Recode of Daily Cat's Life
   Oh My Cat's !


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    2008年6月22日 記

 リリィは4月20日頃から徐々に食欲が無くなり23日から何も食べなくなって私のベッドでつぶちゃんと一緒に寝てばかりいるようになった。
 3月以降新たな保護猫の病院通いや支払いなどに追われているうちに、身内が危なくなっていた。27日に思い切って石川犬猫病院に連れてゆき検査をしてもらった。体重が2・7kg。血液検査の結果腎機能が著しく低下していた。
 
 通常なら入院治療が必要だが、リリィにかけてあげられるお金が今は底をついている。食事療法と皮下輸液でやってゆくしかなかった。
 キドナという腎臓への負担の少ない経腸栄養食を飲ませて朝晩2回の皮下輸液を続け 1ヵ月後位に経過を見るために検査をしていただいた。
 1ヶ月前Bun>140、Cre8.8がそれぞれ122、4.0と 腎機能は改善した。しかし貧血がHgb7.8,Ht24から6.5と20と悪化してしまった。
 去年9月に膀胱炎から尿毒症になって入院したときの値はBUN53、Cre2.3、体重2.6kg。8ヶ月で3倍の悪化。
 強制的に流動食を注射器で喉に流し込んでいるが、この1週間はとても嫌がって私の手を払いのけるためにほとんど食べれていない。
 リリィはとても苦しいだろう。延命はリリィにとっても、私にとっても辛いことです。今週に入ってから見るからに痩せ衰えてゆくリリィをどうすることもできない。
 毎日外に出てゆくリリィ。私の手から逃れるように歩いてゆく。毎日がリリィにとって穏やかで 苦痛の少ないものとなる楊に祈るばかりです。




避妊手術を4月13日に終えて16日に退院したミチル
ミチルという名は獣医さんに連れてゆく途中に
考えました。お腹には4匹の赤ん坊がいたとのことです
   2008年5月11日 母の日 記

 ミチル(左)はチータに引き続き4月16日(水)にとある場所に出向き人目につかないように保護(捕獲)しました。捕獲器を置いて20分ほどで入ったのですが当初予定していたコではありませんでした。お腹がかなり大きかったので車に積んで自宅のケージに入れて手術予定日まで待ちました。ミチルは12日まで食べ物を口にしませんでした。
 手術に連れてゆく日にミチルを保護した場所で餌を与えている人が、「家の猫がどこかで子供を産んだ後お尻から腸のようなものが出ているから見てほしい」と電話をかけてきました。
獣医さんへ行く途中によって見てみると、腸ではなく子宮がすっかり飛び出てぶら下がっていました。下のシロちゃんと名づけられたコ名のですが
彼女は避妊手術を受けさせないでこのコを飼って前にも出産させていたと思われます。

シロちゃんには「パール」という名前を新しく付けました

綺麗なオッドアイです


ちぃたが来てから2ヶ月目  箪笥の上に乗ったまま過ごし
トイレとごはんのとき以外下に下りてきません
お外に出たいのだろうけど まだ当分出さない予定です
 シロちゃんは子宮が出たまま1週間以上暮していたので体が弱っていました。飛び出た子宮を一旦体内に戻してから子宮の摘出が行われました。費用が払えないというそのひとに代って私が手術台を工面することにしました。(とても大変です)。無責任な飼い主に対しては腹立たしい思いでいっぱいですが、シロちゃんのいまの状態を救いたい一心でした。
 12日にはチィタの予防接種日でしたのでチィタも一緒に連れて行って予防接種の2回目を受けました。そして、チィタはシロちゃんのために40ccの輸血用血液の献血をして来ました。ちぃただって先月避妊手術をしたばかりだったのでとても心配でした。
 今日は母の日。この3匹も母になる予定のコでした。手術していなかったらきっと今ごろ可愛い子供たちの子育てを一生懸命にしていたことでしょう・・・・。



tiita大雪が降ったり氷の国の様に冷え込んだ2月に、やっとごはんの食べれるお家が見つかりました。ごはんをもらうとすぐに隠れていました。オス猫が追いまわすので落ち着いて暮すことができませんでした。 2008年3月31日 記

私はチータと申します
今年の2月に寒い雪の中をさまよって
お母さんや沢山の猫ちゃんのいるお家に
辿り着くことができました
しばらくの間 朝と夕方ごはんを食べに来ていました
私にはお腹に赤ちゃんがいました
3月20日の朝 ごはんを食べに来て
金網の中に入れられてそのまま病院に入院して
 ウイルスチェックや心電図
血液検査を受けて 21日に避妊手術を受けました
お腹の中には1匹の赤ちゃんがいました
お母さんは私の赤ちゃんの命と引き換えに
私を家族に迎えいれてくれました
 左上は病院に行く前のチータの写真です。とても不安そうな顔をしています。でも、興奮して暴れたりしなかったので良かったです。抜糸のいらない埋没法で堕胎手術をしていただきました。手術後病院で食事をまったく食べなくて強制給餌をしてくれていたそうです。家に連れてきてからも口を真一文字にむすんだまま 丸1日何も飲まず食わずでした。薬を飲ませないと傷が悪化するので、ケージの中で固まっているチータをタオルでくるんで無理やり捕まえて抱っこしました。上下の犬歯を指のつめに引っ掛けて口を開けて馬刺しやミルクを押し込みました。
 退院から1週間経った今ではだいぶ部屋にも慣れて落ち着いてきました。あとは焦らずにチータが心を開いてくれるのを待つだけです。
 左は20年以上動物達がお世話になっている病院の待合室です。3月11日に新築移転して時代のニーズに即した高度医療を目指しています。遠いけれど昔から 日曜・祝日も診療してくださるので、助かっています。



2008年 2月14日 記

ぼくリッチィ
2005年の10月19日に生後2ヶ月で
お母さんのうちの前にダンボールに入れられて
捨てられていたんだ
3人兄弟だったんだけど 兄さんたちは
とってもいい家族が見つかって養子に行っちゃったんだ
ちょっとの間は 寂しいこともあったけど
お兄ちゃんや お姉ちゃんや おばあちゃん猫が
ぼくの遊び相手をしてくれて すっかりこのうちに
溶け込んでしまったよ
黒白の星友兄ちゃんが 一番可愛がってくれた
そして 去年の今ごろに 弟分のチャーが来たんだ
ぼくは病気がちで 気管支が弱いから
今年の寒さは 体にこたえるなぁ

星友兄ちゃんは ぼくのお顔をペロペロしてくれる


ちょっと前までは 一緒に3匹でいたけど 今は個室にいるよ
 ぼくは食べ物を吐いてしまう癖があるから
いつもお腹が空いているんだ
だから こうして電子レンジの前で番をして
お母さんの料理のおこぼれをもらうことになっている
ここからは お料理しているところが良く見えて
たまらなくなって まな板の上にジャーンプ
でも あまり叱られた事って 無いなぁ

時々 電子レンジの中にぼくの好きなものが入っていて
美味しそうな匂いがしてくるんだ
ちょっと ドアの隙間なんか開いていると
ちょちょっと爪で引っ掛けて
下に落として パクパク はグはグ
これが とってもおいしぃ〜んだ
盗み食いって スリルあるよんねぇ



2008年 1月14日 記

ぼくオサムと 弟分キャロルは 猫部屋暮らしをしている
お母さんとの接触が一番少ない 今は丈夫になったからね
ぼく達の生い立ちは ここで読んでね。
去年2007年のトリだったから 記憶にある方も多いと思うけど
若い頃は 外の世界が珍しくて 毎日ちょこっとごはんの時に
外に出してもらえることが嬉しかった
でも2年前から ビーグル犬のマリちゃんが
外の出入り口で見張っているから
なかなか出られなくなったんだ
去年はチャーちゃんが交通事故に遭って大怪我をして
すごい心配をかけたらしい
僕らは 母さんに心配かけないようにがんばるよ!
2008年も宜しくね!