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タヌキのたぬちゃん
タヌキの『たぬちゃん』    
 ALIVE 2009年5、6月号    
              長野県  小林桂子

 私を鳥獣保護員と知ってか、2月の中旬に、弱り果てた1頭のタヌキが来た。夫の実家にあるビニールハウスの中の藁の傍にうずくまっていた。近づくと、怖がって逃げようとするのだが、どうにも体が動かない。よく見ると左手首をケガしている。トラバサミに挟まって手を千切って逃げて来たのだろう。でも、傷口はだいぶ乾いており、冬前にケガをして、それから餌が思うように探せず、とうとうハウスの中で行き倒れたようだ。

 箸でサツマアゲをやってみると、食べた。相当衰弱しているのだろう。顔だけは、動かすのだが、量をあまり食べない。ハウスの中は、昼間はポカポカだが、夜はマイナス10℃にもなる。

 いろいろ考えた結果、結局、家に連れて行くことにした。セーターを敷いたダンボールを用意してその中に移したのだが、タヌキはパニクっていたものの、体はもうボロ毛布のようで、一切動かず、お尻は汚れていた。

 でも、家でどうやって保護するか、まだいい考えは浮かばなかった。外は、厳しい寒さ、弱った体は、一晩で力尽きてしまうだろう。おまけに軽度のカイセン症にかかっており、一部肌が露出している。一度、家に入れたが、獣臭が強いし、ネコ達にカイセン症が移ってしまう心配があった。いい場所はないかと、外をうろうろすると、あった、最適な場所が見つかった。1m四方の木の箱、夫が秋に堆肥箱として創ったもので、中には3分目ほどヌカと生ゴミを攪拌したものが入っている。発酵しているので寒くても凍らずに、ちょうど5〜10℃を保っている。藁を切り込んで敷き詰め、ダンボールごと入れて一安心。

 給餌は、野生動物なので、なるべく自然のものを与えようと、いろいろな物を試したが、意外なほど偏食だった。好物は、卵焼き、サツマアゲ、バナナ、クルミ、ハチミツ入りのパン粥で、野菜類、ご飯は食べてくれないので苦労した。

  保護して1週間、やっと手足が少し動くようになった。獣医さんからカイセン症の薬をもらって背中に塗る。体重は?と聞かれ、量ってみると、3kg。本当に骨と皮だけ、うちのネコよりも軽いなんて・・・。
  朝、「たぬ〜おはよう!」と言って蓋を開けると、隅にうつ伏せになったまま、ピクリともしない。怖くて固まっているのだろうが、「また寝たふり?」と焼きたての卵焼きを傍に置くと、つい匂いに釣られてガバッと顔を上げるのだが、私を見てまた慌てて顔を伏せてしまう。本当に臆病だった。

  2週間して、ようやくダンボールから脱出するほど元気になり、それからの回復は早かった。

 3週間目頃、ケガをした左手を見たら、以前は、手の骨が3本むき出しになっていたが、それを自分で抜いたのだろう。皮がむけて痛々しかったが、きれいになっていたので、乾けば、落ち着くだろうと安心する。 医さんに手術をしてもらわなくて済んだわけだ、自分で治してしまう動物ってすごいと感心する。

  4週間後、あまりにも天気がよいポカポカ陽気。『たぬ』は、出たがっていた。家の裏に小さな木箱を置いて、そこに『たぬ』を移した。昼過ぎ、卵焼きを1つ入れて、ドアを開け放した。私がそばにいる間は警戒して、固まっていたが、影に隠れると、卵焼きを食べて、ノソノソと外に出た。そしてゆっくりと、不自由な足で、本当にゆっくりと、何度も立ち止まっては、こちらを振り返り、森の奥へと行ってしまった。バイバイ、『たぬ』。お腹が空いたら、また戻っておいで。木箱には、卵焼きとくるみを今も入れたままにしている。

  保護した場所付近に放そうかとも思ったが、住宅、畑地帯で、近所には、畑に違法のトラバサミを仕掛けた人もいるわけだし、広い道路、深いコンクリートの水路などを考えると、ハンディのある『たぬ』にはかなり厳しい環境だった。



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