海賊対処法案は、どこが憲法違反か

                              2009.5.2  毛 利 正 道 (弁護士)

 

どこまで明らかになっているか

 衆議院で強行採決され、現在参議院にかかっている「海賊対処法案」については、これまでの論戦・分析などを通じ、大旨次の諸点が明らかにされてきている。

1 戦後64年のなかで、初めて、自衛隊が相手(艦船)を狙って先制攻撃することを認める法案である(但し、既に現地で活動している自衛艦が根拠としている、現行自衛隊法による「海上警備行動」においても、一部先制攻撃ができることに注意のこと。以下の指摘は、ほとんどそのまま現行法による「海上警備行動」にも当てはまる)。

2 活動区域・期間の限定がない戦後初めての自衛隊海外恒久派兵法であり、護衛対象艦の国籍限定もなく、国会の承認も不要、更には海賊を追って相手国内まで追跡できるとの国会答弁であって、海賊対策という名目を付けさえすれば無限定に自衛隊を派兵できるものである。

3 そして、既に2008年18日に本格的な自衛隊海外恒久派兵法を制定することを決めている政府が、この海賊対処法を本格的な自衛隊海外派兵法の呼び水にすることを狙っていることは否定できない。

4 既にアデン湾で活動している海上自衛隊は、口径12.7pの「大砲」を持ち、4機のヘリを搭載した、全長各151bに及ぶ乗員400名の2隻の駆逐艦(現在の呼称は「護衛艦」)であり、これに加え、近くP3C哨戒機2機と海上・陸上自衛隊員150名が現地に派遣されることが決まっており、航空自衛隊もすでに現地の米軍司令部に派遣されているほか輸送部隊を派遣する。まさに、これまた戦後初の国を挙げた陸海空3軍「統合運用」=総出動である。

5 従来、海賊に対しては、国連海洋法条約で警察力による犯罪としての取締りがなされて来ており、東南アジア・マラッカ海峡の海賊についても、日本がおおいに技術・資金援助をして、現地海上警察力を強化することによって激減させた。

  しかし、ソマリア沖の海賊については、国連安保理決議第1816号により、これを「平和に対する脅威」ととらえ、これに対し軍隊による武力行使を含めたあらゆる手段を行使することが容認されている。これを受けて各国から派遣された軍艦により、今年1月に海賊対策のための「連合艦隊」(「第151合同部隊」)が編成されており(自衛隊もこれに合流している)、これによって海賊を殺傷するケースが続出していて、海賊側から、これに対する報復攻撃が宣言されている。

6 これまでも、インド洋からアラビア海までの広大な海域で、米軍中心の多国籍軍が、バーレーンに司令部をおいてイラク戦争・アフガニスタン戦争を遂行していて、340名が搭乗する海上自衛艦2隻がその下で補給活動を行っているが、海賊対策を名目に派遣された自衛隊が、これに関与する可能性が十分ある。

  なお、この関連で、インド洋に派遣されて昨年11月までに帰国した海上自衛官12,280名のうち、同時期までに14名が自殺しているが、これだと10万人当たり114人=自殺率114となり、もともと一般の国民より高い自衛官全体の自殺率38の3倍にもなっている。いかに過酷な業務かが分かる。

7 ソマリア沖では、昨年全部で111隻が海賊に襲われ、うち42隻がハイジャックされ815名が人質になったが、今年は414日までですでに74隻が襲われ、15隻がハイジャックされ230名が人質となった。このように、今年の海賊被害は昨年の25倍のペースに増えているのであり、「多国籍軍が出動しても効果があがっていない」どころではない。

  日本関係船舶は、昨年2000隻がこの海域を通過しているが、うち3隻が襲われただけであり、いずれも海賊の追跡を振り切っている。

8 ソマリア沖海賊は、襲われた船舶の目撃者が「骨と皮ばかりに痩せこけていた」と証言しているように、無政府状態のソマリアで生きるすべを失った人びとが大半と言われており、ソマリアの国内民生事情の好転とソマリア・近隣国による海賊逮捕検挙体制の充実が対策の「王道」である。現ソマリア大統領も、この420日に、23日から開催される援助国会議で決まる「162億円の国際援助で海賊の4分の3は防止できる」と明言している。

 

警察活動なら「武力による威嚇や武力行使」が憲法上許されるのか

1 海賊対処法案とこれに伴う自衛隊法改正法案により、自衛隊が海賊船の捜索・押収・差押え・逮捕などの警察活動を堂々とできるようになる。他方で、PKO協力法・テロ特措法・イラク特措法などこれまでの自衛隊海外派兵法に必ず規定されていた「武力による威嚇ならびに武力の行使はこれを認めない」との条項が、この法案には存在していない。

すなわち、海賊対処行動は、警察活動であって軍事行動ではないから、「武力による威嚇ならびに武力の行使」もできるとの論理が貫かれている。政府も警察活動であることを合憲論の最大の根拠としている。これが、この法案に反対する国民がいまだ少ない最大の理由でもあろう。

2 軍事行動=戦争・武力行使と、警察活動とはどこが異なるのか。アフガニスタンでは、9.11同時テロ直後からアメリカ軍などが武力攻撃を加えたが、アフガニスタンのタリバン政権が崩壊した時点までが戦争であり、2001年12月にアメリカの傀儡とも言えるカルザイ政権が成立した以降は、タリバンなどの武装勢力に対する掃討作戦は、時の権力者による犯罪者集団取締り行動=警察活動とも言える。イラクでも、フセイン政権が崩壊した2003年5月1日以降は、これもアメリカの傀儡とも言える政権による武装勢力という犯罪者集団取締り行動であるとも言える。

  このような角度でみると、現代では、国家対国家による武力行使=戦争という事態は稀になっており、世界における武力紛争の多くが、一応成立している政権とその政権に刃向かう武装勢力との戦闘という様相を伴っている。これは、政権側から見ると、殺人・放火・器物損壊などを犯した犯罪者集団を取締る活動であって、警察活動であると言えなくもない。

また、日本でも、有事法制によって犯罪行為である「テロ」に自衛隊が出動するようになっており、軍事行動と警察活動との境目が流動的になっている。

3 日本国憲法が、国家対国家の戦争や武力紛争だけを禁止しているとなれば、自衛隊が世界中どこに行ってどんな警察活動をしても自由ということになる。そんな解釈が成立する余地があるだろうか。

日本は、明治初年以来71年に及ぶ対外軍事行動で、戦争によって相手国の政権から権力を奪っただけでなく、相手国民衆による抵抗運動を徹底的に取締り民衆を殲滅していった。1905年の「第2次日朝保護条約」以降の8年間で、17,999名の朝鮮抗日勢力を殲滅。台湾でも、1895年に植民地にしたあと、20年間にわたって17,000名以上の抗日勢力を殲滅。1932年の「満州国」建国後も「匪賊」取締り名目で抗日勢力を殲滅(住民3000名を殲滅した平頂山事件を見よ)。1937年からの日中戦争では、占領した華北などで中国側から「三光作戦」と呼ばれた夥(おびただ)しい抗日勢力殲滅作戦を遂行した。これらは、日本にとっては、犯罪者集団掃討作戦という警察活動でもあった。

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることにないようにすることを決意し」て(前文)、制定された日本国憲法がこれらの事態を視野に入れなかったとうことなど決してあり得ない。「全世界の国民が平和のうちに生きる権利を有する」と前文で明記し、併せて、「生命に対する国民の権利については、最大の尊重を必要とする」と13条で明記してもいる。自国他国双方国民の生きる権利を奪う、軍隊による一切の武力行使を禁圧したとみるべきである。従って、憲法9条は、名目が警察活動であろうがなかろうが、実質的に武力による威嚇ならびに武力の行使にあたる事態を禁止したとみるべきである。

4 ソマリア沖に派遣された自衛艦2隻は、大砲を持つ巨艦であって、海賊にとっては、「武力によって威嚇されている」と受け取ること必定であり、したがって、「武力による威嚇」を目的にして派遣されたものであること明白である。また、@海賊を逮捕するため、A海賊の逃亡を防止するため、B警告を無視して接近することを防ぐため、これらいずれの場合にも、海賊艦船を狙って「大砲」や機関銃を撃つことができる(Bは新法下でのみ可能)。したがって、武力の行使を任務として派遣されるものであることも明らかである。前記したとおり、これまでのどの海外派兵法にもあった「武力による威嚇ならびに武力の行使は認めない」との規定が今回の法案には存在していないことも併せれば、今回のソマリア派遣が憲法9条第1項で禁止されている「武力による威嚇ならびに武力の行使」にあたることを否定することはできない。

5 日本政府は、憲法で禁止されている「武力の行使」とは、自衛隊による「国または国に準ずる組織との間で生ずる一国の国内問題にとどまらない武力を用いた争い」だとして、「武力行使」にあたる場合を極力押し縮めようとしている。しかし、ソマリア沖海賊は、ロケット砲を駆使し使用している艦船もはるか洋上まで乗り出して大型商船を襲えるだけの規模であり、決して単なる集団強盗にとどまるものではない。

前記のように、日本国憲法が抗日勢力掃討作戦に対する反省も含んでいると見る以上、その抗日勢力を敢えて小規模のものと大規模のものに区分して、前者の「小規模の抗日勢力に対する掃討作戦」は、「武力の行使」にあたらず憲法で禁止されていないなどと主張することが出来ようはずがない。そうであれば、一定規模になっているソマリア沖海賊に対する軍事行動が、「武力の行使」にあたると解すべきこと当然である。

 

どのように憲法違反か

1 武力の行使にあたる  9条第1項違反

  第1項は、「国際紛争を解決する手段としての」武力紛争のみを禁止する体裁になっている。しかし、この表現は、せいぜい純然たる自衛のための武力行使までは否定されないと解釈する余地を残すために挿入されたものでしかない。これを根拠として、遠くソマリア沖に海外派遣することを認めることができるものではない。ソマリア沖での海賊対処行動が、第1項に違反する「武力による威嚇または武力の行使」であることは明らかである。

2 禁止されている戦力にあたる  9条第2項違反

  日本政府の公権解釈は、「わが国を防衛するために必要最小限度の防衛力」は、第2項で保有を禁止されている「戦力」に該当しないというものであり、併せて、「武力による威嚇と武力行使を目的・任務とする自衛隊の海外派遣は、禁止されている戦力にあたる」というものである。海賊対処法案による自衛艦の派遣がこの「戦力」にあたり、したがって、この法案が9条第2項に違反するものであることも明らかである。

3 集団的自衛権の行使にあたる  9条第1項違反

  前記のとおり、ソマリア沖に派遣されている自衛艦は、多国籍軍によって構成されている「連合艦隊」の一員として行動しており、これまでにも現に、現行法の枠組みを超えて外国船を保護するために3回制圧に駆けつけている。当然今後、日本と関係のない船艦を、他国軍と共に防衛する場合も出てくる。それは、政府も否定している「集団的自衛権の行使」にあたる違憲行為である。

4 非軍事的手段でこそ

  海賊被害を防ぐには、ソマリアでの民生の安定と、ソマリアとその近隣諸国の警察力による海賊検挙活動の活性化が不可欠である。この海賊検挙活動とは、海賊を逮捕して裁判にかけて処罰することであり、現場で殺害することはほとんどない。他方、現在多国籍軍「連合艦隊」によって行われていることは、海賊船を武力で制圧し、時には海賊を殺害して戦闘能力を奪うことであって、逮捕して裁判にかけることは念頭にない。現に自衛艦には海賊の逮捕拘禁に不可欠な検察官・裁判官ともに乗船していない。このような殺傷を当然に伴う海賊対処行動では、現に海賊から報復攻撃宣言が出ているように泥沼化するだけである。それが、イラク・アフガニスタン戦争の大きな教訓であった。武力で平和は創れないのである。

        地域ニュースレター「平和の種」2009年5月号のために