ルナジューンの部屋
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ルナジューンは 私が飼っていた猫の名。
 片目の心優しい男の子猫。 
とてもきれいな目をしていた。
8月のある日 突然 いなくなってしまった。
 近くの道路ではねられていたのを見たと
人から聞いた。
今は会えないけれど いつかまた会える日が来ると信じている。
その日が来るまで 輝く優しい月の光の中に 思い出を沢山作って詰め込んで 一緒に持ってゆこうと思っている。 その時まで 
私は 思いでを綴ってゆこう。

Recode of Daily Cat's Life(since2005 april)



★塩嶺鳥楽会(2005年秋〜2006年春)  ★あひるの散歩(2006年2月)


★マリとくま  ★ある日の追憶(H6〜H7) ★諏訪湖のスワン

★ダム湖のスワン ★カモ2005 塩嶺小鳥バス2005

ノアのアルバム ★嘴模様による白鳥の識別

 ずっと動物のいる暮らしをしてきて、いつのまにか大変な数の猫達の面倒をみるようになっていました。この生活がこんなに長くなるものとは考えてもいませんでした。本格的に自分で責任をもって面倒をみるようになってから25年は、あっと言う間の出来事のようにも思えますが、自分でもよくやってこれたなと感慨が込み上げてきます。
 いまは動物の医療も進んで開業獣医さんも増えてきましたが、その頃は私の住んでいる地方にはいなかったので住民の避妊や去勢についての知識も乏しく、捨て猫や捨て犬がうろうろしていて、保健所の車が捕獲しているという状況でした。
 私が小学生のころは、母がそういう犬たちを連れてきて裏庭で8匹くらい飼っていました。犬は吠えるのでちょっとうるさくて大変でした。 また近所の女の子が生れたばかりの子犬の処分を親から言いつけられ、一緒についていってその子が近くのお寺の境内の砂場で子犬の鼻を砂の中に埋めて窒息させるのを見たことがあります。
 その子は親に言いつけられたようにやっただけで、見ていた私も子犬がぐったりして死んでゆくなんて思ってもみませんでした。 鼻を砂に埋めることと、子犬が死ぬことが私たち子供の頭の中ではには結びついてはいませんでした。
 ぐったりしてから、私は2匹のうちのまだ少し動きのあったほうの仔犬の鼻に付いた砂を払い落とし、生かしてあげようとしましたができませんでした。 人間の赤ん坊も、その昔は生れた直後にそうやって人知れず葬られていた時代も、近代まであったようです。
 道や畑には、穀物や野菜をねずみや動物から守るという意味で、殺鼠剤や毒のおやつがあちこちに当たり前のように撒き散らされていたので、それを食べた動物が苦しんで死んでゆくことが当たり前のようにありました。
 今は 動物に関する産業や医療や情報の発達のおかげで 助けられる命も増えました。
でも悲しいことに その影で辛い思いをしている動物達が増えつづけていることも事実です。
命あるものは 自然であれ 動物であれ 花であれ 人間であれ 最後まで大切にされることを願う一人です。