立ち寄り」まで含めて非核3原則を徹底することなど、米国の核の傘を撤廃し、一刻も早い「核兵器のない世界」実現に向けて奔走すべきである。

 

第4 北朝鮮に対してどのように対応すべきか

1 北東アジア非核化に向けて 

(1)       北朝鮮は、2005年2月の「核兵器保有公式宣言」において、「自衛のために核兵器を作った」と言いつつ、他方で「朝鮮半島を非核化しようという最終目標に変わりがない」と言っている。これらは、その後の北朝鮮外務省声明・同省スポークスマン談話でも再三強調されていた。このうち、自衛=自国の存立=金正日体制のために核兵器を作ったという点については、国際社会から武装解除された揚げ句攻撃されてつぶされたイラクの二の舞は決して踏まないとの強い決意が感じられる。

(2)       他方、北朝鮮のいう朝鮮半島の非核化については。1992年1月の南北非核化宣言は、「核兵器の試験、製造、生産、受け入れ、保有、貯蔵、配備、使用をしない」と明記し、2005年9月の9.19共同声明では、「目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化である」としている。しかし、2009年4月5日のロケット発射以降は、「非核化」に言及しなくなり、4月14日の外務省声明では、9.19共同声明について「6者会談のいかなる合意にもこれ以上拘束されないだろう」と言っている(この「ロケット発射」問題については、人工衛星発射であったことは韓国国防相も米国高官も認めていることであって、これをミサイルー軍事用攻撃体を示す語―同然に非難し大騒ぎした日本に大きな禍根を残したが、真実人工衛星だったとしても、それによって6カ国協議から離脱し、独自の核兵器開発保有をなすとの北朝鮮の態度変更には、飛躍がありすぎてとても賛同できない)。現時点では、4年前の「核兵器保有公式宣言」において明示していた「朝鮮半島を非核化しようという最終目標に変わりがない」との意向がどのように変化したのかは定かでない。

(3)       既に世界には、ラテンアメリカ及びカリブ海地域、南太平洋、東南アジア、中央アジアの各地域において、「非核兵器地帯条約」が発効しており、加盟国は、国連において「一国非核兵器地帯の地位」の認定をうけたモンゴルを入れると62カ国になる。このほかに未発効ながらアフリカ全域を包む非核兵器地帯条約も締結されていて、南半球はほとんど非核兵器宣言地帯となっている。

それら非核兵器地帯条約の柱は、

第1に、一切の核兵器の存在と移転の禁止

第2に、核兵器保有国による、該条約加盟国への核兵器による攻撃・威嚇の禁止署名(「消極的安全保障」といわれる)

第3に、条約遵守を保障検証するための機関設置

である。

(4)       北東アジア非核地帯条約を

北朝鮮核開発問題への対応として生まれた6カ国協議であったが、そこに日本が入っていることの意味は大きい。それは、日本を含む北東アジア非核地帯条約ができる可能性があるからである。北朝鮮・韓国・日本が直接の加盟国となり、核兵器保有国である中国・ロシア・米国が同一または別異の条約をもって消極的安全保障をなすのである。米国による韓日への核兵器持ち込みも禁止することによって、北朝鮮も同意する可能性がある。これぞ、被爆国日本の目標である。

(5)      北朝鮮の不安を解消する

北朝鮮が、核兵器保有公式宣言において、核兵器を保有しつつ、最終的な非核化目標は維持する、と言っていたのはどのような意味か。それは、北朝鮮が核兵器を保有していない状態で非核兵器地帯条約を締結しようとしても、北朝鮮以外の国への圧力にならないために、日韓への米国による核兵器持ち込みを拒めないものになってしまう危険がある。他方、北朝鮮が核兵器を保有している状態で条約を締結する場合には、自らも核兵器を廃棄するのだから、日韓への核兵器持ち込みまで禁止せよと迫ることができる。このようなことかもしれない。

 北朝鮮にこのような不安を与えないために、他の5カ国は、日韓への米国による核兵器持ち込みも明確に禁止する条約にすると提起すべきである。

2 オバマと金正日に、ヒバクシャの声を届けよう

(1)        オバマは、「オバマの決意」を述べつつ、「おそらく私の生きているうちには達成されないでしょう(プラハ)」「この目標がすぐに達成されないことは分かっていますが(ロシア)」と述べる。現実がそのようにしか動かないということであれば、それは、NPTが核保有国に課した核兵器廃絶への義務を怠るものであるばかりでなく、核兵器非保有国に対して長期間にわたる重い不公平感・負担感を想起させるものとなり、今後の各種国際合意を著しく締結しにくいものにする。「オバマの決意」を引き出した原動力である「ヒロシマ・ナガサキ」の実相を、オバマ大統領に直接体験してもらうことは、人類滅亡の危機を救ううえで鍵となりうる。ぜひともヒロシマ・ナガサキに招致しよう。一刻も早く、被爆者がオバマ大統領を訪ねよう。それらが実現するよう尽力しよう。

(2)        その必要は、金正日にもある。より必要性が高いとも言える。少なくとも、被爆者が北朝鮮を訪ねて金正日に面会する努力をしよう。時期を見てヒロシマ・ナガサキに招致しよう。これを支えよう。

3 オバマは、イラク戦争の謝罪をすべきである

(1)      オバマは、米国議会で戦争開始前からイラク戦争反対を明示し、大統領候補当時においても、「イラク戦争は重大な戦略上の誤り」と主張するなど、ほぼ一貫してイラク戦争を正面から批判してきた。好戦的すぎたブッシュへの反省があるとはいえ、このようなオバマを大統領に据えた米国に敬意を払う。

(2)       しかし、そのオバマは、大統領に就任した以降は、イラク戦争への正面からの批判=反省=謝罪をなしていない。これまでに私が見聞したものでは、先のカイロ大学での演説で最も詳しくイラク戦争に触れている。

     ―イラクの問題について言わせてください。アフガニスタンと異なり、イラクは米国が選択した戦争であって、私の国と世界の国々で強力な対立を引き起こしました。私は、イラクの人々がサダム・フセインの圧制から解放されたことによって、最終的に状況が良くなったと信じていますが、他方、イラクでの出来事は、米国に対し、問題を解決するためには可能な限り外交を用いて、国際的な合意を築き上げる必要性があるのだとあらためて認識させたとも信じています。

今日、アメリカには、二つの責任があります。それは、より良い未来を構築するイラクに援助すること、そして、イラクをイラク人に受け渡すことです。私はイラクの人々に対し、米国が基地を求めているのではないこと、また、彼らの領土や資源について権利を主張しているのではないことを断言しました。イラクの主権はイラク自身のものです。私が米軍の戦闘部隊に今年8月までに撤退するよう命じたのもそのためです。―

(3)      これでは、一定の反省は伝わるものの、イラク戦争に対する根本的な批判=反省=謝罪には到底なっていない。イラク戦争の根本的な過ちは、イラク国民の民族自決権を侵したところにあった。国際法に明確に違反していた。米国大統領として、この点を明示してイラク国民と世界に謝罪することは、アフガニスタンへの今後の武力攻撃にブレーキとなるだろうことを含め、今後の世界に大きく資するものである。

4 オバマは金正日と直接対話すべきである

(1)      オバマは、金正日に会って、

第1に、イラク戦争とこれによって北朝鮮を核兵器開発に追い込んだことを謝罪し、

第2に、あらためて「オバマの決意」を伝え、

第3に、「核兵器のない世界」実現への責任を果たし、核兵器開発保有を放棄するように北朝鮮に求め、

4に、6カ国協議と東北アジア非核兵器地帯条約によって北朝鮮の生存権を保障する意思を明確に伝えるべきである。

  「オバマの決意」をもってすれば、容易に実現できるはずである。

(2)      米国の現職大統領が、金正日と直接対話できるか。クリントン元大統領は、2009年8月初旬に北朝鮮を訪問し、拘束されていた米国女性記者2名の解放を得るとともに、金正日と会談した。1994年に、元カーター大統領が金正日と会談して第一次北朝鮮核危機を回避した。元職であったからできたのか。クリントンは、現職大統領であった2000年11月に、外貨獲得の重要な手段である北朝鮮のミサイル(そのうち射程290キロを超えるもの)の保有・移転を禁止する代償に、年間10億ドルを北朝鮮に供与する(実質、北朝鮮から毎年10億ドルの分割払いでミサイルを購入する)交渉妥結のために訪朝しようとしたが、ブッシュと争った大統領選挙の法的効力を問われる時期に重なったために時期を失したという事実がある(前掲書132頁)。米国現職大統領でも金正日と直接対話できるのである。